ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。(第一部、第二部、第三部)

濃子

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スズの指輪編

第41話 王弟アスターとネル妃

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 軍務会議の後、近衛兵団兵長パボンと話していたアスターは、その訪問者に目を見開いた。

「ちーす。アスターさん。いま時間ある?」
 なんと、聖女ルートが自分をご指名だ。
「はい、どうしました?」

 慌てて飛んで行く。近衛兵達も襟を正して直立している。

「あいかわらずスカしてんなー」
 彼らを一瞥すると、琉生斗は指で外を差し、部屋の外にアスターを連れ出した。

「ーー王弟殿下を、指で……」

 若い近衛兵がポツリと呟いた。パボンは声をあげて笑った。

「地位や位など、あの方の偉大さに比べればねー」
 







「アスターさん、奥さんと話せる?」
「え?妻ですか?大丈夫ですがーー」

 アスターの妃であるネルは、病弱な為、滅多に人前には姿を見せない。

「ちょっと話したいんだけど」
「わかりました。すぐに来られます?」
 アスターはずいぶんと腰が低い。アダマスからよほど色々と聞いているのだろう。

「いいの?お願いします」




 アスターの宮はアダマスとは正反対の場所にあった。あちらが、豪華絢爛ごうかけんらん錦衣玉食きんいぎょくしょくのような雰囲気なのに対し、こちらは緑が多く、華美な装飾は控えた宮殿である。

 主の性格なのだろうなー、と長い廊下を歩きながら琉生斗は思った。
  
 廊下からは、クリステイルと花蓮が暮らす新宮殿の土地が見える。どこまで魔法で造るのかはしらないが、六月の結婚式までには完成する。

 こっちでもジューンブライドがあるとはなーー。

「それにしても聖女様、あれだけ女装には抵抗してらしたのに」

 アスターが琉生斗の格好を見て、苦笑した。

「あぁ、自分でもそう思うよ」
 冬でも王宮内は魔法で暖かくされているので、皆薄着だ。

 琉生斗は銀色のレースが飾られた上着を着ているのだが、裾がふわりとして女性らしいライン。
 その上、右の側頭部には、水色と青いガーネットでできた、蓮の花弁にレースがついた髪飾りを付けている。

「エリー達ーー、メイドの子達と一緒に作ったんだ」 

「え?」

 まさかーー。

「宝石を下賜されたのですか?」
「そんな大層なもんじゃないよ。赤ちゃんに加護を贈って、あの子達に何にもないのは冷たいだろ?」

 いや、誰もそんな事は思わないだろうーー、アスターが目を丸くしたまま、琉生斗の隣を歩いた。


「聖女様が講師で?」
「ううん。外部から専門の講師に来てもらったよ。ステラさんて、若手のジュエリーデザイナー」
「え!ステラプルケリマですか!」
「そうそう」
「ものすごい人気のデザイナーですよ!妻もファンです!」
「そうなんだ」
「どんな人物でしたか?」

 気になるのかアスターの食い付きがすごい。

「うーん。派手なひとだったよ」
「やはり、あの独創的かつ繊細な芸術を生む人は、見かけが奇抜ということですね」

 アスターが納得したように頷いた(※ちなみにアスターは、アスター・ルビー・ロードリンゲンという名前で、スタールビーをもじった名前だ)。


 






「私の宮に来ることは、アレクセイは知っているのですか?」 
「いや、知らないよ」

 万が一に備え剣を振っておこう、とアスターは思ったそうだ。



 アスターの妻ネルは、サンルームで琉生斗を迎えた。色が抜けるほど白く、驚くほど目が大きい女性だ。

「はじめまして聖女様。アスターの妻、ネルでございます」
「すみません、急に来ちゃって。ルッタマイヤさんが心配してましたよ」
「ふふふっ、姉とあまりに違いすぎて、驚いたことでしょう」

