青生り ~ハルナリ~

ここのえ

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別れ

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 深夜。双子は笹彦に叩き起こされた。

「瑞樹様、咲良様! 石蕗王の追手です! 早く御逃げください!」

 外ではすでに剣を切り結ぶ音が聞こえてくる。瑞樹は右手に剣を、咲良は左手に剣を握り、すぐに住居を飛び出した。

 悲鳴や怒号が飛び交う中を、笹彦の先導に従って駆け抜ける。盲目の咲良は、瑞樹に引きずられるようにして必死に後をついてきた。

「咲良様、あなた様も戦力として数えます!」

「うるさい! 咲良は俺が護るっつってんだろ!」

 瑞樹と笹彦は言い争いながら、追手を切り倒していく。

 隠れていた渓谷から、崖に掘られた階段を上る。

 更に山の斜面を駆け登っているときだった。谷の対岸から矢が飛んできた。

「あっ!」

 その矢は咲良の足に命中した。咲良が転び、手をつないでいる瑞樹も一緒に斜面を転がり落ちていく。

 瑞樹はとっさに木の幹にしがみついた。落下は止まったが、咲良が崖から投げ出された。瑞樹とつないだ手でようやくぶら下がっている。

「瑞樹、手を離してください。もういい、もういいのです」

「馬鹿を言うな! おまえは俺が護る!」

 咲良が泣きそうな顔をした。

「でも、わたしたちには、いずれ別れが……」

 そのとき、対岸から矛が飛んできた。
 それは双子をつなぐ腕に命中した。

 ざんっ。

 咲良の右手首が、すっぱりと切断される。

 咲良が落下していく。
 瑞樹の左手の中に、その右手を残したまま。

 その一瞬、咲良は何とも言えない顔をした。
 びっくりしたような、安堵したような、まるで空っぽの虚ろのような。

「咲良ああああああ!!!」

 夜の闇の向こう、咲良の体が川に落ちる音が聞こえた。

「咲良! 咲良ぁっ!」

 瑞樹は崖から体を乗り出し、後を追おうとした。
 それを笹彦が抱き止める。

「離せ、笹彦! 咲良が!」

 矢が降ってくる。
 暴れる瑞樹を抱きかかえながら、笹彦は走り出す。

「笹彦、聞こえていないのか! 咲良が!」

 やがて追手の気配は遠くなった。周囲に敵がいないのを確認し、笹彦は木の影に瑞樹を降ろした。追手はうまくまいたようだが、仲間たちの生死もわからない。

 荒い息を吐いている笹彦を、瑞樹は何度も拳で打ちすえた。

「なんで咲良を見捨てたんだ!」

「咲良様のことは諦め下さりませ。もし生き延びていたとしても、石蕗王のもとへ連れていかれた可能性が高うございます」

「それなら余計助けにいくべきだろ! 秘密が知られれば、咲良がどんな目に遭うかわかってんのか!?」

「瑞樹様、成人にはいささか早くはありますが、こうなってしまった以上、もはやその手を離していただくしか」

 笹彦は瑞樹の左手を見た。そこには切断された咲良の右手が固く握りしめられていた。

「咲良を諦めろっつーのか!? この手を離せば、もう二度と会えなくなるのに!」

 ぱんっ、と、乾いた音がした。

 笹彦が瑞樹の頬を打ったのだ。
 烈火の表情で笹彦は叫んだ。

「いい加減になさりませ! これも王族として生まれついた者の定めなれば!」

 瑞樹も笹彦の頬を張り倒した。

「何が王族だ! 俺たちが赤子のときに滅んだ国だろ! 俺も咲良も、どんな国だったか覚えてもいないのに! 俺たちはもっと普通に、平らかでにぎなる場所で、何でもないただの双子として生まれたかったっ……!」

 笹彦が呆気にとられたように呟いた。

「瑞樹様……」

「咲良……!」

 瑞樹は片割れの手を抱いて泣いた。
 その背を撫でようとして、笹彦はためらい、手を握り締めた。

「申し訳ありませぬ……」

 その言葉はあまりにも漠然としていて、何に対しての謝罪なのかは、お互いにわからなかった。








 咲良は手当てを施され、石蕗王の館に連行された。
 失血し、春先の冷たい川に投げ出され、青ざめた顔をしていたが、それでも咲良は王家の人間として毅然と上を向いていた。

 高床の建物の一番奥に、石蕗王はいた。彼は噂の通り、老獪な人物だった。

「お初にお目にかかります、青生の巫女姫。といっても、姫は物が見えぬのでしたな。最初からこちらの招きに応じていただければ、もっと丁重に御迎えいたしたのですが」

 血の気の無い咲良の姿に、彼は皮肉げに笑った。
 咲良は手当ては受け入れたものの、差し出された新しい衣は断ったらしい。衣服は川の水で湿り、泥と咲良自身の血で汚れている。

 みすぼらしい姿ではあったが、それでも咲良はしっかりとした声で応じた。

「私を殺さずに連れてきた理由は何ですか」

 その落ち着いた挙動に、石蕗王は面白そうに笑った。

「麗しき常春の国と謳われた青生之国。その秘宝の勾玉について伺いたい。勾玉は王家の巫女姫に受け継がれるということまではわかっております。王家に生まれた双子が成人して手を離したとき、何かが起こるということも」

 石蕗王は布で覆われた咲良の右手を見つめた。双子を追わせている部下からも、青生之国の民だった奴隷たちからも、王子と巫女姫は常に一緒にいるという話しか彼は聞いていなかった。腕が切断されて双子は別たれたが、未だに何も起こってはいない。

「青生の勾玉には命を操る力があるという。とある高名な日之巫女も、欲したが手に入れられなかったという永久の命。よもや青生の勾玉があれば、その夢も現になるのではないかと。どうですかな、姫、この老いぼれの望みを叶えてはくださらぬか?」

 咲良はきっぱりと言い返した。

「勾玉については何も言えませぬ」

「知らないのではなく、言えない、と」

 喉の奥で石蕗王は笑った。

「意思の強い女子は嫌いではありませぬが、そのか細い体でいつまで耐えられるか、楽しみなことですな」

 石蕗王が腕をあげると、両脇に控えていた男たちが動き出した。
 咲良は彼らが近づいてくる気配に一瞬恐怖を覚えたが、すぐに震えを抑え込んだ。

(瑞樹……)

 咲良は感じ取っていた。
 切断された右手が、まだ双子の片割れとつながっているのを。

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