光の河

森山葵

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十二、光の河

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- 十二 -
 学園祭前日、本当は色々と開会式の準備やらクラス展示の方にも行かなければいけなかったけど、僕とギンガは堂々とサボってツバサさんの入院している大学病院に向かった。ホームルームなんて馬鹿らしくて出てられない。自転車を漕いで、ギンガと川沿いを走って行き、高校から二キロほど離れたところにある病院に着くと丁度四時五十二分。予定よりも少し早い。よしここからツバサさんを連れ出さないと。
 病院に入った途端に、消毒液のツンとしたにおいが鼻をついた。嫌な匂いだ。こんなところじゃ飯だって上手くないだろうし、気も滅入るだろう。鼻を押さえながら階段を駆け上がり、ツバサさんの入院している病室へと向かう。確か六階だ。なんでそんなに上にあるんだ。二階とかにしろよ、と思いながら階段を登っていく。以前なら六階まで行くだけでヘトヘトになっていただろうけど、最近鍛えているおかげか、階段を走って登っても全く息切れしない。病院の階段を走るのいかがなものかと思うが、まあ細かいことは気にせずに行こう。六階に着くと、受付に置いてあるお見舞いの名簿みたいな紙に名前を書いて、この前来た時の記憶の糸を手繰り寄せながら、ここは流石に歩いてツバサさんのいる病室へと足を運んだ。
「六二四だったよな」
「多分」
二人でツバサさんの病室まで行くと、ドアの前に「大川翼」とあった。ここだ、僕らはツバサさんの病室に入った。
「失礼します」
教室じゃないからこんなこと言わなくてもいいかと思いつつ病室に入った。病室を見渡す。お見舞いに来たのか、机に花束が置かれていた。そして、ベッドの上てツバサさんが退屈そうに窓の外を見ながら上半身を起こしていた。
「ツバサさん」
僕が声をかけると彼女は僕らに気がついた。
「あら、ヤスくん、ギンガくん、二人ともどうして……」
「あ、どうも、お見舞いに来ました」
「それは有り難いけど、学園祭は……」
彼女は戸惑った様子だった。そりゃそうだ。まさか準備で忙しい学園祭の前に来るなんて思うまい。
「あの、体調はいかがですか?」
「うん、まあまあ」
彼女はそう言うが、顔はすこし痩せて、血の気が引いたように見える。生気も薄くなって、本当に彼女がこのまま消えそうな気さえした。
 僕らはしばらく黙り込んでしまった。彼女の瞳には悲しみが写り込んでいるようにも見えたからだ。彼女はさぞ悔しい思いをしただろう。本当は学園祭に出たかっただろう。僕らは彼女の努力を誰よりも見てきたつもりだ。それをないがしろにされた、ぶつけようのない怒りと、彼女の悔しい思いは耐えた難いものがあるだろう。そんなことを思うと何を言っていいのかわからなくなってしまった。でも、僕らは彼女と一緒に落ち込みにきたわけでも、ただ病院に慰めに来たわけでもない。
 ギンガはふうと息を吐いて、いつものように自信ありげな様子でツバサさんに用件を伝えた。
「ツバサさん。学園祭なんて僕らにはそんなのどうだっていいんですよ。それよりツバサさん、今から僕らと行きましょう、光の河を見に」
ツバサさんは話が早すぎてついていけてない様子だった。ギンガの説明は期待通り雑だ。僕はやれやれという表情を浮かべて、ツバサさんに、
「とりあえず外出許可もらえないですか?」
とだけ聞いた。ツバサさんはすこし考えてから、
「まあ、無理ではないけど、今からどこ行くつもり?」
と言った。そしてギンガがまた切り出した。
「僕らはツバサさんに元気になってもらいたいんです。どうか僕らを信じてくれませんか?大丈夫、ヤスが変なことしたら上高地の河童橋の上から突き落としましょう」
「なんでそんな変なこと言うんだよ」
「冗談に決まってるだろ。ね、ツバサさん、来てください」
