ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

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僕らがいた国編

第150話 兄の頼み

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「ーー兵馬が言ってたけど、色々聞いてんだって?」
「ああ。未来の自分から聞いた」
「なら、いいか。まあ、せいぜい元気でやれよ」
「ああ」
「いつ行くんだ?」

 アレクセイが口を挟む。
「ーー明日には魔力が使えるだろう」
「魔力?飛行機とかじゃねえんだ」
 琉生亜が首を捻り、不思議そうな顔をした。
「ある意味、ロケットかな」
「ふうん。どうでもいいけど」
 琉生亜が煙草を取り出した。そして、何かを探すような仕草を見せる。

「灰皿なんかねえよ」
「違う。赤ん坊がいるだろ」
「いま、散歩中」
 琉生亜が来る前に、急にユーリが泣きだした。あまりにぐずりがひどいので、外気浴に連れて行ったのだ。
 赤子でも兄の凶悪さはわかるのだろう。


 ふぅ、と息を吐いて琉生亜が弟の目を見た。いままで見たことがないような真剣な眼差しに琉生斗はドキッとなる。



「ーーひとつ頼みを聞け」
 強く命令するような口調だ。

「なんだよーー」
 琉生斗は眉をしかめながら尋ねる。聞けるかどうかと言うよりは単純に内容が怖い。兄が自分に何を頼むのか、さっぱり見当がつかないーー。


 兄は言った。



「兵馬はおいていけ」





「えっ?」
 目を見開き、琉生斗は言葉を失う。
「オレが面倒を見る。おまえにはそいつがいるからいいだろう」






「…………」

 アレクセイにつつかれ、はっとなった琉生斗は慌てたように首を振った。
「いや、何言ってんだよ!兵馬にはな!向こうに大事なヤツがいるんだよ!」
「オレのほうが幸せにできる」

「できねえよ!!!」
 机を叩いて断言する。

 冗談ではない。

「できる。ーーおいていけ」
 息も荒く兄の言葉を否定したが、彼も言葉を引くつもりはないらしい。真っ向からぶつかったふたりは、どちらも譲らない、という顔でお互いを睨みつけた。


「ーーなんだよ兄貴。本気で兵馬の事狙ってたのかよ!」
「おまえのだから諦めた。だが、おまえのじゃないんだろ?」
「ふざけるな!!!恋人でも夫婦でもないけど、おれと兵馬は家族だ!」

 ぜーぜーと肩で呼吸をすると、琉生斗は目の前が真っ白になった。様子のおかしい事に気づいたアレクセイが、琉生斗をなだめる。

 静かにアレクセイは問う。
「ーーヒョウマは何と言っていた?」

 琉生亜が舌打ちをする。

「断られた。でも、おまえらが連れて行かなきゃいいだけだろ?」

 琉生斗の身体の力が抜けるのをアレクセイは感じた。その様子に頷いて、話しを続ける。

「ーーすまないが、ヒョウマがいなくては生きていけない者がいる」
「……」
「早く会わせてやりたい」

 何が何でも連れて行くーー。決意を固めアレクセイは琉生亜を見た。

「ーーけっ。顔は好みなのに、うざっ」
 琉生斗の顔を見ずに琉生亜は立ちあがり、何も言わずに玄関に向かう。


 俯いたままの琉生斗は、別れの言葉を探した。

 だが、口が動かない。

 何もかける言葉がでてこないーー。



 だけど、

「バイバイ、兄貴ーー」





「ーーーーーーうるせー、チビト」

 ーー俺だってなぁ…………、琉生斗の耳に悔しさが滲む兄の声が聞こえた。聞き間違えかと思うぐらい小さな声だった。
 

 バタンッーーー。




 これで、会うこともないーー。

 いつもと同じような、永遠の別れだ……。
 





 しーんとなった部屋の中で琉生斗は息を吐いた。

 項垂れる妻を優しく抱きしめながら、アレクセイの愛撫がはじまる。
「ーーアレク……」
「無理はしないーー」
「兵馬が帰ってくるぞ」
「ーーヒョウマは気にしない」
 ひどい事を言っている。

 キスに応じていると玄関のドアが開いた。



「琉生亜~~♡」
 弾丸のように四十代の女性が、スキップしながら駆け込んでくる。
「ーー帰ったよ……」
 兄のすごいところは、付き合う相手がどの年代層でも気にならないところだろう。

「えっーー!もうっ!蜜芋ブリュレ買ってきたのに!!!」
 彩奈がケーキの箱を琉生斗に渡す。

「ノリが葛城だな」
 ふふふっ、と彩奈がほくそ笑んだ。
「ーー兵馬は行くのね、あっちに」
「いいの?おばさん?」
「どっちみち、大学はイギリスだったじゃない。あの子の事だから帰ってきたりしないわよ。元気ならそれでいいわ」
 美花に似た顔で彩奈が笑う。

「結果だけみれば子育て成功じゃない?美花も公爵家の若様と付き合ってるんでしょ?」
「んー、それもそうだな」
「子供も親も色々よ。兵馬は特に母親がいらない子だった、ただそれだけ」
「おばさんーー」

「自分が友達の母親になろうとした子だからねー」
「え?」

「あら、ルート君が言ったんでしょ?クリスマスのプレゼントに母親が欲しいって。それ以来、ルート君の母親みたいになっちゃってね」
 おかしそうに彩奈が言う。琉生斗は目を瞬きながら涙をごまかした。

「ーーおれもひどいな……」
 髪の毛をかきむしる。

「そうねえ。琉生亜も苦しんだわ。姉はうざいし、弟は好きなひとを譲らないし」
 琉生斗は目を見張った。

「ーー昔からかよ」
「そうよ。知らなかった?」


 知らないよ、そんなことーー。


「わかったところで、兵馬が兄貴と、っていうのはないだろう」
「そうなのよ。あの子の旦那、どんなひとなの?」
「間違いなく、このレベル」
 琉生斗はアレクセイを見た。彩奈の目が大きく開かれる。
「見たかったーー!!!並べてみたい!!」

 悔しそうに彩奈が身悶みもだえた。


「ーーわたしもね、琉生亜の想いを助けてあげようとしたんだけどーー」
「えっ!!ちょっ、何やってんだよ!」
「1回ぐらいいいかとーー」
「ふざけるなよ!!!」
 琉生斗の怒りに怯むことなく、彩奈が笑みを浮かべた。

「ーーやめたわよ。お腹に子供がいてよかったわね。さすがに妊婦は襲わなかったわ」

「ーー最悪、あの野郎……」
 同情しかけた自分がばかだった。

 悪態をついた琉生斗を見て、彩奈が真面目な顔で話す。
「世の中は、あなたが思っている以上に壊れてるの。おきれいな聖女様は、早くおきれいな国に帰りなさいーー」




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