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バッカイア・ラプソディー編 (長編)
第29話 第二の故郷を離れるとき
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兵馬がミント王女に意見をしたと、その噂はすぐに広がっていった。
「ちょっと、ルート!どうすんのよ!」
「知るかよ!なんでユピナはそんないらん事言ったんだよ!」
「それはミントちゃんの事を思ってよ」
「それで他人を傷つける?何だよそれ!聞きたいなら聞き方があるだろ!」
琉生斗は喚いた。
「女子はそういうもんなの!」
「ああ、もう!何でこうなるかな!」
頭をかきながら琉生斗は言った。
「本当に王族や貴族というものはーー。常に自分達が正しいと思っていますね」
ミハエルが事も無げに話す。
琉生斗は肩を怒らせてミハエルに愚痴をこぼした。
「トルさんもユピナに注意すりゃよかったのにさー、何で兵馬だけ怒るんだよ」
「まあ、兵士なんかそんなものでしょう」
ミハエルが兵馬考案の神殿プリンを、美味しそうに食べている。
「いま、これを買いに神殿に来る者もいるんですよ。ミルクプリンでカラメルの焦げが丁度いい」
「あっそう。作ってるの、カフェのおっさんだけどな」
兵馬がカフェの店主トーマスと協力して作った神殿プリンは、神殿土産として売り上げが大好調らしい。マアリも心を入れ替えて手伝っているそうだが、大丈夫なのだろうかーー。
「ほんとに逞しいヤツだよ……。じいちゃん、おれは兵馬がいないだけで神力が落ちるヘタレなんだ……」
「何を今更」
ミハエルが息をつく。
「このままじゃ、魔蝕を浄化できないかもしれない……」
「そうですかー。そういう事もあります。そのうち、いないのが普通になりますよ」
「ーーじいちゃんシビアだな」
「長く生きてますから。聖女様は聖女様のやるべき事をなさい。修行あるのみです」
神殿の大広場で開かれた屋台は、大勢の国民が来場し賑わっていた。大神殿もお参り客がごった返し、琉生斗は急遽、時空竜の女神様の像の前で座らされる。
「はい。聖女様の前で騒がないでください。順番を守り割り込まないでください!」
通行整理に聖女を使うなよ、と琉生斗は引きつる思いだ。
「あっ、そうだ。女神様ーー、この間の質問はまだ回答なし?」
隣りでイワンが苦い顔をした。
ーーカノウ。
「あっ、そうなんだ!なら、」
ーー相手ガイナイ場合ムリ。
「ん?」
ーー身体モ核モ相手ノ身体ニ合ワセテ作ル。イナイ、出来ナイーー。
「もしかしたらで変えるのは?」
ーーオ互イ心カラ納得シナケレバ無理ーー。変ワラナイ。
「それって、おれの相方にも聞いたの?」
ーー二ツ返事。愛シ子ハモウ、アレ以外無理。
琉生斗は吹きだした。
「ありがとうーー。可能性はあるわけだ……」
だが、これは広めていい話じゃない。それこそ男同士で子供が欲しい人達から、どんな目で見られるかーー、危害も加えられるかもしれない。
うーん。
琉生斗は眉根を寄せたままじっとしていた。
「今日の聖女様は神々しいですね」
「おきれいですわ」
「何とますます神秘的になられましたな」
参拝客が騙されている事に、苦笑がとまらない神官達だ。
「ヒューリ!遊んでばっかりいないで、見回り!」
「ごめんごめん!面白くてつい……」
子供達に混じって射的を楽しむヒューリを見つけ、兵馬は注意した。ヒューリはピストルのおもちゃを構え、引き金を引く。
景品が飛んだ。
「休憩は別でとるから!あそこのイカ焼きの列を整理して、よその屋台の邪魔をしないように!」
「わかった!」
ヒューリが駆け出す。
「あのお兄ちゃんすごかったね!」
「いっぱい景品もらっちゃったね!」
子供達の言葉に兵馬は息を吐く。
「ベンツィさん、設定が甘いんじゃないの?」
「違いますよ、さっきの人が凄かったんです」
射的の店主が首を振った。
「ふーん」
