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本編
蛇神様の巫女3
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数時間後、もしくは数分後かもしれない。
美鎖は重いまぶたを開いた。手足が地面にめり込みそうだ。絶頂の度に空を飛んだ分、今になって重力が仕返しをしているのだろうか。
「う……」
酷く喉が乾いていた。
頭上に暗夜の真っ黒な瞳がある。こちらを心配そうに見下ろしている。
「大丈夫か?」
美鎖はこくんと頷いた。起き上がると、全身が誰のものかわからない粘液で汚れていた。我が身の穢らわしさに、不思議な恍惚感を覚える。同時に、ここまで求められ、征服されたのだという愛おしさも。
「はい、美鎖。お神酒だよ」
穂波が酒樽の柄杓を差し出してくる。美鎖はありがたく受け取って、一気に飲み干した。
「次は、どなたですか……?」
美鎖はかすれた声で訊ねた。蛇神様たちの間で、一瞬だけ視線が行き交った。
雪影が艶やかに笑った。
「少し休憩したら、また楽しみましょう」
「私ならもう大丈夫ですから、どうぞお好きなように……」
穂波がいたずらっぽく笑う。
「美鎖ってば、いつからそんな淫乱になっちゃったの?」
「まだ辛そうだが」
暗夜は心配そうだ。
「でも、私が出来ることって、これくらいですし……」
言いながら情けなくなってきた。祖母のように一族を束ねる力があるわけでもなく、犬神の巫女のように神通力が使えるわけでもない。
平凡な美鎖が彼らに出来ることは、この体を好きに使ってもらうことだけ。
「なにそれ? 本気で言ってるの?」
穂波はぽかんとして目をしばたいていた。
「今日は妙に積極的だと思ったら、そういうことか……」
暗夜は溜め息混じりに呟く。
「この数ヵ月一緒にいて、どれだけあなたを大切に思っているか伝えてきたつもりでしたが、まだまだ足りていなかったようですね」
雪影の目には、うっすらと苛立ちの色が見えた。
穂波が必死に訴えてくる。
「体だけ欲しいわけじゃないよ! 美鎖だからずっと一緒にいたいんだよ!」
ずっと一緒。その言葉を彼らより先に言ってくれた人がいる。
「理子も、そう言ってました……」
けれど、それは美鎖の考えていたものとは違った。美鎖が蛇神様の巫女になって、二人の関係は崩れてしまった。
怖いのだ。ずっと一緒、なんて、本当に可能なのだろうか。
雪影も、暗夜も、穂波も、好きだと言ってくれるけれど、それがいつまで続くのか。ある日突然、理子のようにいなくなってしまったら。
「いなくなるわけねぇだろ」
気づくと、真正面に暗夜の真剣な眼差しがあった。いつの間にか涙がぼろぼろと零れていた。
「だって、私っ……本当に、何もないんです……」
このままでは、蛇神様たちにも見限られてしまう。いつか、呆れられて、置いていかれる。
「美鎖」
雪影は祭壇に飾ってあった短刀をつかんだ。白木の鞘が、からん、と床に落ちる。雪影は自分の腹に刃を突き立てた。
「くっ……!」
「雪影さん!?」
腹部から血が溢れてくるが、雪影はけろっとしている。
「神様ってこれぐらいじゃ死ねないんですよね。もっと刺しますか」
「やめて!」
美鎖が悲鳴をあげる。なおも刃をかざそうとする雪影の手を、暗夜をつかんだ。
「やりすぎだ……」
その間に美鎖は雪影にしがみついた。傷口に手を当てる。生暖かい血が指の間から溢れてくる。
しばらくそのままでいると、やっと血が止まってきた。
雪影はかすかに笑っている。
「私たちの怪我の手当が出来るのは美鎖だけ。もちろん、美鎖を必要としている理由はこれだけじゃありませんけど、言葉だけでは信じてもらえないようなので、体をはってみました」
「だからって、ここまでしなくても……」
「美鎖に信じてもらえないのなら、死んだ方がましです。美鎖が疑う度に、私は体を切りましょう」
にこやかに言われても、返す言葉がない。その様子を見ていた穂波がぽつりと呟いた。
「僕は死ぬ死ぬ詐欺はキライだけど、でも、雪影の言ってることはちょっとわかる」
穂波が近寄ってきて、小首を傾げるようにしてこちらを見つめてくる。
「美鎖はさぁ、信じてもらえないことがどれだけ辛いかわかってる?」
「ひっく……」
ぼろりと涙が落ちる。信じていないわけじゃない。ただ、自分に自信がないだけ。
でも、本当は、本当は――――!
