味噌汁と2人の日々

濃子

文字の大きさ
上 下
11 / 17

第11話 彼の母といる日

しおりを挟む
 父親のマリオと一緒に立夏がイタリアに行った。
 昨日はマリオが招待してくれ寿司屋に連れて行ってもらったのだが、明兎があまりにも食べないのでマリオは顔をしかめていた。陽気な人なのに申し訳なかったと明兎は反省する。

 立夏が家にいる間、何となく素っ気ない態度を彼にとってしまい、明兎はいなくなって後悔している。
「ーー僕のばか……」
 嫌われたらどうするつもりなのかーー。
 黙っていればいいのに。悩むのも恥ずかしいことなのにー。
 いつまでも立夏が愛してくれる、そう思う自分がおかしいのに。
「なんで我慢できなかったんだろう……」
 うじうじした性格が嫌になる。

 電話が鳴った。
「はい」
『アキト?昨日はごめんなさい、予定が合わなくて。あなたに会いたかったのにね』
 立夏の母、桂里奈からだった。
「いえ、僕のほうこそすみません。立夏に頼ってばかりでーー」
『あら、あの子はそれが生き甲斐なんだからいいのよ。明日時間ある?いいスイーツの店ができたの。葉鳥と行こうと思ってたけど、体重制限があるから無理だって。アキト代わりに来て、きっと気にいるわ』
「え?いや、そんな……」
『混むから10時前には迎えに行くわ。アキトはどうせ昼食は食べないでしょ?』
「……食べるときもあるよ」
 電話の向こうで桂里奈が笑った。
『じゃあね』
「はい。わかりました…」
 桂里奈の電話はいつも突然で、すぐに切られる。立夏が高1の2学期に転校してきて、よく家に遊びに行ったから、桂里奈とも長い付き合いになる。
 お母さん、という感じではなく、とてもきれいなお姉さんだ。立夏は顔立ちは母親に似たのだろう、マリオのような野性味あふれる容姿ではなく、優しい顔立ちをしているから。

 桂里奈は自分の母より健康面を心配してくれて、あの頃は毎日晩ごはんを食べに行っていた。京子は総馬の分しか用意してくれないから、葉鳥も呼んでもらっていた。彼女は桂里奈にとてもなついた。
「娘が欲しかったのよ」
 と、度々ショッピングにも出かけていたから、葉鳥が垢抜けた美人になったのは桂里奈のおかげだろう。
 いまは子育てが忙しくて旅行は行ってないが、独身中は友達も一緒にあちこち連れて行ってもらったようだ。葉鳥の夫の快青は、桂里奈の兄の子供だ。桂里奈も自分の甥と結婚させるぐらい、葉鳥のことをとても気に入っている。

「今日中に仕上げよう」
 明兎はパソコンの画面を開いた。
 すぐに立夏のことを考えてしまうから、仕事に没頭しないとーー。
 

「あいかわらず細いわね。ちょっとは肉を食べないとー」
 赤いフェアレディzに乗せられる。
 親子だなーー、と明兎は恥ずかしくて仕方がない。
「何よ?」
「いや、赤いなあ、と」
「葉鳥達と出かけるときは快青の黒のセレナに乗るの。日産ははずせないわ」
 そう言われても、車に詳しくない明兎は首を捻るしかない。
「着替えにくいから、コンビニに寄るわよ」  
 服が入った黒い鞄を渡される。
「えー…」
「立夏は怒るわね」
「そうだよ。僕にはもったいない」
 桂里奈は笑った。サングラスが良く似合う。立夏もかけるが、マフィアにしか見えなくなる。
「早く着替えてきて」
 強引だなー、とは思うが明兎は従った。桂里奈には逆らえない。
 トイレで白のシャツに着替えてグレーのパンツを履く。新品の服なんて久しぶりすぎて着心地が悪い。
 明兎は飲み物を持ってレジに向かう。格好が変わったことに気づいたのだろうか、店員が目を丸くした。
 
「ほんと細すぎよ。健康診断で引っかかるわよ」
 ティラミスを食べながら桂里奈が言った。
「桂里奈さん、受けてるの?」
 意外だな、と明兎も同じものを食べて美味しさに目を輝かせる。シックな店内は女性で賑わっている。
 落ちついた机や椅子が、何時間でもいられるように優しい作りになっていた。菓子のためか、少々店内は涼しかった。
「当たり前じゃない!いまは初期の癌なら治る時代よ。40になったら行くんじゃなくて、いまから行きなさい。立夏は会社で行ってるんだし」
 そう言われるとそうだ。明兎は頷いた。
「そうだよね。いつまでも健康とは限らないもんね」
「長寿の人は最後まで元気に食べる人よ。立夏のためにも長く生きてもらわないと」
 明兎は目を見張った。
「ーー桂里奈さんは、本当に僕のこと嫌じゃない?僕は立夏の人生だめにしちゃったんだよ……」
 桂里奈は吹き出した。
「笑わないでよ……」
 こっちは真剣なんだからー、と明兎は続けた。
「ごめんごめん!人生だめになったって、立夏のどこがぁ!」
 桂里奈は笑いがとまらない。
「だいたい、あたしが孫が欲しいように見える?」
 そう言われると明兎も即答はできない。
「気に入らない嫁がくるよりはアキトで最高」
 桂里奈はカヌレも頬張る。
「しっかり食べなさい」
 桂里奈は言いながらほっと息をつく。立夏が暗い声で、明兎が自分を避ける、と言ってきたからどうしたのかと思っていたが。ーー息子も大げさなところがあるから。

 すべてに恵まれた息子が、日本に来て一目で気に入ってしまったお姫様。自分になつかせたりマリオに紹介したり、外堀を埋めて逃げられないようにしていった息子。
 やり方は子供らしくないが、本気なのはよくわかった。だからこそ、家で2人きりになるようにしてあげた。妹の葉鳥を連れ出して1日家で2人になるようにーー。
 なのに高校生の間はキスどまり、手を出せなかったとはー。桂里奈はよく笑ったものだ。
「ねえ、アキト」
「ーーうん?」
「立夏とケンカしたの?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

処理中です...