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その日にむけて編
第137話 婚姻届
しおりを挟む『殺る必要がないからよ』
「そうかな」
『殺るなら、今後あたしの槍を使わせないわ』
「それはマズイね」
ラルジュナが魔法を消した。
『ラル。あなた蛇羊神から印をもらったのね。あたしというものがありながら』
長い金髪をなびかせて、キャロラインは目を吊り上げた。
「ーーもらった覚えがないけど」
『嘘おっしゃい。恋人にもついてたわ』
ラルジュナの動きがとまる。
「印が、ついてた……」
『ずいぶん気に入られたのね。ラルのこと呼んでくれ、ってうるさいのよ。でも、悪い判断じゃないわ。蛇羊神は神のなかでも攻撃力が並外れて高いから』
キャロラインはラルジュナを見たが、彼はどこか遠くを見ている。
『あの新悪魔を殺るんでしょ?あたしの旦那様の黒槍を貸すわ。墓地に取りに行きなさい』
「ーーキャロライン」
前例のない話だ。
凶霊が何より愛する夫、ワリアのものを人間に貸すとはーー。
『貸すだけよ。ーーいいじゃない、恋人の後を追いたいなんて、あたし大好物だわ』
ゾクッとくるような蠱惑的な笑みをキャロラインは浮かべた。
「お誉めにあずかり光栄でございます」
ラルジュナは胸前に手をあて、恭しくキャロラインに頭を下げる。キャロラインが満足そうに笑む。
「お待ちください!キャロライン様!王族の男子はいまふたりしかいないのです!ラルジュナに何かあっては!!!」
アルジュナが真っ青な顔で凶霊にひれ伏した。
『あら、変ね。3人じゃない?』
キャロラインは小悪魔のように愛らしく小首を傾げ、ふわりと宙に消えた。
「ーーどきなよ。元帥」
ラルジュナの言葉に、ヒュースが兵士に道を開けるように指示をだした。
「ーーキャロラインも神気を消してたんだね。みんな倒れていないなんてーー」
凶霊の圧に負け、兵士達の顔からは汗が大量に流れている。身体が震えている者もいた。
「ラルジュナ!何を考えているんだ!」
アルジュナが駆け寄り息子の腕をつかむ。それをあっさりといなし、ラルジュナは進む。
「ーーねえ、パパ。どうして流行り病がすぐに鎮静できたかわかる?」
「おまえが、天才だからだ!」
確信をもってアルジュナが答えた。
「向こうの病気に似たようなのがあってね、彼がワクチンを打っていたんだよ」
「彼……」
「ワクチン情報を可視化して病気の治療薬が作れたんだ。他の5人は打ってなかった、彼だけが接種してくれてたおかげで、バッカイア国も周辺諸国も救われたわけ。
ーー来来国についてはもう少し早く教えてほしかったよ。姉さんがいるのに、パパはすぐ他人事にする」
「……」
父がつかんだ腕を離した。
もしかしたら、今生の別れになるかもしれないのに、つかみ続ける事ができなかった。
「バイバイ、パパ」
振り返る事もなく、ラルジュナは歩き去った。迷いもない足取りに、ヒュースが俯く。
「ーー申し訳ありません。殿下……」
貴方はこの国に囚われないほうがいいーー。
ラルジュナは転移魔法で暗黒神殿に転移した。
「蛇羊神様、何か用ですか?」
神様がいびきをかいて寝ている。頭は山羊、胴体は大蛇の蛇羊神をゆすりながら起こす。
『ーーぐっ。ーーーーはっ!なんじゃ冬眠中じゃぞ』
「冬眠するんだ」
『あたりまえじゃ』
「何か用がありましたか?」
ラルジュナは相手にしなかった。
『態度が悪いのう、ひどい旦那だ。もう少しだけ若かったらわしがヒョウマと結婚しとるわ』
そんなわけがない。
目を眇めてラルジュナはやり過ごした。
『ーーこれを渡しておこうと思ってな』
蛇羊神の前に一枚の紙があらわれた。ふわりとラルジュナの手にそれが落ちる。
「…………」
ラルジュナは目を見張り、しばらくの間、紙を見たまま動かなかった。そんな彼を、蛇羊神が見る。澄んだ山羊の目で神は何を思うのかーー。
『内緒だと言われてたのだが……、もういいじゃろうて』
