ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

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バッカイア・ラプソディー編 (長編)

番外編 スズとコランダム

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 すずは泣いていた。

 泣いて、泣いて、泣いて、誰も助けてはくれないのに泣いていた。

「いつまで泣いてらっしゃる」
 教皇と呼ばれる白いローブの男トロウェルが、呆れたように言うが、錫の耳に入らない。

「明日からは講義が始まりますぞ。スフェーン、後は頼みます」
「はい」
 金髪の緑色の目をした美青年が、錫の前に屈んだ。
「スズ様、私はスフェーンと申します。早速ではありますが、スズ様には私か私の弟か、選んでいただきたい」

 何よそれ!

 錫は彼を睨んだ。気が弱いのか、小さな錫に睨まれただけで、スフェーンは俯いた。

「兄上ーー」
 後ろに控えていた美青年は、スフェーンより少し若い。金髪を無造作に束ねていて、目が緑に青が混じっている。

 ーーあら、きれい。キラキラして見えるわ。

「急にそんな事、答えられる訳が無い」
「だが、今日から護衛として一緒にいなければならないのだぞ。タケ様は次の護衛は決められてはなかった。私達で何とかしなければ」
「二人とも、駄目だったんだろーー。さぁ、スズ様、お食事でも一緒にどうです」

 第二王子コランダムは、錫に優しく声をかけた。

「あなたーー」
「はい?」
「わたし、あなたがいいわ!」
「えーー!」
 その日から、錫とコランダムは長い時を共に過ごす事になった。


 決め手になったのは、コランダムが弟だからだ。長男は色々ややこしい。一緒にいなければならないのだから、絶対男女の仲も疑われる。結婚しろと言われた場合、弟がいいに決まっている。ただでさえ、女は大変なのだからーー。

 錫は母を小さい頃に亡くしてからは、後妻家族からはボロ雑巾のように扱われ、使用人達からは肥溜めでも見るような嘲りを受け続けた。

 最終的には、子供が6人いる闇商人の後妻に行かされるところを、こちらに喚ばれた。

 闇商人は子守を無くしてどう思ったのかーー。



「本当に、ひどい話よね」
 錫がボソッと言う。
「どうしたんだ?」
 歳を取ってもハンサムな旦那様、コランダムが錫にお茶を入れてくれる。
「王太子妃ルチアの話よ」
「あー」
「愛人の子を殺しかけたそうよ」
「気性が荒そうだからな」
「私達の前では猫を被るのよ。アダマスは、スフェーンのやっとできた子だから、すごく甘やかされてしまったし」
 やりたい放題バカ王子。

 自分が三十五才のときに、アダマスが生まれた。錫は三十歳でティンを産んだから、焦りはあったのだろう。もっともティンの存在は明かす訳にはいかないがーー。

「あら、コーン。お帰りなさい」
 子竜のコーンフラワーブルーは、コランダムと錫の間に出来た神竜だ。好奇心旺盛で、最近は見かけなかったから、あちこち飛んでいたのだろう。

「また、ティンのところにでも行ってたのだろう、あいつは細君と別れて日が経っていない。もう少しそっとしときなさい」
 コーンフラワーブルーは、人間の姿に変わった。
「大丈夫だよ。別に好きでもない人だったんだし」
 見た目が五、六歳でも、中身は三十過ぎのおっさんだ。

「ティンは断らんからなーー」
「それで思ってたのと違うはないよーー。人間って変だね」

 そうね、と錫が言った。近過ぎても駄目、離れ過ぎても駄目、程々が一番なのだろうけど。

 ーー次ノーー。

「あら、女神様」
「大祖母様なんて?」
 神竜は時空竜の女神様の事を大祖母様と呼ぶ。例え何代も離れていても、大祖母様らしい。

「次の聖女の護衛に、アレクセイを付けよ、と。コランダム、スフェーンに連絡をとって。あの男、ルチアを止めないらしいわね。久々にいじめてやろうかしら」
 錫は手を鳴らした。
 聖女生活も五十年を迎えた。
 
