353 / 410
その日にむけて編
第134話 鎮魂の夜
しおりを挟む「ミハナ、少しは食事をとらないと……」
レノラの優しい声が聞こえても、美花は何の返事もできなかった。
あの日、弟がいなくなってからずっとベッドの上にいる。いつここに来たのかも覚えていないがーー。
これはきっと夢。
目が覚めたらニホンにいて、いつも通りに学校へ行くんだ。放課後に町子と花蓮とマッキュに行って、推しの動画をみながらポテトを食べよう。
きっとあの子が言う。
「ちょっとは無駄遣いやめたら?姉さんと僕の貯蓄額、桁が違うよ。僕、大学自分でいけそうだしー」
「なんでそんなにあるのよ~?」
「お父さんと、株で増やしたからねーー」
ーーあの子ったら……。
想像で美花は笑った。
使っていない表情筋がひくつく。美花の目からは、また涙がこぼれた。
「ーーなんでなの……」
喉がカラカラだ。
水が欲しい。
あの子はもう飲めないのだから、自分も欲しいと思ってはいけない。
生きたいと思うことに、罪悪感しかない。
「ミハナ、飲んで!生きて、ヒョウマは優しい子よ!ミハナが苦しんでいるのをみたら、悲しむわ!」
「ーーっう……」
レノラが濡れた綿を美花の口に含ませた。
美味しいーー。
水が飲みたい。
差しだされたコップの水を勢いよく飲んで、むせる。
「ゲホッ、ゲホッ!」
それでも水を飲んだ。
「ーーね。ミハナは生きようとしてるの」
「違う……。あたし行かなきゃ。お姉ちゃんだもん……、きっと寂しがってるーー」
「ヒョウマはそんなこと思わないわ!ミハナ!」
身体は揺さぶられているのに、心が動かない。
「ーーレノラさん。あたし、どうすればいいかな……」
「ミハナ、たしかにヒョウマは可哀想よ。あってはならない出来事だった。だからこそ、姉であるあなたにはヒョウマの分も幸せになって欲しい!それが、みんなの願いよ!」
真摯に見つめられ、美花は泣いた。
「ーーあそこには花があふれているわ。毎日交換に来るひともいるのよ……」
レノラが涙をぬぐう。
「ーーそっか……。あたしも、行かなきゃーー。いまは無理だけどーー」
「ええ!少しでも外にでなさい。ファウラ大隊長が心配で、ずいぶん痩せたわ」
「えっ?」
「身体を拭いてあげるから、談話室に行きましょう。呼んでくるわ」
「いっ、嫌ですよ!か、髪もくしゃくしゃだし、臭いし!肌もしわしわしてるし!」
レノラが微笑んだ。
「じゃあ、もう少し体調を戻してからにしましょう」
美花は小さく頷いた。
レノラの後ろにいたカルディも、ホッとしたように笑う。
ファウラが痩せた事を聞いて、少し気力を取り戻したとレノラが報告すると、将軍室は温かい空気に包まれた。
「その調子でもっと痩せろ」
「ーー意図して痩せたわけではないので」
頬がこけたファウラをトルイストが肘でつつく。
「ーーミハナが立ちあがってくれるのは戦力的にもありがたい話だ。なんせ、天使魔法を習得している」
「あれは凄かったなぁ」
アンダーソニーが頷いて、ヤヘルとルッタマイヤを睨んだ。ふたりは気まずそうに視線をそらした。
「おまえさんがどう思っているかはしらんが、公爵もしばらくは何もいうまい。おまえさんは知っていたのか?」
「ーーフェレスが悪魔だというのは、何となく知っていましたが、父からははっきりとは言われていません。正体を見破ると、支配権が移るらしいのでーー」
アンダーソニーが項垂れた。
「ーー公爵以上しか知らん事か……」
「他にもいるのでしょうが、彼らは敵にはならないのですか?」
ルッタマイヤが問う。
「人間社会に適応している悪魔は、こちら側につくでしょう。父の話ではアジャハン国の食客悪魔はアスラーン王太子に心酔している様子だそうですしーー」
「あそこの王太子は、凄いな」
トルイストが息を吐く。
「殿下のご友人なだけはありますね」
全員が深く頷いた。
「アダマス陛下は肝心なところで下がってしまわれるーー」
「仕方がありません。今まで我が国は剣を向けられて来なかった。その間、諸外国は戦を続けてきた。その違いでしょうーー」
「そうだなーー」
まさかの事態だ。
聖女を殺す、などと言う奴がこの世にいるとは。
強国バルドの王族は、ハオルと自分達に一切の関係がないと表明したらしいが、無責任な国としか言いようがない。
だが、もうそんな事には構っていられないのだ。
「ーー軍務会議に行かねば……」
アンダーソニーが胃を押さえる。
「士長、今日は私が行きましょうか?」
恐る恐るルッタマイヤが手をあげる。
「いや、ーーがんばる」
「士長ーーーーー」
ルッタマイヤが涙を拭いた。
「行ってアスラーン王太子に怒られてくる」
「ーー陛下はだんまりですか……」
呆れたようにヤヘルが言う。
「自分の息子の友達から、平和ぼけ、と言われたらしくてな。拗ねておられる」
いやいやいやいやいやーー。
「ーー陛下はもう……」
皆が頭を押さえる。
