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本編
夜の闘い
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夜のキャンパス内。真っ黒なスーツに身を固めた男たちが三人。雪影、暗夜、穂波の三人である。
「今の時代、仕事着はこれ!」
という穂波の言葉で決まった格好だ。
いつ作ったのか知らないが、オーダーメイドのスーツはそれぞれの体にフィットし、美しいラインを際立たせている。
雪影はすらっとした細身を活かすようなシャープなデザイン。アーティストのような華やかさと、紳士のようなスマートさに溢れている。漆黒のスーツに白い肌と長い銀髪が浮かび上がり、夜の闇によく映えた。
一方、暗夜はスポーツ選手のようなしっかりとした立ち姿だ。逞しい体つきはスーツ生地でも隠せず、むしろ男らしさを際立たせている。無造作な髪型も艶っぽく見えるから不思議だ。
そして言い出した穂波は、ハットをかぶってオシャレに決めていた。大人びた服装に幼い顔立ちとのギャップが小悪魔を連想させる。
三者三様にスーツを着込み、夜の闇に立つ。これから狩りが始まるのだ。
「結界を張りましたので、美鎖はそこから動かないでくださいね」
雪影に言われて、美鎖はうなづく。
「暗夜と穂波は手はず通りに」
「わかっている」
「はいはーい、任せて!」
雪影が妖しく微笑んだ。
「……それでは、始めましょうか」
暗夜と穂波の姿が消える。赤い犬とその術者を追いに行ったのだ。
「では、私たちは待ちましょう」
残された美鎖は、雪影とともに待機だ。
ざざざ、と木が夜風に揺れる。寒気を感じて、美鎖は肩を震わせた。
なぜ大学のキャンパスかというと、ある程度の広さがあって、人が少ないかららしい。夜遅くまで研究室や部室に残っている者もいるようだが、その人たちも近づかないように結界が張られていた。
雪影はじっと夜の闇を見つめている。美鎖にはわからない何かを見ているのだろうか。
遠くから犬の遠吠えが聞こえてきた。
「今の……?」
「ええ、暗夜が接触したようです。穂波と戦闘に入ります」
雪影は自信たっぷりに微笑んだ。
何度か犬の叫び声とうなり声が響き、だんだん近づいてくる。
美鎖はハラハラしながら待った。もどかしいが、自分に出来ることはない。
校舎脇の茂みから突然、赤い犬が駆け出してきた。
そのすぐ後ろに金色の大蛇が現れる。穂波だ。
犬は全力疾走で美鎖と雪影の目の前までやってきた。
「きゃ……!」
美鎖が身構えると、ぎゃん、と犬の悲鳴が響いた。見ると、今度は黒い大蛇が立ちはだかっていた。
突き飛ばされた犬はアスファルトに這いつくばり、牙を剥き出しにして唸った。だが、金と黒の蛇に挟まれて、すぐに踵を返す。食らいつこうとした穂波の牙を横っ飛びで避け、再び校舎の間を駆け抜けて行く。穂波が巨体をうねらせて追いかける。
美鎖は非現実的な光景に動けずにいた。雪影が流し目でこちらを振り返る。
「かかりましたね」
「え?」
美鎖の背後で、悲鳴があがった。
「きゃああああっ!」
いつの間にか美鎖の後ろに少女がいた。中学生か高校生か。まだあどけなさの残る、おかっぱ頭の少女だ。夜でも鮮やかに映える赤い着物を着ている。
白銀の蛇が何匹も手足に絡み付き、少女の体の自由を奪っていた。蛇たちは雪影の眷族たちであるらしい。
「追い詰めれば本人が出てきてくださると思っていましたよ」
雪影はうっすらと笑って少女を見下ろしている。
「雪影さん、この子が?」
美鎖は驚くことしか出来なかった。美鎖よりどう見ても年下だ。
「ええ、あの犬の飼い主です」
少女は鋭い目付きで美鎖を睨み付けている。目の下には深い隈が刻まれていた。
「犬をおとりにして、自分は美鎖を狙ったようですが、残念でしたね」
少女は不自由な体をねじった。着物の袖から何かが飛び出す。お札だ。と思った時には炎の球となり、美鎖に襲いかかってきた。
「……!」
美鎖は悲鳴すら上げられなかった。じゅっ、と肉の焦げる音がした。美鎖はどこも火傷していない。黒い蛇が、炎をひと飲みにしていた。
「暗夜さん……?」
黒い蛇は美鎖をちらりと見やっただけで、すぐに動き出す。
「油断するな。俺は穂波と犬の後を追う」
「助かりました、暗夜」
闇色の蛇は巨体にもかかわらず、流れるような速さで茂みの影に消えていく。
