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ゴッドスレイヤー編
第116話 神堕ちの竜とライト
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蟹のような生き物を斬ったときに、付与は自然治癒だと教えられた。呪いは、蟹が食べられないこと。
「カニ、エビがあればいいかな……」
アレクセイは歩いた。
毎日歩いた。
食べ物はない。どれだけ腹が空いて倒れても、身体が勝手に治癒をはじめる。ダメージを負った臓器が治っていく。
それがまた痛く、つらかった。
「もう、嫌だ……」
母が亡くなってからはじめて弱音を吐いた。吐くだけ無駄なことはわかっているのに、つらくてしょうがなかった。
「死にたい……」
生きて、と願った母のためにも言いたくなかった言葉だ。だが、もう死にたかった。
治癒が間に合わないようにすればいいのかーー。
死ねる場所を探す。
ここには何もないのにーー。酸の海を見つけたが、もしかしたら治癒のほうが早いかもしれない。それだと、地獄だ。地獄など知らないが、絵本で見たようなところだろう。
岩山が陰になった場所に入る。
気配のない空気に、何かが混じっているような気がした。
何だろう、と何気に上を向く。
それと目が合った。
身体が自然に怯える。恐怖に震えがとまらない。
『なんだぁ?人間かぁ?』
恐怖に支配され、思考がとまった。
「…….」
声がでない。本当にそんなことがあるなんてーー。
アレクセイは逃げだしたい気持ちを抑えて、呼吸を繰り返した。
「…………ください………」
『ああ?何いってんだぁ?』
その竜はいかにも面倒くさそうに尻尾を動かした。銀色の鱗がとてもきれいな竜だ。
「殺してください。一撃で」
『なんでぇ?』
「死にたいーー」
『はーん。なんで俺がやらなきゃならねえんだ?死にたいなら勝手に死ね』
「ーー死ねない、から……」
『ああん?あー、クラフルを斬ったのか。雑魚のくせにいい付与もってたな』
竜が飛んだ。岩の上からアレクセイの目の前にうつる。
『う~ん。ーーおまえ、捨てられたのか、こんなところに』
恐怖に固まったアレクセイを無視して、竜は話し続けた。
『まあ、生きてみろ。おまえはここで死ぬ運命じゃない』
「え?」
『生き方を教えてやる。俺はアルゴルだ』
「………ライト」
『よし、ライト。よろしくな』
その日から、アレクセイはアルゴルと生活するようになった。
アルゴルは面倒見がよかった。
安全な飲み水の作り方や、食べられるものを教えてくれた。アレクセイの寝る部屋を拵えるために、材料を集めてくれたりもした。
戦い方も教わった。
どう立てばよいか、どう剣を振ればいいのかを叩き込んで、相手までしてくれる。
「なんで、世話してくれるの?神様をやめたんでしょ?」
答えはなかった。
ボロボロの服にきれいな布をついでくれた。木の皮で編んだ服は少し痒かったが、嬉しかった。
アルゴルは親切な竜だった。とても神様をやめたようには見えないほど、思いやりにあふれていた。
寄せた身は堅くて冷たいけれど、アレクセイは幸せだった。
いつまでもこの日々が続けばいいと、アレクセイは思っていた。国に帰ってもろくな目には合わないし、誰も心配することはないだろう。
アンダーソニー達も自分にかまわないほうがいい、ルチアに睨まれずにすむ。
季節の変わり目もなく、ただ、神堕ちの竜とひとりの少年はともに過ごした。
とても幸せな日々だった。
必要な事はすべてアルゴルから学んだ。これからもそうだ。一生、それでいいーー。
父などいらない。
兄弟もいらない。
アルゴルがいるから…………。アルゴルがいてくれるから…………。
だが、別れは突然訪れたーー。
「ーーいま、なんて言った?」
驚愕に言葉を失ったアレクセイにアルゴルが続ける。