「仕方がないーー、うちの王族は戦の経験値がない。ただひとり、アレクセイ殿下は違うがーー、殿下はーー」
「会議を仕切る事ができない……」
皆、難しい顔で互いをみまわす。
「公爵以上がでても無意味でしょ。ベルダスコン公爵閣下など、空気だ」
「おまえの兄弟子だぞー」
ヤヘルが口を挟む。
「すぐに逃げ出した奴ですよ」
呆れたようにトルイストが首を振った。
「ーーあの方がいてくだされば……」
ファウラが独り言のようにつぶやいた。
誰もが同じ思いだ。彼がいればすべての状況が変わるだろう。
「ーーそんなに深い関係だったのか?」
トルイストの言葉にファウラが頷く。
「父は事業拡大の為と考えていたそうですが、ミハナはヒョウマから、恋人ができた、と聞いたと言っていました」
「ああっ!見たかった~~~!」
ルッタマイヤが悶えた。
「ーーおまえも、演習中に飲まんかったら見れたぞーー」
アンダーソニーが低く言う。
「えっ!?」
「私しかいないときに、はじめだしちゃったからどうしようかと思ったなー」
「えっーーーー!」
絶望に軍将は倒れた。
「士長見てたんですか?」
「寝たふりでごまかしていたが、内心ドッキドキだったぞーー。あれは完全にラルジュナ様のほうが好き度が高い」
「意外ですね」
トルイストが素直な感想をもらすが、ファウラはラルジュナの気持ちがわかる。
ーーはまると抜けられない。異世界人にはそういう引力のようなものがある。
アレクセイや、他の者もそうかもしれないーー、惹かれ合ってしまえばそれをやめることができない。
ラルジュナが負った喪失を思うと、ファウラは心が痛む。
「ーーだからこそ、もう無理だと私は思うーー」
アンダーソニーは立ちあがり、軍務会議に出席する準備をはじめた。
「ーー我々だけで、殿下をお助けしよう」
「はっ!!!」
魔法騎士団は決意を固めた。
「ーーファウラ様!」
皆の献身の思いやりで、美花は元気になってきた。一番の要因は彼が痩せたと聞いた事だ。
なんとかしなければと奮起し、体調を戻す努力をした。
「ミハナ!」
ファウラが美花をきつく抱きしめた。そのまま唇を重ねる。
まわりの者がきゃあきゃあ騒ぐ中、ふたりはキスをした。
「ーーファウラ様、痩せましたね」
「ミハナのほうが痩せています」
「あたしは、太ってたからちょうどいいんです!」
「ミハナーー」
「ファウラ様!あたし、男の子が欲しいです!」
美花はボロボロと泣いた。
「ーーええ。名前は、ヒョウマにするんですよね?」
「ーーはい!いいですか!」
優しく美花の髪を撫でてファウラが頷く。
「いいに決まっています」
「激強に育てましょうねーー。誰にも負けない子に、なるように……」
談話室には、優しい涙があふれた。
「花蓮!」
「ーー美花ちゃん!大丈夫?」
ステージ後の花蓮に美花は話しかけた。
「なんとか立ってるーー」
「そう……。美花ちゃん。クリス君や神官さんや、町のひと達がね、ランタンを空に飛ばそうって言ってくれてるの」
「へぇ。それって!」
目を見開いた美花に、花蓮が微笑む。
女神やん、と美花は思った。
「うん。文化祭の最後に、兵馬くんとルートくんがやってくれたでしょ?あのアニメみたいにやりたいって、わたし達が頼んだからーー」
「ーーそんな事あったわね。ルートが企画して、あの子が経費をもらってきてーー」
兵馬ったらーー、と美花は泣けてくる。お金の思い出しかないなんてーー。
「ルートくんを誘ったら、遠くから見てるですってーー」
「うん……」
兄弟より兄弟らしく、助け合って生きてきた琉生斗と兵馬。彼のほうが、心に負った傷が深いだろう。
でも、ーー。
「あたしにも、ルートにも、自分より大切にしたいひとがいる。花蓮や、町子もいるから、いまがんばれているのよね……」
東堂はよくわからないけどーー。
「ーーでも、あのひとは、失ってしまった……」
つらいだろうなーー。
大丈夫かな……。
「カレン様!いきますよ!」
司祭のイワンが張り切って声をだした。少し離れた場所でクリステイルが空を見ている。涙をこらえているのかもしれない。
「お願いしま~す!」
夜にもかかわらず、神殿に集まってくれた大勢のひとがランタンを空に放した。
花蓮が歌いだす。
あのアニメの歌だ。
「美花ちゃん~!」
「町子!」
ふたりは顔を合わせて抱き合った。
「美花ちゃん、つらかったね~~~」
町子が涙を流す。
「ううん!みんなが支えてくれるの、負けてられないわ!」
夜空にランタンの光が昇っていく。
幻想的な光景に、皆が目をきらきらさせながらランタンを見る。優しい光は、きっと天まで届くだろう。
こんなにもたくさんのひとが、あの子の死を悼んでくれているーー。
ーーねえ、見てる?あんたのためなのよーー。
ーーこれ、環境問題と着地点考えてる?
兵馬が照れくさそうにぼやいたーー。美花は自分の考えに笑ってしまう。
「皆さん!ありがと~~~~う!!!」
美花は大声で叫んだ。
「がんばる!」
美花は涙をこすった。
「うん~!」