 長すぎた。何度か逃げ出した。
 その度に、コランダムに連れ戻され、あなたが私の事を一番に考えないからよ!と怒って、
 
 年甲斐もない方法で、仲直りしてきたのよねーー。
 
 鍛えてるからすごくて、ってこんなおばあちゃんが何言ってんのかしらんーー。

「次の聖女かーー」
 感慨深けにコランダムが息をつく。
「サントの花も咲いた。ようやく、私の時代が終わるのよ」
「よくやってくれた。ありがとう、スズ」
「あなたがいたから、私はがんばれた。次もそうであって欲しいわー」

 魔蝕を浄化できるのは聖女にしかできない事ーー、この世界の不変の法則に、次の聖女もぶつかるだろう。
 
 なんで、なんで!
 子供を流産した次の日も、魔蝕の浄化に行った。
 ティンが大怪我をした日もだ。


 それでも、コランダムがいたから、自分はやってこれた。
 不器用で、優しい、私を大好きな旦那様。
 あなたに会えたから、私はやり切る事にしたのよ、あなたと一生いたいから。


 アレクセイとはじめて会ったとき、錫はその強さの異質さに、すぐに気付いた。

 死に近いーー。

 いつでも死んでいいと思っている。

「アレクセイ、私は聖女スズ」
 無表情にアレクセイは頭を下げた。
「あなたにはコランダムのやる事をしっかり覚えてもらいます。次の聖女の護衛として、誰よりも強くおなりなさい」

 十三歳になるかならないかの少年は、人形のように頷いた。
 ルチアにより七歳から十歳迄の間、暗黒大陸に放り出された。だが、少年は、悪神を斬り、身に付けた魔法で自力で戻ってきた。
 そして、十二歳で、強国バルドの軍隊を、壊滅寸前にまで追い込んだというーー。

「ただ、魔蝕がないときは基本、あなたの好きにしなさい。生活には干渉しないわーー」
 
 自然とアレクセイはコランダムといる事が増えた。正直、彼の剣術の腕がよすぎて、コランダムぐらいしか相手ができなかったからだろう。

 ーー末恐ろしい才能だわ。

 錫も、女神様の御心を疑うわけではないが、彼で大丈夫かという迷いはあった。
 護衛は、聖女の為には、何があっても生き残らなければならない。聖女一人を戦場に送ることがあってはならない。
 
 どんな卑怯な戦い方でもいい、生き残る術を磨くのよーー。
 護衛に対する絶対的な信頼がないと、いくら神力が強くても心が負ける。負ければ魔蝕に取り込まれる。
 
 この人なら大丈夫、何があっても自分を支え、盾になるという安心感。それがないと浄化はうまくいかない。

 アレクセイがそうなってくれるだろうかーー。
 私があちらに行けたらーー。次の聖女に会いたい。アレクセイの聖女に会ってみたい。

 私の力では足りないーー。


 アダマス、どうして気が付かないの?この子の深い暗闇に。一人でそこにいる強さにーー。
 引き取って終わりなんて、犬や猫を拾ってきて面倒を見る子供の方が、よっぽどえらいわよ。
 錫は本当に、アダマスには嫌悪しかなかった。

 大恋愛か何か知らないが、娼館の女に入れあげ、スフェーンと大喧嘩。無理やり結婚させられたルチアとは上手くいかず、娼館の女と別れても、すぐに他の令嬢とロマンスの真っ最中。
 悪い人間ではないが、自分の思い通りに物事が進まないと、すぐにそっぽを向いてしまう。

 スフェーンはすぐにへこたれるし、アスターは事なかれ主義だし、王族の男は、自分の夫を除くと変なのばかりである。

 アレクセイにしても母親が亡くなり、娼館の主人から王宮に連れて来られ、顔がよく似ているだけで息子になり、そして王太子妃から虐待を受ける毎日。

 来ない方がよかったと思っているだろう。

 ただ、魔法騎士団の将軍達は、昔からアレクセイの事をよく見ているようだった。
 アンダーソニーや、ヤヘルは、自分達よりよほど可愛がっている、とコランダムが言った。
 アレクセイ自身も彼らといることが、心地良いように見えた。

