ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

文字の大きさ
上 下
27 / 237
バッカイア・ラプソディー編 (長編)

第26話 兵馬は振り返らない

しおりを挟む
 離宮の隣りにある家の中に転移した兵馬は、バッカイア国から、一気に神聖ロードリンゲン国まで転移し、疲れ果てて床に屈み込んだ。

 我慢していた涙が一気に溢れでる。

「うっーー!」

 兵馬は泣いた。

「うっ、うっ~~!」


 泣くのは、いまで終わりだ。
 大好きな人だから、幸せであって欲しい。

 自分の選択に間違いはない。
 

 長くいたわけじゃないのに、この先も永くいるんだろうなぁ、って勝手に思ってた。


 失恋なんかたいした事じゃない、大袈裟すぎない?って、今までバカにしてたのに。

 何これ?本気でつらいんだけど……。


「うっ、うっ、うーー」
 

 少しの間だったけど、楽しかったなーー。











 ーーどれほど時間が経ったのか、自室においてある魔通信が鳴った。

「ーーはい……」
『こんにちは。スミスです。この前は妻がすみませんでした』

 マーブルストリートの組合長は、魔通信の度に同じ事を言う。
「いえ」
『今度、神殿で屋台を開くのですが、また、お力を借りたいのですがよろしいですか?』
「大丈夫です。打ち合わせをしたいのですが、昼から神殿に来てくださいますか?」
『はい、行きます。ありがとうございますーー』

 兵馬は顔を拭き、前を向いた。













 
 琉生斗とベルガモットは、この日も神殿の中庭でお茶を飲んでいた。兵馬を見て琉生斗は立ちあがる。

「おい!大学で倒れたんだろ!大丈夫だったのか?」
「うん。ちょっと無理したみたい」
「もうしばらくゆっくりしろよー。ゆず茶あるぞ」
「今からスミスさんが来て、屋台の打ち合わせ」
「そうなのか。おれも手伝うから、何でも言ってくれ」
「君こそゆっくりしなよ。魔蝕で疲れてるんでしょ?」

 顔色が悪いよ、と言われ琉生斗は眉をあげた。


「ーーよくわかったなー。夜中と朝にあってさー」
「元気なら迎えに来てくれたでしょ?」
「そりゃそうだー。けど、大学の先生が医務室だから大丈夫っていうからさ」
 アレクが言ってた、と言うと兵馬は苦笑した。
「うん。ありがとう」
 二人に挨拶して兵馬は、じゃあね、と行ってしまった。




「ーーどう、ベルさん」
「なんだか胸が締めつけられるような気がしますわー」
 ベルガモットが溜め息をついた。

「ーー無理してる」
「まさか、ミント王女とは……」
「本人達の意思を除けば、良縁は良縁だよな」
「それは間違いなく」
「まあ、政略結婚でも幸せなヤツはいるし」
「ふふっ、惚気ですわね。今度のお茶会でたっぷり吐かせますわ」
「いやいや、トルさんのネタの方が面白いよ」

 ほほほっ、はははっ、と二人は笑い合い、やがて二人同時に肩を落とした。

「ーーつらい」
「こればかりは……、相手は王太子。世継ぎの問題が伸し掛かります」
「うん……」




「聖女様ぁー!、聖女様ぁー!」
 神官のカロリンが琉生斗を呼んでいる。
「何?じいちゃんが呼んでるの?」
「いえいえ、町子さんが魔導師室に来れないかとー」
「わかった。ベルさんありがとうー」
 自分のカップを片付けようとした琉生斗に、ベルガモットは声をかけた。
「置いておいてください。片付けはわたくしがー」

 頭を下げて琉生斗は中庭を後にした。











「ルート君~」
 魔導師室を尋ねた琉生斗を町子は手招きした。

「よう、町子。何の用だ?」
「こちら、ルート君が会いたがってた人よ~」
「え?」
  琉生斗は目を丸くした。
 会いたがってた?