「さて、じきに犬も捕まるでしょう。それまで、あなたはどうしましょうねぇ?」
雪影に微笑みかけられて、赤い着物の少女は唇を噛んだ。
「今の時代、仕事着はこれ!」
という穂波の言葉で決まった格好だ。
いつ作ったのか知らないが、オーダーメイドのスーツはそれぞれの体にフィットし、美しいラインを際立たせている。
雪影はすらっとした細身を活かすようなシャープなデザイン。アーティストのような華やかさと、紳士のようなスマートさに溢れている。漆黒のスーツに白い肌と長い銀髪が浮かび上がり、夜の闇によく映えた。
一方、暗夜はスポーツ選手のようなしっかりとした立ち姿だ。逞しい体つきはスーツ生地でも隠せず、むしろ男らしさを際立たせている。無造作な髪型も艶っぽく見えるから不思議だ。
そして言い出した穂波は、ハットをかぶってオシャレに決めていた。大人びた服装に幼い顔立ちとのギャップが小悪魔を連想させる。
三者三様にスーツを着込み、夜の闇に立つ。これから狩りが始まるのだ。
「結界を張りましたので、美鎖はそこから動かないでくださいね」
雪影に言われて、美鎖はうなづく。
「暗夜と穂波は手はず通りに」
「わかっている」
「はいはーい、任せて!」
雪影が妖しく微笑んだ。
「……それでは、始めましょうか」
暗夜と穂波の姿が消える。赤い犬とその術者を追いに行ったのだ。
「では、私たちは待ちましょう」
残された美鎖は、雪影とともに待機だ。
ざざざ、と木が夜風に揺れる。寒気を感じて、美鎖は肩を震わせた。
なぜ大学のキャンパスかというと、ある程度の広さがあって、人が少ないかららしい。夜遅くまで研究室や部室に残っている者もいるようだが、その人たちも近づかないように結界が張られていた。
雪影はじっと夜の闇を見つめている。美鎖にはわからない何かを見ているのだろうか。
遠くから犬の遠吠えが聞こえてきた。
「今の……?」
「ええ、暗夜が接触したようです。穂波と戦闘に入ります」
雪影は自信たっぷりに微笑んだ。
何度か犬の叫び声とうなり声が響き、だんだん近づいてくる。
美鎖はハラハラしながら待った。もどかしいが、自分に出来ることはない。
校舎脇の茂みから突然、赤い犬が駆け出してきた。
そのすぐ後ろに金色の大蛇が現れる。穂波だ。
犬は全力疾走で美鎖と雪影の目の前までやってきた。
「きゃ……!」
美鎖が身構えると、ぎゃん、と犬の悲鳴が響いた。見ると、今度は黒い大蛇が立ちはだかっていた。
突き飛ばされた犬はアスファルトに這いつくばり、牙を剥き出しにして唸った。だが、金と黒の蛇に挟まれて、すぐに踵を返す。食らいつこうとした穂波の牙を横っ飛びで避け、再び校舎の間を駆け抜けて行く。穂波が巨体をうねらせて追いかける。
美鎖は非現実的な光景に動けずにいた。雪影が流し目でこちらを振り返る。
「かかりましたね」
「え?」
美鎖の背後で、悲鳴があがった。
「きゃああああっ!」
いつの間にか美鎖の後ろに少女がいた。中学生か高校生か。まだあどけなさの残る、おかっぱ頭の少女だ。夜でも鮮やかに映える赤い着物を着ている。
白銀の蛇が何匹も手足に絡み付き、少女の体の自由を奪っていた。蛇たちは雪影の眷族たちであるらしい。
「追い詰めれば本人が出てきてくださると思っていましたよ」
雪影はうっすらと笑って少女を見下ろしている。
「雪影さん、この子が?」
美鎖は驚くことしか出来なかった。美鎖よりどう見ても年下だ。
「ええ、あの犬の飼い主です」
少女は鋭い目付きで美鎖を睨み付けている。目の下には深い隈が刻まれていた。
「犬をおとりにして、自分は美鎖を狙ったようですが、残念でしたね」
少女は不自由な体をねじった。着物の袖から何かが飛び出す。お札だ。と思った時には炎の球となり、美鎖に襲いかかってきた。
「……!」
美鎖は悲鳴すら上げられなかった。じゅっ、と肉の焦げる音がした。美鎖はどこも火傷していない。黒い蛇が、炎をひと飲みにしていた。
「暗夜さん……?」
黒い蛇は美鎖をちらりと見やっただけで、すぐに動き出す。
「油断するな。俺は穂波と犬の後を追う」
「助かりました、暗夜」
闇色の蛇は巨体にもかかわらず、流れるような速さで茂みの影に消えていく。
「さて、じきに犬も捕まるでしょう。それまで、あなたはどうしましょうねぇ?」
雪影に微笑みかけられて、赤い着物の少女は唇を噛んだ。
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