蛇神様の花わずらい~逆ハー溺愛新婚生活~

ここのえ

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本編

犬神の里

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 意識が飛んでいたらしい。気づくと、体の上にスーツのジャケットがかけられていた。
 慌てて起き上がる。不安定な机の上だったことに気付いて固まった。

「目が覚めましたか?」

 ワイシャツ姿の雪影が机に寄りかかっていた。美鎖の頬がカッと熱くなる。
 乱れた衣服を整えながら、腕に赤いアザが出来ていることに気づく。蛇が巻き付いていた痕だ。

 着物姿の少女は教卓に放り出されたままだった。縛られたままの体を窮屈そうに折り曲げている。
 その顔から反抗的な表情は消えていた。どういう目でこちらを見ればいいのか困惑しているようだ。
 美鎖も恥ずかしくて彼女の顔が見られない。
 夜の教室の中で、平然としているのは雪影だけだった。

「さて、あなたも口をつぐんでいるつもりなら、体に聞くということも出来ますけど」

 少女の顔がひきつった。美鎖との情事を見せつけられた後では、さすがに気丈ではいられないのだろう。

「美鎖以外の女性には興味ありませんし、あなたには血を見る方の拷問でいきましょうか。あまり気はすすみませんがねぇ」

 そう言いながらも、やりかねないのが雪影である。

「あ、あの、雪影さん……」

 控えめに美鎖は口を挟んだ。が、その時、教室のドアが開いて、暗夜と穂波が入ってきた。

「たっだいまー! ちゃんと捕まえてきたよ~! じゃーん!」

 穂波のテンションが異様に高い。暗夜の方は、脇に人間を抱えていた。
 少年だった。真っ赤な頭に、やんちゃそうな顔つき。ジタバタもがいているが、小柄な体格のせいか暗夜はびくともしない。

「あーっ! 紅葉!? てめぇら、紅葉に何やってんだよっ!」

 少年は着物姿の少女を発見すると、ぎゃーぎゃーわめきだした。暗夜が無言で彼を放り投げる。

「ふぎゃん!?」

 床に顔面から墜落して、少年は情けない声をだす。目をしばたいている美鎖に、穂波が説明してくれる。

「今は人型になってるけど、あの赤い犬だよ」

「そうなんですか?」

 あの巨大な犬がこんなに細っこい少年になるとは驚きだ。考えてみれば、蛇神様たちも蛇になるときは質量無視で巨大化していたけれど。

「小太郎!」

 紅葉と呼ばれた少女が身をよじる。少年の方も後ろ手で拘束されたまま首をひねって少女を見上げる。

「てめぇら、紅葉に何かしたら許さねぇぞ!」

「よく吠える犬ですねぇ」

 雪影が少年の顔を上から覗きこむ。

「弱い犬ほど、ってやつじゃない?」

 穂波がニヤニヤ笑う。無邪気すぎるのが時々怖い。この前逃がしてしまった獲物をようやく捕らえられてご機嫌のようだ。

「あの、この子も神様なんですか?」

 美鎖が首を傾げると、暗夜が答えてくれた。

「犬神ってやつだ。あの女が巫女として実体化させたんだろ」

 教卓の上の少女を顎で示す。雪影が付け加える。

「といっても、神格はかなり下ですし、あまり力がある存在ではありません。攻撃に特化しているのと、巫女である彼女が神通力も使えるようなので、敵に回すと少々やっかいですけどね」

 少年は八重歯の目立つ歯をむき出しにした。

「別にオレは弱くねぇし! つーか、てめぇらがおかしいんだよ! 三人も揃ってるなんてズルいぞ!」

「ほう、だからまずは暗夜が一人でいるところを狙ったんですね」

 血まみれの暗夜を思い出す。あの酷い傷口は、獣の牙でつけられたように見えた。この犬神の少年がやったのか。

「さっそくですが、教えていただきましょうか。なぜ美鎖を狙うのです?」

 雪影の言葉に、小太郎はぷいっと顔をそむける。

「ふーんだ! 誰が教えてやるかっつーの!」

「そうですか、それは残念」

 雪影は全く残念そうなそぶりを見せずに言った。

「しょうがないですねぇ。あなたの巫女も口をきいてくれないんですよ。こうなったら体に聞いてみるしか」

 ふぅ、と、わざとらしく溜め息を吐く。紅葉と呼ばれた少女と、小太郎と呼ばれた少年が、同時に反応する。

「紅葉は女だぞ! 痛め付けるならオレだけにしろ!」

「小太郎には何もしないで! わたしはどうなってもいいから!」

 お互いを庇う言葉に、雪影が肩をすくめる。

「仲が良いのはわかりますがね……」

「僕、手伝ってあげようか?」

 机に座って足をブラブラさせていた穂波が、すとん、と立ち上がる。

「よーするに、どっちかの痛がってるところを、もう片方に見せればいいんでしょ?」

 穂波は無邪気で、それゆえに残酷である。雪影は手加減を知っているが、穂波は相手を壊すこと自体を楽しんでしまいそうな恐ろしさがあった。
 美鎖は慌てて犬神とその巫女に話しかけた。