 誰よ、この人ーー。 


 いかにも胡散臭い顔と服装の男だ。何で星とハートの眼鏡してんの?
 服も緑と黒のチェックだ。
 あれ、向こうでよく見た柄だよな。市松模様っていうんじゃーー。

「おれに、こんなあやしい知り合いがいたか?」
「直球ですなぁ!」

 男が笑った。ティンが苦笑する。

「はあ。どうも聖女ルートです」
「吾輩はバンブー五世、いや六世、七世でしたかな?」
「聞くなよ」
「魔導具研究室室長であります」

「えー!例の変人集団か!」
「ひどいですなー。鉄道ではだいぶ吾輩達もがんばりましたが」
「おう、サンキュー」

 琉生斗は軽く流した。

「琉生斗、失礼ですよ」

 ティンが諫めた。琉生斗は眉を寄せる。

「そう言うけどさ、おれがどんだけここの被害にあったと思ってるの?兵馬なんか、犯罪者にされるとこだったんだぜ」

「まあまあ、たぶん反省してます。いま、私も倉庫の片付けを手伝っています」
「ガラクタばっかりですね~」

「ふーん。何か安全で面白いものあったらバザーで出す?今度、神殿で屋台やるから」
「へぇ~。クッキーだそうかな~」
「食の安全性が疑わしい物は受け付けない」
「ひど~い~」


「そうだ、バンブーさん。その服はあなたの趣味?」
「いえ、先祖がこういう柄の服を着ていたらしいです」

「先祖ーー、バンブー、、、」
 琉生斗は固まった。目を見張ったままティンを見ると、彼は笑っている。


「まさか!先祖って、タケさんか!」
「その通りですー。さすがはキレると怖いという噂の聖女ルートさんですな」

「どこを誉めたんだ?そりゃ、ティンさん以外にも子孫がいるわな」
「タケさんの前のセツさんは残念ながら……」
「あー、子供いないんだっけ」
「神竜は生まれたそうですがね」

「お、おい!」
「あ~、あれ、古い文献に載ってたから、わたし解読しちゃった~」

 えーー!アレクでも知らなかったのにー。

「ーー凄すぎよ、町子さん」

「ねえ~。お母さん、せっかくIQの高い精子買って作ったのに、あっちでは出来損ないだったけど~。こっちで威力を発揮できるなんて~」

「町子……」
 琉生斗は眉をひそめて町子を見た。町子の肩にティンが優しく手を添えた。


 ーー実際、いいカップルだよな。


「ん?タケさんて、男だよな」
「今さらですな」

 いや、普通の人は知らないだろう。

「なんで、人が生まれるんだ?」

「琉生斗、教皇は話しませんでしたか?」
「何を?」
「どちらが受精するかはわからないんですよ」
「ん?どういう事?」

「母にしても同じです。私が先に生まれたので、『また産まなきゃいけないの!?』とキレて、はじめて父に怒られたそうですよ」
「まあ、産む方はそうだよな」

 スズさんは転移魔法で出していないのかーー、と琉生斗は頷いた。

「さすがは産む方、理解がありますな」

 うるさいわ。

「ふーん。それは何でなの?核だから神竜じゃないの?」
「琉生斗。核はこちらでは、精子や卵子の代わりなのです」

 琉生斗は目を見開いた。


「ーーあ、完全に向こうの世界の子供はできないのか……」

 徹底してるな。花蓮も変わっていくのはその辺りなんだなーー。

「神竜はなかなかできないのかな……?」
「母も、流産が多かったらしいです…」
 ティンの言葉に琉生斗は青ざめた。

「ルートさん、ヨシノさんが何歳で神竜を産んだか知ってます?」
「たしか、四十五歳だよな?」
「その前に、人間を六人産んでます」

 人間ってーー、琉生斗はツッコミが追いつかなくなり放棄した。

「うっそぉ!」
「いまロードリンゲン王族は、その六人の直系になりますね」

 すごい、ヨシノさん。

「もう、歴代の聖女が偉大すぎて嫌になるよ」
「何言ってんのよ~、歴代最強神力なんでしょ~」

「じいちゃんがさ、アレクが悪神斬りに行くまでに神竜作れってーー」

 ティンが眉根を寄せた。

「それは、難しい話ですね……」
「でも、斬らなきゃこれからの事態に対処ができなくなるのよね~、それってルート君の足と関係があるなら、殿下は絶対に斬りに行くわよね~」

「あっ、聞いたの?」
「泣いてる美花ちゃんから」
「あー、あいつはファウラがいるから大丈夫と思ってたけど」

 だめかーー。

「もう少し、気持ちを整理するって~」
「琉生斗も身体を大事にして下さいね」

「じいさんじゃないわ。けど、ティンさんて陛下より年上だろ?若くない?」
「あー」
「神竜にならなかった者は、人間にしては歳の取り方が緩やかですからなぁ」

 バンブーが答えた。琉生斗はティンを横目で見た。
「なんだ、ティンさん、やっぱり町子と結婚ーー」
「はい、バンブー。倉庫の片付けに行きますよ」

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!

こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?

処理中です...