兵馬は他の屋台にトラブルがないか見てまわる。カフェ店主トーマスもコーヒーを出していた。
「トーマスさん、プリン凄いね」
「ああ、ヒョウマさん!もう驚きですよ!神殿ってつけるだけであんなに売り上げが違うなんて!」
「パッケージ効果だね。大変だけど、お願いします」
「最近、アミちゃんがバイトに来てくれてます」
はー、不思議な縁だな。
兵馬は笑った。
「ーーヒョウマさん」
名を呼ばれて振り向くと、アミが立っていた。
「あー、がんばってくれてるみたいで、ありがとうーー」
「ヒョウマさん。ヒョウマさんて、王女様の婚約者を取ろうとしてるんですよね?」
「えっ?」
「最低な人だったんですね。母の言う通りだった」
「アミちゃん!ヒョウマさんはそんな人じゃない!」
「みんな言ってるもん!」
アミは持っていたコーヒーを兵馬に投げつけた。
「あつっ!」
兵馬の腕に熱いコーヒーがかかり、ジャケットが汚れていく。
「おい!大丈夫か!」
ヒューリが走ってきて兵馬の身を案じた。
「ーー平気だよ」
「うわぁ、他の人もいるんだ」
アミが口を押さえた。
「何が?」
これには兵馬も頭にきた。
「誰でもいいんですね」
この間まで好意の目だった。それが侮蔑の目に変わっている。
「何言ってんだ?この娘」
ヒューリが首を傾げた。
「僕とヒューリができてるんだって」
「えー!低俗なんだなー。こういう国民性か?おまえ、もううちの国に来いよ」
「ごめんね。申しではありがたいけど、そっちの国とも接点は持ちたくないんだ」
「えーー」
「いいんだ。もう僕は、ロードリンゲンから出るつもりだったし」
「ええっ!」
トーマスが濡れたタオルを兵馬に渡しながら悲鳴をあげた。
「な、何でですか!アミの言う事など、気にしないでください!」
「決めていた事ですから。では、後はお願いします」
「ヒョウマさん!」
「ヒョウマ!」
百の善行も、一の悪行でパアになる。よくある話だよーー。善行とは思ってなかったけどさ……。
ーーこれでいい、悪役は悪役らしく去らないとね。
その日を境に、兵馬は神聖ロードリンゲン国を離れた。アレクセイに補佐官の徽章を返すのを忘れずに。
アレクセイから話を聞いた琉生斗は、下を向いたまま一言も言葉を発する事ができなかったそうだ。
「どうなってんだよ!美花!」
「わかんないわよ!あたしだってどうしていいか!」
魔法騎士団の詰所で東堂と美花が言い争う。隣りに立つのは落ち込んだ顔のトルイストだ。
「すまない。トードォ、私が判断を間違えた。ユピナ嬢を叱るべきだったーー」
「当たり前ですよ!師団長が権力に流されてどうすんですか!」
「ーーすまない」
妻からもお説教をくらったトルイストは、見る影もなく項垂れている。
「いまさら遅いですよ!何だよ、王女だかなんだか知らねえが、器が小せえ女だな!どうせ側室なんか後からわんさか増えるだろうに、脳ミソお花畑かよ!自分の親父はどうなんだよ!」
東堂から発せられる暴言に、美花は目を見張った。
「トードォ、言い過ぎだ」
ヤヘルが厳しく言う。
「じゃあ、たかが噂でひとの今まで築いてきた信頼とか信用を潰すヤツは、悪くないんですか!」
「ーーそれはもちろん悪い」
「なんで、なんで兵馬だけが、悪く言われんだよーー。あんないいヤツ他にいねえよーー」
東堂が涙を流すのを見た魔法騎士達は、その涙に心を打たれた。
「あいつに何かあったら、オレだって黙ってられないっすからね!」
「ーートードゥ」
「殿下!」
魔法騎士達が膝をつく。東堂は涙を拭った。
「ヒョウマは大丈夫だ。今はアジャハンで鉄道の敷設を指揮している」
「あっ、そうなんですか……」
「それからの事は未定らしいーー」
「ええっ!」
美花が声をあげた。
「国を出るんですか!」
「その考えもあるらしい。ヒョウマはトードゥ達と違い国に勤めていない」
「?」
「神殿が預かるという事は、ソラリス教の範囲ならどこへでも行く事が可能だ」
「ーーもしかして、あいつ…、狙ってましたか……」
東堂が苦笑した。
