上 下
4 / 52

第4話 その心は

しおりを挟む
「あの……佐伯先輩。私と付き合ってください!」

 本当に、心臓が口から飛び出しそうだった。それをごまかすように、私はペコっと勢いよく頭を下げる。

「好きなんです。佐伯先輩のこと……」

 ほんとはまっすぐに目を見て言いたかったけど、苦しくて見つめていられなかった。なんとも情けないことに私は今、佐伯先輩の腰あたりを見つめている。

「驚いた……まさか一年生に告白されるなんて」

 そっと顔を上げると、佐伯先輩は軽く握った右手で口元を隠していて、どうやら本当に驚いているみたいだった。

「やっぱり……ご迷惑でしたか?」

 ついさっきまで面識もなかったような相手にいきなり告白されたって迷惑かもしれない。困るだけかもしれない。今更そんな心配で胸が苦しくなる。

「ううん、そんなことない。嬉しかったよ。でも」

 この「でも」に続く内容が良いものじゃないことは、私にもわかってしまった。

「富永さんにはきっと、『先輩フィルター』がかかっちゃってるんだよ。少し先輩というだけで魅力的に見えちゃうみたいな、あれ」

 佐伯先輩は優しく、諭すように言った。

「……!」

 佐伯先輩は、いったいどんなつもりで言ったのだろう。できるだけ角が立たないように断りたくて? それとも少しでも私を傷つけないために?
 でもひとつだけ確かなことがある──佐伯先輩の今のこの言葉は、私がもし先輩と同級生だったら聞かずに済んだものなのだ。改めて、「対等」な関係じゃないことを思い知る。

 そりゃあ、「先輩」だからより素敵に見えるというのは、少しくらいはあるかもしれない。でも私は、佐伯先輩のことを「先輩だから」好きになったわけじゃないのだ。

「私にとっては、好きになった人が……偶然先輩だっただけです」

 そう言うのが精一杯だった。佐伯先輩は「そっか」と困ったように笑っている。

「……じゃあ、それがただの先輩じゃなかったら、どうする?」

 今ひとつ何を聞かれたのかわからず、私は首を傾げた。

「どういう意味……ですか」

 ただの先輩じゃない、とは? そもそも「ただの先輩」が何を指すのかもよくわからないけど。

「僕がどんな人間かを──どんな事情を抱えた奴なのかを知ったら、富永さんもきっと『ついていけない』と思うはずだよ」

 佐伯先輩は遠い目をして言った。私は追及しようと開きかけた口をつぐむ。隣を歩く佐伯先輩の横顔が、言いようのない悲しみを湛えている気がしたからだ。
 でもそこまでの「事情」って、いったい何なのだろう。はっきり聞いていいものなのか──迷う。

「……富永さんは僕のこと、いくつ年上だと思ってる?」

 突然、佐伯先輩が話題を変えた。
 なんで急にそんなことを、と思うものの、答えは簡単だ。佐伯先輩が三年生で私が一年生──誕生日による違いはあっても学年では二つ上になる。そう答えると、佐伯先輩はうなずいた。

「そうでしょ? でも……本当は四つだって言ったら、どう?」

 四つということは十九歳──誕生日が来たら二十歳だ。私には兄や姉、年上のいとこもいない。そのせいかもしれないけど、なんだかとても年上に思える。

「そう、なんですか?」

 一点の曇りもなく信じたと言ったら嘘になる。でも心のどこかでは納得していた。
 考えてみれば二つ差とは思えないくらいに大人びているし、動じないし……かといって、佐伯先輩が二年も留年するタイプには思えないのも事実だけど。

「そう。だから今、十九歳」

 佐伯先輩はそう言って笑った。完璧な笑顔だけど作り笑いだ。本当の話なのか、それともからかわれているだけなのか。あるいは諦めさせようとわざと言ったのか。佐伯先輩の真意がわからない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

向日葵とみつばち

桜井ケイ
恋愛
社長でも御曹司でも、ましてやスパダリでもない、いたって普通の恋愛。はじまりそうではじまらない、地味なわたしの幸せになりたい普通の話。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

あなたと図書室で

甘焼用紙
恋愛
某中学校の図書委員の初希。 ある日学園のマドンナ、結未と同じ当番になり……

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

処理中です...