彼女は困惑してしばらく何も言わなかったが、すこし経って、うんと頷いた。
「ありがとうございます!じゃあ今から行きましょう、山岳公園に」
「山岳公園?こんな夜遅くに?」
「ツバサさん、僕のひいばあちゃんの話覚えてますか?」
ツバサさんは小さくこくんとうなづいた。
「今から、僕らで光の河を見に行きましょう。大丈夫、手筈は整ってます。ついに僕は見つけたんです。ツバサさんに是非最初に光の河を見てほしいんです。だから今からあそこにいかないといけないんです。付いて来てくれますか?」
ツバサさんはまたこくんと小さくうなづいた。
「なら決まりだな、外出許可とやらを取ってこないとな」
そう言ってギンガが半ば強引にツバサさんの外出許可を取ってくると、その間にツバサさんに外に出れるように着替えてもらって、用意が整ったらすぐに自転車で病院を出た。
「え、今から何するつもり?」
「しっかり掴まってくださいね、ツバサさん」
ギンガはツバサさんを自転車の後ろのほうに乗せて走り出した。僕はなんとか自転車に松葉杖をくくりつけて、よろよろと走っていった。ツバサさんは驚いた様子だった。僕だって同じことされたら大層驚く。二人乗りは本当はいけないことだから、なるべく人通りの少ないところを通って、ゆっくりと病院から山岳公園まで行く。ツバサさんが転んでキズを大きくしたなんていったら冗談じゃ済まない。気をつけながら、これでもかというくらいに慎重に進んだ。ただここから行くとなると普通に行っても山岳公園まで四十分はかかる。人の多い道を避けて行くのだから、なおさら時間がかかるだろう。僕はギンガの少し先を行って警察が来ないかだけを気にしていた。ギンガは山岳部でしょっちゅう山に登ってるから体力がある。ツバサさんを乗せても自転車で風のように痛快に走り抜けて行く。何事もなく五十分ほど走り、学校に着いた。学校の隅の方にある山岳部の部室でツバサさんを降ろして、僕もギンガもベンチに腰を下ろしてひと休憩した。もう時刻は夜の七時前。ここまでは予定通りだ。さあ、ここからが試練だ。山岳公園はもちろん上り坂を登る。あとは体力勝負になるだろう。
 久々に学校に来たツバサさんは、しばらくじっと空を見るだけだったが、しばらくして、
「ヤスくん」
「どうしたの?」
「学校の中少しだけ見たい」
「え、いいですけど」
「松葉杖取ってくれない?」
僕は自転車にくくりつけて持ってきた松葉杖を、彼女に渡した。彼女はよろけながら松葉杖につかまって、ゆっくりと校舎に歩いて行った。
「おい、着いて行ってやれよ」
「言われずとも」
僕はツバサさんに寄り添うように隣を歩いて行った。校舎は飾り付けがなされて、すっかりお祭りムードになっていた。
「私も……」
ツバサさんは一人つぶやいた。そうだろう。彼女のことを考えると、心がいたたまれない。
「ツバサさん」
「どうしたの?」
「あの、大丈夫ですよ、僕らがいます」
「ふふ、ありがとう」
彼女は少しだけ笑った。でも、悲しげな笑いだった。こんな彼女を僕は何としても元気づけているあげたいと思った。
「行こうか、ツバサさん」
「うん」
そう言って山岳部の部室に戻った。

先ほどと同じように自転車の後ろにツバサさんを乗せて、学校の校門前に来た。
「よし、あと少しだ、ヤス、行くぜ」
「おう。ツバサさん、大丈夫ですか?」
彼女は微笑みながらグーサインを出した。まだ戸惑ってはいたが、なんだか彼女も少しだけいつもの明るさを取り戻したようにも思えた。あと少し、あとは山岳部公園へ向かう道を登れば……
「おい、ヤステル、ここで何をしている」
 突然誰かが僕らに懐中電灯のようなもので眩しい光を当てて来た。この声は、物理教師の井上だ。面倒な奴に遭遇してしまった。こいつは自分の価値観を押し付けるダメ教師で有名で生徒からも大変な不人気だ。僕らのやろうとしていることを知ったら、おそらく止めにかかるだろう。
「おい、ヤス」
ギンガは即座にツバサさんを抱えて僕の自転車に乗せた。すごい腕力だ。
