ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

文字の大きさ
上 下
160 / 235
僕らがいた国編

第150話 兄の頼み

しおりを挟む

「ーー兵馬が言ってたけど、色々聞いてんだって?」
「ああ。未来の自分から聞いた」
「なら、いいか。まあ、せいぜい元気でやれよ」
「ああ」
「いつ行くんだ?」

 アレクセイが口を挟む。
「ーー明日には魔力が使えるだろう」
「魔力?飛行機とかじゃねえんだ」
 琉生亜が首を捻り、不思議そうな顔をした。
「ある意味、ロケットかな」
「ふうん。どうでもいいけど」
 琉生亜が煙草を取り出した。そして、何かを探すような仕草を見せる。

「灰皿なんかねえよ」
「違う。赤ん坊がいるだろ」
「いま、散歩中」
 琉生亜が来る前に、急にユーリが泣きだした。あまりにぐずりがひどいので、外気浴に連れて行ったのだ。
 赤子でも兄の凶悪さはわかるのだろう。


 ふぅ、と息を吐いて琉生亜が弟の目を見た。いままで見たことがないような真剣な眼差しに琉生斗はドキッとなる。



「ーーひとつ頼みを聞け」
 強く命令するような口調だ。

「なんだよーー」
 琉生斗は眉をしかめながら尋ねる。聞けるかどうかと言うよりは単純に内容が怖い。兄が自分に何を頼むのか、さっぱり見当がつかないーー。


 兄は言った。



「兵馬はおいていけ」





「えっ?」
 目を見開き、琉生斗は言葉を失う。
「オレが面倒を見る。おまえにはそいつがいるからいいだろう」






「…………」

 アレクセイにつつかれ、はっとなった琉生斗は慌てたように首を振った。
「いや、何言ってんだよ!兵馬にはな!向こうに大事なヤツがいるんだよ!」
「オレのほうが幸せにできる」

「できねえよ!!!」
 机を叩いて断言する。

 冗談ではない。

「できる。ーーおいていけ」
 息も荒く兄の言葉を否定したが、彼も言葉を引くつもりはないらしい。真っ向からぶつかったふたりは、どちらも譲らない、という顔でお互いを睨みつけた。


「ーーなんだよ兄貴。本気で兵馬の事狙ってたのかよ!」
「おまえのだから諦めた。だが、おまえのじゃないんだろ?」
「ふざけるな!!!恋人でも夫婦でもないけど、おれと兵馬は家族だ!」

 ぜーぜーと肩で呼吸をすると、琉生斗は目の前が真っ白になった。様子のおかしい事に気づいたアレクセイが、琉生斗をなだめる。

 静かにアレクセイは問う。
「ーーヒョウマは何と言っていた?」

 琉生亜が舌打ちをする。

「断られた。でも、おまえらが連れて行かなきゃいいだけだろ?」

 琉生斗の身体の力が抜けるのをアレクセイは感じた。その様子に頷いて、話しを続ける。

「ーーすまないが、ヒョウマがいなくては生きていけない者がいる」
「……」
「早く会わせてやりたい」

 何が何でも連れて行くーー。決意を固めアレクセイは琉生亜を見た。

「ーーけっ。顔は好みなのに、うざっ」
 琉生斗の顔を見ずに琉生亜は立ちあがり、何も言わずに玄関に向かう。


 俯いたままの琉生斗は、別れの言葉を探した。

 だが、口が動かない。

 何もかける言葉がでてこないーー。



 だけど、

「バイバイ、兄貴ーー」





「ーーーーーーうるせー、チビト」

 ーー俺だってなぁ…………、琉生斗の耳に悔しさが滲む兄の声が聞こえた。聞き間違えかと思うぐらい小さな声だった。
 

 バタンッーーー。




 これで、会うこともないーー。

 いつもと同じような、永遠の別れだ……。
 





 しーんとなった部屋の中で琉生斗は息を吐いた。

 項垂れる妻を優しく抱きしめながら、アレクセイの愛撫がはじまる。
「ーーアレク……」
「無理はしないーー」
「兵馬が帰ってくるぞ」
「ーーヒョウマは気にしない」
 ひどい事を言っている。

