味噌汁と2人の日々

濃子

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第3話 彼のいない日

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 落ち葉の季節になると困るのが、家の外に落ちるイチョウの葉だ。塀より突き出ている部分が多く、思いきって枝を切ろうか悩み中だ。
 葉だけならまだしも実が落ちてしまうと、つぶれて道路を走る車のタイヤを汚してしまう。
 そして広がる異臭だ。銀杏は好きだが実の処理は好きになれない。

 一度実をむくことにチャレンジしたが、臭さとの戦いで心がおれ、二度とやることはなかった。いまはゴミの日に捨てるだけだ、ゴミ処理の方には申し訳ない気持ちでいっぱいだけど。
「炊き込みご飯に入ってるとおいしいんだけどな」
 掃き掃除をしながら思う。葉っぱよ、早く全部落ちてくれないか。
 道路を軽トラックが走っている。明兎は大丈夫だろうとは思ったが、脇に寄った。
 軽トラックは屋敷の塀の横に停まった。
 運転席から作業服の男がでてきた。
「一之瀬、一之瀬だろ?」
「あっ、ーー坂下くん……」
 こちらも高校の同級生だ。すぐに名前が出てこないなんて、歳だな、と明兎は落ち込む。
「なんでこんなとこ掃いてるんだ?」
「うちの敷地のイチョウなんだ」
 明兎は箒で頭上のイチョウの木を指した。
「ああー、そうだな。デカいイチョウだな」
 明るく人気者だった坂下昇は、たしか家業の造園屋を継いだはずだ。
「おまえ、まだ立夏と暮らしてんの?」
 尋ねられ、かすかに頷く。
「ははははっ。もう誰も賭けてないとこいったなー。最長10年で俺だったんだぜ」
 賭けにされていたのか、明兎は力なく笑った。
「高1から付き合ってんだろ?10…18年かー!俺そんなに一人のひとと長く付き合ったことないわ」
「ーー坂下君、結婚は?」
「あぁ、いま離婚協議中。まだ3年目なのに浮気されちまったよ」
 坂下は明るく言ったが目は暗かった。
「どうやったらそんなに長く付き合えるんだ?」
 日に焼けた顔をゆがませ、不思議だな、と坂下は呟いた。
「そうだね……」
 明兎は視線を逸らしながら言った。
「浮気されても知らない顔をすることかな……」
 坂下は目を丸くした。
「ーーまあ、立夏モテるもんな。しょうがねえ」
 イチョウ切るなら連絡しろよー安くしてやるからなー、と坂下は軽トラックに乗って道路を走っていった。
 明兎はまた落ちてくるイチョウを掃いた。
「ーーそうだな。脚立やノコギリを揃えることを思うと、業者さんにやってもらったほうが早いかな」
 立夏に相談してみよう。

 20時、向こうは12時かー。
 いまなら昼だ、電話をとるかもしれない。
  電話をかけると、コール5回目で立夏が取ってくれた。5回を過ぎると、電話を切るという2人の決まり事がある。そういうときは忙しくて取れないのだ、彼の邪魔になってはいけない。

『どうした?』
 立夏の声に明兎は胸がときめいた。
「いま大丈夫?家のことなんだけど」
『手短に頼む。ーーAspettami finché io non venga.』
  誰かに待っててと言ってる気がする、悪いことをした。
「庭のイチョウなんだけど、家の外の道路に落ち葉が落ちるだろう?この前、家の前を偶然坂下君が通って、切らないかって言われたんだけど、切ってもらってもいいかなー?」
『坂下?』
「高校のときの……」
『別の業者にしてくれ、祖母の代から使っているところの連絡先を送る』
「わかった。忙しいのにありがとう」
『1週間後には帰る』
「ほんと!?楽しみに待ってるね」
 電話越しにキスの音が聞こえた。
 明兎は笑みをこぼした。我ながら単純だとは思うけど、彼の帰りがとてもうれしい。
「あっ、もうきた。珍しい……」
 通知に門倉造園と書かれた連絡先があった。
「そうだよね。おばあさんの代からお付き合いがあるなら、そこにしないと駄目だよね」
 考えが浅かったなー、と明兎は反省した。
 海の向こうでは立夏が唇を噛んでいることも知らずにーー。


「坂下ー…、あいつまだアキトのことが好きなのか……」
 宙を睨むように立夏は舌打ちをした。父親が大げさに肩を竦めた。
『嫉妬は見苦しいな』
『うるさい。もっと日本にいさせろ!』
『こっちに移住するんだろ?こっちのほうが何かと自由だよ』
 立夏とてそんなことはわかっている。

『まったく嫌になる』
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