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強国バルド編 (ファンタジー系)
第22話 強国バルド 6 逃亡
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「あー、もう」
あいつ戦争するんじゃないのか?しないなら、そりゃいいけどさーー。
逃げようー、と琉生斗はすぐに行動に移る。クローゼットの中にマントがあったので、それに水玉草と腹持ち草を入れて、背中に斜めにかけられるように結ぶ。
隠し階段を開け、次々下の階に進む。一階のドアの前に来て、ドアに耳をあてる。しばらくそうしていたが、人の気配はない。ドアノブを音が出ないように回してみる。
ドアには鍵がかかっているせいか、回らなかった。鍵穴を確認して、琉生斗は少し考える。もたもたしている時間はないだろう。
ズボンのポケットから、ハンカチを取り出した。そこには小さく丸められたティッシュが、数個くるまれている。それを一つ取って、鍵穴に押し込む。
琉生斗は指を鳴らした。
ポンっ、と軽い音がした。
「やりー」
琉生斗は解錠に成功した。
「さあ、外はどんなかなー」
静かにドアを開ける。
「うっわあー」
琉生斗は困惑した。
思っていたのと、違う。
鉄の森の精霊ドライアドは、アレクセイ達が森に入ると、すぐに攻撃をしてきた。
木の枝が鞭のように、四方から飛んでくる。
アレクセイはすべてを斬り刻みながら、風のような速さで進んでいく。
続く将軍達も、鋭い剣技でドライアド達の動きをとめていく。魔法が使えなくとも、このクラスになると、それはあまり障害にはならない。
「うわ、はえー」
追いつきたい、喰らいつきたいが届かない。東堂は焦る。荒削りながら、ドライアドの枝を斬る。足りない気持ちに、自分を追い詰めてしまいそうになる。
「トードォ、焦りは禁物だ」
自分の師を申し出てくれたヤヘルに、諫められる。
「うすーー」
「殿下や将軍達と比べる方がどうかしてるぞ」
それはそうだがーー。
「俺と殿下、歳がそんなに変わんないすよ。俺ももっと強くなりたいっす」
「おまえは強いぞ」
「けどーー」
「殿下はもっと強い、それだけだー」
ヤヘルの励ましに、東堂は頷いた。
「羨んでも、おまえは殿下になりたいわけじゃないのだろう。おまえはおまえだ」
「うす!」
今は目の前の敵に集中だーー。
「炎の鳥!」
ティンの声がした。
えっ?と東堂は喫驚した。
なんで、魔法が使えるのかーー。鉄の森は、魔法が使えないはずではー。
ドライアド達は炎の鳥に、枝を焼かれていく。
「炎の鳥!」
町子の声までする。
だから何でなんだよー、と東堂は首を捻る。
目が合うと、ティンが、笑う。
「こういう場所は、特別な磁界が発生してますが、解除方法もあるのですよ。ただし、解除魔法を使いながら、攻撃魔法をかけるので、二つの魔法が操れないと無理なのですがー」
うん、無理だーー、と東堂は諦めた。
「なるほどー」
と、言ったのは美花だ。
まさか!と東堂が思うと、美花はゆっくりと魔力を練り始めた。
「解除!不死鳥!」
美花から、魔法が放たれた。東堂は目を剥いた。火の鳥よりも大きく威力の強い魔法だ。
「美花ちゃん~やる~」
町子が手を叩いた。
不死鳥は、ドライアド達を追い払っていく。その勢いには、大隊長達も驚いたようだ。
東堂は落ち込んだ。
「うん。おまえはおまえで、がんばれー」
ヤヘルが励ます。がんばってこれなんですよ、と東堂はへそを曲げた。
まだまだ、鉄の森は抜けられそうにないーー。
皆が懸命にアレクセイを琉生斗の下へ行かそうと、心を合わせていた。
その強い想いは、ドライアド達に動揺を与えた。
攻撃をやめる精霊もいたーー。
ーールート無事カー?