『俺は寿命だ。もうすぐ死ぬ。だから、ライト、俺を斬れ』
「ーー無理だ」
『やれ。一撃でやってくれ。俺は苦しみたくない』
「どうして!」
『寿命だと言っただろ?痛みがひどいんだ。こんな痛みに耐える俺を可哀想だと思うなら、さっさと斬れ』
絶望にアレクセイは泣いた。
その日から、泣き続けた。泣いて泣いて、何日たっても何も変わらなかった。ーーそして、ある日気づいた。
アルゴルが痛みに耐えている姿にーー。
「アルゴル、苦しいの?」
『そうだな……。だが、これは俺の罰だ』
「罰……」
『俺が守護していた国が、人間同士で戦をして滅んじまったんだ』
「滅んだーー」
『滅んではまた国ができ、また滅んで国ができ、何度繰り返されたかわからない』
「アルゴル……」
『最後はひどい侵略だった。見るのも嫌になったよ。侵略された側は、おまえみたいな首飾りをしていたな。懐かしいと思った、俺はあの国も人間も見捨てたのに』
「…………」
『あのとき、俺は神をやめる事にしたんだ。もう、見守るだけ無駄だってな』
「なんで、助けてくれた?」
『そりゃ決まってる。おまえなら俺が斬れるからだ』
アレクセイはまた泣きだした。
「斬りたくない」
『斬れ』
「無理だ」
『おまえにしかできない。付与は魔力無限だ、すごいだろ』
「いらない」
『受け取れ。ーー大陸の端におまえをさがしに男がふたり来ている。俺が最後の力で転移できるようにしてやるから、そのふたりの事を真剣に思え。飛んだら自分の魔力を使えよ、魔力無限なら足りるだろう』
「アルゴル!」
『さっさと斬れ!アレクセイ・ライト・ブルーガーネット・ロードリンゲン!俺はもう死ぬんだ!痛みにのたうち回って惨めに死ぬぐらいなら、一瞬で喉元を斬り裂いてほしい!』
目を大きく開いてアレクセイはアルゴルを見た。
アルゴルが荒い呼吸になる。
『時間がねえ!もったいねえだろ!俺がおまえにやれる最後のものだ!受けとってくれ!』
アレクセイは首を振った。
『俺を斬れ!斬ってくれぇー!!!斬ってくれよ!俺のためにぃ!』
「アルゴル……」
「カニ、エビがあればいいかな……」
アレクセイは歩いた。
毎日歩いた。
食べ物はない。どれだけ腹が空いて倒れても、身体が勝手に治癒をはじめる。ダメージを負った臓器が治っていく。
それがまた痛く、つらかった。
「もう、嫌だ……」
母が亡くなってからはじめて弱音を吐いた。吐くだけ無駄なことはわかっているのに、つらくてしょうがなかった。
「死にたい……」
生きて、と願った母のためにも言いたくなかった言葉だ。だが、もう死にたかった。
治癒が間に合わないようにすればいいのかーー。
死ねる場所を探す。
ここには何もないのにーー。酸の海を見つけたが、もしかしたら治癒のほうが早いかもしれない。それだと、地獄だ。地獄など知らないが、絵本で見たようなところだろう。
岩山が陰になった場所に入る。
気配のない空気に、何かが混じっているような気がした。
何だろう、と何気に上を向く。
それと目が合った。
身体が自然に怯える。恐怖に震えがとまらない。
『なんだぁ?人間かぁ?』
恐怖に支配され、思考がとまった。
「…….」
声がでない。本当にそんなことがあるなんてーー。
アレクセイは逃げだしたい気持ちを抑えて、呼吸を繰り返した。
「…………ください………」
『ああ?何いってんだぁ?』
その竜はいかにも面倒くさそうに尻尾を動かした。銀色の鱗がとてもきれいな竜だ。
「殺してください。一撃で」
『なんでぇ?』
「死にたいーー」
『はーん。なんで俺がやらなきゃならねえんだ?死にたいなら勝手に死ね』
「ーー死ねない、から……」
『ああん?あー、クラフルを斬ったのか。雑魚のくせにいい付与もってたな』
竜が飛んだ。岩の上からアレクセイの目の前にうつる。
『う~ん。ーーおまえ、捨てられたのか、こんなところに』
