上 下
283 / 284
琉生斗と兵馬編

第71話 おまえがいたから

しおりを挟む
 しばらく何事もない日が続いたが、その日、問題は起きた。

「ルート!ルート!」
 琉生斗が魔蝕の浄化後に倒れたのだ。
 
 医療室員ナイチンや教皇ミハエルも離宮に駆け付け、治療にあたる。

「ずいぶんと神力の強さが落ちています。何がありましたか?」
 眉根を寄せたミハエルに尋ねられ、アレクセイは息を吐いた。

「ヒョウマとの仲がうまくいっていないーー」
「なぜです?」

 何がありました?




 アレクセイから説明を受けると、ミハエルが頭を抱えた。

「殿下ー。頭の痛いお話ですね」
「そうだな」
「そもそも、ヒョウマがそこに悩んでいるのならともかく、子供が産めるから相手と話し合え、とは、聖女様は何を考えておられる」

「ルートはヒョウマの為に」
 目を細めてアレクセイはミハエルを見た。

「そこは、そういう事ができる、とだけ話せばいいのですよ。聖女様が言えば、ヒョウマはそうしなければならなくなる。殿下はそれがわかりませんか?」

 俯いたアレクセイにミハエルが言葉を重ねた。

「聖女様はヒョウマに自分と同じようになって欲しいのでしょうね。貴方では気持ちがわかってあげられないから」
「…………」
「ですが、貴方方と違って、普通の人間には別れがあります。別れるときに相手側は、子供の記憶を消さなければなりません」

 アレクセイは目を見張った。

「伝えなかった私も悪い。ですが、軽く考えないように、人には別れがあります。そして、新たな出会いもあるのです」


「私には……」
「貴方方にはありませんよ」

 何言ってんだか、とミハエルが溜め息をもらし、神殿に帰って行った。









 目を覚ました琉生斗に、ミハエルの話をする。
「ーーあー、そっかーー。おれ、兵馬に同じになってもらいたかったのか……」

 ポツリとつぶやいたまま、琉生斗は黙った。

「ルート……」

「いやいや。そりゃ最初聞いたときは、おまえでも引く話だと思ったよ。ましてや、必要に迫られてないのに、そんな話聞いてもなー。おれが悪かったんだ」

「ルートはヒョウマの事を心配して言ったのだろう?それは、ヒョウマもわかっているはずだ」

「アレク、おれをかばうなよ」

 かばっちゃだめだーー、と琉生斗は下を向いた。


 アレクセイが俯いた。



 浄化の疲れ、子供の事、ヒョウマとのすれ違いーー、ルートは心に限界がきている。



 励みになる言葉を探しても、何も浮かばないーー。









 コンコンコンッと軽快にドアをノックされる。

「やっほー、アレクセイー!元気ー!お邪魔しますー!」
 何も言っていないのに、その人物は入ってきた。

「ーーおまえか」

「うんー、ボクだよー。これ、ヒョウマに頼まれて、ルートに作ったんだー」

 ラルジュナが瓶を数本取り出した。

「なんだ?」
「その名もー、栄養ドリンクーって言うんだってー。牡蠣とか来来らいらい人参とか、ノニ、とか色々混ぜてみましたーー☆」
「ーー大丈夫なのか?」
 アレクセイは眉根を寄せて問う。

「うんー。ボク毎日飲んでるけどー、色々ヤバイよー、お肌もツヤツヤでしょー?ふふふっー」
 とても嬉しそうにラルジュナが笑う。
「はいー、元気だしてねー」
「ーーありがとう」
 目をそらしたまま琉生斗が礼を言う。

「子供達とアジャハンに修学旅行に行くんでしょー?楽しそうだねー」
「…………」
「昨日遅くまで内容詰めてたよー。案件をいくつも抱えて同時に仕上げるんだから、すごいよねー」
「…………」

