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三、ツバサ
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- 三 -
放課後の地学教室で僕は鉱物の標本整理をしていた。地学部なので、何も星ばかり見てればいいというわけではなく、地質調査なり、鉱物のこともやらなければならない。地質調査はつまらないけど、鉱物は綺麗なものも多くて、星ほどではなくても僕が魅力を感じる作業の一つだった。
この銀白色で脆い石が輝水鉛鉱、オレンジ色の小さな粒のあるものがザクロ石。小さな緑の粒はオリーヴ石。綺麗な茶色の花びらを持つのは砂漠の薔薇。小さなものもあれば顔のように大きなものもあるし、高価な宝石も安価な石もあった。
「これはすごいなぁ」
一番高価なのは先生の秘蔵の品と呼ばれる、妖艶な赤紫色の光を放ったアレキサンドライトだった。かつてはロマノフ朝の皇帝が愛用したとか。ほんに鉛筆の芯の先くらいの大きさなのに、何万円もするそうだから驚きだ。ガラスケースの中に鍵付きで入っていて、僕ら地学部以外の生徒は触れることすらできない。
「いいなぁ、綺麗だなぁ」
この宝石が放つ光は不思議と僕を何度も何度も惹きつけ魅力した。一度アレキサンドライトと目があってしまうと、しばらくその場に立ちすくんでしまう。
「綺麗……」
「本当ね」
僕の隣でだれかがこう言った。あれ、この声は……、
「ツバサさん、いつからここに」
「あら、さっきからずっといたわよ。もうヤスくんってば、宝石ばっか見てるんだから」
そう言ってツバサさんは口に手を当てて優しく笑った。僕は宝石から目をシフトして彼女の笑う様子を見ていた。そしたら僕も思わずふふっと笑った。ツバサさんもアレキサンドライトに劣らず、見るたびに僕を惹きつける不思議な魅力のある人だな。
大川翼。僕と同じ二年生で、学年の中でも指折りの美女と呼ばれる。大きな瞳に、茶髪で艶のある長い髪、血色の良くて締まった薄い唇に高い鼻。それに加えて可愛い童顔をしていて、見るものを魅了する。体つきは比較的華奢だが、腰にはくびれがあって、胸元だって思わず目がいってしまうような、豊満な女だ。彼女はダンス部に所属している。なんだろう、僕とは住む世界が違うそんな人間に感じることがたまにある。漫画の世界やドラマの世界でヒロインになる女の人って多分こんな感じなんだろうって会うたびに思う。僕なんて主人公になれやしない、彼女となんて高嶺の花すぎて関われないはずなのに、何の幸運が舞い降りたのか、彼女は地学部を兼部していて、毎日とは言わなくても三日に一遍くらいこっちに顔を出す。僕は彼女と会える日を星を見る以外のもう一つの楽しみにしていた。
「ツバサさん、アレキサンドライトも綺麗だけど、先生がまた新しい宝石買ったってよ」
「また買ったの?あの先生よく買うね」
「お金があるんだよ。それより綺麗だから見て見なよ、今地学準備室にあるから」
そう言って僕は彼女を先生の宝石のもとに案内した。
準備室の机の上には、深緑と黒色の混ざった石があった。
「これなんて石なの」
「これはマカライト。孔雀石とも言うね。昔はクレオパトラがアイシャドウにも使った石らしいよ」
「綺麗ね」
彼女はマカライトをうっとりと見入っていた。僕はそんな彼女をじっと見つめていた。彼女の美しさからすればマカライトなんでそこらへんの石ころのようなものだ。アレキサンドライトだって彼女の放つ輝きの前には屈服してしまいそうなもんだ。
「マカライト、本当に綺麗ね」
ツバサさんはうっとりした目で宝石を見ながらこう言った。この後映画とかなら「君の方が綺麗だよ」なんて言ったりするんだろうけど、僕はもちろんそんな勇気も資格もない。僕は気持ちをひた隠すように淡々とマカライトについて話し始めた。
「マカライトって本当は宝石じゃないらしいよ」
「そうなの」
「なんかね、硬度が七以上じゃないと宝石って言えないらしい。でもマカライトって硬度が三からせいぜい四、綺麗だけど宝石の定義には当てはまらないらしい」
「へえ、そんなことがあるのね」
彼女は僕の説明を聞きながらマカライトを光にすかしたり、いろんな方向で眺めていた。
「それにしてもヤスくんって宝石に詳しいよね」
「好きだからね、星も宝石も」
「ヤスくんステキね、そういうの」
ツバサさんにステキなんて言われるとなんか照れ臭い。思わず僕は頭を自分で撫でた。