紙は婚姻届だった。
婚姻届の妻の欄に、葛城兵馬、と記入されている。
「なんで?」
声を震わせながら、問う。
『わしが保証神になってやったのだ。渡して来いというのに、また今度と言いおってな……』
ラルジュナは浮いた羽根ペンを握り、震える手で自身の名前を記入した。
「ーー書きました……」
涙がこぼれていく。
彼が顔を赤らめながら書く姿が、脳内に浮かんでくる。
蛇羊神は、紙を受け取り頷いた。
『これでおまえ達は夫婦じゃ。いや、夫夫なのか?まあ、どっちでもいいのうーー。まさか、邪神と呼ばれたわしが婚姻の保証神になる日がくるとはな……。長生きはするもんじゃ』
「ーーその寿命、わけてよ……。わけてくれても……」
言葉が詰まる。
その様子を見ながら蛇羊神は欠伸をした。
『おまえさんは、視るほうだろ。会いに行ったのか?』
ラルジュナは蛇羊神を睨んだ。
『おー、怖い。だが、なぜか、人間は自分が死んだ場所に戻るからのう……。ーーけど、まあーー』
「何?」
いらいらしながら尋ねると、蛇羊神からはまたいびきが聞こえてきた。
「何、この神様ーー」
怒りながらラルジュナは暗黒神殿を後にした。
ーー美花はその場所に行く決意をした。
ファウラがついて行くと言うので、ふたりで花をもってある場所に向かう。
弟が消えた場所である。
誰かが消された場所だと言った。その言葉が耳に入るだけで過呼吸で倒れた。
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だが、ハオルとの決戦が近づいてきたこのときに、その場所を見ておきたいと決心した。
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恐る恐る美花は穴の中を覗いた。
「あっ!」
そこに彼がいた。
「ラルジュナさん……」
彼が振り向く。
自分と目が合うと、大きく目が開き、やがてゆっくりと視線が外された。
飛んで穴の中に降りて駆け寄る。穴の中にはたくさんの花束が置かれていた。彼はそのひとつひとつの花を見ているようだった。
「ーーラルジュナさん。体調は大丈夫ですか?」
美花の言葉にラルジュナの眉があがる。
「ーー恨みごとを言いに来たんじゃないの?」
「えっ、なぜですか?」
「ボクが少し寄り道をしたから、ーー間に合わなかったんだ……」
聞いてるよね。
「ーー殿下が、ふたりともだめだった可能性もあるって……」
「アレクセイ……」
あいかわらず空気が読めないヤツだ、とラルジュナが片眉をあげた。
「ちゃんと、って言ったらおかしいけど、ミハナはボクを恨むべきだ」
ラルジュナの言葉に美花は首を振る。
「恨みません。絶対に恨みませんーー」
「恨んでいいんだよ。殴っても当然だ」
「殴りません。ーー弟がはじめて好きになったひとだもん……、あたしが怒られます……」
涙をゴシゴシと拭いて美花はファウラからハンカチを受けとった。
「ありがとうございます。心配してもらってーー」
微かに頷き、ラルジュナが踵を返す。
「ーーもう、行くんですか?」
「あまり長くはいたくないし……。それに、ここにはいないー」
「えっ?」
ここにはいない、って誰が?
「ミハナには魔法の事で相談があるんだー、アレクセイに伝えとくからー」
「は、はいっ!」
何だろう、ラルジュナの雰囲気が変わった。何があったんだろうーー、美花は首を傾げた。
「ーー兵馬、元気にしてる?」
花を置き、美花は話しかけた。
「あんたってあの世の事にも詳しそうだから、苦労はしてないわね、きっとーー」
後ろにいるファウラが美花の肩に触れる。
「お姉ちゃん、がんばるからね!」
その日、ラルジュナは神聖ロードリンゲン国の牢屋にいる、義理の兄妹に会い話しをしたそうだ。
彼女からどんな話が聞けたのかは、彼以外わからないーー。
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