「あっ、しんどいのにごめんねー、アレクセイまたねー」
「ラルジュナ……」
「うんー」
「ヒョウマの事だがーー」
 
 アレク!、っと琉生斗が顔を向けたそのとき、ドアが開かれた。

「すみません!ルート倒れたって聞きましたけど、大丈夫っすか!」
 東堂が顔を見せた。

「ーー大丈夫。悪いな、心配かけて」
「いやいや、聖女様あっての平和ですから」
 東堂が胸に手をあててお辞儀をした。
「やめろよー、似合わないことしやがって」

「これ」
 紙の箱が琉生斗に渡された。

「何?甘い匂いがする……」
「さっき、兵馬にもらったんだけどよ、おまえに作ったもんだろ?」
 琉生斗は箱を開ける。

 チーズケーキが入っていた。

「また、何かややこしい事考えてんだろ?おまえ、兵馬いないと生きてけねえんだから、へそ曲げてる場合じゃねえだろ」
「…………」
「ん?」


「ーーその通りだよ……」





「おれは兵馬がいないと生きていくのがつらいんだ。ーーおれの中には、アレクじゃどうにもならない部分があって、あいつがいたからおれは生きていけた。あいつがいなかったら、すぐに死んでた」

「ルート……」
 アレクセイが琉生斗を抱きしめた。

「飯抜きで公園でいじけてるおれに、砂糖まぶしたおにぎり作って来てくれたり、ピアノが弾けなくて親父に怒られてるときも、夜中なのにじいちゃん連れてきてくれたり、ほんとにおれは兵馬がいたから生きてんだ」

 琉生斗の目からぼろぼろと涙がこぼれていく。

「これからも何でも一緒だって、そんなわけにはいかないって、頭では思ってんだよ」

「ルート……」
 アレクセイが琉生斗の涙を指で拭いながら、頭を優しく撫でた。






「うんうんー、そうだよねー、親友っていいよねー」

 場にふさわしくないのんきな声が聞こえる。

「うるせー!タレ目!おれから兵馬を取りやがって!おれの兵馬といちゃいちゃすんな!」

「ーーおまえ、むちゃくちゃだな」
 東堂が呆れた声をだす。

「そうは言うけどー、アレクセイだってひどいよー。ルートが来てからちっともボクらと会わなくなったしー」

 琉生斗はキョトンとした目でラルジュナを見た。

「それまではアスラーンのとこで、しょっちゅう集まってたのにー、ルート来てからはさっぱりなんだもんー。アルカトラズだって、前はよく一緒に潜ったのにねー」

「あんたもアレクとベッドに潜ったのかー!」

「そりゃ、雑魚寝ぐらいするよー。アレクセイはルートが一番じゃなくてー、ルートのみだからー、ボク達だって悲しいんだよー」

「それはすまなかった」
 アレクセイにすまない気持ちは微塵みじんもない。

「そりゃー、アレクセイに恋人ができたんだ、ボク達は自分の事のように喜んでるけどー♡たまに、寂しいぐらいだねー」

 

「ーーみんな、そうなんだ……」

「まあ、おまえほど極端なヤツはいねえよ」

 東堂は、とてもじゃないがついていけない、と青ざめる思いを抱いた。

「ーーおれと兵馬は何があっても親友だからな」
「心の友よー、ってヤツだな。話変わるけど、おまえ、修学旅行って許可おりるの?」
「アレクが同行すれば大丈夫だよ」

「殿下、いけます?」

「何とかしよう」
「お願いします!兵馬、喜ぶぜ!」
 嬉しそうに笑った東堂を、琉生斗は睨みつけた。

「ーー何でおまえに兵馬の気持ちがわかるんだぁ!」
 
 ときとして、琉生斗の心はミジンコよりも小さい。
 

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

禁断の祈祷室

土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。 アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。 それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。 救済のために神は神官を抱くのか。 それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。 神×神官の許された神秘的な夜の話。 ※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

処理中です...