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琉生斗と兵馬編
第66話 琉生斗は話す
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殴られるなんて、向こうで不良にからまれたとき以来だなーー、と兵馬は頬を擦りながら考えた。
こちらの方が暴力が身近な気がするが、意外にもこちらでは殴られたことが無い。親友の方が聖女なのに、よほどひどい目に合っている。
自分を安全圏に置きすぎている、とニコルナから後頭部を殴打されたときに思ったものだが、これはもう、今まで目を背けていた格闘技を習うときが来たのだ。
しかし、誰に習うか、そこが問題だ。
まず、東堂は教える気がない。
次にルート。拳を前に出せ、としか言わない。
そして、アレクセイ。何を言っているのかわからない。
最後に、同居人。これが一番腹が立つが、笑いだしたらとまらない。
以上の事から講師がいない。
魔法に関してはアレクセイの言ってる事は理解できる。だが、武術に関しては、「殺気を感じろ」、と言われても、何やそれ、としか言えない者にはどうしようもないらしい。
「どうせ僕、体力五歳児ぐらいだしーー」
それでも今回は真剣に考えよう。五歳児でもスーパーキッズはいる。
「あれ?ジュナいないのかな」
アスラーンから借りている屋敷前に着くと、兵馬は灯りがない事に目をパチクリとさせた。
今日は牡蠣の成分を研究する、って言ってたけどーー。
琉生斗の為に身体に良い滋養剤を作りたい、と兵馬はラルジュナに依頼した。
向こうの世界では、牡蠣の成分を使用していた、と言うと、白衣を着て遊びながら実験していたのだがーー。
屋敷の中はひとの気配がなかった。
ひんやりする。
軽く身震いしながら、兵馬は暖房魔導具を付けようとしてーー。
「兵馬ぁ!」
琉生斗が屋敷に飛び込んできた。
「えっ?ルート」
後ろにアレクセイの姿が見える。
「ごめんなぁ。クリスの事、任せっきりでよ!」
「全然だよ。魔蝕?」
「そう。その後、焼き牡蠣とカニ食べてた」
嬉しそうな親友に、兵馬も笑う。
「ちょっと話がしたいんだけど、いいか?」
「いいよ。何?」
「アレク、お願い」
琉生斗が言うとアレクセイが頷いた。
「おっ!すごい人だな」
海国オランジーのマリーン浜には、大勢の人がいた。海のライトアップを三月の終わりまでするからだ。カップルが光を見ながら、ロマンチックな空気に酔いしれている。
「ルート」
「ありがとう。また呼ぶから」
琉生斗とキスをかわし、アレクセイは姿を消した。
「殿下と見なくていいの?」
「いけるときは来てるんだ」
琉生斗の答えに兵馬は吹きだしたが、すぐにまわりの空気を見て口を押さえる。
「静かにしないと……」
「おまえが聞いたんだろー、でっ、話なんだけどさ」
「うん」
「おれ、子供が産めるようになるんだ」
「え?」
兵馬は目を見張った。
「ーーそうなんだ。聖女だから?」
「産まなきゃならないのもある。ひとか神竜か、産まれるまでわからないらしい」
琉生斗は兵馬の目をじっと見て話した。
「神竜ーー」
「その神竜がいないと、次の聖女が喚べないらしい」
「あー、そうなんだ……」
「神竜も、時空を渡れるのは一回きりで、あっちから道をつないで、聖女がこっちに来るんだって」
「ふーん。じゃあ、あのときスズさんの神竜が来てたのか」
「ああ、コーン君だって」
兵馬は、そう、とつぶやいた。
「よかったね」
兵馬は笑った。
「ん?」
「ルートの家族が増えるよ」
「ーーありがとう」
「ベビーシッターならまかせてね」
琉生斗は笑った。
「おまえならそう言うと思った。んでな、ここからがおれがおまえに言いたい話」
「え?」
「おまえも産めるように身体を変えられる」
「ーーーーそう。前に言ってた話だね」
琉生斗の話を聞いて察したのか、兵馬は驚かなかった。
「ああ。まだ決まってないから、変えようがあるんだ。ただ、相手がいないと変わらない、相手に合わせて身体の器官を作るそうだ」
「そうーー」
「二人が心から納得しないと、変化しない」
「ふーん……」
兵馬は遠くを見た。波の音が静かで心地よい。
「だから、おまえも話し合ってーー」
「何を?」
「だから、ラルジュナさんと子供が作れるんだから、話をーー」
「作らないよ」
「え?」
きっぱりと言い切ると、琉生斗が目を見開いた。そんな言葉を返されるなど、思っても見なかったのだろう。
「ルート、自分を基準に考えすぎだよ」
「…………」
「僕達がずっと一緒だと思うの?僕ら聖女でも護衛でもない。ただの恋人同士だよ」
「いや、あのーー」
「通過点にすぎない関係で子供なんか作ったら、別れるときどうするの?」
真顔で問うと親友が俯いた。
「…………そうか」
言葉が絞り出される。
「心配してくれてありがとう。でも、ルート、これだけは言っとくね」
「……何だよ」
「例え、クリス王太子に側室ができても、ファウラさんが浮気しても、ティンさん達が別れても、ルートは口出ししちゃだめだよ」
「え?」
「絶対にだよ。理由はわかるよね?」
強い気持ちを込めて、兵馬は琉生斗を見た。
「ーーーーああ」
「話は終わり?」
「ああ」
「帰ろう……」
波の音が、耳の中に残る。
いつもは心地よい音なのにーー、今日は悲しい音に聞こえるなーー。
琉生斗は目を閉じた。
こちらの方が暴力が身近な気がするが、意外にもこちらでは殴られたことが無い。親友の方が聖女なのに、よほどひどい目に合っている。
自分を安全圏に置きすぎている、とニコルナから後頭部を殴打されたときに思ったものだが、これはもう、今まで目を背けていた格闘技を習うときが来たのだ。
しかし、誰に習うか、そこが問題だ。
まず、東堂は教える気がない。
次にルート。拳を前に出せ、としか言わない。
そして、アレクセイ。何を言っているのかわからない。
最後に、同居人。これが一番腹が立つが、笑いだしたらとまらない。
以上の事から講師がいない。
魔法に関してはアレクセイの言ってる事は理解できる。だが、武術に関しては、「殺気を感じろ」、と言われても、何やそれ、としか言えない者にはどうしようもないらしい。
「どうせ僕、体力五歳児ぐらいだしーー」
それでも今回は真剣に考えよう。五歳児でもスーパーキッズはいる。
「あれ?ジュナいないのかな」
アスラーンから借りている屋敷前に着くと、兵馬は灯りがない事に目をパチクリとさせた。
今日は牡蠣の成分を研究する、って言ってたけどーー。
琉生斗の為に身体に良い滋養剤を作りたい、と兵馬はラルジュナに依頼した。
向こうの世界では、牡蠣の成分を使用していた、と言うと、白衣を着て遊びながら実験していたのだがーー。
屋敷の中はひとの気配がなかった。
ひんやりする。
軽く身震いしながら、兵馬は暖房魔導具を付けようとしてーー。
「兵馬ぁ!」
琉生斗が屋敷に飛び込んできた。
「えっ?ルート」
後ろにアレクセイの姿が見える。
「ごめんなぁ。クリスの事、任せっきりでよ!」
「全然だよ。魔蝕?」
「そう。その後、焼き牡蠣とカニ食べてた」
嬉しそうな親友に、兵馬も笑う。
「ちょっと話がしたいんだけど、いいか?」
「いいよ。何?」
「アレク、お願い」
琉生斗が言うとアレクセイが頷いた。
「おっ!すごい人だな」
海国オランジーのマリーン浜には、大勢の人がいた。海のライトアップを三月の終わりまでするからだ。カップルが光を見ながら、ロマンチックな空気に酔いしれている。
「ルート」
「ありがとう。また呼ぶから」
琉生斗とキスをかわし、アレクセイは姿を消した。
「殿下と見なくていいの?」
「いけるときは来てるんだ」
琉生斗の答えに兵馬は吹きだしたが、すぐにまわりの空気を見て口を押さえる。
「静かにしないと……」
「おまえが聞いたんだろー、でっ、話なんだけどさ」
「うん」
「おれ、子供が産めるようになるんだ」
「え?」
兵馬は目を見張った。
「ーーそうなんだ。聖女だから?」
「産まなきゃならないのもある。ひとか神竜か、産まれるまでわからないらしい」
琉生斗は兵馬の目をじっと見て話した。
「神竜ーー」
「その神竜がいないと、次の聖女が喚べないらしい」
「あー、そうなんだ……」
「神竜も、時空を渡れるのは一回きりで、あっちから道をつないで、聖女がこっちに来るんだって」
「ふーん。じゃあ、あのときスズさんの神竜が来てたのか」
「ああ、コーン君だって」
兵馬は、そう、とつぶやいた。
「よかったね」
兵馬は笑った。
「ん?」
「ルートの家族が増えるよ」
「ーーありがとう」
「ベビーシッターならまかせてね」
琉生斗は笑った。
「おまえならそう言うと思った。んでな、ここからがおれがおまえに言いたい話」
「え?」
「おまえも産めるように身体を変えられる」
「ーーーーそう。前に言ってた話だね」
琉生斗の話を聞いて察したのか、兵馬は驚かなかった。
「ああ。まだ決まってないから、変えようがあるんだ。ただ、相手がいないと変わらない、相手に合わせて身体の器官を作るそうだ」
「そうーー」
「二人が心から納得しないと、変化しない」
「ふーん……」
兵馬は遠くを見た。波の音が静かで心地よい。
「だから、おまえも話し合ってーー」
「何を?」
「だから、ラルジュナさんと子供が作れるんだから、話をーー」
「作らないよ」
「え?」
きっぱりと言い切ると、琉生斗が目を見開いた。そんな言葉を返されるなど、思っても見なかったのだろう。
「ルート、自分を基準に考えすぎだよ」
「…………」
「僕達がずっと一緒だと思うの?僕ら聖女でも護衛でもない。ただの恋人同士だよ」
「いや、あのーー」
「通過点にすぎない関係で子供なんか作ったら、別れるときどうするの?」
真顔で問うと親友が俯いた。
「…………そうか」
言葉が絞り出される。
「心配してくれてありがとう。でも、ルート、これだけは言っとくね」
「……何だよ」
「例え、クリス王太子に側室ができても、ファウラさんが浮気しても、ティンさん達が別れても、ルートは口出ししちゃだめだよ」
「え?」
「絶対にだよ。理由はわかるよね?」
強い気持ちを込めて、兵馬は琉生斗を見た。
「ーーーーああ」
「話は終わり?」
「ああ」
「帰ろう……」
波の音が、耳の中に残る。
いつもは心地よい音なのにーー、今日は悲しい音に聞こえるなーー。
琉生斗は目を閉じた。
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