ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。(第一部、第二部、第三部)

濃子

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バッカイア・ラプソディー(長編)

第25話 好きなひとのお父さん(兵馬編)

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「う……ん……」
 兵馬は口に柔らかいものを感じた。

 ーーなんだろ……、気持ちいいなぁ……。
 ………………あれ?最近こういうのあったようなーー………っ!

 兵馬は飛び起きた。ーー起きようとした。  
 
 だが、兵馬の力ではどうにもならない障害物が、そこにはあった。

 ーー非力ー、僕の非力ーー。

 自分の力の無さに涙がでる。

「おはよー、兵馬ー♡」
 口を離してラルジュナが微笑んだ。

「えっ?朝なの?」
「うんー、昨日アレクセイには連絡は入れたよー。起きたら送っていきますーってー」
「お手数かけまして、ごめんねー。で、どいてくれる?」
 ラルジュナに組み敷かれている状態だが、ピクリともしないのが嫌になる。

「嫌ー。ヒョウマからキスしてくれたらどこうかなー」
 兵馬は引きつった。

「何でなのー!ジュナ王太子!自分がやってる事わかってる?結婚するんでしょ!その人に失礼だよ!」

 ほんとにもう!どいてよー!

 兵馬は暴れた。手を動かし、足先をバタバタさせる。自分の精一杯の抵抗だ。

「ーーだって、ヒョウマー。ボクだって傷ついてるんだよー」

 兵馬は驚きに目を見張った。ラルジュナの眉根が寄る顔など、見るのがはじめてだからだ。

「……ごめんー。どうしたらいいのか、わからなくてー」


 こんな事であなたが傷つくなんて思ってなくてーー、兵馬の目に涙が滲んでくる。


「ヒョウマー」
 優しいキスに、兵馬は動けない。
「ボクの事、好きーー?」

 悪魔の囁きだ。耳を傾けてはいけないーー。

「無理だからーー」
「好きか、嫌いか聞いているんだよー?」
 兵馬は彼の目を見つめたまま、何も言えなかった。

 ーー好きだったら、どうなるんだよ。

「ーーーーー」

 無言で兵馬は目を閉じた。

 理解したラルジュナの唇が、押し当てられる。優しく重ねられた唇が、微かに震えているのを感じた。震えているのは、自分なのか、相手なのかーー。


 そういえば、どうしてラルジュナの匂いは平気なんだろう。香水くさいが、嫌になるほどではない。
 ヒューリでもマスクがないと無理だな~と失礼な事を、考えてしまうのだがーー。

「うっ!」
 兵馬は驚きに目を見開いた。ラルジュナの顔が近すぎて目の毒だが、そんな場合じゃない。

 ーー舌、だよねーー。

 自分の口の中に彼の舌が入ってきている。


 うへぇぇぇぇぇぇぇ!


 口の中でラルジュナの舌は自分の舌をなぞり、絡めていく。よく、サクランボの茎を口の中で結べたらキスがうまいとか聞くが、冗談ではなく彼ならできそうだ。

 舌というより指先なのかと思うぐらい繊細な動きに、息が荒くなり心臓の音がうるさすぎて恥ずかしい。


 もう、フィボナッチ数でも数えていようかーー、快感から逃げようと兵馬が現実逃避しかけたそのとき、寝室のドアがノックされた。


「ーーはぁいー、いま取り込み中でーすー」
「ラルジュナ、パパだが」

 兵馬の身体がビクリと震えた。心臓が止まりそうになる。

「パパー、どうしたのー?」
「開けるぞ」
「ちょっとー、パパー!」

 ドアは開けられ、国王アルジュナが入ってきた。


「ラルジュナーー」
 溜め息をつく。
「何ー?」
 ラルジュナは兵馬を起こして、乱れた衣服を整える。
「どういうつもりだ?いささか、友情の域を越えている気がするなぁ」