「お願いです、聞かせてください。わたしも、どうして自分が狙われるのか知りたいですし」

 それに、二人が辛い目にあうのを見たくない。こちらに危害を加えてきた相手とはいえ、まだ幼い子供を拷問にかけるのは抵抗がある。

 紅葉と小太郎はしばらく見つめあった。

「わかった。けど、条件がある」

 口を開いたのは小太郎の方だった。





 数日後、美鎖は休日を利用して、とある地方都市に来ていた。
 市街地から少し離れた場所が、犬神である小太郎と、巫女である紅葉の出身地だ。森に覆われた丘の上に、昔は社があったらしい。今は一部が市民の森として保存され、残りは住宅街になっている。

「神様の土地って気がしないな……」

 美鎖の実家の森とは違う。あちらは日中でも薄暗く、人を寄せ付けない張りつめた静けさがあった。
 だが、ここはすでに人間の日常に侵食されている。子供たちの遊ぶ声が聞こえてくるし、犬の散歩やジョギングをしている人の姿も見受けられる。

「こっちだよ」

 先頭を歩いていくのは、犬神の小太郎だった。ハーフパンツにゴツいスニーカーがよく似合う。
 そのすぐ後ろに紅葉が続く。彼女は相変わらず赤の着物姿で、ほとんど口を開かない。美鎖に対して敵対心を持っているせいなのかと思ったが、もともと無口な性格なのだそうだ。
 その後に、美鎖と三人の蛇神様が続く。

 整備されたジョギングコースの途中で、小太郎は立ち止まった。 

「この先が社があった場所だよ」

 そう言って森の茂みの中に入って行く。教えてもらわなければわからない程の小さな獣道だった。通る人間も少ないのか、急にあたりが静かになる。

 ざざ、と冷たい風が吹いた。日が陰ったような気がして空を見上げるが、枝葉の向こうに見える空は青い。空気の変化に気付き、美鎖は周囲を見渡した。
 ここから先は神域なのだ。開発の手をすり抜けて、残った最後の犬神の里。
 茂みの中をかき分けて進む。むわっとした葉と土の匂い。それと、どこかから漂う腐臭。

 しばらくして、小太郎が大きな笹をぐいっと横に押しやった。その向こうにひっそりと小さな社があった。

「ここが、犬神の社……?」

 美鎖の呟きに、紅葉が無言で頷く。今にも緑に飲み込まれてしまいそうな、朽ちかけた建物だった。偶然発見した人がいたら、汚い物置小屋だと思うかも知れない。
 社の回りには、石が並んでいた。人の頭くらいの大きさだ。

「それ、犬の墓」

 あっけらかんと小太郎が教えてくれる。美鎖は鳥肌がたった。
 墓石はおびただしい数だった。茂みに飲まれていないものだけでも、百は超えるだろう。これら全てに、犬が埋葬されているというのか。

「犬神憑きの家の人間は、呪いに犬を使うんだよ。首から下だけ土に埋めて、飢えさせたところで首を切んの。そうやって殺された犬の怨念が、固まって形になったのがオレね」

「そんな……ひどい……」

 美鎖の呟きに、小太郎は呆れたように半眼で答えた。

「何言ってんだよ、そっちだって似たようなことしてんじゃん」

 美鎖は言葉につまった。蛇を使った呪術もあるのは、巫女の一族として知っている。
 蠱毒、という呪法がある。蛇を百匹集めて岩室に閉じ込め、殺し合わせるのだ。そして最後に生き残った一匹を呪術に使う。地域によっては閉じ込める生き物や場所に若干の違いがあるが、百匹を殺し合わせる部分は同じだ。
 美鎖は実物を一度も見たことがない。しかしもしかしたら祖母は執り行ったことがあるかもしれない。今でも裏でいろいろとやっているようだ。

「オレはもう、この場所と同じように朽ちてく存在なんだと思う。けど、紅葉が生きてる間は消えたくねー」

 小太郎の言葉に、雪影が反応した。

「だから、この場所を保護しろと?」

 小太郎は仏頂面で頷いた。

「蛇は金持ってんだろ?」

「それがものを頼む態度ですか?」

 雪影がにやりと笑うと、小太郎は砂でも飲み込むようにぐぐっと顎を引いた。
 紅葉が着物の袖でそっと小太郎に触れた。そしてぺこりと頭を下げる。

「……お願いします」

 小さな声だった。小太郎も観念したのか、がばっと頭を下げた。

「頼む!」

 美鎖はいたたまれなくなって、雪影の表情を伺った。雪影はどこか諦めたような目で言った。

「美鎖の考えはだいたい予想がつきます」

「美鎖の望むとおりにすればいい」

 暗夜は落ち着いた声で頷いた。小太郎に大怪我を負わせられたこともあるのに、根に持ったりはしないらしい。

「美鎖が気になんないなら助けてあげれば? 美鎖だって狙われて嫌な思いしたんだから」

 穂波が腕にまとわりついて、下から覗きこんでくる。

「えっと、私は……助けてあげたい、です」

 雪影はこっくり頷いた。

「では、本家に行って手続きをしてきましょう」

 小太郎が勢いよく頭を上げた。その顔は泣きそうになっていたが、恥ずかしかったのかすぐにそっぽを向いてしまう。
 顔を赤くしている小太郎に、小柄な紅葉がそっと寄り添った。

「ありがとうございます……」

 今まで無表情だった少女の顔が、少しほころんだ気がした。
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