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バッカイア・ラプソディー(長編)

第24話 両国の噂話。

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「よお!ヒョウマ!この前はお疲れさん!忙しかったよな!」
 貧血でふらつく中、兵馬は大学に通っていた。
「これ、前の講義の」
 ヒューリが笑顔でノートを渡してきた。
「ありがとー」
「いや、前にやってもらってるしさ」
 兵馬は教室内を見る。

 いつもの席にニコルナはいなかった。この国ではどういう処罰になるか、法学を勉強中の兵馬にはわかっている。

 犯罪内容にもよるが、初犯ならお咎めなしだ。

「案外、とんでもない国だよね……」
「ん?」
「今日の先生はーー」
「ああ、王太子」
 ヒューリの言葉を聞き、兵馬はノートを雑に机に置いた。落としたようにもヒューリには見えた。

「そうなんだ。婚約したばっかりで大変だね」
「ん?まだ正式じゃないだろ、お見合いは終わったけど、王妃様が渋ってるみたいだぜ」
「え?ラズベリー様?」
「はあ?ジュリアム王妃だよ」

 それはそうかーー、ヒューリが他国の王妃の情報など知る訳がないよな、と兵馬は自分の言葉に赤くなった。

「王妃様がなんで?」
「なんか、平凡すぎるし、聖女様が好きなんだろ?」

「え?その噂って有名なの?」
「陛下の側室にロードリンゲンの公爵出の方がいるから、間違いではないんじゃないか?」
「ーーーーー」

 たしかに、国王アルジュナにハーベスター公爵家の長女が嫁いでいるはずだ。
 だが、いくら兄の娘でも、ラズベリーがそんな内情を話すだろうか。

「第二王子ならお似合いかも、って言われたらしい」
「シャラジュナ様?」
「知ってるのか?」
「鉄道模型を気に入ってくださって、持っていったんだよ。本人には会ってないけど」
「引きこもりだからな。王妃様も何とかしたいだろうな」

 ヒューリが言う。

「この国は王族の話もオープンなんだね」
「だな。そっちが隠しすぎなんだよ。秘めたる方が偉いとでも思ってんだぜ」

「ーーどうだろうね。まぁ、陛下に愛人ができてもみんな黙ってるね」
「うっそー!うちじゃ国をあげてその幸せ者を祝うぜ!」
 ヒューリの言葉に兵馬は吹きだした。


「ーーちょっと静かにしてほしいなー」
 気付けば教壇にラルジュナが立っていた。
「「すみません!」」
 兵馬とヒューリの声が重なり、二人はバツの悪そうに顔を見合わせた。

「ーーはいー。みんな来てるー?休みの子もいるみたいだけど、授業は進めるよー。時はお金なり、だからねー」

 教室内には笑いがあふれた。

 講堂ではなく、教室の一授業でも教鞭をとるのだな、と兵馬は思った。

 装飾品は少なめで、焦げ茶色のロングジャケットを着ているのだが、地味な色の服だとオレンジがかった金髪がよく映え美貌が際立つ。


 カッコいいーー。



 素直に思ってしまう。

 本当に僕あの人としたの?

 違うかもねー、あれは都合のいい夢だったんじゃないかなー。









「オレ、将来的には玩具の店持ちてえんだ」
「バッカイアは玩具店が多いよね」
「大型遊具もいいけど、暇つぶしもいい」

 ヒューリは、うんうん、と頷いた。

 中庭は暖かく、色付いてきている木々の葉が美しかった。
 ーー南国の木が紅葉してるっぽいけど。

「あっちの遊びで、何かないか?」
「うーん。僕、ゲームはよくしてたけどー」

 ないよねー。半導体の仕組みって殿下ならいけるかなー。

「そういえば、カードゲームとか見ないよね」
「何だそりゃ」
「二人でカードを出し合うんだけどね。例えば、歴代の王様や王子様でもいいんだけど、キャラクターを集めて、強さを数字化して、得意技とか考えて戦わせるの。計算して勝ち負けがでるから、あれ、小さい子でも算術が得意になるんだよね」

 自分も幼稚園の頃、琉生斗とよくやったなー。

「へぇー、面白そうだな。けど、ヒョウマのとこの王子様がでたら一撃だな」
「そういうのはレアカードにして、1万枚に対して1枚しかでないようにするんだよ」
「なーる。貴重なモノってそそられるよな」

 他にも教えてくれよ、と言われ兵馬は思い出しながらノートに書いていく。

 コマで戦う(ブイブレード)、刺したら飛ぶ(白ひげちゃん危機一髪)、ブロック(ゴレ)、パチンコ、射的ーー。
 やはり、自分はあまり玩具を知らない、東堂の方が詳しいだろう。

「最後は屋台だなーー」
「パチンコって何だよ」
「ハマると怖い玩具だよ」

 説明するとヒューリは首を傾げた。 

「それが、魔法じゃなくて、電気で動くんだな」
「そうなんだ」

 魔法で動かないなんて変だなー、とヒューリは言った。

「面白そうな話だねー」

 兵馬はドキリとした。
「あっ、王太子殿下」
 ヒューリが頭を下げるのを見て、兵馬も慌てる。
「よしてよー。頭をあげてー」
 ラルジュナは笑いながら、兵馬の前に座った。

