ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。第三部 第四部

濃子

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バッカイア・ラプソディー編 (長編)

第17話 兵馬、大学に通う。

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 避けに避けてきたが、これからはそういう訳にはいくまいーー。


 葛城兵馬はきっとした目で、週に三日はバッカイア王立大学の門をくぐっている。

 この国はどこもかしこもニオイがきつい。ひとり歩けば甘い香りが、数人歩けばきつい甘い香りが、ひとだかりになると目眩を起こしそうなぐらい、ゲロ甘飴玉なニオイがきつい。

 初日、兵馬はニオイにやられた。
 帰宅するなり倒れてしまい、アレクセイに治癒をお願いした。今も頼んで作ってもらった無臭になるマスクがなければ、死んでいるかもしれない。

「うー、きつー」
 それでもきつい、小声で愚痴る。
 国民の皆様、もうちょっと香水を押さえてもいいはずだよ、と兵馬は思う。
 指定された教室を探すが、広すぎてなかなか目当ての教室には行けない。

「あー、ヒョウマ殿!」
 ラルジュナの近衛兵ジュドーが自分の名を読んだ。
「ジュドーさん」
「こちらです。今日は殿下が用事があるので、他の生徒と同じ教室で講義を受けてもらいます」

 日に焼けた逞しい身体を赤色の軍服に包み、好青年のジュドーが教室を案内してくれた。
「ありがとうございます。毎回、それでいいんですがー」
「いちおう、言っておきますね」
 
 兵馬は行動経済学の講義も受ける事にした。もっと人の心理を学び、経営に活かしたいと思ったからだ。


「ーー行動経済学の面白さは人間の心理や感情が市場や人々の幸福にどう影響するかを研究する事にあります。
 例えば 500円商品を買うのは、それを消費する事に500円以上の価値を見い出した人だけが行う行為だというわけですがーーー」

 授業を受けていると、高校生だったときの事を思い出し、くすぐったい気持ちになる。

 他に得意な事がなかったから、勉強していただけなんだけどなーー。
 それが役に立つならがんばらなければ、兵馬は勇んで課題に取り組んでいた。




「もう、久しぶりの学生生活だよ。すごく楽しいよ」
 姉の美花や町子に大学の様子などを話すのだが、何とも反応が薄かった。
「ふーん。あんた勉強好きだもんね」

 信じられないわ。

「わたしも学校は行きたくないな~」

 合わないのよね。


 
 そのうちに二人は別の話題をだして話し始めた。
「花蓮のね、婚約式のドレスがすっごくカワイイの」
「似合うから良いわよね~」
 服の話で盛りあがられると、その場にはいられない。
「じゃあね、姉さん」
「うん、またね」
 







「おっ、兵馬!次の幼児運動教室には来れるのか?」
「ごめん!任せっきりで!聞きたい講義があって」
「了解!その次は俺が無理っぽいから、できたら出て欲しい!」
「わかった」
 東堂も忙しそうに予定をこなしている。



 みんな、自分の道をいってるんだな。
 それは当然の事なのに、寂しいのはどうしてなんだろう。

 考えたくないから立ち止まらないーー、兵馬は進む。よけいな事を考える時間なんかないのだーー。












 ーー兵馬が勉学に打ち込む中、こちらはあいかわらずの聖女様。
 秋も深まり旦那様の愛も益々深まる毎日ーー。
 琉生斗はベッドの中で、アレクセイに抱きしめられていた。

「ーー会議、呼ばれてんだろ?」
 陛下から。
「いいー」
 琉生斗の首すじにキスをしていたアレクセイは、動きをとめて低く言う。その低音の響きに、琉生斗の腰は砕けそうだ。
 耳元にアレクセイの息がかかる。琉生斗はゾクゾクくる感覚に身を震わせた。

「もう、おれティンさんとこ行って、神殿にも行かなきゃならないんだって」

 一ヶ月に一回にはなったが、ティンのところで心臓にある魔蝕の検査をするのだ。今のところ異常はない。
「行かせたくない」
「はいはい。アレクもお仕事がんばってくれ」

 キスしてなんとか引き剥がし、琉生斗はベッドから下りる。

 内腿をつたっていく液を拭こうとしてティッシュケースに手を伸ばすと、アレクセイに抱き上げられた。
「だから!」
「風呂で洗おう」
 琉生斗は溜め息をついた。
「アレク、また夜な?」
 本音を言えば琉生斗だって、ずっとくっついていたいし、愛されていたい。

 そうできないのが働く人の事情だーー。

 じゃれてくる大型犬を払いながら、服を着る。アレクセイは着せようとしてくれるが、身体を触りだすので、急いでいるときは拒否している。


「先に出るぞー」
 返事がない。
 拗ねるなって、と琉生斗は再び溜め息をつく。愛されて喜ばしい限りなのだが、彼には加減というものがないのだろうか。



 兵馬とはすれ違いが多い。多くて嫌になる。向こうが空いてても自分が急がしかったり、その逆も然り。

「大丈夫なのかなー」

 気になってはいるのだがーー。


 どうせ向こうは遊びだろうしーー。兵馬ももう少しいい男にすりゃいいのにー、と考えて琉生斗は落ち込む。

「もう、おれ、男をすすめちゃってるよー」

 何考えてんだかーー。




「ベルさん、ちょっと聞いてよー」
「まあ、何ですの?」
「内緒だよ。兵馬の事なんだけどさー」

 琉生斗は純愛を貫いている人生の先輩に話を聞いてもらった。
 ベルガモットは綺麗な瞳をしばたいて、琉生斗を見た。
「ーー聖女様」
「ん?何?」
「それは、本当にひどいのはヒョウマさんですよね?」
「え?何で?」

 どうしてそうなるんだ?

「ヒョウマさんは、あちらの気持ちも確認しないうちに、一夜限りと言ってしまったのでしょ?」
「いや、でも、ほらあっちは王太子じゃん。不可能だろ?」

「それでも、それについて二人で話し合わなければーー。一方的に、普通にしましょう、などとはいくらヒョウマさんが相手の立場を思うゆえに言った事でも、相手が納得していなければあまりにも情がないのでは?」

「あー、そうか……」

 琉生斗は反省した。自分も一方的にしか見ていなかった。

 向こうはどういう気持ちだったのか、兵馬の話だけではわからないよなーー。

「最終的に側室になる、って言ったらどうしようかなー」
「ヒョウマさんが何を選んでも、味方でいるのでしょう?」
「そりゃそうだけど……。あいつには幸せになって欲しいよ」
「聖女様、好きな人を想って泣くのも大切な事ですのよ」
「そう?」
「ええ。泣くとすっきりしますし、あの人のために泣く自分が、可愛かったりしますもの」

 ベルガモットの微笑みに、琉生斗は赤くなる。なんだか幸せをお裾分けされた気持ちになる。

「ヒョウマさんにも自分を大切にしていただきたいですわ」

 そうかーー、琉生斗は憮然とした気持ちでお茶を飲んだ。

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