ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

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その日にむけて編

第131話 アレクセイは前を向く

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「ラルジュナ、少しは食べろ」
 
 アスラーンは塞ぐ友に声をかけた。

「……………」

 返事もなく、このやりとりも何回目かわからない。

「ラルジュナ、ちょっとでいいから、ね?」
 アスラーンの要望を聞き、バッカイア帝国からラルジュナの幼なじみのジュドーが来た。献身的に彼の世話を焼く。

「ーーヒョウマ、いた……?」



「ーーいないよ……」

 このやり取りも何回目だろうか、アスラーンは頭をかいた。

 哀れむ気持ちと、焦りが混じる。彼が立ちあがらなければ、ハオルが攻めてきたときの勝機がない。
 ハオル以外の悪魔は、自分や諸外国の魔法騎士達を総動員すればなんとかなるだろう。だが、ハオルだけは、強さが未知数すぎる。

 アレクセイひとりを戦わせるわけにはいかないーー、彼が倒れればハオルは聖女ルートを殺す。

 それは何としてでも止めなければならない。そのためには、神殺しであり、魔法も無詠唱で使える彼が戦闘に加わるのは必須不可欠な事だ。


「ジュドー、後は頼んだ。もし、ーー」
「わかっております。ーーつらそうなら、薬を打ちますので……」



 ため息をついてアスラーンは屋敷をでる。


 いま、聖女ルートは必死の思いで魔蝕の浄化に向かっているそうだ。側にいるアレクセイの気持ちを思うと、アスラーンはラルジュナのいまが歯がゆくて仕方がない。

 聖女が立っているのに、おまえはなぜ俯いているのだーー。聖女のほうがおまえよりもつらいはずなのにーー。









「アリョーシャ」
「ーーアスラーン。ラルジュナはどうだ?」
「さっぱりだ。この間は来てくれたのにすまないな」
「いや、ルートが行きたいと言ったのでな、無理をいってすまなかった」
 アレクセイは顔を伏せた。
 
 ラルジュナが陽気な顔以外を見せることは滅多にない。不機嫌な顔など、心配して欲しがってるみたいで嫌なんだよねー、と言ってきた男だ。

「ーールートは凄いな」
 感心したようにアスラーンが息をつく。
「ーー無理はしているが、魔蝕は……」
「待ってはくれんかーー。ラルジュナもどうしても動かなければならない理由があればな……」

 バッカイア帝国の王妃ジュリアムは、しつこくラルジュナを返すように言ってきている。どうせ自分達を守らせたいだけであろうがーー、アスラーンは馬鹿にしたような目で宙を見た。

「無理は強いたくはない。ーーハオルは私が……」
「魔法痕を見ただろう?とてもひとりで倒せるものではない。あいつ以上に魔法を使える奴がいればいいが、悪魔の磁場を展開されると、こちらは手が出せない」

「ーーマチコを鍛えるか……」
「いまから剣を覚えておまえにあわせて攻撃ができるのなら、やってみろ」
「…………」
「あれは、おまえの癖がよくわかっている。おまえもそうだろうが」
「ああーー」

「何をそんなに躊躇っている?」
 眉を寄せてアスラーンはアレクセイを睨んだ。

「ーールートがそうなれば、私も同じようになる」
 ため息を吐きながらアスラーンは言った。
「なら、そうならないようにしろ。そうだ、王都のはずれで捕まえた女は何か吐いたのか?」
「吐けばハオルに殺されるらしい」
 アレクセイの答えに眉をあげる。
「それで拷問もしないとは。相変わらずめでたい国だな」

「ーーそうだな」
「それより、耳に入れておきたい事がある」
「何だ?」
「トードォの事だ」
「そちらに通っているそうだな」
「訓練も兼ねてだが、最近は夜が激しくてな」

「ーーそうか」
 何と答えればいいのか、アレクセイには友の意図がわからない。


「死を意識すると、ああなる」
 
 アレクセイは目を見張った。何かを理解したように、ゆっくりと息を吐く。

「ーールートもそうだ……」
「だろうな。平気なはずがないーー。ヒョウマの姉は無事か?」
「ファウラや、レノラ達のおかげで、何とか生きている。必ず誰かは隣りにいるようにしている」

「そうか……。何と影響力のある奴だったのかーー」


 アスラーンが去る。





 ーーもう、過去の者か。


 それは仕方のない話だ。
 明確な指針を示さないアダマスに代わり、彼が諸外国への説明と協力を要請している。返事はおもわしくないらしいが、その姿勢には自国の兵士達は万謝ばんしゃしかない。
 アレクセイとしても、申し訳なさで一杯だ。

 聖女召喚に巻き込まれただけの異世界人を死なせてしまうとは。
 あってはならない事が起きた。

 その上、不可侵の国を攻撃する者があらわれるなどーー。

 アダマスはその事実をいつまでも受け入れられずにいるのだろう。

 自分がしっかりせねばーー。


 アレクセイは前だけを見据えた。






「アレクセイでも苦戦しそうとは、あの王子も恐ろしい男になったものですね」
 ティンが王都結界学の書物に目を通している。

「はあ、なるほど……。それで、ラルジュナ殿はどうですか?」
「ーーいないことを想定している」

「アレクセイーー」
 ため息をついてティンがアレクセイを見た。
「言うだけ無駄かもしれませんが、貴方はもっと他を頼りなさい」
「………………」
「まわりが頼りない大人ばかりで申し訳ないですね」
「室長は違いますよ~」
 町子もいくつも本を広げている。
「国民は自由に通れるというのが凄いですね~」
「そうなのです」
「どうやってインプットしているのですか~?」
「血に反応します。生まれたときに神官が血を抜くのですよ。ーー機密事項なんで、言ってはだめですが」
「は~い~」
 スズに似た女顔のティンが、町子を優しい眼差しで見ている。

 幸せな光景に胸が休まる思いだ。

「そういえば、アレクセイ。呪いは大丈夫なのですか?」
「何だったのか、聞いてもいいですか~?」

「はい。一番大事なものの記憶を忘れる、でした」

「「えっ!?」」
 ふたりは目を見開いた。

「えっ?、アレクセイ、まさか琉生斗の事がわからないのですか!」
「えっーー!見えないーーー!」

 やはり誰もが琉生斗だと思うのだろう。
 そうなのだがーー。

「いまは戻っています」
 アレクセイは答えた。
「呪いが解けたんですか!」
 ティンが愕然とした表情でアレクセイに詰め寄る。

「呪いは解けていませんが、ラルジュナが記憶を失う事を想定して記憶を複製し、記憶媒体なるものを脳内に差し込み、呪いを受けると上書きするように魔法をかけてくれました」


「なっ!」
 そんな事が、とティンが目をむいた。
「何それ~!凄すぎ!メモリーカードみたい~!」

 はしゃいで手を叩いた町子だが、次のアレクセイの言葉に身体を強張らせる。
「ーーヒョウマから、パソコンやメディアの知識を聞いていたらしいーー」




「ーーそう……」
 町子から笑顔が消えた。

「さっ、がんばろう~」
 本を閉じて町子は立ちあがる。
「結界チームに差し入れしてきます~」
「ーーはい……」
 ティンの表情も暗い。


「ーー本当にどう考えればいいのか、私にもわかりませんね」
「はい。私もルートを支える事しかできません」
「ーー大変な事ですよ。父も苦労してましたから」
 ティンが昔を懐かしむように破顔した。






 

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