アレクセイも、光を介して琉生斗に言葉を送り続けた。
返事はないー。
奥に行くに連れ、攻撃やドライアドの数が異常に増えていく。少しの油断が、大怪我につながる。
集中を切らさないように、誰もが気を張っていた。戦闘は一日続いた。魔法なしの状態で剣を振るい続ける。東堂と美花は腕と腰に限界がきていた。
鉄の森を抜けても、次はバルド国の兵士との戦闘だ。震え上がるようなプレッシャーに負けないように、東堂は自分を信じた。
先頭で、多数の敵を引き付ける、アレクセイという人を、信じた。
「殿下!鉄の森を抜けます!」
トルイストの声が響いた。
また、夜がくる。
琉生斗は素早くまわりを見回した。近くに人はいない。そりゃいないよなー。
「砂漠って、まじかよー」
塔は砂の上に立っていた。辺り一面砂である。風が描く風紋が美しい、砂漠である。
「そういや、バルドって砂漠があったな」
地理の勉強でやった、位置は王都を囲むような砂漠。しかし、地図なら小さくても、実際は馬鹿みたいなほど広いのだろう。
「ふむ」
季節がら暑いことはないだろうが、むしろ困るのは夜だ。砂漠は寒暖差が激しい。夏ならまだ防寒着はいらないだろうが、バルド国はロードリンゲン国よりも北に位置するため、これからぐっと寒くなるかもしれない。
昔、祖父母とエジプトの白砂漠へ旅行したことはあるが、あのときはガイドがいた。
満天の星空が美しすぎた。悪の権化と言われていた祖父が、感動で涙を流したぐらい、きれいな夜だった。
アレクと見たいな、と琉生斗は空を見上げた。一番星が出ている。この時期に見える、紅く輝く紅玉星だ。
「あれが南に見えるんなら、まっすぐ行けばロードリンゲンだろうけどーー」
果たして、距離はどうなっているのか。
「一ヶ月もかかってたら魔蝕は待ってくれねえよな」
困りながら歩いた。
あれで、転移魔法を使ってみようかー。
いや、転移魔法は失敗すると危険だ。なぜなら、ロードリンゲン国まで飛べる魔力が、琉生斗にはないからだ。始点線をここ、とイメージできても、魔力量にあった終点線をイメージできなければ、最悪転落死だ。距離がわからない為、どこまで転移できるか、さっぱり読めない。
「あっ、そうだ」
琉生斗は手を叩いた。驪竜が出てきてくれれば、神力がある間は飛んでくれる。
「腹持ち草があれば、ちょっとは距離が伸ばせるー」
琉生斗は草を噛りながら、心臓に手をあてた。
ピタッとすぐにハマる。
「驪竜、出てくれ」
するりと闇が渦巻く。闇は黒龍へと姿を変えた。
「ありがとう、驪竜!さっそくで悪いんだけど、ロードリンゲン国の方に、いけるだけでいいから連れてってくれないかな?」
『わかった』
驪竜の鉤爪に優しく挟まれ、琉生斗は砂を離れた。眼下に広がる風紋の美しさに息をのみながら、琉生斗は驪竜と空を飛んだ。
「自然はいいなあー。神様って、すごい芸術家だなー」
やがて驪竜はゆっくりと地上に下り、ふっと風のように消えた。
「ありがとう」
すぐ目の前に町がある。家が一軒一軒が離れていて、建物も平屋ばかりの町だ。
「贅沢な土地の使い方だな」
二階がないなんて。
琉生斗は怪しまれないように堂々と歩いた。夕暮れどきであまり人がいなかったが、人の良さそうなおばあさんを見つけ、話しかけた。
「こんばんは。少し日が沈むのが遅くなりましたね」
「えっ?あぁ、そうね。最近はねーー」
こんな美人、知り合いにいたかしら?