「あ、ごめん私そろそろダンス部の方に行かないと。ヤスくん、学園祭見に来てね」
僕は「もちろん」と、彼女にグーサインを送った。彼女が立ち去った後、キンモクセイのような彼女の甘い残り香が僕の鼻をツンと刺激した。そして彼女の放ったセリフの一つ一つを僕の頭の中でテープレコーダーみたいに何度も何度も再生していた。
「おいヤス、お前ツバサのこと好きだろ」
ツバサさんの残り香でぼーっと突っ立っていると、あいつが突然やってきた。
「ギンガ、今日は部活じゃないのか」
「今日ツバサさんがくると聞いて」
「サボったのかよ」
「ツバサの方が大切よ」
こいつも僕と同じ穴のムジナか。どうしようもないスケベ野郎だな。こいつは夏目銀河。僕ほどでもないがこいつも変人と呼ばれていて、山岳部と地学部を兼部している。お調子者で、女にだらしない。地学部のマドンナのツバサさんが来ると聞いて部活サボるくらいのやつだから相当のスケベだ。まあ、ツバサさんに見惚れる僕もスケベだが……。地学部の二年生部員は男子は僕とギンガだけだが、二人ともスケベなんて大丈夫か、この部活。
「早く部活行けよ、もう石の整理終わるし」
「そんなこと元からやるつもりねーよ、ツバサはどこだ」
僕は少々ムッとした。自分勝手なやつだ。仕事はサボっておいて女のことばかり優先するとは。僕は少々言葉を荒げてこう言った。
「もうダンス部の練習行ったよ」
「なんだと」
するとギンガは大層悔しそうな表情を浮かべてじだんだを踏んだ。その悔しそうな表情が滑稽に思えた。部活サボった罰だ。ざまみろ。
「あーあー、ついてねーな」
「それより早く部活行けよ。サボんな」
「ツバサ、会いたかった……。お前彼女になんもしてないよな」
ギンガはあたかもツバサさんが自分の女であるかのように彼女の潔白を心配した。僕をなんだと思ってるんだ。
「何を考えてるんだ。僕がツバサさんに変なことする資格があると思ってるのか」
「ねえな」
「お前もだよ」
僕とギンガは二人で自嘲して笑いあった。
ツバサさん、貴方という美しい花が僕の掌に乗ることを何度夢見たことか。僕の想いが彼女に届くはずなんてないってことわかってる。でもこの気持ちを誤魔化すことはできない。僕は彼女が言ってくれた「ステキ」という言葉をもう一度脳内で再生した。
「君の方がステキだよ」
この言葉を彼女に言えたらな。
放課後の地学教室で僕は鉱物の標本整理をしていた。地学部なので、何も星ばかり見てればいいというわけではなく、地質調査なり、鉱物のこともやらなければならない。地質調査はつまらないけど、鉱物は綺麗なものも多くて、星ほどではなくても僕が魅力を感じる作業の一つだった。
この銀白色で脆い石が輝水鉛鉱、オレンジ色の小さな粒のあるものがザクロ石。小さな緑の粒はオリーヴ石。綺麗な茶色の花びらを持つのは砂漠の薔薇。小さなものもあれば顔のように大きなものもあるし、高価な宝石も安価な石もあった。
「これはすごいなぁ」
一番高価なのは先生の秘蔵の品と呼ばれる、妖艶な赤紫色の光を放ったアレキサンドライトだった。かつてはロマノフ朝の皇帝が愛用したとか。ほんに鉛筆の芯の先くらいの大きさなのに、何万円もするそうだから驚きだ。ガラスケースの中に鍵付きで入っていて、僕ら地学部以外の生徒は触れることすらできない。
「いいなぁ、綺麗だなぁ」
この宝石が放つ光は不思議と僕を何度も何度も惹きつけ魅力した。一度アレキサンドライトと目があってしまうと、しばらくその場に立ちすくんでしまう。
「綺麗……」
「本当ね」
僕の隣でだれかがこう言った。あれ、この声は……、
「ツバサさん、いつからここに」
「あら、さっきからずっといたわよ。もうヤスくんってば、宝石ばっか見てるんだから」
そう言ってツバサさんは口に手を当てて優しく笑った。僕は宝石から目をシフトして彼女の笑う様子を見ていた。そしたら僕も思わずふふっと笑った。ツバサさんもアレキサンドライトに劣らず、見るたびに僕を惹きつける不思議な魅力のある人だな。
大川翼。僕と同じ二年生で、学年の中でも指折りの美女と呼ばれる。大きな瞳に、茶髪で艶のある長い髪、血色の良くて締まった薄い唇に高い鼻。それに加えて可愛い童顔をしていて、見るものを魅了する。体つきは比較的華奢だが、腰にはくびれがあって、胸元だって思わず目がいってしまうような、豊満な女だ。彼女はダンス部に所属している。なんだろう、僕とは住む世界が違うそんな人間に感じることがたまにある。漫画の世界やドラマの世界でヒロインになる女の人って多分こんな感じなんだろうって会うたびに思う。僕なんて主人公になれやしない、彼女となんて高嶺の花すぎて関われないはずなのに、何の幸運が舞い降りたのか、彼女は地学部を兼部していて、毎日とは言わなくても三日に一遍くらいこっちに顔を出す。僕は彼女と会える日を星を見る以外のもう一つの楽しみにしていた。