「かもしれない。私の補佐官になるときも、神殿の在籍はそのままに、と要望してきたからな」
「さすが、兵馬だなーー」
苦しげに笑う東堂に、美花は眉をしかめた。
「ーー後悔すりゃいいんだ。何が聖女の国だ」
「ーー兵馬がいなくて、ルートがどうなるかわかってんですかね」
東堂が言うと、アレクセイは頷いた。
「ルートなら先ほど父上に、今後王族行事には参加しない旨を伝えに行った」
その場にいた者すべてが息を呑んだ。
「父上も、仕方のない事と受理された」
「殿下……」
「ヒョウマについてはアスラーンが様子を知らせてくれる。ミハナ安心せよ」
「ーーありがとうございます!」
美花が頭を下げると、アレクセイは黙ったまま詰所を出て行った。
少し時間は遡るーー。
アダマスの執務室に、聖女の神殿用の正装姿であらわれた琉生斗を見て、王は悟った。
「ーー見切りをつけたか……」
アダマスの言葉にクリステイルが項垂れた。
「はい。今後は王族の公務はせず、行事も参加いたしません」
琉生斗が答えた。
「ーーミントから謝罪はさせる」
「ーーもう、いい。おれの神力の強さがどんどん落ちてる。これ以上落ちるともう無理だ」
王と王太子の顔は歪んだ。
「ーーこのままやるしかない。アレクにもどれだけ負担がかかるかーー」
琉生斗が息を吐き、俯いた。
「申し訳ありません!聖女様!妹の身勝手な振る舞いから、ヒョウマ殿の名誉を傷つけてしまって!」
「もう、遅いよ。兵馬はいないんだし」
琉生斗が頭を下げ、部屋から出て行った。
「ミント……」
アダマスは深く溜め息をつきながら、琉生斗の所望を認めた。
「ルート!」
よろけた琉生斗をアレクセイが抱きあげた。
「大丈夫、大丈夫。ごめんなー、アレク」
琉生斗はアレクセイの胸に顔を埋めた。
「気にするな。いまはルートのしたいようにするべきだ」
「うん……」
キスを交わし、琉生斗はアレクセイの手に触れた。
「がんばんなきゃ。おれは何があっても魔蝕を浄化しないとーー」
たとえ何があろうとも、君は私が守るーー。
琉生斗をきつく、きつく抱きしめたアレクセイは、時空竜の女神様に祈りを捧げ、深く息をついたーー。
「ちょっと、ルート!どうすんのよ!」
「知るかよ!なんでユピナはそんないらん事言ったんだよ!」
「それはミントちゃんの事を思ってよ」
「それで他人を傷つける?何だよそれ!聞きたいなら聞き方があるだろ!」
琉生斗は喚いた。
「女子はそういうもんなの!」
「ああ、もう!何でこうなるかな!」
頭をかきながら琉生斗は言った。
「本当に王族や貴族というものはーー。常に自分達が正しいと思っていますね」
ミハエルが事も無げに話す。
琉生斗は肩を怒らせてミハエルに愚痴をこぼした。
「トルさんもユピナに注意すりゃよかったのにさー、何で兵馬だけ怒るんだよ」
「まあ、兵士なんかそんなものでしょう」
ミハエルが兵馬考案の神殿プリンを、美味しそうに食べている。
「いま、これを買いに神殿に来る者もいるんですよ。ミルクプリンでカラメルの焦げが丁度いい」
「あっそう。作ってるの、カフェのおっさんだけどな」
兵馬がカフェの店主トーマスと協力して作った神殿プリンは、神殿土産として売り上げが大好調らしい。マアリも心を入れ替えて手伝っているそうだが、大丈夫なのだろうかーー。
「ほんとに逞しいヤツだよ……。じいちゃん、おれは兵馬がいないだけで神力が落ちるヘタレなんだ……」
「何を今更」
ミハエルが息をつく。
「このままじゃ、魔蝕を浄化できないかもしれない……」
「そうですかー。そういう事もあります。そのうち、いないのが普通になりますよ」
「ーーじいちゃんシビアだな」
「長く生きてますから。聖女様は聖女様のやるべき事をなさい。修行あるのみです」
神殿の大広場で開かれた屋台は、大勢の国民が来場し賑わっていた。大神殿もお参り客がごった返し、琉生斗は急遽、時空竜の女神様の像の前で座らされる。
「はい。聖女様の前で騒がないでください。順番を守り割り込まないでください!」