「ギンガ、一体」
ギンガは僕が言い終わる前に井上に手刀をくらわせた。井上は鼻を押さえながら怯んだ。
「行け、ここは俺が食い止める」
「ギンガ……」
「いいから早く行け!」
僕は全速力で自転車を漕ぎ出した。
「ツバサさん、しっかり掴まって。ここから坂登るよ」
ツバサさんが僕の背中にぎゅっと掴まるのがわかった。風がビュービュー僕の顔に吹き付ける。夏なのに寒いくらいだ。
 僕はツバサさんを背中に抱えて、ただひたすらに坂を登った。だんだんと息も切れてくる。足に疲労もたまる。ギアを変えたりしてなんとか登ろうとするが、自転車も限界が来たらしい。山岳公園まであと半分ということろで、キイキイ音を立てていたのが、ボスん、と鈍い音と共にタイヤが破裂して、動かなくなった。こんな中途半端なところでパンクしてしまった。
「マジかよ……」
しかしもう今更後には引けない。囮になってくれたギンガのためにも、協力してくれたカツヒコや藤原先生のためにも、何よりツバサさんのためにここで諦めてはいけない。
「ツバサさん、歩くのは辛いでしょうから、僕の背中に乗ってください。あと少し登るだけです」
そう言ってツバサさんを背中に乗せて、僕は坂を登り始めた。以外と重たい……、いや、そんなこと考えてはいけない。ツバサさんに失礼だ。しかし腕が辛い。もっと鍛えておくべきだったかもしれない。ましてや坂を登る。急がないと僕の方が参ってしまうかもしれない。
「ヤスくん大丈夫?」
「平気ですよ。もう少しですごいもの見れますから、楽しみにしてて」
僕は口では強がるけど、肉体的には今にも破綻しそうだった。汗をダラダラ流しながらなんとか一歩、一歩と坂道を歩く。
「ねえ、ヤスくん」
「どうしましたか」
「ヤスくんと私が最初にあった日のこと覚えてる?」
「ええ、覚えてますよ」
「私ね、ヤスくんのこと、最初は面白い人だと思ったの。星ばっか見てて、私が来た途端に焦って色々気を使ってくれるし、優しいけど不器用な人なんだなぁって」
僕は額に汗を流しながら彼女の話を聞いていた。そうか、やっぱ普通だな、僕なんて。面白い人、たしかにそうだ。でも、ツバサさん、僕はあなたが好きです。あれだけ浮かんだ星じゅうを探しても、多分あなたみたいに素敵な方はいないでしょう。そんなこと、言えないさ。言えるわけがない。でも、僕はただあなたに元気でいてほしい。僕の女になんてならなくてもいい。あなたに落ち込んでいて欲しくないんだ。さあ、もう少しで頂上だ。もう少しだけ頑張ってください。ツバサさん。その時だった、彼女は僕の耳元に口を近づけた。そしてゆっくりと言の葉を送り出した。
「でもね、私本当は……」
ツバサさんがなにかを言おうとした。その時、ビュウウウ……山颪が突然に吹き荒んだ。彼女のか細い声は風にかき消された。
「ツバサさん、何か言いましたか?」
「ううん、なんでもない」
彼女はなにも言わなかった。ツバサさんは僕になにを伝えようとしたんだろう。いいや、そんなこと。それよりもうすぐだ。いや、足がもう限界だ。やばい……。あと少しなのに倒れそうだ。もう一歩が辛い。歯をくいしばる、フウフウ言いながらなんとか足を出そうとする。その一歩が鉛を足に括り付けているようで、足を上げようにも上がらない。なんとか……。
「おい、ヤス、おせーぞ」
ギンガの声だ。後ろからギンガの声がする。
「ギンガ?」
ギンガが自転車に乗ってこちらにやって来た。ギンガは顔に絆創膏をいくつも貼っていて、そこらじゅう腫れていた。
「どうしたんだよ、ギンガ」
「それよりツバサさんおろしたれ、お前の汗だくな背中にいつまでもいたくなんてないだろ」
「余計なお世話だよ」
そう言いつつ僕はゆっくりとツバサさんを背中から下ろして、先ほどと同じようにギンガの自転車の後ろに乗せた。
「よし、行こうか」
「それよりお前顔すごい腫れてるじゃん。何したんだ」
「ああ、あのムカつく先公、俺が軽く手刀したらやり返して殴って来たもんだから、殴り合いになって、あいつが気を失うまでやりあったらこうなった」
