光の河

森山葵

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六、吉弥食堂とラーメン

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- 六 -
 山岳公園を下り、一度部室に戻って荷物を整え、目的の場所に向かう。僕らが今から向かう吉弥食堂は昔から高校の近くに立つ老舗の大衆食堂で、ワンコインでラーメンやチャーハンを腹一杯食える。部活帰りの学生にとっては夢のようなところだ。
「おばちゃーん、来たよ」
ギンガは入学してからここに週二回は来てる。すっかりここのおばちゃんとは顔なじみだ。
僕とギンガは狭い店内に入っていって席に座るとメニューも見ずに
「ラーメン二つね」
と注文した。ここのラーメンは絶品だ。他のものには見向きすらしない。スープは豚骨ベースの醤油。しかし、豚骨独特の臭みもなければ、油くどくもなく、口当たり滑らかなスープだ。麺はどちらかといえば太麺で、麺の芯の部分に日が通り過ぎていない固めの麺である。そしてこのラーメンで最も特注すべきは、ラーメンに大量のキャベツが乗っていることだ。みんなはキャベラーと呼んでいる。キャベツといっても千切りでなく、大きく切られたキャベツをこれでもかというくらい大量に乗せ、その上から特製のタレを少し垂らす。このキャベツを濃厚なスープに沈め、麺と絡めて食べるとうまいのなんのって。キャベツの程よい歯ごたえと、豚骨醤油がうまく絡んだコシのある麺の相性は抜群で、無我夢中で麺を啜ってしまう。そして、チャーシュー。薄切りではあるが、それがかえってしつこくなくていい。おばちゃんが手間暇かけて何日も煮込んであるのだろう、本当に柔らかい。噛みしめるたびに肉汁が溢れる。これをキャベツと同じようにスープに沈め、 麺やキャベツと絡めて食べる。もはや革命だ。口の中でとろける肉、そこにみずみずしいキャベツ、そしてモチモチの麺。ラーメン三銃士ともいうべき存在があっという間に自分の空腹を満たす。そして麺が半分くらい減ると自分は必殺の一撃を加える。それは酢とフライドガーリックである。サンラーメンという酢入りラーメンがあるが、これがしつこい豚骨醤油のスープを絶妙に中和し、たちまち濃厚かつ飲みやすいスープに変貌する。そしてフライドガーリック。サクサクしていて、そのまま食べても十分にうまそうだが、それをラーメンに入れるとパンチの効いた味になる。酢の酸味とニンニクの強さが滲み出て、ラーメンは真の顔を見せる。麺に絶妙にスープが絡み、それを夢中になってすする。麺を全て食べても革命は終わらない。スープにラー油を加え、口に含む。キャベツの旨味がスープに溶け込み、先程の酸味とニンニクのコクに加え、ラー油の熱い辛さが自分を刺激する。食欲がそそられる。そして自分はたちまちスープまで飲み干したい欲に駆られる。
レンゲを駆使し、旨味と辛味が共存するスープを貪る。身体がみるみるうちに熱を帯びる。何と気持ちが良いのだろうか。ここまでうまいものを食えるなんて幸福なことだ。空になった丼が目の前にあった。先ほどまでとキツい上り坂を死にそうになって登ったのが嘘のようなそんな気がした。
「美味しかった……」
「いやー、満足満足」
ギンガも腹をポンポン叩きながら満足そうにしていた。これで五百円。この量から考えて破格の安さだ。このラーメンは魔力がかかっているに違いない。このラーメンを見かけた途端、何もかも忘れて麺をすすることだけに意識がいってしまう。それだけでない。クラスの女子がインスタに載せるためにここのラーメンを頼んだことがあったらしいが、空腹の前にインスタのことなどすっかり忘却し、夢中で麺を啜ってしまったことがあったらしい。
「いやぁ、本当にうまかった」
僕は今日の疲れも忘れて、ラーメンを食べた快楽にふけっていた。
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