ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

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その日にむけて編

第137話 婚姻届

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『殺る必要がないからよ』
「そうかな」
『殺るなら、今後あたしの槍を使わせないわ』
「それはマズイね」
 ラルジュナが魔法を消した。

『ラル。あなた蛇羊神から印をもらったのね。あたしというものがありながら』

 長い金髪をなびかせて、キャロラインは目を吊り上げた。
「ーーもらった覚えがないけど」
『嘘おっしゃい。恋人にもついてたわ』

 ラルジュナの動きがとまる。

「印が、ついてた……」

『ずいぶん気に入られたのね。ラルのこと呼んでくれ、ってうるさいのよ。でも、悪い判断じゃないわ。蛇羊神は神のなかでも攻撃力が並外れて高いから』

 キャロラインはラルジュナを見たが、彼はどこか遠くを見ている。

『あの新悪魔を殺るんでしょ?あたしの旦那様の黒槍を貸すわ。墓地に取りに行きなさい』

「ーーキャロライン」

 前例のない話だ。

 凶霊が何より愛する夫、ワリアのものを人間に貸すとはーー。

『貸すだけよ。ーーいいじゃない、恋人の後を追いたいなんて、あたし大好物だわ』
 ゾクッとくるような蠱惑的な笑みをキャロラインは浮かべた。

「お誉めにあずかり光栄でございます」
 ラルジュナは胸前に手をあて、恭しくキャロラインに頭を下げる。キャロラインが満足そうに笑む。


「お待ちください!キャロライン様!王族の男子はいまふたりしかいないのです!ラルジュナに何かあっては!!!」

 アルジュナが真っ青な顔で凶霊にひれ伏した。

『あら、変ね。3人じゃない?』
 キャロラインは小悪魔のように愛らしく小首を傾げ、ふわりと宙に消えた。

 
「ーーどきなよ。元帥」
 ラルジュナの言葉に、ヒュースが兵士に道を開けるように指示をだした。

「ーーキャロラインも神気を消してたんだね。みんな倒れていないなんてーー」

 凶霊の圧に負け、兵士達の顔からは汗が大量に流れている。身体が震えている者もいた。

「ラルジュナ!何を考えているんだ!」
 アルジュナが駆け寄り息子の腕をつかむ。それをあっさりといなし、ラルジュナは進む。 

「ーーねえ、パパ。どうして流行り病がすぐに鎮静できたかわかる?」

「おまえが、天才だからだ!」
 確信をもってアルジュナが答えた。

「向こうの病気に似たようなのがあってね、彼がワクチンを打っていたんだよ」

「彼……」

「ワクチン情報を可視化して病気の治療薬が作れたんだ。他の5人は打ってなかった、彼だけが接種してくれてたおかげで、バッカイア国も周辺諸国も救われたわけ。
 ーー来来国についてはもう少し早く教えてほしかったよ。姉さんがいるのに、パパはすぐ他人事にする」