ギンガは高笑いして自慢げに語った。
「いいのかよ、そんなことして」
「知るかよ。こっちだって死ぬかと思ったんだよ」
「最悪俺ら退学かもな」
「だな、結局悪事働いちまったな」
僕とギンガは笑いあった。
「ま、そんなことよりもうちのマドンナの方が大切だからよ。ツバサさん、あと少しだから早く行こうぜ」
「ありがとう、ギンガくん」
ツバサさんは今度はギンガの自転車の後ろでギンガの背中にしっかりと掴まって、ギンガと残りの坂を登っていった。あーあー、あと少しだったのに。やっぱ僕はいつも決まらないな。そんなこと言いながら、残りの体力を振り絞って坂を登った。

 山岳公園に着くと、ギンガと一緒に街が一望できる展望台までツバサさんを連れて行き、彼女を展望台にあるベンチに座らせた。
「ねえ、ヤスくん、今からどうするの?」
「まあ、見ててくださいよ」
藤原先生には合図してから電気を消せるように連絡を取ってもらってある。僕らは運がいい。最初は電気設備の爆破まで考えたが、そんなこと必要なかった。それどころか市のお偉いさんの知り合いが、こんなに身近にいるなんて。
 僕は藤原先生に電話して、公園の電気を消してもらうように依頼した。
「さて、ギンガ、あと三分で消えるよ」
僕は汗をぬぐってじっと電気が消えるのを待った。時計を見ると八時五十七分。ちょうどあと三分で消える。予定より三十分遅れだが、まあいいか。僕らは山岳公園の展望台でじっと電気が消えるのを待った。
「三、二、一………」
一斉に公園の灯りという灯りが消えた。その途端、目の下に見える街灯りが蛍火のように暗闇に浮かび上がった。
「これが、光の河だよ」
光の河、それは高いところから見える街明かりだった。そこにはひいおばあちゃんの言葉の通り、黒い宵闇の中に赤や黄色、青色に緑、白色やいろんな色の宝石が浮かんでいて、見るも鮮やかな景色が広まっていた。
「綺麗ねぇ……」
ツバサさんはうっとりした様子で光の河を見つめていた。自分でもすごい眺めだと思う。しかし、何か物足りないような気もする。
「なあ、ヤス、これが本当に光の河なのかよ」
「そのはずなんだが……」
その時、自分は重大なミスに気がついた。
「満月が……」
しまった、とんだ誤算をしていた。今日は月が一番明るい日なんだ。わざわざ藤原先生に頼んでこの公園を停電までさせたのに、なんてことだ。こう明るくてはいけない。しまった、全て台無しにしてしまった。
「そんな……」
僕はその場に足から崩れ去った。まさかここまで悪事を働いてツバサさんのためにやったのに、ここに来てこんな仕打ちが待っているなんて。なんてことだ、畜生。
「ごめん……」
「いいえ、とっても綺麗よ、ありがとう」
ツバサさんはいつものように微笑んでくれた。
「ヤスくんここまで私をおぶってくれてありがとう。重かったでしょうに」
「いえいえ、そんな、全然重くなんてなかったですよ」
実際、ちょっとだけ重かった。そりゃそうだ。望遠鏡や鉱物運ぶのとは訳が違う。ただ、ツバサさんの胸が僕の背中に当たっていたのはナイショの話。だけどね。
「綺麗、本当に……」
「なあ、ヤス、これが光の河でないとしても、ここでコーヒー飲んだらさぞ美味いだろうな」
ギンガは僕を慰めるように言った。
「コーヒーって、お前」
「ちゃんと作って来たんだな、これが」
「用意周到だな。お前にしては」
「山岳部の準備の丁寧さなめるなよ。さて、ツバサさん、コーヒー飲みませんか?」
「いいの?」
「いいですよ。ヤスの分まで飲んでください」
「僕にもくれよ」
ギンガは山岳部の持ち運びできるポットに三人分のコーヒーをちゃんと用意して持って来ていた。これが光の河ではないにしても、たしかに十分に街灯りは綺麗だった。ここにギンガお得意のコーヒー付きとなると、文句なした。
そういえばカツヒコがくれた手作りの金平糖もあった。ポケットに入れたきり忘れていた。