通行整理に聖女を使うなよ、と琉生斗は引きつる思いだ。
「あっ、そうだ。女神様ーー、この間の質問はまだ回答なし?」
隣りでイワンが苦い顔をした。
ーーカノウ。
「あっ、そうなんだ!なら、」
ーー相手ガイナイ場合ムリ。
「ん?」
ーー身体モ核モ相手ノ身体ニ合ワセテ作ル。イナイ、出来ナイーー。
「もしかしたらで変えるのは?」
ーーオ互イ心カラ納得シナケレバ無理ーー。変ワラナイ。
「それって、おれの相方にも聞いたの?」
ーー二ツ返事。愛シ子ハモウ、アレ以外無理。
琉生斗は吹きだした。
「ありがとうーー。可能性はあるわけだ……」
だが、これは広めていい話じゃない。それこそ男同士で子供が欲しい人達から、どんな目で見られるかーー、危害も加えられるかもしれない。
うーん。
琉生斗は眉根を寄せたままじっとしていた。
「今日の聖女様は神々しいですね」
「おきれいですわ」
「何とますます神秘的になられましたな」
参拝客が騙されている事に、苦笑がとまらない神官達だ。
「ヒューリ!遊んでばっかりいないで、見回り!」
「ごめんごめん!面白くてつい……」
子供達に混じって射的を楽しむヒューリを見つけ、兵馬は注意した。ヒューリはピストルのおもちゃを構え、引き金を引く。
景品が飛んだ。
「休憩は別でとるから!あそこのイカ焼きの列を整理して、よその屋台の邪魔をしないように!」
「わかった!」
ヒューリが駆け出す。
「あのお兄ちゃんすごかったね!」
「いっぱい景品もらっちゃったね!」
子供達の言葉に兵馬は息を吐く。
「ベンツィさん、設定が甘いんじゃないの?」
「違いますよ、さっきの人が凄かったんです」
射的の店主が首を振った。
「ふーん」
兵馬は他の屋台にトラブルがないか見てまわる。カフェ店主トーマスもコーヒーを出していた。
「トーマスさん、プリン凄いね」
「ああ、ヒョウマさん!もう驚きですよ!神殿ってつけるだけであんなに売り上げが違うなんて!」
「パッケージ効果だね。大変だけど、お願いします」
「最近、アミちゃんがバイトに来てくれてます」
はー、不思議な縁だな。
兵馬は笑った。
「ーーヒョウマさん」
名を呼ばれて振り向くと、アミが立っていた。
「あー、がんばってくれてるみたいで、ありがとうーー」
「ヒョウマさん。ヒョウマさんて、王女様の婚約者を取ろうとしてるんですよね?」
「えっ?」
「最低な人だったんですね。母の言う通りだった」
「アミちゃん!ヒョウマさんはそんな人じゃない!」
「みんな言ってるもん!」
アミは持っていたコーヒーを兵馬に投げつけた。
「あつっ!」
兵馬の腕に熱いコーヒーがかかり、ジャケットが汚れていく。
「おい!大丈夫か!」
ヒューリが走ってきて兵馬の身を案じた。
「ーー平気だよ」
「うわぁ、他の人もいるんだ」
アミが口を押さえた。
「何が?」
これには兵馬も頭にきた。
「誰でもいいんですね」
この間まで好意の目だった。それが侮蔑の目に変わっている。
「何言ってんだ?この娘」
ヒューリが首を傾げた。
「僕とヒューリができてるんだって」
「えー!低俗なんだなー。こういう国民性か?おまえ、もううちの国に来いよ」
「ごめんね。申しではありがたいけど、そっちの国とも接点は持ちたくないんだ」
「えーー」
「いいんだ。もう僕は、ロードリンゲンから出るつもりだったし」
「ええっ!」
トーマスが濡れたタオルを兵馬に渡しながら悲鳴をあげた。
「な、何でですか!アミの言う事など、気にしないでください!」
「決めていた事ですから。では、後はお願いします」
「ヒョウマさん!」
「ヒョウマ!」
百の善行も、一の悪行でパアになる。よくある話だよーー。善行とは思ってなかったけどさ……。
ーーこれでいい、悪役は悪役らしく去らないとね。
その日を境に、兵馬は神聖ロードリンゲン国を離れた。アレクセイに補佐官の徽章を返すのを忘れずに。
アレクセイから話を聞いた琉生斗は、下を向いたまま一言も言葉を発する事ができなかったそうだ。
「どうなってんだよ!美花!」
