ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

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その日にむけて編

第134話 鎮魂の夜

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「ミハナ、少しは食事をとらないと……」
 レノラの優しい声が聞こえても、美花は何の返事もできなかった。

 あの日、弟がいなくなってからずっとベッドの上にいる。いつここに来たのかも覚えていないがーー。


 これはきっと夢。

 目が覚めたらニホンにいて、いつも通りに学校へ行くんだ。放課後に町子と花蓮とマッキュに行って、推しの動画をみながらポテトを食べよう。

 きっとあの子が言う。

「ちょっとは無駄遣いやめたら?姉さんと僕の貯蓄額、桁が違うよ。僕、大学自分でいけそうだしー」
「なんでそんなにあるのよ~?」
「お父さんと、株で増やしたからねーー」

 ーーあの子ったら……。

 想像で美花は笑った。

 使っていない表情筋がひくつく。美花の目からは、また涙がこぼれた。
 

「ーーなんでなの……」
 喉がカラカラだ。
 水が欲しい。
 あの子はもう飲めないのだから、自分も欲しいと思ってはいけない。
 生きたいと思うことに、罪悪感しかない。

「ミハナ、飲んで!生きて、ヒョウマは優しい子よ!ミハナが苦しんでいるのをみたら、悲しむわ!」

「ーーっう……」
 レノラが濡れた綿を美花の口に含ませた。

 美味しいーー。
 水が飲みたい。

 差しだされたコップの水を勢いよく飲んで、むせる。

「ゲホッ、ゲホッ!」

 それでも水を飲んだ。



「ーーね。ミハナは生きようとしてるの」 
「違う……。あたし行かなきゃ。お姉ちゃんだもん……、きっと寂しがってるーー」
「ヒョウマはそんなこと思わないわ!ミハナ!」

 身体は揺さぶられているのに、心が動かない。
「ーーレノラさん。あたし、どうすればいいかな……」

「ミハナ、たしかにヒョウマは可哀想よ。あってはならない出来事だった。だからこそ、姉であるあなたにはヒョウマの分も幸せになって欲しい!それが、みんなの願いよ!」
 真摯に見つめられ、美花は泣いた。

「ーーあそこには花があふれているわ。毎日交換に来るひともいるのよ……」
 レノラが涙をぬぐう。




「ーーそっか……。あたしも、行かなきゃーー。いまは無理だけどーー」
「ええ!少しでも外にでなさい。ファウラ大隊長が心配で、ずいぶん痩せたわ」
「えっ?」
「身体を拭いてあげるから、談話室に行きましょう。呼んでくるわ」
「いっ、嫌ですよ!か、髪もくしゃくしゃだし、臭いし!肌もしわしわしてるし!」

 レノラが微笑んだ。
「じゃあ、もう少し体調を戻してからにしましょう」

 美花は小さく頷いた。
 レノラの後ろにいたカルディも、ホッとしたように笑う。












 ファウラが痩せた事を聞いて、少し気力を取り戻したとレノラが報告すると、将軍室は温かい空気に包まれた。

「その調子でもっと痩せろ」
「ーー意図して痩せたわけではないので」
 頬がこけたファウラをトルイストが肘でつつく。

「ーーミハナが立ちあがってくれるのは戦力的にもありがたい話だ。なんせ、天使魔法を習得している」

「あれは凄かったなぁ」
 アンダーソニーが頷いて、ヤヘルとルッタマイヤを睨んだ。ふたりは気まずそうに視線をそらした。

「おまえさんがどう思っているかはしらんが、公爵もしばらくは何もいうまい。おまえさんは知っていたのか?」
「ーーフェレスが悪魔だというのは、何となく知っていましたが、父からははっきりとは言われていません。正体を見破ると、支配権が移るらしいのでーー」
 アンダーソニーが項垂れた。
「ーー公爵以上しか知らん事か……」

「他にもいるのでしょうが、彼らは敵にはならないのですか?」
 ルッタマイヤが問う。

「人間社会に適応している悪魔は、こちら側につくでしょう。父の話ではアジャハン国の食客悪魔パラサイトデビルはアスラーン王太子に心酔している様子だそうですしーー」

「あそこの王太子は、凄いな」
 トルイストが息を吐く。
「殿下のご友人なだけはありますね」

 全員が深く頷いた。

「アダマス陛下は肝心なところで下がってしまわれるーー」
「仕方がありません。今まで我が国は剣を向けられて来なかった。その間、諸外国はいくさを続けてきた。その違いでしょうーー」

「そうだなーー」

 まさかの事態だ。

 聖女を殺す、などと言う奴がこの世にいるとは。

 強国バルドの王族は、ハオルと自分達に一切の関係がないと表明したらしいが、無責任な国としか言いようがない。

 だが、もうそんな事には構っていられないのだ。


「ーー軍務会議に行かねば……」
 アンダーソニーが胃を押さえる。
「士長、今日は私が行きましょうか?」
 恐る恐るルッタマイヤが手をあげる。
「いや、ーーがんばる」
「士長ーーーーー」
 ルッタマイヤが涙を拭いた。

「行ってアスラーン王太子に怒られてくる」

「ーー陛下はだんまりですか……」
 呆れたようにヤヘルが言う。
「自分の息子の友達から、平和ぼけ、と言われたらしくてな。拗ねておられる」

 いやいやいやいやいやーー。

「ーー陛下はもう……」
 皆が頭を押さえる。

「仕方がないーー、うちの王族は戦の経験値がない。ただひとり、アレクセイ殿下は違うがーー、殿下はーー」
「会議を仕切る事ができない……」 

 皆、難しい顔で互いをみまわす。

「公爵以上がでても無意味でしょ。ベルダスコン公爵閣下など、空気だ」
「おまえの兄弟子だぞー」
 ヤヘルが口を挟む。
「すぐに逃げ出した奴ですよ」 
 呆れたようにトルイストが首を振った。