「私、も……信じたいっ……!」
いつの間にかこんなにも好きになっていた。離れたくない。美鎖だってずっと一緒にいたい。
「信じろ」
力強く暗夜が頷く。
「不安になったら、その度に思い知らせてあげます」
雪影が不敵に笑う。
「覚悟してね。美鎖が嫌だって言っても、絶対離れないから」
穂波は甘えたように擦り寄ってきた。
「僕たちは、ずっと一緒だよ」
美鎖は泣きながら頷いた。
「……はいっ……!」
美鎖は重いまぶたを開いた。手足が地面にめり込みそうだ。絶頂の度に空を飛んだ分、今になって重力が仕返しをしているのだろうか。
「う……」
酷く喉が乾いていた。
頭上に暗夜の真っ黒な瞳がある。こちらを心配そうに見下ろしている。
「大丈夫か?」
美鎖はこくんと頷いた。起き上がると、全身が誰のものかわからない粘液で汚れていた。我が身の穢らわしさに、不思議な恍惚感を覚える。同時に、ここまで求められ、征服されたのだという愛おしさも。
「はい、美鎖。お神酒だよ」
穂波が酒樽の柄杓を差し出してくる。美鎖はありがたく受け取って、一気に飲み干した。
「次は、どなたですか……?」
美鎖はかすれた声で訊ねた。蛇神様たちの間で、一瞬だけ視線が行き交った。
雪影が艶やかに笑った。
「少し休憩したら、また楽しみましょう」
「私ならもう大丈夫ですから、どうぞお好きなように……」
穂波がいたずらっぽく笑う。
「美鎖ってば、いつからそんな淫乱になっちゃったの?」
「まだ辛そうだが」
暗夜は心配そうだ。
「でも、私が出来ることって、これくらいですし……」
言いながら情けなくなってきた。祖母のように一族を束ねる力があるわけでもなく、犬神の巫女のように神通力が使えるわけでもない。
平凡な美鎖が彼らに出来ることは、この体を好きに使ってもらうことだけ。
「なにそれ? 本気で言ってるの?」
穂波はぽかんとして目をしばたいていた。
「今日は妙に積極的だと思ったら、そういうことか……」
暗夜は溜め息混じりに呟く。
「この数ヵ月一緒にいて、どれだけあなたを大切に思っているか伝えてきたつもりでしたが、まだまだ足りていなかったようですね」
雪影の目には、うっすらと苛立ちの色が見えた。
穂波が必死に訴えてくる。
「体だけ欲しいわけじゃないよ! 美鎖だからずっと一緒にいたいんだよ!」
ずっと一緒。その言葉を彼らより先に言ってくれた人がいる。
「理子も、そう言ってました……」
けれど、それは美鎖の考えていたものとは違った。美鎖が蛇神様の巫女になって、二人の関係は崩れてしまった。
怖いのだ。ずっと一緒、なんて、本当に可能なのだろうか。
雪影も、暗夜も、穂波も、好きだと言ってくれるけれど、それがいつまで続くのか。ある日突然、理子のようにいなくなってしまったら。
「いなくなるわけねぇだろ」
気づくと、真正面に暗夜の真剣な眼差しがあった。いつの間にか涙がぼろぼろと零れていた。
「だって、私っ……本当に、何もないんです……」
このままでは、蛇神様たちにも見限られてしまう。いつか、呆れられて、置いていかれる。
「美鎖」
雪影は祭壇に飾ってあった短刀をつかんだ。白木の鞘が、からん、と床に落ちる。雪影は自分の腹に刃を突き立てた。
「くっ……!」
「雪影さん!?」
腹部から血が溢れてくるが、雪影はけろっとしている。
「神様ってこれぐらいじゃ死ねないんですよね。もっと刺しますか」
「やめて!」
美鎖が悲鳴をあげる。なおも刃をかざそうとする雪影の手を、暗夜をつかんだ。
「やりすぎだ……」
その間に美鎖は雪影にしがみついた。傷口に手を当てる。生暖かい血が指の間から溢れてくる。
しばらくそのままでいると、やっと血が止まってきた。
雪影はかすかに笑っている。
「私たちの怪我の手当が出来るのは美鎖だけ。もちろん、美鎖を必要としている理由はこれだけじゃありませんけど、言葉だけでは信じてもらえないようなので、体をはってみました」
「だからって、ここまでしなくても……」
「美鎖に信じてもらえないのなら、死んだ方がましです。美鎖が疑う度に、私は体を切りましょう」
にこやかに言われても、返す言葉がない。その様子を見ていた穂波がぽつりと呟いた。
「僕は死ぬ死ぬ詐欺はキライだけど、でも、雪影の言ってることはちょっとわかる」
穂波が近寄ってきて、小首を傾げるようにしてこちらを見つめてくる。
「美鎖はさぁ、信じてもらえないことがどれだけ辛いかわかってる?」
「ひっく……」
ぼろりと涙が落ちる。信じていないわけじゃない。ただ、自分に自信がないだけ。
でも、本当は、本当は――――!
「私、も……信じたいっ……!」
いつの間にかこんなにも好きになっていた。離れたくない。美鎖だってずっと一緒にいたい。
「信じろ」
力強く暗夜が頷く。
「不安になったら、その度に思い知らせてあげます」
雪影が不敵に笑う。
「覚悟してね。美鎖が嫌だって言っても、絶対離れないから」
穂波は甘えたように擦り寄ってきた。
「僕たちは、ずっと一緒だよ」
美鎖は泣きながら頷いた。
「……はいっ……!」
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