町子も涙をぬぐった。
2
お気に入りに追加
255
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件
雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。
主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。
その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。
リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。
個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。
ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。
リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。
だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。
その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。
数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。
ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。
だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。
次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。
ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。
ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。
後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。
彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。
一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。
ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。
そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。
※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。
※現在、改稿したものを順次投稿中です。
詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
一級警備員の俺が異世界転生したら一流警備兵になったけど色々と勧誘されて鬱陶しい
司真 緋水銀
ファンタジー
【あらすじ】
一級の警備資格を持つ不思議系マイペース主人公、石原鳴月維(いしはらなつい)は仕事中トラックに轢かれ死亡する。
目を覚ました先は勇者と魔王の争う異世界。
『職業』の『天職』『適職』などにより『資格(センス)』や『技術(スキル)』が決まる世界。
勇者の力になるべく喚ばれた石原の職業は……【天職の警備兵】
周囲に笑いとばされ勇者達にもつま弾きにされた石原だったが…彼はあくまでマイペースに徐々に力を発揮し、周囲を驚嘆させながら自由に生き抜いていく。
--------------------------------------------------------
※基本主人公視点ですが別の人視点も入ります。
改修した改訂版でセリフや分かりにくい部分など変更しました。
小説家になろうさんで先行配信していますのでこちらも応援していただくと嬉しいですっ!
https://ncode.syosetu.com/n7300fi/
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしい
拓海のり
BL
前世の記憶を取り戻した途端、海に放り込まれたレニー。【腐女神の祝福】は気になるけれど、裕福な商人の三男に転生したので、まったり気ままに異世界の醍醐味を満喫したいです。神様は出て来ません。ご都合主義、ゆるふわ設定。
途中までしか書いていないので、一話のみ三万字位の短編になります。
他サイトにも投稿しています。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる