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王太子日和編

第60話 クリステイルにその勇気があるのか?

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 挨拶が終わり、クリステイル達は一時退出した。

 この後はダンスパーティーが開かれ、皆それぞれのパートナーと夜が明けるまで楽しむ。

「アレク、行くぞ」
 琉生斗が退出する為に立ちあがると、なぜか歓声が起きた。

「うん?」

「聖女様が!」
「殿下と踊られるのか?」

 視線が集まり、琉生斗は苦笑した。


「はい。リードしてくれよ」
 妻は手を差し出し、夫がその手を恭しく取る。

「ああ」
 アレクセイが琉生斗をエスコートしながらフロアの中央に立つ。

 琉生斗は裳を少し持ち、膝を軽く曲げてお辞儀をした。アレクセイが優雅にそれに応える。

 ホールドを組むと、音楽がはじまる。
 
 ロングスカートだが、アレクセイは気にすることもなくリードをしてくれる。ドレスと違ってふわっとしてない為に、難易度があがるはずだがーー。

 派手な動きは練習不足でお見せできないが、床を撫でるように動く足運びには、お世辞かもしれないが歓声があがった。

 ナチュラルターンと、リバースターンで乗り切ろうーー。

 主役ではないので、場を温めるだけでいい。
 
 でもーー。

「ルート、綺麗だ」
 大好きな深い海の藍色をした目に自分が見える。


 クソかっこいいなーー!うちの旦那様~~!

 
 琉生斗の胸のキュンキュンがとまらない。


 ポーズを決めて早々に引っ込んだが、下が偉いことになりそうで大変だった。
 お誉めの言葉も飛んでいる気がするが、それどころではない。


「アレクーー。おれ、やばいかも~」
「安心しろ。私もだ」
 琉生斗は吹きだした。


「ーー夜は魔蝕がないといいなぁ」
 もう、イチャイチャしたい。めちゃくちゃしたい。

「そうだな」
 何回でもしたい。いや、永遠に抱いていたい。


 同じ事を考えながら、二人は兵馬の元へ急いだ。














「兵馬!ごめん!遅くなった!」
「ああ、ルート。大丈夫だよ。ーー何かあったの?」
「うん。ダンス踊ってた」
 

 その服で大変だね、と兵馬は言った。

「でっ、正体はわかったのか?」
「うーん。それなんだけど、話を最後まで聞いてね」
「はい」

 何で念を押すんだろう?、と首を傾げる。


「この人はマーロウさん。王都から東のバッコロ町に住んでるバッコロ旅館の息子。バッコロはバッコロ学院がある学問が盛んな町で、王都から通う学生も多い」
「はい」
「そのマーロウさんの妹で、バッコロ旅館の看板娘になってるマチアさん。可愛くてとても人気の女性らしい」
「はあ?」

「ーーその彼女が、王太子にお尻をさわられた、と言ったそうなんだよ」
「へ?」

「話を信じたマーロウさんは、今日なら潜り込めると、死刑覚悟で王太子に生卵をぶつけようとしていたんだって」

 死刑覚悟で生卵ってーー。

「うーん。武器なら気づいたんだけどよ」
 東堂が頭をかく。

「ぶつけた方がよかったかな?」

 うんうん、と頷く東堂にマーロウも激しく頭を振った。

「で、どうする?」
 兵馬に尋ねられ、琉生斗がアレクセイの顔を見た。
「その青年は真実を述べているとしても、妹の方は?」
「そこだよねー。誤解ならいいけど。真実なら恥ずかしくて婚約なんてしてる場合じゃないよね」

