この夢が醒めるまで──図書室から始まる恋の物語

蒼村 咲

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第32話 スタートライン

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 あの人に話が聞きたい──わざわざ私の教室にやって来てまで、私にあんな警告をしたあの人──本田先輩に。

(でも……)

 本田先輩のクラスがわからない。佐伯先輩のことを「二組の──」と言っていたということは、三年二組以外なのだろうけど。それにしたって確率は九分の一だ。

(三年生のクラスに突撃して尋ねる勇気はないし……)

 もちろん、佐伯先輩に聞けばわかるかもしれない。面識はあるみたいだったし、佐伯先輩ならクラスも把握していそうだと思う。
 でもなんとなく、良い顔はされないような気がする……のは考えすぎだろうか。
 どうしよう、とため息をつきそうになった時だった。

「香乃ちゃーん!」

 教室に戻ってきたともちゃんが私の席まで走ってきた。

「どうしたの?」

 首を傾げつつ尋ねると、ともちゃんは教室のドアの方を振り返り口を開く。

「そこで三年生に香乃ちゃんを呼んでくれって頼まれたの」

 これはいわゆるデジャヴというやつではないのか。
 もし私を呼びに来たのが佐伯先輩だったとしたら、ともちゃんは佐伯先輩だと言うに違いない。体育祭で一度会っているのだから。
 ということは──。

「それって、背は私たちよりちょっと高くて、髪の毛が肩よりちょっと長いくらいで、低めの声でしゃべる女の人?」

 本田先輩の特徴を挙げてみると、ともちゃんは「たぶんそう」とうなずいた。

「ありがと。ちょっと行ってくるね」

 私は立ち上がり、早足で廊下へと向かった。


「あっ……こんにちは」

 あの日とは違い、本田先輩は窓にもたれるようにして立っていた。廊下に出た瞬間に目が合ったので、私は反射的に挨拶する。

「富永さん、こんにちは。ちょっと時間、いい?」

 本田先輩の確認に、私は「はい」とうなずいた。ちょうどこちらからも聞きたいことがあったし、こう言ってはなんだけどむしろ好都合だった。

 本田先輩はあの日と同じように教室を離れていく。でも今日は前回とは反対方向だった。
 今度はどこか行き先があるのだろうかと思っていると、本田先輩は今度は廊下の端のドアを開け、非常階段へと出る。
 そこで足を止めたので、やっぱり人のいないところならどこでもいいのかもしれない。

「富永さんに謝らないといけないことがあって」

 本田先輩は私に向き直り、伏し目がちに言った。心当たりがなくて、私は目を瞬く。

「……あの日、富永さんの動向をあの二人に教えたのは私なの。ごめんなさい」

「え……」

 あの日とか、あの二人とか、本田先輩ははっきりとは言わなかったけど、何の話をしているのかは明らかだった。

「ええと、それはどういう……」

 本田先輩はいったいどこまで知っているのだろう。私の動向とは? 疑問が次々に浮かんでくる。

「二人が富永さんに声をかけられるように、学校を出るタイミングから通る道まで、私が後をつけて連絡してたの」

 そう言われた瞬間、私はあの日の奇妙な感覚を思い出した。
 誰もいないはずの校内でなんとなく人の気配を感じたのだ。あれは、気配というより視線を感じていたのかもしれない。

「じゃあ、本田明美さんっていうのは……」

 私は、あの女性から受け取った連絡先に書かれていたフルネームを口にした。おそらく、もう間違いないだろうと思うけれど。

「私の、二つ上の姉よ」

 やっぱりそうだった。そういえば、あの時佐伯先輩が言っていた気がする──妹を巻き込むのはやめろ、と。それはこのことだったのだ。
 ということは、佐伯先輩はあの時点ですでにわかっていたのだろう。私を首尾よく拉致するためには、校内に協力者が必要なことも、それがあの女性の妹である本田先輩であったことも。
 佐伯先輩は、本田先輩が私に接触していたことも知っていたわけだし。

「……それから、ほんとは私、少年院の話も嘘だって知ってて。でも本当のことを言うわけにもいかなくて、富永さんを何とかして佐伯さんから遠ざけられたら何も起こらずに済むと思ったの」

 本田先輩の言葉に、私は思わず絶句する。あれは本当の意味での私への警告だったのか──…。
 巻き込まれて危ない目に遭う前に関係を考え直せという警告には、もうすぐそうなるという含意があったのだ。
 もちろん、本田先輩自身のためもあったかもしれない。私というターゲットが佐伯先輩と無関係な人間になれば、怪しげな計画に手を貸さなくて済むとも考えられる。

「でも、あんなやり方は佐伯さんにも富永さんにも失礼だった。本当にごめんなさい」

 本田先輩はそう言って丁寧に頭を下げた。三年生にそんなふうに謝られ、私はあたふたしてしまう。

「あ、あの、大丈夫です! 私も無事ですし、本田先輩にもお考えがあったってわかったので……」

 必死に言葉をつなぎ、頭を上げてもらう。本田先輩の顔には後悔の色が濃く出ていて、なんだかこちらまで申し訳なくなってくる。
 私は少し話題をずらすことにした。

「あの、あの二人の目的に何か心当たりってありますか? 私にはいくら考えてもわからなくて……」

 けれど私の問いに、本田先輩は首を振る。

「ごめんなさい。よくわからないまま手伝ってただけで、何がしたかったのかは私にもわからない」

「そうですか……」

 本田先輩が知っていると本気で考えていたわけではないので、正直それほどのショックはない。本当に確認したかったのは、こっちだ。

「じゃあ……ミューってご存知ですか?」

 予想外の質問だったのだろう。本田先輩は意外そうに目を瞬いた。

「ミューは、うちで飼ってる猫だけど……」

 やっぱりそうだった。あとは時期さえ合えばすべてがつながる。

「いつから飼ってるんですか?」

 もし本田一家がミューを飼い始めたのがここ数年のうちだったら、私の立てた仮説は白紙に戻る。
 私はなかば祈るような気持ちになりながら尋ねた。

「ええと、私が中一の時からだから……五年前?」

 決まりだった。
 これでようやくスタートラインだ。彼女に──本田明美さんに会いに行くための。
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