「ツバサさん、これ、カツヒコから。ツバサさんにって」
僕は彼女に金平糖を手渡した。金平糖は街灯りを反射して星屑のようだった。
「私に?」
「ええ、食べて欲しいって、実験して手作りしたみたいです」
「まあ、嬉しい」
僕も彼女から金平糖を一粒分けてもらった。形は歪だけど、市販のものも大して変わらない。砂糖の甘さが口に広まる。
「美味しい」
ツバサさんもカツヒコのくれた星屑の形をした金平糖を一粒一粒美味しそうに食べていた。
「さて、これで任務完了だな。ツバサさん、絶対ヤスへんなことすると思ったでしょう」
「……ちょっとだけ」
「ちょっとぉ、ツバサさん」
僕がツッコむと、ツバサさんはいつものように僕らと明るく笑ってくれた。ツバサさんはすっかり元気を取り戻してくれたようだった。よかった。
「さて、帰ろうか」
僕がそう言いかけると、ツバサさんが僕ら二人を引き止めた。
「ヤスくん、ギンガくん」
「どうしましたか?」
彼女は僕らの目をその水晶のような瞳で優しく見つめた。
「本当に、ありがとうね、ヤスくん、ギンガくん。私を元気づけるためにここまでしてくれて、本当に、ありがとう……」
その時、ツバサさんの目から一雫の涙がこぼれ落ちた。その涙が一瞬、月光を反射して虹色に輝いた。
「あっ……」
それはまるで宝石の粒のように眩く光り輝いて、闇を舞う蛍のように刹那を虹色に染めたのだった。
「これって……」
僕は間違っていた。ひいばあちゃんはこんな山岳公園に来てなんかいない。今でこそこの公園は市が管理しているけど、それはつい二十年前に始まったことだ。ひいばあちゃんが若い頃、道がなくてここまで登るなんてできかった。ましてや夜なんてもってのほかだ。僕はとんだ勘違いをしていた。満月の夜なら光の河はいつでも現れた。それもすぐにそこにあった。光の河の正体は、涙だったんだ。月光を反射する涙をひいばあちゃんは光の河と言っていたんだ。
ギンガもツバサさんも一瞬のその出来事に心を奪われていた。
「すごい……」
それは本当に一瞬の出来事だった。言葉では言い表せないような、綺麗な綺麗な、まるで宝石の粒のような涙の雫。僕ら三人の目にはそれがはっきりと映った。
「すげぇ、想像以上だ」
ギンガも口を開けてその場に立ち尽くしていた。もっと驚いていたのはツバサさんだった。僕は今までたくさんの宝石を見て来たけど、ここまで綺麗な宝石はなかった。夜空に輝く星だって、こんなに綺麗に煌めくのは見たことがない。でも、これでは光の雫だ。河ではない。じゃあ……。僕は不意にツバサさんの瞳を見つめた。すると彼女の涙の跡が再び月光を反射して虹色に輝いていた。
「光の河だ……」
ツバサさんの涙の跡、それを反射する月明かり。それがまさに暗闇に浮かぶ色とりどりの光を放つ河になっていた。
「これだ、これなんだ。これが、光の河だ」
僕も感動のあまり涙が出てきた。
「あら、ヤスくんのところにも光の河」
ツバサさんが僕を指差して笑いながら言った。その笑い声を聞いて、僕も彼女に負けないくらい大きな声で笑った。ギンガも笑った。ひいばあちゃん、僕はとうとう見つけたよ、光の河を。いや、それ以上に素晴らしいものも見つけたような気がした。かけがえのない友達を。
「いやぁ、よかったよかった」
「ギンガ、僕ら退学になるかな?」
「知るか?固いこと考えんな。ツバサさんの笑顔が見れただけで俺はよかったよ。お前もだろ」
「ああ」
「さて、うーんツバサさん、帰りましょう」
「そうね。あ、でも私ちょっとだけお腹空いちゃった」
「僕も腹減った」
「よし、じゃあみんなで吉弥食堂行こう。ラーメン大盛り食って帰ろうぜ」
「今からかよ。開いてる?」
「十一時までやってるよ。早よ行こうぜ」
「おう」
僕らは帰り道の坂を下っていった。公園から見える街灯りは、まだキラキラと輝いて僕らの道を照らしてくれていた。


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