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僕らのいた国編
第150話 兄の頼み
しおりを挟む「ーー兵馬が言ってたけど、色々聞いてんだって?」
「ああ。未来の自分から聞いた」
「なら、いいか。まあ、せいぜい元気でやれよ」
「ああ」
「いつ行くんだ?」
アレクセイが口を挟む。
「ーー明日には魔力が使えるだろう」
「魔力?飛行機とかじゃねえんだ」
琉生亜が首を捻り、不思議そうな顔をした。
「ある意味、ロケットかな」
「ふうん。どうでもいいけど」
琉生亜が煙草を取り出した。そして、何かを探すような仕草を見せる。
「灰皿なんかねえよ」
「違う。赤ん坊がいるだろ」
「いま、散歩中」
琉生亜が来る前に、急にユーリが泣きだした。あまりにぐずりがひどいので、外気浴に連れて行ったのだ。
赤子でも兄の凶悪さはわかるのだろう。
ふぅ、と息を吐いて琉生亜が弟の目を見た。いままで見たことがないような真剣な眼差しに琉生斗はドキッとなる。
「ーーひとつ頼みを聞け」
強く命令するような口調だ。
「なんだよーー」
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兄は言った。
「兵馬はおいていけ」
「えっ?」
目を見開き、琉生斗は言葉を失う。
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「…………」
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「いや、何言ってんだよ!兵馬にはな!向こうに大事なヤツがいるんだよ!」
「オレのほうが幸せにできる」
「できねえよ!!!」
机を叩いて断言する。
冗談ではない。
「できる。ーーおいていけ」
息も荒く兄の言葉を否定したが、彼も言葉を引くつもりはないらしい。真っ向からぶつかったふたりは、どちらも譲らない、という顔でお互いを睨みつけた。
「ーーなんだよ兄貴。本気で兵馬の事狙ってたのかよ!」
「おまえのだから諦めた。だが、おまえのじゃないんだろ?」
「ふざけるな!!!恋人でも夫婦でもないけど、おれと兵馬は家族だ!」
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静かにアレクセイは問う。
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「ーーヒョウマは気にしない」
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「ーー兵馬は行くのね、あっちに」
「いいの?おばさん?」
「どっちみち、大学はイギリスだったじゃない。あの子の事だから帰ってきたりしないわよ。元気ならそれでいいわ」
美花に似た顔で彩奈が笑う。
「結果だけみれば子育て成功じゃない?美花も公爵家の若様と付き合ってるんでしょ?」
「んー、それもそうだな」
「子供も親も色々よ。兵馬は特に母親がいらない子だった、ただそれだけ」
「おばさんーー」
「自分が友達の母親になろうとした子だからねー」
「え?」
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おかしそうに彩奈が言う。琉生斗は目を瞬きながら涙をごまかした。
「ーーおれもひどいな……」
髪の毛をかきむしる。
「そうねえ。琉生亜も苦しんだわ。姉はうざいし、弟は好きなひとを譲らないし」
琉生斗は目を見張った。
「ーー昔からかよ」
「そうよ。知らなかった?」
知らないよ、そんなことーー。
「わかったところで、兵馬が兄貴と、っていうのはないだろう」
「そうなのよ。あの子の旦那、どんなひとなの?」
「間違いなく、このレベル」
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「えっ!!ちょっ、何やってんだよ!」
「1回ぐらいいいかとーー」
「ふざけるなよ!!!」
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「ーーやめたわよ。お腹に子供がいてよかったわね。さすがに妊婦は襲わなかったわ」
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同情しかけた自分がばかだった。
悪態をついた琉生斗を見て、彩奈が真面目な顔で話す。
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