蛇神様の花わずらい~逆ハー溺愛新婚生活~

ここのえ

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本編

新歓コンパ

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 朝、美鎖が部屋を出ると、雪影が箒を持って立っていた。

「おはようございます」

 爽やかに挨拶されて、美鎖は立ち止まる。

「お、おはようございます……」

 雪影はピンクの割烹着姿だった。割烹着だけでも今どき珍しいのに、よりにもよってピンク。しかもお腹のあたりに大きなクマの顔が縫い付けられている。優美な銀髪の雪影が身につけていると、ものすごい違和感だった。

「美鎖の郵便受けに入っていましたよ」

 にこやかにクマの裏側からハガキを取り出す。クマの部分はポケットになっていたらしい。

「ありがとうございます……でも、どうして雪影さんがわたしのポストを……」

「これも管理人の仕事のうちです」

 雪影にはストーカーの素質があるんじゃないだろうか。受け取った郵便物はダイレクトメールだった。個人的な手紙が入っていた場合、雪影はどこまでチェックするのだろう。想像するだけでも恐い。

 その時、近くの部屋から他の寮生が出てきた。

「管理人さん、おはよー! あはは、何その格好!  かわい~い!」

「おはようございます。廊下を掃除しようかと思いまして」

「えらーい! わたしの部屋も掃除して~」

 雪影が捕まっている間に、美鎖は大学へ行くことにした。

 寮の外では穂波が待っている。今日はニット帽にくろぶちメガネ、だるだるカットソーの脱力系ファッション。オシャレが好きな穂波と、現代物のわからない雪影を比較するのは酷だろう。

 理子は別の授業をとっているので、今日は穂波と二人だ。
 美鎖はいつも早めに教室に行って、前から三列目あたりに席をとることが多かった。黒板もよく見えるし、先生の声も聞きやすい。
 当然のように穂波も隣の席に座る。シャーペンを回しながら頬杖をついている姿は、完全に大学生に溶け込んでいた。

「授業、ついていけそうですか?」

 穂波が学校に通うのは初めてのはずだ。

「うん、けっこう楽しいよ。人間っていいよね」

 穂波はニカッと笑う。美鎖もずっと女子校だったので、男の子と勉強するのは初めてだ。
 隣の席というのは案外近い。大学の教室は机がくっついているから余計である。途中、穂波と肘がぶつかった時には、触れたところがビリビリした。

「ご、ごめんなさい……」

 教室だと、こんな小さな接触でも緊張してしまうのはなぜだろう。

「美鎖、落としたよ」

 授業中なので、ヒソヒソ声で穂波が言う。かがんで指を伸ばし、ひょいと消しゴムを拾ってくれる。その滑らかな仕草に、妙にドキドキした。

 夕方からはサークルの新歓コンパが入っていた。半ば強引に誘われたもので、男女の出会いと遊びがメインの軟派なサークルらしい。雰囲気だけでも、ということで少し顔を出す予定だった。

 キャンパス内には桜の木が植えられていて、この季節は花見が出来る。木の下にはブルーシートで場所取りがしてあった。

「穂波くん、こっちだよ~!」

 招き寄せられて、一番大きな桜の下に座る。中央には大量の飲み物とお菓子が積み上げられ、カセットコンロで鍋を作る準備も始まっていた。

 太陽が沈んで、桃色と薄い水色のマーブル模様だった空が、急激に濃い青に沈んでいく。ライトに白く桜の花が浮かび上がる。
 ちょっと肌寒いけれど、夜に皆で花見なんて高校生の時には考えもしなかった。大人になった気がして、すごくわくわくする。

「はーい、じゃあ、全員飲み物は行き渡ったかな?」

 だいぶ席が埋まってきたところで、幹事らしき人が呼び掛けた。新歓期間中はアルハラ厳戒体制のため、二十歳未満はもちろんノンアルコールである。

「かんぱーい!」

 号令とともにコンパがスタートする。美鎖はウーロン茶に軽く口をつけた。馴れない場所できょろきょろしていると、先輩たちが食べ物を取り分けてくれる。

「ありがとうございます……」

「名前なんてーの?」

 お皿を配っている男子生徒に声をかけられた。

「美鎖です」

「へぇ、美鎖ちゃんかぁ。学部はどこー?」

 屋外で人が多いためか、皆声が大きい。

「彼氏はいるのー?」

「寮なんだー? 夜中に抜け出す方法教えてあげよっかー?」

 美鎖は緊張でふわふわしていたが、次第に彼らが下世話な期待をしているのがわかってきた。
 花見は楽しい。楽しいのだけれど、この流れはちょっと違うような。

 一緒に来たはずの穂波の姿を探す。彼は少し離れたところで女子に囲まれていた。何を話しているのかわからないが、すごく盛り上がっている。

「美鎖ちゃんさぁ、どういう男が好み?」

「俺んち、海の近くに別荘あんだよね。車出すから今度来ない?」

 いつの間にか両脇に男性が陣取っている。どことなく酒の臭いがした。

「いえ、あの……」

 ちょっと帰りたくなってきた。でも皆楽しそうだし、つまらないのは自分一人だけかもしれない。
 もう少し様子を見てみよう。こういう集まりにも馴れた方が、今後のためかもしれないし。

「美鎖ちゃん、すげー好みだなぁ。ね、ちょっとこの後、俺らだけで抜けない?」

 がばっと抱きつかれるようにして肩を抱かれた。酒臭い。捕まれた場所が痛い。覆い被さってくる体温が気持ち悪い。
 蛇神様たちの誰とも似ていない。嫌悪感でぞわぞわと鳥肌が立った。

 いつの間に、男の人を蛇神様たちと比べるようになってしまったのだろう。あの三人に触れられるのは平気なのに、なぜ他の人では駄目なのだろう。
 何度も体を重ねて、肌が馴染んでしまったからか。
 いや、それだけではない。美鎖の心が、あの三人を求めているのだ。
 初めは巫女としての義務感だった。けれど共に過ごすようになって、蛇神様たちのことをそれぞれ知っていって、美鎖は彼らを一人の男として敬愛するようになっていった。
 彼らに愛を囁かれると、本当に相手が自分でいいのか不安になる。けれど、嬉しい。嬉しいということは、やはり自分も彼らのことが好きになってきているのだ。

「や、やめ……」

 影が差す。美鎖の目の前の空き缶を、誰かの足が蹴っ飛ばした。

「お兄さんたち、何してくれちゃってんの?」

 恐る恐る顔を上げると、穂波がこちらを見下ろしていた。清々しいほどの笑顔だ。ただし、目が全く笑っていなかった。
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