 きっといい方向へ行く、と思っていたある日、アレクセイが火山の火口で大火傷を負ったという連絡が入る。

 その頃には、錫には聖女の治癒聖魔法が使えるようになっていたので、睡眠もとらずにひたすら治癒聖魔法をかけた。コランダムや、アンダーソニー、ヤヘルも交替して治癒魔法をかけ続けた。顔と腹に火傷の痕は残ったが、アレクセイは一命を取り留めた。

「何があったの?」
 錫の問いに、ヤヘルが言いにくそうに答えた。
「王妃が、アレクセイ殿下の魔力を封じ、火山口に落としたそうです」

 錫の開かれた目からは、大粒の涙がこぼれた。
「なんて、ことーー」
 アダマスは何をしていたの!双子の世話なんかしてる場合!
「呪ってやる、あの女!」
「スズーー」
「例え呪い返しがきてもいいわ、あの女、絶対地獄に突き落としてやる」
 錫の怒りは誰にも止められなかった。
「スズ様ーー」
 身体を引きずるようにして、アレクセイが現れた。
「アレクセイ!」
「私なら大丈夫です。人を呪うなど、おやめ下さい」

「アレクセイ!」
 錫の怒鳴り声に、皆がピクリとした。
「あなたが怪我をした、そういう問題じゃないの。あなたは私が次の聖女の護衛にしたのよ。それがどう言うことか、あなたはわかる!」

  アレクセイは答えた。

「聖女の為に、捨てる生命です」
「違う、この馬鹿!死んでどうすんのよ、あんたが死んだら聖女を誰が守るのよ!あんたの後ろに誰がいるのよ!誰ならあんたより強いのよ!聖女を一人にしないのよ! 」

 錫は一気に捲し立てる。

「考えた事ある?こっちは何があっても、五十年、魔蝕を浄化し続けないといけないのよ!ちょっとでも考えなさい!あんたはこれからそれに付き合うのよ!王妃の馬鹿なプライドに付き合って、死んでる暇はないのよ!死にたいなら、次の護衛を探してからにして!あんた以上に強い魔力と剣術の持ち主、ここに連れて来なさい!そしたら死んでもいいわ!」

 錫の心からの悲鳴に、アンダーソニーとヤヘルは目を瞑った。小さい頃から目をかけて下さった聖女様。自分達ができることは何もないのにーー。

「だけど、コランダムはずっと、いてくれた!私が、泣いてるとき、行きたくないとワガママ言ってるとき、風邪引いたときも、子供を流産したときだって、絶対逃げたりしなかった!」

 アレクセイが顔をあげた。

「あんた、この人の後継者よ。自分を誇りなさい。今はわからなくても、自分を軽んじるんじゃないわよ!」
 
 アダマスはアレクセイの顔の火傷の痕を治した。
 かけた言葉はなんだったのか、錫は知らない。


 それからしばらくして、王妃は原因不明の病に倒れた。長く苦しんだ闘病生活の後、第二王子クリステイルに看取られながら苦しみの中、逝ったという。






「ごめんね、コランダム」
 コランダムが大きな咳をする。

「私が人なんか呪うからあなたが呪い返しを受けてしまったーー」

 錫の落ち込みに、コランダムは笑った。

「大丈夫。こんな事はなんでもない。ただ、」
「ただ?」
「おまえを残して逝くのがつらい。こんなにもつらいのかーー」
 コランダムの言葉に、錫も泣き崩れた。

「私もすぐに逝くから、大丈夫よ。でも、あなたの葬儀はちゃんと私が取り仕切りたいの。でないと、ティンが、棺にも近寄れないでしょ」

「ーーそうだな。すまない」
「ありがとうーー、愛しいあなたーー」
「ありがとう。愛しい妻よーー」
 コランダムは苦しみを見せる事なく逝った。

 長く連れ添った連れ合いを失い、悲しみにくれる間もなく、錫は魔蝕の浄化に赴いた。
 王国最強と呼ばれるようになった、アレクセイを連れて。








 ーーまあ、ここが私の故郷なの。
 戸惑うしかない、一体何なのだ、この国は。
 ピカピカキラキラー。夜なのに、これは電球なの?
 背の高い建物が、詰まったように建っている。私、間違えたのかしら?