「うん。……ボクは本気だからねー」
 アルジュナはオーバーに眉をあげた。この親子は表情が豊かだ。

「も、申し訳ございません。全面的に自分が悪いので、王太子には非がありません!」
 兵馬は深く頭を下げた。
「ヒョウマー!そんなこと言わないでよー!」

「ーーヒョウマの方がよくわかっているようだな」
 アルジュナは、ふむ、とひと息ついた。

「向こうが承諾してくれたのでな、婚約式をアウローラ大神殿で行う事になった」

 兵馬は息をとめた。

 まるで死刑宣告のような国王の言葉だ。

 わかっている。アルジュナとて意地悪を言っているわけではない。拒絶されるのが現実なのだ。

「側室なら、結婚式が終わってから考えなさい」
「パパー」

「側室を先に寵愛するなどあってはならない。まずは正妃を愛してこそ。嫁ぐ方がどれほどの覚悟を持ってくると思っているのだ?何よりアダマスにも顔向けができん」

 アルジュナの考えは正しい。正しすぎるぐらい正しい。兵馬は現実を受け入れるしかないーー。

 頭ではわかっているのにーー、なんだろう……。

「ラルジュナ、?」
「パパー」

 聞き分けのない自分がいるーー。

 兵馬は頭を下げたまま涙を堪えた。

「ヒョウマ、早く出て行きなさい」
「パパー」

「失礼致しますーー」
「ヒョウマー!」
「ラルジュナ!」
 父の怒声が響いた。
「ヒョウマー」

 追いすがろうとしたラルジュナの手を、兵馬は払った。
「ーーヒョウマ……」
 払われてもなお、ラルジュナは自分の手をとろうとした。


 優しい人だ。

 心配でこのまま行かせてはくれないのだろうーー。


 この優しい人に、不誠実な選択はして欲しくない。



 

「ーーねえ、ジュナ王太子ーー。お互い聞き分けがない事はやめようよーー」
 愕然と目を開いた息子を、アルジュナは悲しそうに見守った。

 振り返った兵馬の目は、何かを決意したような強い目だった。

「ーーもう僕は夢は見ないから」
 兵馬の目にはキラキラした彼の瞳が、暗く滲んでいくように見えた。

「まだ、やらなきゃいけない事が山程あるから、立ち止まってる暇なんてないし、結婚後に側室なんて無理な話だよ」
「ヒョウマー」
 ラルジュナは目を伏せた。

「僕は後数年もすれば、ものすごい資産家になってるから、バッカイア王家でも手が出せないと思うよ」
 この言葉にはアルジュナが目を丸くした。 


「陛下!側室なんて冗談じゃない!僕は正妃じゃなきゃ、絶対に受けないからね!」
 兵馬は転移魔法で寝室から消えた。




 寝室が静かになり、親子は顔を見合わせた。
「ははははっ、やはり面白いな。ヒョウマはー」
 息子を楽しそうな顔で見ながら、アルジュナは言った。

「ーーアダマスが出さん気持ちがわかる。代わりに娘を寄こすぐらいだ、相当必要なのだろう」
「えー?」
「今回はどうにもならん、勉強になったな。向こうも諦めたんだ、おまえも諦めなさい」

 アルジュナは息子の肩を優しく叩き、部屋から出て行く。


「ーー話終わりましたかー…」
 入れ替わりに近衛兵ジュドーが入って来た。ラルジュナの顔を見て動きを止める。

「ーー王太子でも、失恋で泣くんですねーー」
 意外ー。と幼馴染みの近衛兵は感心した。

「うるしゃいー」
 ラルジュナは鼻を啜った。
「ーー真剣だったんですね」
 ジュドーが哀れむような、いたわるような目で、主を見た。

「真剣だよー。どうしていいかわかんないぐらいー。ボク、ずっとヒョウマといたーー、」

 ラルジュナは俯いた。

「ーーいたかったな……」

「ーー王太子……」


 ジュドーは意志を込めた目で主を見た。

「私はしばらく辺境領の警備に行きます」
 ラルジュナは軽く目を見開いた。
「ーーそうなんだー。気をつけてねー」

 寂しいな、と続けた主に、ジュドーは溜め息をついた。


「わかってるんでしょ?気をつけるのはラルジュナの方だよ」
 
 ラルジュナの顔から表情が消えていく。

「それじゃあ、また会う日まで」

 ラルジュナ唯一の近衛兵ジュドーは、振り返る事もなく部屋から出て行った。

「そうだねー」
 小さな声でラルジュナはつぶやいた。

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