「わかんないわよ!あたしだってどうしていいか!」
魔法騎士団の詰所で東堂と美花が言い争う。隣りに立つのは落ち込んだ顔のトルイストだ。
「すまない。トードォ、私が判断を間違えた。ユピナ嬢を叱るべきだったーー」
「当たり前ですよ!師団長が権力に流されてどうすんですか!」
「ーーすまない」
妻からもお説教をくらったトルイストは、見る影もなく項垂れている。
「いまさら遅いですよ!何だよ、王女だかなんだか知らねえが、器が小せえ女だな!どうせ側室なんか後からわんさか増えるだろうに、脳ミソお花畑かよ!自分の親父はどうなんだよ!」
東堂から発せられる暴言に、美花は目を見張った。
「トードォ、言い過ぎだ」
ヤヘルが厳しく言う。
「じゃあ、たかが噂でひとの今まで築いてきた信頼とか信用を潰すヤツは、悪くないんですか!」
「ーーそれはもちろん悪い」
「なんで、なんで兵馬だけが、悪く言われんだよーー。あんないいヤツ他にいねえよーー」
東堂が涙を流すのを見た魔法騎士達は、その涙に心を打たれた。
「あいつに何かあったら、オレだって黙ってられないっすからね!」
「ーートードゥ」
「殿下!」
魔法騎士達が膝をつく。東堂は涙を拭った。
「ヒョウマは大丈夫だ。今はアジャハンで鉄道の敷設を指揮している」
「あっ、そうなんですか……」
「それからの事は未定らしいーー」
「ええっ!」
美花が声をあげた。
「国を出るんですか!」
「その考えもあるらしい。ヒョウマはトードゥ達と違い国に勤めていない」
「?」
「神殿が預かるという事は、ソラリス教の範囲ならどこへでも行く事が可能だ」
「ーーもしかして、あいつ…、狙ってましたか……」
東堂が苦笑した。
「かもしれない。私の補佐官になるときも、神殿の在籍はそのままに、と要望してきたからな」
「さすが、兵馬だなーー」
苦しげに笑う東堂に、美花は眉をしかめた。
「ーー後悔すりゃいいんだ。何が聖女の国だ」
「ーー兵馬がいなくて、ルートがどうなるかわかってんですかね」
東堂が言うと、アレクセイは頷いた。
「ルートなら先ほど父上に、今後王族行事には参加しない旨を伝えに行った」
その場にいた者すべてが息を呑んだ。
「父上も、仕方のない事と受理された」
「殿下……」
「ヒョウマについてはアスラーンが様子を知らせてくれる。ミハナ安心せよ」
「ーーありがとうございます!」
美花が頭を下げると、アレクセイは黙ったまま詰所を出て行った。
少し時間は遡るーー。
アダマスの執務室に、聖女の神殿用の正装姿であらわれた琉生斗を見て、王は悟った。
「ーー見切りをつけたか……」
アダマスの言葉にクリステイルが項垂れた。
「はい。今後は王族の公務はせず、行事も参加いたしません」
琉生斗が答えた。
「ーーミントから謝罪はさせる」
「ーーもう、いい。おれの神力の強さがどんどん落ちてる。これ以上落ちるともう無理だ」
王と王太子の顔は歪んだ。
「ーーこのままやるしかない。アレクにもどれだけ負担がかかるかーー」
琉生斗が息を吐き、俯いた。
「申し訳ありません!聖女様!妹の身勝手な振る舞いから、ヒョウマ殿の名誉を傷つけてしまって!」
「もう、遅いよ。兵馬はいないんだし」
琉生斗が頭を下げ、部屋から出て行った。
「ミント……」
アダマスは深く溜め息をつきながら、琉生斗の所望を認めた。
「ルート!」
よろけた琉生斗をアレクセイが抱きあげた。
「大丈夫、大丈夫。ごめんなー、アレク」
琉生斗はアレクセイの胸に顔を埋めた。
「気にするな。いまはルートのしたいようにするべきだ」
「うん……」
キスを交わし、琉生斗はアレクセイの手に触れた。
「がんばんなきゃ。おれは何があっても魔蝕を浄化しないとーー」
たとえ何があろうとも、君は私が守るーー。
琉生斗をきつく、きつく抱きしめたアレクセイは、時空竜の女神様に祈りを捧げ、深く息をついたーー。
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