恐怖に固まったアレクセイを無視して、竜は話し続けた。
『まあ、生きてみろ。おまえはここで死ぬ運命じゃない』
「え?」
『生き方を教えてやる。俺はアルゴルだ』
「………ライト」
『よし、ライト。よろしくな』
その日から、アレクセイはアルゴルと生活するようになった。
アルゴルは面倒見がよかった。
安全な飲み水の作り方や、食べられるものを教えてくれた。アレクセイの寝る部屋を拵えるために、材料を集めてくれたりもした。
戦い方も教わった。
どう立てばよいか、どう剣を振ればいいのかを叩き込んで、相手までしてくれる。
「なんで、世話してくれるの?神様をやめたんでしょ?」
答えはなかった。
ボロボロの服にきれいな布をついでくれた。木の皮で編んだ服は少し痒かったが、嬉しかった。
アルゴルは親切な竜だった。とても神様をやめたようには見えないほど、思いやりにあふれていた。
寄せた身は堅くて冷たいけれど、アレクセイは幸せだった。
いつまでもこの日々が続けばいいと、アレクセイは思っていた。国に帰ってもろくな目には合わないし、誰も心配することはないだろう。
アンダーソニー達も自分にかまわないほうがいい、ルチアに睨まれずにすむ。
季節の変わり目もなく、ただ、神堕ちの竜とひとりの少年はともに過ごした。
とても幸せな日々だった。
必要な事はすべてアルゴルから学んだ。これからもそうだ。一生、それでいいーー。
父などいらない。
兄弟もいらない。
アルゴルがいるから…………。アルゴルがいてくれるから…………。
だが、別れは突然訪れたーー。
「ーーいま、なんて言った?」
驚愕に言葉を失ったアレクセイにアルゴルが続ける。
『俺は寿命だ。もうすぐ死ぬ。だから、ライト、俺を斬れ』
「ーー無理だ」
『やれ。一撃でやってくれ。俺は苦しみたくない』
「どうして!」
『寿命だと言っただろ?痛みがひどいんだ。こんな痛みに耐える俺を可哀想だと思うなら、さっさと斬れ』
絶望にアレクセイは泣いた。
その日から、泣き続けた。泣いて泣いて、何日たっても何も変わらなかった。ーーそして、ある日気づいた。
アルゴルが痛みに耐えている姿にーー。
「アルゴル、苦しいの?」
『そうだな……。だが、これは俺の罰だ』
「罰……」
『俺が守護していた国が、人間同士で戦をして滅んじまったんだ』
「滅んだーー」
『滅んではまた国ができ、また滅んで国ができ、何度繰り返されたかわからない』
「アルゴル……」
『最後はひどい侵略だった。見るのも嫌になったよ。侵略された側は、おまえみたいな首飾りをしていたな。懐かしいと思った、俺はあの国も人間も見捨てたのに』
「…………」
『あのとき、俺は神をやめる事にしたんだ。もう、見守るだけ無駄だってな』
「なんで、助けてくれた?」
『そりゃ決まってる。おまえなら俺が斬れるからだ』
アレクセイはまた泣きだした。
「斬りたくない」
『斬れ』
「無理だ」
『おまえにしかできない。付与は魔力無限だ、すごいだろ』
「いらない」
『受け取れ。ーー大陸の端におまえをさがしに男がふたり来ている。俺が最後の力で転移できるようにしてやるから、そのふたりの事を真剣に思え。飛んだら自分の魔力を使えよ、魔力無限なら足りるだろう』
「アルゴル!」
『さっさと斬れ!アレクセイ・ライト・ブルーガーネット・ロードリンゲン!俺はもう死ぬんだ!痛みにのたうち回って惨めに死ぬぐらいなら、一瞬で喉元を斬り裂いてほしい!』
目を大きく開いてアレクセイはアルゴルを見た。
アルゴルが荒い呼吸になる。
『時間がねえ!もったいねえだろ!俺がおまえにやれる最後のものだ!受けとってくれ!』
アレクセイは首を振った。
『俺を斬れ!斬ってくれぇー!!!斬ってくれよ!俺のためにぃ!』
「アルゴル……」
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