 ネルはルッタマイヤの、異母姉妹だ。

「顔は似てるけど。ーーもしかして、ネルさんて冷え性?」
「はいー」
「この国は寒いから大変だよね」
 琉生斗は鞄から色々取り出した。

「よもぎの温湿布がいいらしいよ。後これは甘酒、飲む点滴とも言われている」 
「まあ」
 ネルは笑った。

「心遣いいただきありがとうございます。聖女様、わたくしに何か聞きたいことがあるのでは?」 
「そうなんだよー。ネルさんの一番上のお姉さん、いまどこにいるか知らない?」

 ネルは目を丸くした。

「ーーもしかして、ティン様から頼まれましたか?」
「そういうわけじゃないんだけどー。お姉さん、スズさんの指輪持って、出て行ったみたいで」

 琉生斗は言葉に注意しながら話した。

「まあー、申し訳ないことですわー」
「うん。まさか、ティンさんがバツイチとはねー」

 琉生斗が溜め息をつくと、アスターが従兄弟を庇った。

「本当に一瞬だったのです。ティンの事を気に入ったイザベル嬢が、結婚してくれと押し切ったのに、結婚後すぐに、思ってたのと違う、と出ていったのです」
「ひどい話だね」  

 思ってたのと違う、ってどういうことなんだよ。結婚前に気づかないのかーー。


 ーー気づかないんだよな。 


 琉生斗もいまならその気持ちがわかる。自分の旦那もたまに、あんなんだったかなー?と思うときもある。

「ルッタマイヤさんには連絡をとらないんだね」
「あの二人は、本当に水と油のようですからーー」

 わたくしも、そう連絡はとらないのですが、と言いながら、ネルは魔法で手紙を取り出した。

「最後にきたのが、ひと月前で、パラダイス島にいるとーー」
「南国っぽい名前だ」
「そうです。冬でも大変暑いそうです」
 琉生斗は、息を吐く。
「あまり、肌を焼くとマーサに怒られるんだよなー」

 遊びに行く気満々だな、とアスターは感じた。

「ティン様が、指輪を渡したい方がおられるのですか?」 
「うーん。どうなんだろ。はっきりはわからないけど、母の指輪があれば、って言ってたからさ」

「まぁ」
 ネルは微笑んだ。
「今度はうまくいってほしいですわ」
 アスターも頷く。

「そうだよね。写真とかある?あっ、くれるの。ありがとうございますー」


 今度、ベル薔薇会にも来て下さい、と琉生斗は誘ってみた。


「あら、あの有名な会に誘ってくださるなんてー」
 ネルは嬉しそうに手を合わせた。

「大半は旦那ののろけ話か、ラズベリー様の陛下の愛人達への悪口だよ」
 アスターが大声で笑った。
「それは、楽しそうですね」



 アスターの宮を出た琉生斗は、歩きながら小声で話しかけた。

「どう?神農じいちゃん……」
『あの温湿布で、何とかなりそうじゃ……』
「ありがとうー」
『お安い御用じゃー。お、婿殿じゃぞーー……』

 神農はうっすらと、消えていく。






 前からアレクセイが、歩いてきた。
「ルート、叔父上の宮に行っていたのか?」
「あぁ。ちょっとねー」

 立ちどまって琉生斗をよく見る。

「ーーどうした?」

 尋ねられる。


 アレクこそどうした、顔が赤いぞーー。


 琉生斗はアレクセイの手を取り、自分の頬に寄せた。

「似合うか?」

 皮肉気に言ってみると、アレクセイは微笑んだ。

「あぁ。いますぐ抱きたい」

 そんなにー!?、琉生斗は引きつった。

「まあ、ちょっと待て、おれも野暮用があってな」



 夜でいいだろ、といちおうは抵抗する。

「用事なら、一緒に片付けよう」  

 上機嫌のアレクセイに抱きかかえられ、琉生斗は溜め息をついた。



「ーー意外に忙しいのよ、おれ……」
「私もだ」

 アレクセイの清々しさに、琉生斗は黙った。





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