「ーーあの方がいてくだされば……」
 ファウラが独り言のようにつぶやいた。

 誰もが同じ思いだ。彼がいればすべての状況が変わるだろう。


「ーーそんなに深い関係だったのか?」
 トルイストの言葉にファウラが頷く。
「父は事業拡大の為と考えていたそうですが、ミハナはヒョウマから、恋人ができた、と聞いたと言っていました」

「ああっ!見たかった~~~!」
 ルッタマイヤが悶えた。

「ーーおまえも、演習中に飲まんかったら見れたぞーー」
 アンダーソニーが低く言う。

「えっ!?」
「私しかいないときに、はじめだしちゃったからどうしようかと思ったなー」
「えっーーーー!」
 絶望に軍将は倒れた。

「士長見てたんですか?」
「寝たふりでごまかしていたが、内心ドッキドキだったぞーー。あれは完全にラルジュナ様のほうが好き度が高い」

「意外ですね」
 トルイストが素直な感想をもらすが、ファウラはラルジュナの気持ちがわかる。

 
 ーーはまると抜けられない。異世界人にはそういう引力のようなものがある。
 アレクセイや、他の者もそうかもしれないーー、惹かれ合ってしまえばそれをやめることができない。
 

 ラルジュナが負った喪失を思うと、ファウラは心が痛む。


「ーーだからこそ、もう無理だと私は思うーー」
 アンダーソニーは立ちあがり、軍務会議に出席する準備をはじめた。
「ーー我々だけで、殿下をお助けしよう」

「はっ!!!」
 魔法騎士団は決意を固めた。














「ーーファウラ様!」
 皆の献身の思いやりで、美花は元気になってきた。一番の要因は彼が痩せたと聞いた事だ。
 なんとかしなければと奮起し、体調を戻す努力をした。

「ミハナ!」
 ファウラが美花をきつく抱きしめた。そのまま唇を重ねる。
 まわりの者がきゃあきゃあ騒ぐ中、ふたりはキスをした。


「ーーファウラ様、痩せましたね」
「ミハナのほうが痩せています」
「あたしは、太ってたからちょうどいいんです!」
「ミハナーー」



「ファウラ様!あたし、男の子が欲しいです!」
 美花はボロボロと泣いた。

「ーーええ。名前は、ヒョウマにするんですよね?」
「ーーはい!いいですか!」
 優しく美花の髪を撫でてファウラが頷く。

「いいに決まっています」
「激強に育てましょうねーー。誰にも負けない子に、なるように……」

 談話室には、優しい涙があふれた。












「花蓮!」
「ーー美花ちゃん!大丈夫?」
  ステージ後の花蓮に美花は話しかけた。

「なんとか立ってるーー」

「そう……。美花ちゃん。クリス君や神官さんや、町のひと達がね、ランタンを空に飛ばそうって言ってくれてるの」
「へぇ。それって!」
 目を見開いた美花に、花蓮が微笑む。

 女神やん、と美花は思った。

「うん。文化祭の最後に、兵馬くんとルートくんがやってくれたでしょ?あのアニメみたいにやりたいって、わたし達が頼んだからーー」
「ーーそんな事あったわね。ルートが企画して、あの子が経費をもらってきてーー」

 兵馬ったらーー、と美花は泣けてくる。お金の思い出しかないなんてーー。


「ルートくんを誘ったら、遠くから見てるですってーー」
「うん……」
 兄弟より兄弟らしく、助け合って生きてきた琉生斗と兵馬。彼のほうが、心に負った傷が深いだろう。


 でも、ーー。

「あたしにも、ルートにも、自分より大切にしたいひとがいる。花蓮や、町子もいるから、いまがんばれているのよね……」

 東堂はよくわからないけどーー。




「ーーでも、あのひとは、失ってしまった……」

 つらいだろうなーー。

 大丈夫かな……。







「カレン様!いきますよ!」
 司祭のイワンが張り切って声をだした。少し離れた場所でクリステイルが空を見ている。涙をこらえているのかもしれない。

「お願いしま~す!」

 夜にもかかわらず、神殿に集まってくれた大勢のひとがランタンを空に放した。

 花蓮が歌いだす。

 あのアニメの歌だ。


「美花ちゃん~!」
「町子!」
 ふたりは顔を合わせて抱き合った。

「美花ちゃん、つらかったね~~~」
 町子が涙を流す。

「ううん!みんなが支えてくれるの、負けてられないわ!」



 夜空にランタンの光が昇っていく。
 幻想的な光景に、皆が目をきらきらさせながらランタンを見る。優しい光は、きっと天まで届くだろう。

 こんなにもたくさんのひとが、あの子の死を悼んでくれているーー。
 



 ーーねえ、見てる?あんたのためなのよーー。


 ーーこれ、環境問題と着地点考えてる?




 兵馬が照れくさそうにぼやいたーー。美花は自分の考えに笑ってしまう。

「皆さん!ありがと~~~~う!!!」
 美花は大声で叫んだ。


「がんばる!」
 美花は涙をこすった。

「うん~!」
 町子も涙をぬぐった。




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