ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

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東堂の恋わずらい編

第19話 兵馬の記憶

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 ……。

 …………。


『ーーおい。兵馬、俺と付き合え』
 その日、彩奈の家に入ってくるなり琉生亜が言った。元の世界に戻って2カ月ほどたった頃だ。

『え?どこに?』

 また、書類を書かされるのかーー。加賀家には弁護士がいるはずなのに。


『決まってんだろ?ベッドだ』
 兵馬は吹きだした。


 前は壁ドンだったなーー。大笑いしてしまったけどーー。


『またその冗談?無理無理、あなたのベッドなんか汚そうだよ』
『新調してやる』
『結構ですーー。母さんとがんばってくださいー』
 肩を急につかまれ、驚いて琉生亜の顔を見る。

 近いーー。

 兵馬は目を見張った。


 彼がキスをしてきたのだ。

 驚き、慌てて身体を突き飛ばす。だが、琉生亜の身体はびくともしない。押し倒されそうになり、肩を叩き続け思いっ切り唇を噛んだ。
 噛みちぎってやる、ぐらいの気持ちがあった。

『ーーいってえな』
 痛みに身体が離れ、兵馬は後ろに逃げる。
『何するんだよ!』
『セックスだよ』
 唇を舐めると、またのしかかろうとしてくる。

『母さんが帰ってくるよ!』
『アヤナはわかってる』
『最低!』
『何とでも言え……』


『無理!やられるぐらいなら死ぬからね!』
 テレビ台の上にあったシャープペンを取り、突き刺すように見せた。
『たいした出血にはならねえから、ほっとく』

 兵馬は壁際に追い込まれ、服に手をかけられる。
『ーーずっとおまえが好きだった』
『はい?』

 目が点だ。
 思考がパニックを起こす。

 ずっと?
 いや、好きだという人間の両親と、なんで身体の関係になるわけ?




 ????????ーーーー、!?





『無理無理無理無理!意味不明意味不明意味不明ぃーー!何なのそのイケメンなら何でも許される思考!痛すぎだって!』
『ーーそういうところ、グッとくる』
 あほだ、このひと。

『申し訳ないけど、僕向こうで結婚を前提にお付き合いしてるひとがいますので』

 指輪を見せると琉生亜が笑った。

『ーー二次元か』
『誰が妄想と婚約してるんだよ!そのひととの間に、子供ができました!』
『はあ?おまえが童貞を卒業したのか?』
 琉生亜が驚愕した表情を見せた。

『ーー童貞は卒業してません。いや、できません』
『はあ?子供は?』
 やっぱり妄想だろ、と馬鹿にするように言われる。

『僕が、産むほうですーー』








 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

『ーーはっ、、、頭イカれたのか?』
 引きつった琉生亜に、兵馬は言った。
『向こうでは、それが可能なの!わかったら、もう出ていって!二度と顔を見せるな!』

『ーーマジかよ』
『お腹がでてきたら写真を撮って送るよ』
『ーーんなもん加工できるわ……』
 琉生亜が離れた。

『マジ最悪ーー、何そいつーー』
『知らないほうがいいよ。あなたが思いつかないような、最上級のスパダリなんでね』
『キモ。ーービーズ玉のピアスやったヤツかよ』
『あなた偽セレブだった?ルートは一発でオレンジダイヤってわかったけど?』


『あー、ムカつくけどそこがなーー』
 琉生亜が舌打ちしながら離れる。警戒を緩めずに兵馬は睨み続けた。
『ーー1回ぐらい抱かせてくれ』
 懇願するような琉生亜の目だ。

『ジュナを裏切るぐらいなら舌かんで死ぬよ』
 相手の名前を聞いて、琉生亜の目が細められる。

『あっ、そうーー』
 ため息をついて琉生亜が踵を返した。
『ーーマジだったんだけどな……』
 いつも自信に満ちたひとの弱々しい声を聞くのは、はじめてだった。だが、それも自分にはどうでもいいことでしかない。



 パタンッ、と玄関のドアが閉まる音が聞こえると、兵馬は洗面所に走った。

 蛇口を勢いよく開いて口を濡らし、洗面台から水がこぼれるのも気にせずにバシャバシャと洗う。
 つかんだ石鹸を口に擦り付ける。

 
『うっ、ペッペッーーーー、うっ……』
 涙があふれてくるのも無視して、兵馬は口を洗い続けた。
 
『………ナ…』
 こらえていた言葉が漏れる。


『ーーーージュナ……、ジュナ……、会いたいよぉーー』
 洗面所の床にくずれ落ち、とまらない涙を強引に拭く。


『ーーもう、会えないの……?、、っう、、ジュナ……、会いたい……』





 
 ーーいや、きっといつかはルートが来る。必ず来るからーー。そのときまで、この子とがんばるんだーー。

 お腹に触れて、兵馬は目を閉じた。
 検査にも行けないから、元気かどうかもわからない彼の赤ちゃんーー。



「!」
 何かがピクピクと動いている。自分が動かしているのではない。
 動きはじめたのだーー。

『ーーユーリ、……』
 今度は嬉しくて涙がでた。

『いつか……、ーーに会おうね……』
 
 母親の彩奈が肩を叩くまで、兵馬はずっと泣き続けた。絶対にこの子を父親に会わせるまでは、諦めない、そう誓いながらーー。
 


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