「ツバサさん、アレキサンドライトも綺麗だけど、先生がまた新しい宝石買ったってよ」
「また買ったの?あの先生よく買うね」
「お金があるんだよ。それより綺麗だから見て見なよ、今地学準備室にあるから」
そう言って僕は彼女を先生の宝石のもとに案内した。
準備室の机の上には、深緑と黒色の混ざった石があった。
「これなんて石なの」
「これはマカライト。孔雀石とも言うね。昔はクレオパトラがアイシャドウにも使った石らしいよ」
「綺麗ね」
彼女はマカライトをうっとりと見入っていた。僕はそんな彼女をじっと見つめていた。彼女の美しさからすればマカライトなんでそこらへんの石ころのようなものだ。アレキサンドライトだって彼女の放つ輝きの前には屈服してしまいそうなもんだ。
「マカライト、本当に綺麗ね」
ツバサさんはうっとりした目で宝石を見ながらこう言った。この後映画とかなら「君の方が綺麗だよ」なんて言ったりするんだろうけど、僕はもちろんそんな勇気も資格もない。僕は気持ちをひた隠すように淡々とマカライトについて話し始めた。
「マカライトって本当は宝石じゃないらしいよ」
「そうなの」
「なんかね、硬度が七以上じゃないと宝石って言えないらしい。でもマカライトって硬度が三からせいぜい四、綺麗だけど宝石の定義には当てはまらないらしい」
「へえ、そんなことがあるのね」
彼女は僕の説明を聞きながらマカライトを光にすかしたり、いろんな方向で眺めていた。
「それにしてもヤスくんって宝石に詳しいよね」
「好きだからね、星も宝石も」
「ヤスくんステキね、そういうの」
ツバサさんにステキなんて言われるとなんか照れ臭い。思わず僕は頭を自分で撫でた。
「あ、ごめん私そろそろダンス部の方に行かないと。ヤスくん、学園祭見に来てね」
僕は「もちろん」と、彼女にグーサインを送った。彼女が立ち去った後、キンモクセイのような彼女の甘い残り香が僕の鼻をツンと刺激した。そして彼女の放ったセリフの一つ一つを僕の頭の中でテープレコーダーみたいに何度も何度も再生していた。
「おいヤス、お前ツバサのこと好きだろ」
ツバサさんの残り香でぼーっと突っ立っていると、あいつが突然やってきた。
「ギンガ、今日は部活じゃないのか」
「今日ツバサさんがくると聞いて」
「サボったのかよ」
「ツバサの方が大切よ」
こいつも僕と同じ穴のムジナか。どうしようもないスケベ野郎だな。こいつは夏目銀河。僕ほどでもないがこいつも変人と呼ばれていて、山岳部と地学部を兼部している。お調子者で、女にだらしない。地学部のマドンナのツバサさんが来ると聞いて部活サボるくらいのやつだから相当のスケベだ。まあ、ツバサさんに見惚れる僕もスケベだが……。地学部の二年生部員は男子は僕とギンガだけだが、二人ともスケベなんて大丈夫か、この部活。
「早く部活行けよ、もう石の整理終わるし」
「そんなこと元からやるつもりねーよ、ツバサはどこだ」
僕は少々ムッとした。自分勝手なやつだ。仕事はサボっておいて女のことばかり優先するとは。僕は少々言葉を荒げてこう言った。
「もうダンス部の練習行ったよ」
「なんだと」
するとギンガは大層悔しそうな表情を浮かべてじだんだを踏んだ。その悔しそうな表情が滑稽に思えた。部活サボった罰だ。ざまみろ。
「あーあー、ついてねーな」
「それより早く部活行けよ。サボんな」
「ツバサ、会いたかった……。お前彼女になんもしてないよな」
ギンガはあたかもツバサさんが自分の女であるかのように彼女の潔白を心配した。僕をなんだと思ってるんだ。
「何を考えてるんだ。僕がツバサさんに変なことする資格があると思ってるのか」
「ねえな」
「お前もだよ」
僕とギンガは二人で自嘲して笑いあった。
ツバサさん、貴方という美しい花が僕の掌に乗ることを何度夢見たことか。僕の想いが彼女に届くはずなんてないってことわかってる。でもこの気持ちを誤魔化すことはできない。僕は彼女が言ってくれた「ステキ」という言葉をもう一度脳内で再生した。
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