ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

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ゴッドスレイヤー編

第116話 神堕ちの竜とライト

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 蟹のような生き物を斬ったときに、付与は自然治癒だと教えられた。呪いは、蟹が食べられないこと。
「カニ、エビがあればいいかな……」
 アレクセイは歩いた。

 毎日歩いた。
 食べ物はない。どれだけ腹が空いて倒れても、身体が勝手に治癒をはじめる。ダメージを負った臓器が治っていく。
 それがまた痛く、つらかった。


「もう、嫌だ……」
 母が亡くなってからはじめて弱音を吐いた。吐くだけ無駄なことはわかっているのに、つらくてしょうがなかった。


「死にたい……」
 生きて、と願った母のためにも言いたくなかった言葉だ。だが、もう死にたかった。

 治癒が間に合わないようにすればいいのかーー。


 死ねる場所を探す。
 ここには何もないのにーー。酸の海を見つけたが、もしかしたら治癒のほうが早いかもしれない。それだと、地獄だ。地獄など知らないが、絵本で見たようなところだろう。


 岩山が陰になった場所に入る。

 気配のない空気に、何かが混じっているような気がした。
 何だろう、と何気に上を向く。


 それと目が合った。

 身体が自然に怯える。恐怖に震えがとまらない。






『なんだぁ?人間かぁ?』


 恐怖に支配され、思考がとまった。

「…….」
  声がでない。本当にそんなことがあるなんてーー。

 アレクセイは逃げだしたい気持ちを抑えて、呼吸を繰り返した。

「…………ください………」

『ああ?何いってんだぁ?』
 その竜はいかにも面倒くさそうに尻尾を動かした。銀色の鱗がとてもきれいな竜だ。

「殺してください。一撃で」

『なんでぇ?』

「死にたいーー」

『はーん。なんで俺がやらなきゃならねえんだ?死にたいなら勝手に死ね』


「ーー死ねない、から……」

『ああん?あー、クラフルを斬ったのか。雑魚のくせにいい付与もってたな』

 竜が飛んだ。岩の上からアレクセイの目の前にうつる。

『う~ん。ーーおまえ、捨てられたのか、こんなところに』
 恐怖に固まったアレクセイを無視して、竜は話し続けた。

『まあ、生きてみろ。おまえはここで死ぬ運命じゃない』
「え?」

『生き方を教えてやる。俺はアルゴルだ』

「………ライト」

『よし、ライト。よろしくな』

 その日から、アレクセイはアルゴルと生活するようになった。

 アルゴルは面倒見がよかった。

 安全な飲み水の作り方や、食べられるものを教えてくれた。アレクセイの寝る部屋を拵えるために、材料を集めてくれたりもした。
 
 戦い方も教わった。

 どう立てばよいか、どう剣を振ればいいのかを叩き込んで、相手までしてくれる。


「なんで、世話してくれるの?神様をやめたんでしょ?」

 答えはなかった。

 ボロボロの服にきれいな布をついでくれた。木の皮で編んだ服は少し痒かったが、嬉しかった。

 アルゴルは親切な竜だった。とても神様をやめたようには見えないほど、思いやりにあふれていた。


 寄せた身は堅くて冷たいけれど、アレクセイは幸せだった。

 いつまでもこの日々が続けばいいと、アレクセイは思っていた。国に帰ってもろくな目には合わないし、誰も心配することはないだろう。
 アンダーソニー達も自分にかまわないほうがいい、ルチアに睨まれずにすむ。

 季節の変わり目もなく、ただ、神堕ちの竜とひとりの少年はともに過ごした。

 とても幸せな日々だった。

 必要な事はすべてアルゴルから学んだ。これからもそうだ。一生、それでいいーー。

 父などいらない。

 兄弟もいらない。

 アルゴルがいるから…………。アルゴルがいてくれるから…………。













 だが、別れは突然訪れたーー。






「ーーいま、なんて言った?」
 驚愕に言葉を失ったアレクセイにアルゴルが続ける。


『俺は寿命だ。もうすぐ死ぬ。だから、ライト、俺を斬れ』








「ーー無理だ」


『やれ。一撃でやってくれ。俺は苦しみたくない』



「どうして!」



『寿命だと言っただろ?痛みがひどいんだ。こんな痛みに耐える俺を可哀想だと思うなら、さっさと斬れ』






 絶望にアレクセイは泣いた。


 その日から、泣き続けた。泣いて泣いて、何日たっても何も変わらなかった。ーーそして、ある日気づいた。
 アルゴルが痛みに耐えている姿にーー。

「アルゴル、苦しいの?」


『そうだな……。だが、これは俺の罰だ』


「罰……」


『俺が守護していた国が、人間同士で戦をして滅んじまったんだ』


「滅んだーー」


『滅んではまた国ができ、また滅んで国ができ、何度繰り返されたかわからない』


「アルゴル……」



『最後はひどい侵略だった。見るのも嫌になったよ。侵略された側は、おまえみたいな首飾りをしていたな。懐かしいと思った、俺はあの国も人間も見捨てたのに』


「…………」


『あのとき、俺は神をやめる事にしたんだ。もう、見守るだけ無駄だってな』




「なんで、助けてくれた?」





『そりゃ決まってる。おまえなら俺が斬れるからだ』

 アレクセイはまた泣きだした。

「斬りたくない」


『斬れ』


「無理だ」


『おまえにしかできない。付与は魔力無限だ、すごいだろ』


「いらない」


『受け取れ。ーー大陸の端におまえをさがしに男がふたり来ている。俺が最後の力で転移できるようにしてやるから、そのふたりの事を真剣に思え。飛んだら自分の魔力を使えよ、魔力無限なら足りるだろう』


「アルゴル!」


『さっさと斬れ!アレクセイ・ライト・ブルーガーネット・ロードリンゲン!俺はもう死ぬんだ!痛みにのたうち回って惨めに死ぬぐらいなら、一瞬で喉元を斬り裂いてほしい!』



 目を大きく開いてアレクセイはアルゴルを見た。


 アルゴルが荒い呼吸になる。


『時間がねえ!もったいねえだろ!俺がおまえにやれる最後のものだ!受けとってくれ!』

 アレクセイは首を振った。




『俺を斬れ!斬ってくれぇー!!!斬ってくれよ!俺のためにぃ!』



「アルゴル……」


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