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その日にむけて編
第140話 お湯をわかすのか!
しおりを挟む「ルート」
ラルジュナの声がした。
振り返ると思ったより彼が近くにいて、眉根を寄せている。足音がまったくしないし、近づくのが早すぎではないだろうか。
「勘違いなら謝るよ」
「ん?」
「ーーお腹にいる?」
琉生斗は頭を押さえた。
当てられた驚きと照れ臭さがある。
「いるんだね」
わずかに頷く。
「ーーいつから?」
「ほんとにちょっと前から、です……」
ラルジュナが目を細めた。
「初期に無理をすると危ない。あいつには言った?」
詳しいな、このひとーー。琉生斗は目を瞬きながら首を振る。
「何で?」
「だって、留守番になっちゃうだろーー」
「あたりまえだよ。何考えてるの?」
自分の事を真剣に考えての言葉だーー。
琉生斗は彼の目からそれを理解した。
「ーーこんなときに、安静にしとくなんて無理だろ!」
「話し合え」
きつい口調でラルジュナが言った。
「ーーおれを気にして全力でやれなかったら?だめじゃねえか!」
頭を振り、琉生斗はラルジュナの言葉を否定する。
アレクセイの負担にならないようにしたい。しなければならないーー。
ラルジュナが髪の毛をかきながら深く息を吐いた。
「そうじゃないだろ。何がなんでも生きるだろ!生き残ろうとするはずだ!」
琉生斗は目を見開いた。
「あっ……」
「もうちょっと相方を信用したら?可哀想だよ。ーーあー、何のよう?」
ふたりのまわりにトルイストがいた。不安そうな顔でこちらを窺っている。
「いえ、聖女様の大声が聞こえましたので……」
「そう。訓練の邪魔をして悪いね」
ラルジュナが謝った。トルイストは口のなかで言葉を選んでいるような顔をする。
「あの、失礼を承知で言いますがーー」
「言わなくていい。痴情のもつれと三角関係を疑ってんだろ?」
「あっ……」
「どっちもない。ファウラにも言えよ、双子だからって好みじゃないから」
「いえ、ファウラは何も言ってません。私の勝手な邪推です……」
トルイストが複雑そうな表情で琉生斗を見た。
「えっ?おれ、疑われてるの?」
「聖女様はラルジュナ様をよく見ている、と噂になっておりますーー」
「えー!見たらだめなんだ!」
琉生斗は声をあげた。
みんなだって見てるのに(目立つし)、おれはだめなわけ?
「城の女のひとみんな見てるのに、ルートだけだめみたいだね」
「視線感じる?」
「わかるよ。それが、好意か、悪意か、殺気か、瞬時に判断できるし」
「ーーそういうところはマジ尊敬するけどさ、おれはさーー」
「ん?」
琉生斗は顔をゆがめて、言葉を続ける。
「ーーあいつの好みって、こうなんだって思ってただけだよ……」
トルイストが深く頭を下げた。
「聖女様、申し訳ありません!ラルジュナ様にも不快な思いをさせました!」
「いいよ。そんな事で士気を下げられても困るしーー、ああ、来たよ」
ラルジュナの視線を追うと、アレクセイが歩いてきていた。
「殿下、申し訳ございません」
「いや……」
「師団長、下がってくれ」
ラルジュナが言うと、トルイストはすぐに場から退いた。
「何かあったのか?」
アレクセイが琉生斗を優しく抱く。ぎゅっと抱きつき、琉生斗は頭を振った。
「ーー往生際が悪いな」
ボソリとラルジュナがつぶやいた。
「…………」
「言いにくいか……」
はあー、とラルジュナがため息をつく。
「何の話だ?」
アレクセイが友を鋭い視線で見る。ラルジュナは迷うように琉生斗に視線を向けた。
言いにくいのだろう、聖女が困った顔で自分を見ている。
「あー、もうーー」
口元を引きつらせてラルジュナは言った。
「ーー君が父親になる話だよ」
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「ーー日が暮れるから、ボク帰るね」
固まってしまったアレクセイに、ラルジュナは別れの挨拶をした。
「待てーー」
「何で?」
ボクがいるのもおかしいでしょーー。
「どうすればいい!お湯をわかすのか!」
「気が早い!いま4月だよ!えーと、2ヶ月ぐらいか?産まれるのは11月だよ!」
「詳しいな」
琉生斗は目をパチクリさせた。
「姉達が1から10まで教えてくれるからね」
自分達がいかに大変かを、こんこんとしつこく説明されるのだ。
「ーーそうか」
アレクセイのはにかんだ顔を見て琉生斗もにやけてしまう。
「戦闘に加わりたいみたいだよ」
「え?」
顔色が変わっていくアレクセイに、琉生斗は言った。
「無理はしないから、おれの事は気にせず戦いに集中してくれ!」
「ーーそんなわけにはいかないだろう」
厳しい表情になったアレクセイに琉生斗は顔を曇らせる。
睨み合ったふたりは、意見を曲げない、と視線をそらさなかった。
「じゃあ、ちゃんと話あってね」
何食べよう。
と、ラルジュナが踵を返そうとするのを、ふたりは引きとめた。
「「待て!」」
「ーー嫌だよ」
「ちょっといてよ!」
「ルートを説得しろーー」
ラルジュナは冷めた目でふたりを見た。
「ーーコーヒーある?」
「さて。アレクセイ、君はどうしたい?」
「もちろん、父親として自覚をもってーー」
「バカなの?」
ラルジュナは頭を押さえた。
「何がだ」
「戦いたいのをどうするのか言ってるの!」
「無理だ。教皇の側にいてもらう」
「嫌だ!絶対にハオルをぶん殴ってやる!」
「首だけ持ちかえるというのはーー」
妥協案が間違っている。
「アレクセイ、妊婦さんにストレスを与えない」
ずれた発言には慣れているラルジュナが冷静に言った。この場にいてくれて本当によかったと、琉生斗は感じる。
「そうか……」
アレクセイが反省するようにつぶやいた。
「けど、ルートは魔蝕の浄化もあるから妊娠中も安静にしてはいられないんでしょ?ひっどい魔蝕もあるんだし」
「そう!その通り!」
「なら、本人の意思を尊重したら?」
「さすが!ラルさん!わかってる~!」
ラルジュナの言葉にアレクセイは頭を捻った。
「教皇が、神力が落ちる、と言ってなかったか?」
「多少だよ。そんなに変わらないもん」
「ーールートは生物的には男だからね。女性と比べると体力はあるんだろうけど……」
「ーーもはや、何をもって男というのかおれにもわからない」
ラルジュナがコーヒーを飲みながら友に声をかける。
「アレクセイ、教皇と相談しなよ」
「そうだなーー、いや、しかし……」
「ボクとしてはいたほうがいいと思う。浄化は切り札になる」
「だが……」
「後、突きあげるような体位は控えなよ」
「え?昨日したがーー」
「ーー聞きたくないよ」
アスラーンじゃあるまいし。
ラルジュナが帰った後、ふたりはお互いの顔を見た。
「ーー照れる、よな……」
「ああ……」
そのまま何も言えずに長い間、見つめ合う。アレクセイの目が、熱く潤んでいく。琉生斗も何度もまばたきで涙をごまかしながら、アレクセイをじっと見る。
「ーー愛している」
「おれもだよ」
いつまでも一緒にいようなーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回からはハオルとの戦いになりますが、あまりダラダラ書かずにいこうかなー、と思っています。
また、よろしくお願いします!!!
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