「……」
 父がつかんだ腕を離した。



 もしかしたら、今生の別れになるかもしれないのに、つかみ続ける事ができなかった。



「バイバイ、パパ」

 振り返る事もなく、ラルジュナは歩き去った。迷いもない足取りに、ヒュースが俯く。

「ーー申し訳ありません。殿下……」
 
 貴方はこの国に囚われないほうがいいーー。
 














 ラルジュナは転移魔法で暗黒神殿に転移した。

「蛇羊神様、何か用ですか?」
 神様がいびきをかいて寝ている。頭は山羊、胴体は大蛇の蛇羊神をゆすりながら起こす。

『ーーぐっ。ーーーーはっ!なんじゃ冬眠中じゃぞ』
「冬眠するんだ」
『あたりまえじゃ』
「何か用がありましたか?」
 ラルジュナは相手にしなかった。

『態度が悪いのう、ひどい旦那だ。もう少しだけ若かったらわしがヒョウマと結婚しとるわ』

 そんなわけがない。

 目を眇めてラルジュナはやり過ごした。

『ーーこれを渡しておこうと思ってな』
 蛇羊神の前に一枚の紙があらわれた。ふわりとラルジュナの手にそれが落ちる。

「…………」

 ラルジュナは目を見張り、しばらくの間、紙を見たまま動かなかった。そんな彼を、蛇羊神が見る。澄んだ山羊の目で神は何を思うのかーー。







『内緒だと言われてたのだが……、もういいじゃろうて』


 紙は婚姻届だった。


 婚姻届の妻の欄に、葛城兵馬、と記入されている。


「なんで?」
 声を震わせながら、問う。

『わしが保証神になってやったのだ。渡して来いというのに、また今度と言いおってな……』

 ラルジュナは浮いた羽根ペンを握り、震える手で自身の名前を記入した。

「ーー書きました……」

 涙がこぼれていく。

 彼が顔を赤らめながら書く姿が、脳内に浮かんでくる。

 蛇羊神は、紙を受け取り頷いた。


『これでおまえ達は夫婦じゃ。いや、夫夫なのか?まあ、どっちでもいいのうーー。まさか、邪神と呼ばれたわしが婚姻の保証神になる日がくるとはな……。長生きはするもんじゃ』

「ーーその寿命、わけてよ……。わけてくれても……」
 言葉が詰まる。

 その様子を見ながら蛇羊神は欠伸をした。

『おまえさんは、視るほうだろ。会いに行ったのか?』

 ラルジュナは蛇羊神を睨んだ。

『おー、怖い。だが、なぜか、人間は自分が死んだ場所に戻るからのう……。ーーけど、まあーー』

「何?」
 いらいらしながら尋ねると、蛇羊神からはまたいびきが聞こえてきた。

「何、この神様ーー」

 怒りながらラルジュナは暗黒神殿を後にした。
















 ーー美花はその場所に行く決意をした。

 ファウラがついて行くと言うので、ふたりで花をもってある場所に向かう。

 弟が消えた場所である。
 誰かが消された場所だと言った。その言葉が耳に入るだけで過呼吸で倒れた。

 それ以降、気を使われて、弟の話は美花の耳には入らないようになっている。


 だが、ハオルとの決戦が近づいてきたこのときに、その場所を見ておきたいと決心した。



 ダイヤモンド公園の裏のかつては静かな森の一部であった場所。いまそこは大穴があいて立ち入り禁止の魔法が張られている。


 恐る恐る美花は穴の中を覗いた。
「あっ!」
 


 そこに彼がいた。
「ラルジュナさん……」

 彼が振り向く。
 自分と目が合うと、大きく目が開き、やがてゆっくりと視線が外された。

 飛んで穴の中に降りて駆け寄る。穴の中にはたくさんの花束が置かれていた。彼はそのひとつひとつの花を見ているようだった。

「ーーラルジュナさん。体調は大丈夫ですか?」
 美花の言葉にラルジュナの眉があがる。

「ーー恨みごとを言いに来たんじゃないの?」
「えっ、なぜですか?」
「ボクが少し寄り道をしたから、ーー間に合わなかったんだ……」

 聞いてるよね。

「ーー殿下が、ふたりともだめだった可能性もあるって……」
「アレクセイ……」
 あいかわらず空気が読めないヤツだ、とラルジュナが片眉をあげた。

「ちゃんと、って言ったらおかしいけど、ミハナはボクを恨むべきだ」
 ラルジュナの言葉に美花は首を振る。

「恨みません。絶対に恨みませんーー」
「恨んでいいんだよ。殴っても当然だ」

「殴りません。ーー弟がはじめて好きになったひとだもん……、あたしが怒られます……」

 涙をゴシゴシと拭いて美花はファウラからハンカチを受けとった。
「ありがとうございます。心配してもらってーー」

 微かに頷き、ラルジュナが踵を返す。

「ーーもう、行くんですか?」
「あまり長くはいたくないし……。それに、ここにはいないー」
「えっ?」
 ここにはいない、って誰が?

「ミハナには魔法の事で相談があるんだー、アレクセイに伝えとくからー」

「は、はいっ!」
 何だろう、ラルジュナの雰囲気が変わった。何があったんだろうーー、美花は首を傾げた。






「ーー兵馬、元気にしてる?」
 花を置き、美花は話しかけた。

「あんたってあの世の事にも詳しそうだから、苦労はしてないわね、きっとーー」
 後ろにいるファウラが美花の肩に触れる。

「お姉ちゃん、がんばるからね!」
 





 その日、ラルジュナは神聖ロードリンゲン国の牢屋にいる、義理の兄妹に会い話しをしたそうだ。
 彼女からどんな話が聞けたのかは、彼以外わからないーー。




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