 錫は時空転移ができるようになり、アレクセイの魔力を無断で借りて、元の世界に飛んだ。
 アレクセイを帰りの座標にしているが、ちゃんと視えている。帰れるだろう。


 こちらの国では、魂の輝きが違う少年が座標だ。時空竜の女神様の鱗も、ちゃんと心臓にある。

 ーーあら、次の聖女は男の子なの?アレクセイは大丈夫かしらね。
 
 顔のきれいな少年は、ガラの悪い少年達と喧嘩の真っ最中だった。
 殴って殴られて、蹴り飛ばしてーー。

 ーーなかなかやんちゃさんね。

「けっ、雑魚が」

 ーー口も悪いわ。女神様、顔でしか選んでないのかしら。

 少年は夜の町を一人でふらふらしている。

 ーー頭の中を覗いてみよう。



 はぁー、いざ死ぬってなると死に場所って難しいなー。毒なんか手に入らないし、飛び降りなんて片付ける人に悪いし、電車に飛び込むのも車掌さんや乗客に申し訳ないし、手首切るのもちゃんと切れるか心配だしーー。親父達が見つけても、そのまま放置されてて、清掃業者の人に迷惑だろうしーー。




 少年は、溜め息をついた。

 ーー何この子、すごい魂が健康だわ。
 
 さすがは聖女。負の感情が薄い。死ぬ気でいるのに、後始末をする者への申し訳なさばかり考えている。

『ねえ、あなた』
「えっ?」
『馬鹿なことしてないで、今のうちにこっちで後悔のないようにしときなさい』
「何、おれ歩きながら寝てんの?」
『もうすぐ迎えがくるからね。それまで死んじゃだめよ』
「結局、迎えって、あの世かよ。きれいな死神さんですねー」
『あなたの為だけの人がいるからーー』
「はぁ?」
『あなたの為だけに生きてくれる人がいるから、しっかりしなさい!』
「は、はい」
『やり残した事は?』
「あぁ、ばあちゃん家の遺品整理ぐらいかなーー」
『じゃあ、がんばって。一、二年ぐらいあればいい?』
「ーーあぁ」
『じゃあ、さようなら』

 もう少し話したいのに。力が保たなくて残念だ。
 
 二度とは会えない、私の唯一の同志よーー。


「いいわね、アレクセイ。あなたはこれから、あの子と出会うわ。必ず出会うから、死にたいなんて言わないで。あの子がひとりになってしまうから」
 

 アレクセイがわかったのかどうかはどうでもいい。

 これから、必ず理解するのだから。



「同じ景色を二人で見ていくのよ。
 必ず、あなたはあの子を大事にするーー。
 何より、あなたの大事なものになるのーー」


 すぐにわかる。あなたが理解できないならば、この国も、この世界も終わりだ。

 ただ、あなたが私の言葉の意味がわかったのならば、あなた達ほど幸せな存在は、この世にはないだろうーー。


 生命がつきる。 
 二日前の魔蝕の浄化が、かなり身体に堪えた。

「教皇、召喚の準備よ。魔導師室長を呼んで」

 錫は死の間際でさえしっかりしていた。

「コーン。しっかりね、たまにはティンのところに来てあげてね」
「ティンが死ぬまでは、こっちにいるよ」
「そう。女神様には感謝しかないわね」

 教皇はトロウェルからパルテナ、そして数年前にミハエルに代替わりした。時代は確実に次へと向かっている。
 
 さようなら、私の国。

 さようなら、私のいない国ーー。

 魔導師室長に看取られ、聖女錫は生涯を終えたーー。その意志は、聖女ルートへと引き継がれていくだろうーー。



 
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