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琉生斗と兵馬編

第71話 おまえがいたから。

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 しばらく何事もない日が続いたが、その日、問題は起きた。

「ルート!ルート!」
 琉生斗が魔蝕の浄化後に倒れたのだ。
 
 医療室員ナイチンや教皇ミハエルも離宮に駆け付け、治療にあたる。

「ずいぶんと神力の強さが落ちています。何がありましたか?」
 眉根を寄せたミハエルに尋ねられ、アレクセイは息を吐いた。

「ヒョウマとの仲がうまくいっていないーー」
「なぜです?」

 何がありました?




 アレクセイから説明を受けると、ミハエルが頭を抱えた。

「殿下ー。頭の痛いお話ですね」
「そうだな」
「そもそも、ヒョウマがそこに悩んでいるのならともかく、子供が産めるから相手と話し合え、とは、聖女様は何を考えておられる」

「ルートはヒョウマの為に」
 目を細めてアレクセイはミハエルを見た。

「そこは、そういう事ができる、とだけ話せばいいのですよ。聖女様が言えば、ヒョウマはそうしなければならなくなる。殿下はそれがわかりませんか?」

 俯いたアレクセイにミハエルが言葉を重ねた。

「聖女様はヒョウマに自分と同じようになって欲しいのでしょうね。貴方では気持ちがわかってあげられないから」
「…………」
「ですが、貴方方と違って、普通の人間には別れがあります。別れるときに相手側は、子供の記憶を消さなければなりません」

 アレクセイは目を見張った。

「伝えなかった私も悪い。ですが、軽く考えないように、人には別れがあります。そして、新たな出会いもあるのです」


「私には……」
「貴方方にはありませんよ」

 何言ってんだか、とミハエルが溜め息をもらし、神殿に帰って行った。









 目を覚ました琉生斗に、ミハエルの話をする。
「ーーあー、そっかーー。おれ、兵馬に同じになってもらいたかったのか……」

 ポツリとつぶやいたまま、琉生斗は黙った。

「ルート……」

「いやいや。そりゃ最初聞いたときは、おまえでも引く話だと思ったよ。ましてや、必要に迫られてないのに、そんな話聞いてもなー。おれが悪かったんだ」

「ルートはヒョウマの事を心配して言ったのだろう?それは、ヒョウマもわかっているはずだ」

「アレク、おれをかばうなよ」

 かばっちゃだめだーー、と琉生斗は下を向いた。


 アレクセイが俯いた。



 浄化の疲れ、子供の事、ヒョウマとのすれ違いーー、ルートは心に限界がきている。



 励みになる言葉を探しても、何も浮かばないーー。









 コンコンコンッと軽快にドアをノックされる。

「やっほー、アレクセイー!元気ー!お邪魔しますー!」
 何も言っていないのに、その人物は入ってきた。

「ーーおまえか」

「うんー、ボクだよー。これ、ヒョウマに頼まれて、ルートに作ったんだー」

 ラルジュナが瓶を数本取り出した。

「なんだ?」
「その名もー、栄養ドリンクーって言うんだってー。牡蠣とか来来らいらい人参とか、ノニ、とか色々混ぜてみましたーー☆」
「ーー大丈夫なのか?」
 アレクセイは眉根を寄せて問う。

「うんー。ボク毎日飲んでるけどー、色々ヤバイよー、お肌もツヤツヤでしょー?ふふふっー」
 とても嬉しそうにラルジュナが笑う。
「はいー、元気だしてねー」
「ーーありがとう」
 目をそらしたまま琉生斗が礼を言う。

「子供達とアジャハンに修学旅行に行くんでしょー?楽しそうだねー」
「…………」
「昨日遅くまで内容詰めてたよー。案件をいくつも抱えて同時に仕上げるんだから、すごいよねー」
「…………」

「あっ、しんどいのにごめんねー、アレクセイまたねー」
「ラルジュナ……」
「うんー」
「ヒョウマの事だがーー」
 
 アレク!、っと琉生斗が顔を向けたそのとき、ドアが開かれた。

「すみません!ルート倒れたって聞きましたけど、大丈夫っすか!」
 東堂が顔を見せた。

「ーー大丈夫。悪いな、心配かけて」
「いやいや、聖女様あっての平和ですから」
 東堂が胸に手をあててお辞儀をした。
「やめろよー、似合わないことしやがって」

「これ」
 紙の箱が琉生斗に渡された。

「何?甘い匂いがする……」
「さっき、兵馬にもらったんだけどよ、おまえに作ったもんだろ?」
 琉生斗は箱を開ける。

 チーズケーキが入っていた。

「また、何かややこしい事考えてんだろ?おまえ、兵馬いないと生きてけねえんだから、へそ曲げてる場合じゃねえだろ」
「…………」
「ん?」


「ーーその通りだよ……」





「おれは兵馬がいないと生きていくのがつらいんだ。ーーおれの中には、アレクじゃどうにもならない部分があって、あいつがいたからおれは生きていけた。あいつがいなかったら、すぐに死んでた」

「ルート……」
 アレクセイが琉生斗を抱きしめた。

「飯抜きで公園でいじけてるおれに、砂糖まぶしたおにぎり作って来てくれたり、ピアノが弾けなくて親父に怒られてるときも、夜中なのにじいちゃん連れてきてくれたり、ほんとにおれは兵馬がいたから生きてんだ」

 琉生斗の目からぼろぼろと涙がこぼれていく。

「これからも何でも一緒だって、そんなわけにはいかないって、頭では思ってんだよ」

「ルート……」
 アレクセイが琉生斗の涙を指で拭いながら、頭を優しく撫でた。






「うんうんー、そうだよねー、親友っていいよねー」

 場にふさわしくないのんきな声が聞こえる。

「うるせー!タレ目!おれから兵馬を取りやがって!おれの兵馬といちゃいちゃすんな!」

「ーーおまえ、むちゃくちゃだな」
 東堂が呆れた声をだす。

「そうは言うけどー、アレクセイだってひどいよー。ルートが来てからちっともボクらと会わなくなったしー」

 琉生斗はキョトンとした目でラルジュナを見た。

「それまではアスラーンのとこで、しょっちゅう集まってたのにー、ルート来てからはさっぱりなんだもんー。アルカトラズだって、前はよく一緒に潜ったのにねー」

「あんたもアレクとベッドに潜ったのかー!」

「そりゃ、雑魚寝ぐらいするよー。アレクセイはルートが一番じゃなくてー、ルートのみだからー、ボク達だって悲しいんだよー」

「それはすまなかった」
 アレクセイにすまない気持ちは微塵みじんもない。

「そりゃー、アレクセイに恋人ができたんだ、ボク達は自分の事のように喜んでるけどー♡たまに、寂しいぐらいだねー」

 

「ーーみんな、そうなんだ……」

「まあ、おまえほど極端なヤツはいねえよ」

 東堂は、とてもじゃないがついていけない、と青ざめる思いを抱いた。

「ーーおれと兵馬は何があっても親友だからな」
「心の友よー、ってヤツだな。話変わるけど、おまえ、修学旅行って許可おりるの?」
「アレクが同行すれば大丈夫だよ」

「殿下、いけます?」

「何とかしよう」
「お願いします!兵馬、喜ぶぜ!」
 嬉しそうに笑った東堂を、琉生斗は睨みつけた。

「ーー何でおまえに兵馬の気持ちがわかるんだぁ!」
 
 ときとして、琉生斗の心はミジンコよりも小さい。
 

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