ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。(第一部、第二部、第三部)

濃子

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日常編5

第92話 王都日和10 ー教皇ミハエルの責務ー

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 その日、早朝に魔蝕の発生があったため、琉生斗は神殿に行くのが遅れた。
 門番のソドムとゴモラが恭しく頭を下げて琉生斗を通す。

「じいちゃん!遅くなった!」
「いえいえ、朝から大変でしたね。体調は大丈夫ですか?」
「おう、後三回はいける」
「ーー何からつっこんでいいのやら。まず、おう、はそろそろやめましょう」
「おう!、あっ、わかった!」
「三回は、もちろん魔蝕の浄化の話ですね?」
「おうよ、っじゃなかった!浄化の話だよ!もちろんもちろん。あっちは一回で勘弁してもらいましたよ」
 ミハエルは吹き出した。近くに控えているイワンとドミトリーが馬鹿にした目で琉生斗を見ている。
「なかなか飽きられないですね」
「殿下がすごいのか、聖女様が泣き落としで引き止めてるのか」
「ーーほんと、おまえらおれが嫌いだよな」
 琉生斗は司祭コンビを睨んだ。イワンとドミトリーは素知らぬ顔で書類を取り出した。
「今日の方が来られています」
「はい」
 ミハエルは書類を受け取り琉生斗を見た。
「今日、ある方が神殿に来られています。私が応対するところを、聖女様は隠し窓で御覧になっていてください」
「ん?隠し窓?」
「聖女様の方からは見えますが、私の方からは見えません。あまり声も出さぬようにお願いしますよ……」
「うん……。わかった……」
 わかってはいないが、琉生斗は返事をした。






「教皇様、今日はお時間をいただきありがとうございます」
 厳かかつ厳粛な暗い部屋に入ってきたのは、中年の身なりの良い母親と若い娘だった。娘はローブを目深に被り顔が見えないが衣服は上等のものだ。
「ーー以前相談に来たときには、娘を連れて来れませんでしたが、あの後、ーー生理がきて妊娠はしなかったので、娘もどっちかをはっきりさせたいと申しまして……」
「そうですか……。よく勇気を出されましたねーー」
 ミハエルはいたわるような優しい声をだした。
 教皇だなーー、琉生斗は聞いていてそれを感じた。


 琉生斗の手にはイワンに渡された書類があった。
『アミ・スミス、十四歳 五月初旬、学校の帰りが遅くなったため家に連絡を入れ、早く帰ろうとマーブルストリートの裏道を通ったところ、暴漢に殴られ意識を失う。助けが早かった事から、暴行は未遂ではないかと母親は思っているが、本人は自分が汚れてしまったことを悔い、家からも出ずに塞いでいる。神殿で処女かどうかを確認したいが本人が行きたくないと渋っている』
 
 琉生斗は溜め息をついた。

「では、見てみましょうね」
 ミハエルは右手をアミにかざした。光があふれていく。母親は緊張で呼吸をとめたような顔になる。
「ーーアミさん」
「…………」





「大丈夫でしたよ。あなたはきれいなままです」
 その瞬間、アミは泣き崩れた。母親も「女神様!」、と大きな声で叫んで泣く。
「ありがとうございますーー。教皇様ーー。あたし、あんなのは、いやでーー」
 アミの涙はとまらなかった。
「安全な国でも危険はあります。疑ってばかりもよくはありませんが、人の少ないところへは行かぬよう、自衛はするようにーー。記憶はどうしますか?」
 アミは言った。
「ーーこのままでいいです……。ちゃんと覚えておきたいからーー」
「母君はそれでいいですか?」
「ええ。この子がそういうのならーー。まさか、こんな事が起こるなんてーー」
「そうですか。なら、そのままにしましょう……」
 ミハエルは視線を落とした。








「どうでしたか、聖女様」
「ーー必要なときもあるんだな」
 処女かどうかを調べる魔法、ただのゲス聖魔法じゃなかったようだ。
「ええ、あなたわかりました?」
「視えたものもある。胸はさわられてるよな?」
 琉生斗は忌々しそうに答えた。アミの身体が意識を失っても恐怖を覚えていた。聖魔法は、その身体の記憶を読むことができるのだ。
「うちの国にもひどいヤツがいるんだなー。いや、いるな結構。犯人は捕まってるのか?」
「娘の記憶から読みました。前は娘が来ませんでしたから、これからです。手配書を警備隊に渡します」
 ミハエルは思念を紙にうつすことができる。
「ずいぶんごゆっくりな話だな」
「似た事件は起きてませんから」
 そんなの言わないだけだろーー、琉生斗は顔をしかめた。
「ん?どっかで見た顔だ」
「あなた、記憶力がいいですからねー。返して下さい。くれぐれも、余計な真似はしないで下さいよ」
 ミハエルは念を押した。
「はーい。それより、じいちゃん、治癒聖魔法教えてよ」
「はいはい。まずは精神統一からですねー。聖女様はすぐに要らんことを考えますからーー」
「え?そうかなー」
「無にならないと、余分な聖魔力を消費します」
「へぇー、神力も?」
「神力を聖魔法に変えるのは魔力に変えるより楽だと思いますよ。聖魔法は浄化されませんから」
「なるほどー。もっと早く教えてくれよ」
「聖女様が習う気がないからですよ。まあ、独学で性別の見分けができるんですから、攻撃聖魔法を教える頃合いですかねー。一年半なら、イワンやドミトリーぐらいの素質がありますよ」
「えー、あいつらと同レベルかよ」
「あれでも教皇候補の人間ですよ」
 ミハエルの言葉に琉生斗は眼を見張った。
「イワンとドミトリーがーー?」
 そこにアレクセイが加わると、まるでカラマーゾフの兄弟だなーー、と琉生斗は吹き出した。
「失礼ですねー」
 イワンが憎々しげに琉生斗を睨んだ。
「はははっ、おれの時代に教皇になるの?絶対いじり倒してやろう」
 ははははっ、琉生斗の笑いにミハエルは肩を落とした。
「わかりません。教皇は死ぬまで教皇ですから」
「長生きですからね。前任のガブリエ教皇も九十歳で現役でしたよ」
「ふぁー。そりゃいいや。じいちゃん長生きしてくれよ」
「たまにはいい事言うんですね」
「たまにって言うな」
 司祭コンビは次の用事があると、琉生斗の側から離れていった。


「あれ?けど、司教の方が階級は上だよな?クラリスは違うのか?」
「聖魔法は使えても、教皇の聖魔法を使える者は稀なのです。あの二人は素質があるので、私の元で育てているのです」
 本来は布教や小さな神殿を任すのですが。
「えー、憎み合わないのか?」

 私が教皇になる!いや、私が!、みたいに。

「押し付けあっていますね。聖女様が言う事を聞かないから嫌なんじゃありませんか?」
「それは仕方ないな」
 琉生斗は肩を竦めた。
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