 キスに応じていると玄関のドアが開いた。



「琉生亜~~♡」
 弾丸のように四十代の女性が、スキップしながら駆け込んでくる。
「ーー帰ったよ……」
 兄のすごいところは、付き合う相手がどの年代層でも気にならないところだろう。

「えっーー!もうっ!蜜芋ブリュレ買ってきたのに!!!」
 彩奈がケーキの箱を琉生斗に渡す。

「ノリが葛城だな」
 ふふふっ、と彩奈がほくそ笑んだ。
「ーー兵馬は行くのね、あっちに」
「いいの?おばさん?」
「どっちみち、大学はイギリスだったじゃない。あの子の事だから帰ってきたりしないわよ。元気ならそれでいいわ」
 美花に似た顔で彩奈が笑う。

「結果だけみれば子育て成功じゃない?美花も公爵家の若様と付き合ってるんでしょ?」
「んー、それもそうだな」
「子供も親も色々よ。兵馬は特に母親がいらない子だった、ただそれだけ」
「おばさんーー」

「自分が友達の母親になろうとした子だからねー」
「え?」

「あら、ルート君が言ったんでしょ?クリスマスのプレゼントに母親が欲しいって。それ以来、ルート君の母親みたいになっちゃってね」
 おかしそうに彩奈が言う。琉生斗は目を瞬きながら涙をごまかした。

「ーーおれもひどいな……」
 髪の毛をかきむしる。

「そうねえ。琉生亜も苦しんだわ。姉はうざいし、弟は好きなひとを譲らないし」
 琉生斗は目を見張った。

「ーー昔からかよ」
「そうよ。知らなかった?」


 知らないよ、そんなことーー。


「わかったところで、兵馬が兄貴と、っていうのはないだろう」
「そうなのよ。あの子の旦那、どんなひとなの?」
「間違いなく、このレベル」
 琉生斗はアレクセイを見た。彩奈の目が大きく開かれる。
「見たかったーー!!!並べてみたい!!」

 悔しそうに彩奈が身悶みもだえた。


「ーーわたしもね、琉生亜の想いを助けてあげようとしたんだけどーー」
「えっ!!ちょっ、何やってんだよ!」
「1回ぐらいいいかとーー」
「ふざけるなよ!!!」
 琉生斗の怒りに怯むことなく、彩奈が笑みを浮かべた。

「ーーやめたわよ。お腹に子供がいてよかったわね。さすがに妊婦は襲わなかったわ」

「ーー最悪、あの野郎……」
 同情しかけた自分がばかだった。

 悪態をついた琉生斗を見て、彩奈が真面目な顔で話す。
「世の中は、あなたが思っている以上に壊れてるの。おきれいな聖女様は、早くおきれいな国に帰りなさいーー」




しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

エルフの国の取り替えっ子は、運命に気づかない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
  エルフの国の王子として生まれたマグノリアンは人間の種族。そんな取り替えっ子の彼は、満月の夜に水の向こうに人間の青年と出会う。満月の夜に会う様になった彼と、何処か満たされないものを感じていたマグノリアンは距離が近づいていく。 エルフの夜歩き(恋の時間※)で一足飛びに大人になるマグノリアンは青年に心を引っ張られつつも、自分の中のエルフの部分に抗えない。そんな矢先に怪我で記憶を一部失ったマグノリアンは青年の事を忘れてしまい、一方で前世の記憶を得てしまった。  18歳になった人間のマグノリアンは、父王の計らいで人間の国へ。青年と再開するも記憶を失ったマグノリアンは彼に気づかない。 人間の国の皇太子だった青年とマグノリアン、そして第二王子や幼馴染のエルフなど、彼らの思惑が入り乱れてマグノリアンの初恋の行方は?  

処理中です...