 マーロウが俯いている。


「ひ、ひどいです。『もったいぶるな、さわらせろ』、って言ったそうなんです」
「ひどいな」

 けどなー。

「正直なところ、あの坊っちゃんがそんな事言うか?」

 親父ならあり得るけどーー。

 琉生斗の言葉に兵馬は頷き、アレクセイが頭を押さえる。


「ルッコラを呼んで来ようか?」
 東堂が王太子付きの近衛兵の名前を挙げた。

「そうだね。彼なら王太子の行動を記録してるし」
「記録してんの?」
「東堂だって、日報、月報書いてるでしょ?」
「そうだ。毎日、訓練でいいじゃんなあー」

「それでも後々見返すと、変わった事件が起きたときに、この人この日訓練がないのに訓練て書いてる、とか矛盾が出るから正確にしといた方がいいよ」

 真っ先に疑われるから、と兵馬は東堂を脅した。

「殿下なんかひどいときは、三日間あれだもんね」
 兵馬に言われても涼しい顔のアレクセイだ。

「五日は欲しい」
「そうですか」
 兵馬は相手にしなかった。


「まあ、誤解だといいんだけど」
「そうだね。そうだ、殿下。力がなくても使える武器ない?」

 兵馬が尋ねるとアレクセイは少し考える顔になった。

「ーー仕込み杖は?」
「殺傷力はなくていいよーー」

「何だよ兵馬。タレ目の竜殺しドラゴンスレイヤーは役に立たないのか?」
「ーー君の変態神殺しゴッドスレイヤーと違って、そんなに一緒にいないの」

 お酒のラベルにいけるかも、と兵馬が眉根を寄せて答える。

「んなこと言って、おまえに網張ってんだろ?どれぐらい危険になるとわかるんだ?」
「知らないよ」


 アレクセイに仕込み杖の詳細を聞きながら、兵馬はスケッチブックに絵を描いた。
「これぐらい、小さいスティックみたいにできない?」
「ああ、それならーー」










「ルッコラ連れて来たぜ!」
「は、はい!アレクセイ殿下、何のご用でしょうか?」
 緊張したルッコラが部屋に入ってくる。

「マーロウさん。妹さんは、それはいつの事か言ってましたか?」
「三ヶ月ほど前です」
「うん?お祖父様の一年祭のとき?その辺り、クリス何してたの?」

「十二月ですか?たしか、前半に、バッコロ町に行ってましたよ」


「「「はあ?」」」

「え?」

 琉生斗と兵馬と東堂の非難の声が重なり、アレクセイは驚きが口からもれた。

「クリスが、なぜ?」

「アレクセイ殿下、王太子はバッコロ学院に十五歳まで通われていました。あちらのご学友も多いのですよ」

 そうなのか、とのんきな兄はおいといてーー。

「あちゃー、黒か」
「グレーでもなかったね」

「どうするよ。いま花蓮とダンス中だぜ」
「花蓮できてた?」
「足、踏みまくってたぜ」

 軍靴を貸してやりたかったなあ、と東堂は遠い目をした。

「はあー、花蓮には何の罪もないのに……」

「しかし、王太子にしては雑な振る舞いだよね。あの人なら行いは慎重のはずだ」 
 
 たしかにーー。

 神聖ロードリンゲン国王族の良心みたいなポジションなのにーー。

「クリスは何をしに行ったのだ?」


「は、はい!同窓会と聞いています」


「あっ、ハメ外し決定~」
「同窓会あるあるってヤツか」
「行かせるべきじゃなかったかもね」

 琉生斗達が好き放題言う中、アレクセイは首を傾げた。

「性格的にはあり得ない事だ。ルッコラ、詳細は?」
「あー、ヒョードル様が記録帳を管理されております!」
 
 面倒くさいーー、全員の表情がそれを物語る。

「ルッコラさん。王太子がこちらのマーロウさんの妹さんのお尻をさわったらしいんだけど、現場を見なかった?」


「ええっ!」
 兵馬の言葉にルッコラは腰を抜かさんばかりに驚いた。

「お、お、お、王太子殿下にそんな勇気はないでしょう!」

「ひどいな、ルッコラ」
「それが、あいつのポジションなのよ」

「ーーいや、王太子がそんな事するわけありません!」
 ルッコラは言い直した。

「僕もそう思うよ。けど、だからといってマーロウさんの訴えは無視できない」


 明日家に伺います、と兵馬はマーロウと約束した。





 話が終わると兵馬は琉生斗の顔を見る。

「ルート。後はやっとくから早く帰りなよ」
「え?いや、けど……」

「疲れてるでしょ。ほんと、僕も魔蝕の浄化ができたらいいんだけどね……」

「兵馬ーー」


 おまえってやつは!何ておれ想いなんだ!


「兵馬ぁ!タレ目が早く死んだら一緒に暮らそうな!」
「殿下だってどうなるかわからないよ!」

「いいじゃねえか!二人で仲良くジイさん生活しよう!」

 兵馬はおかしそうに笑う。

「ーー早く寝なよ」

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