 座るんだーー。

 ドキドキする気持ちを抑え、兵馬は頭の中を冷静にした。ここは、円周率でも考えて気をそらそうか。
 
 3.14159 26535 89793 23846 26433 83279 ーー

「向こうの話?」
「ええ、魔法がないなんて信じられないですよね」
「そうだよねー。生活がどうなってるんだろうねー」
「戦もあるんですかね。武器だけなのかな?」

 50288 41971 69399 37510 58209 74944 ーー

「まぁ、魔法に近い武器もあるからね」

 59230 78164 06286 20899 86280 34825 34211 70679 ーー

「近い武器?」
 ヒューリが身を乗り出した。兵馬は思考を停止した。

「銃とか、爆弾があるんだ。僕も生で見たことはないんだけど。射的とかで玩具の銃があるでしょ?」
「あー、あるな」
「あんな感じ」
「あれが、武器になるのか?」

 ヒューリの食い付きに、兵馬はこれはあまり言わない方がいい話だと思い、口をつぐんだ。
 武器関係の話はしない、と琉生斗と約束しているからだ。

「まあ、他にもあったりするけど。ああ、そうだ、バッカイアはよくバルドと戦をしてるけど、何でなの?」

 ヒューリが眉をあげた。

「バルドが仕掛けてくるんだよ。あいつら本当はロードリンゲンが欲しいのに、襲えないからうちとアジャハンに来るんだよ」

「ーーそうなんだ……。わりと広いのにバルド国」
「嫌な奴等だよな。何であんな奴等が魔力が高いんだろ?」

 こっちなんて、とヒューリはブツブツ言う。

「ーー今はおとなしいもんだけど、オレが小さい頃はしょっちゅう開戦してたぜ」
「そうなんだ」
「今はなんで、って聞かないのか?」
「そりゃヒョウマはわかってるよー」
 ラルジュナが笑う。

「あー、そうか。ヒョウマのところの王子様だからな」
「まあ、僕は強いところを見る機会がないけど。器用なところはたくさん見るよ」
「器用?」
「靴作ったり、指輪作ったり、列車や線路をつくったり」

「ーーすげぇー王子様がいたもんだな!まあ、そういうならうちの王子様は遊具ばっかり作ってるからいい勝負だな!」

 ヒューリは大きな声で笑った。

「奥さんの為に、よくアイスクリームも作るんだよ。バラ風呂するからってバラの花びら集めたり、ほんとロマンチストだよー」
 笑い死ぬぐらいヒューリは笑った。

「ーーヒュー!ちょっと来てくれない!」
 遠くからヒューリは呼ばれた。
「あっ、悪い。バイトの話だ!すみません!失礼します!」

 ヒューリは慌てて立ち上がり、頭を下げて走り去った。


 ーーうそーーー。

 兵馬は視線を泳がせた。
 ラルジュナの表情は変わらない。

 ーーそうだ、普通だ。
 
 普通にするんだ!




「怪我は大丈夫だったー?」

 兵馬は驚いてラルジュナの顔を見た。彼の目が心底自分の身を案じてくれているーー、目の色でそれがわかった。

「う、うんー」
「最後まで一緒に見廻ればよかったねー、ごめんねー」
「いやっ、そんな、そんな訳には」
「ルートが怒るのも無理ないよー、責任が足らなかったー」

 いや、ルートはそんなつもりではないだろう。

「あー、やっぱりルートがいなくてマズかったの?」
「わりとパパは気にしいだからねー」
「ごめんーー」
「ヒョウマが悪いわけじゃないよー、うちの国の子がごめんねー。安心して、他国の人を傷つけた場合はそれなりに罪が重いからー」

 そうなんだーー。罰したところで本人は納得しないだろうな、と兵馬は思う。

「ねえ、ヒョウマー」
「う、うん?」


「ーーヒョウマは、ボクの事嫌いー?」
「えっ?」
「嫌いだから避けてるんだよねー?」




 兵馬はラルジュナの視線を受けて固まった。


 何でだよ。
 最低、って言ったのはそっちじゃないかーー。
 


「ヒョウマー?」
 
「最低、って言ったよね?」

「…………」

「嫌いなのはそっちでしょ?」
 視線を下げて、兵馬は言った。



「ーーごめんねー。でも、ボクとしては、なかった事にはしたくないんだー」




 えっ?

 何言ってるのー?




 言ってる事めちゃくちゃだよーー。僕の事なんか気にしててどうすんの。

 ーー結婚するんでしょ?




「ーー嫌いー、」
 兵馬はラルジュナの顔は見なかった。
「……………」
 小さく頷いたラルジュナは、悲しそうに笑う。



「ーーになりたいよ………」
 

「ヒョウマーー」

 あっ、と兵馬は声をあげた。マスクを目の下まであげる。そんな事をしても顔の赤さはどうにもならないのに。

「ふっ!」

 突如、ラルジュナの手で耳に髪の毛をかけられ、変な声がもれる。

「ーー耳が真っ赤になってるねー」



 沸騰して蒸気になってしまった冷静さを、何とかかき集めて兵馬は言う。

「ぼ、僕はどうにもならない事に期待はしないから!」 
「ヒョウマー」
 立ちあがろうとして腕を掴まれ、兵馬は転ぶ。

「おっとー」
 抱きかかえられ、兵馬は顔を伏せた。ラルジュナは兵馬の顔を覗きこむ。

「嫌いになっちゃうのー?」

 これ以上ないぐらい顔を赤くした兵馬は、意識が飛んだ。
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