「最近はどうですか?足は大丈夫ですか?」
おばあさんは膝が悪い人が多い。あくまで琉生斗のまわりの美魔女の話だがー。
「最近は良い膝巻きがあるのよー。王都でも人気だったけど、昨日買えてね。すごく楽なの~」
おばあさんは、はしゃいで膝を指差した。
「ーー王都、ですか、ここ」
「そうよ。何言ってるの?この辺りすべて王都じゃない」
「すべて?さ、砂漠も?」
「ええ、王都の観光名所よ。あなた、王都の人じゃないわね?どこから来たの?」
琉生斗は引きつった。塔は王都の下側の砂漠に立っていると思っていたら、まさかの上側だったとはー。
「えっと、エセル村ー」
たしか地図にのってたはずだ。
「ずいぶん遠い村から来たのね?兵役?」
「そうです、そうです!」
「わからないでしょ?案内してあげるわ」
しまったー!琉生斗の馬鹿ー!
琉生斗は人の良いおばあさんに引きずられながら、兵役検査場に連れて行かれる。
やばいって、どうすんだ!
「あっ」
通りすがりの灰色の軍服の男が、声を漏らした。
「失礼」
わざわざ琉生斗を追いかけて来る。
「あら、兵士様。どうされました?」
「隣の者をもらおう」
琉生斗は気付いた。ハオルが連れてきた若い兵士のひとりだ。
「はいはい。兵役できたんで、ちょうどよかったわね」
よくない、すべてよくないー。
琉生斗は項垂れた。
手錠こそつけられなかったが、罪人のように連れて行かれる。
兵舎のような古い建物の中に、入るよう促された。
兵士達が、琉生斗の顔を見て慌てだした。
「こちらへー」
「はいはい」
やけくそになりながら従う。
古い小さな部屋に通された。簡易なベッドと机しかない。
「こんなところですみませんが、ここにいて下さい」
え?、と琉生斗は目を丸くした。
「ハオル様が気付いて探してましたから。この手錠を片手だけにしてください」
琉生斗が渡された手錠は、ロズモンドの闇市場に行く前に、海の上で使われた手錠だ。
「感知阻害しますから、ハオル様でも無理だと思いますのでーー」
自分でも感知できないほど、すごいものができちゃったのかー。発明にありがちな話だが……。
「何で、匿ってくれんの?」
若い実直そうな兵士はソルトと名乗った。
「わたしはいま、二十二歳です」
突然何だ?、結婚してくれ、は無しだぜ。
「初陣は六年前のバルド国からバッカイア国に仕掛けた戦です」
琉生斗は口を挟まず話を聞いた。
「ご存知でしょう?十四歳のアレクセイ殿下に、ぼこぼこにやられた空軍に属しています」
ソルトは苦笑いだ。
「えっと、それは主人が大変お世話になりましてー」
おれ殺されねえかなー、琉生斗は視線が泳いだ。
「本当に……。治癒までかけて帰って行かれましたからね、完敗ですよ」
深い息を吐いたソルトの視線の先には、きっと十四歳のアレクセイがいるのだろう。
「それから空軍は、魔法騎士団、陸軍や海軍に蔑まれる毎日で、ほぼ雑用係です。陸軍なんか獣人族のときに負けてるくせに、偉そうにして……」
ソルトは唇を噛んだ。
「最終的に、聖女様の遊び係だもんな」
「ーーあれは、申し訳ありません。仲間達も、笑いをこらえるのに必死でした」
部屋のボロさが物語る、空軍の不遇さ。普通なら花形部隊だよな。
「では、わたしは探すふりに出てきますので、おとなしくしていて下さい。ロードリンゲンの者は、まだ鉄の森で戦闘中と聞きました」
琉生斗は目を瞠った。
「誰と、戦ってんだ?」
ソルトは眉をあげた。琉生斗が答えを知っている目を、していたからだろう。
「ーー鉄の森の精霊ドライアド。ハオル様の部下ですよ」
「卑怯だな、あいつ」
「卑怯ですよ。わたし達みんな大っ嫌いなんです」
ソルトは笑いながら出ていった。
「王太子でも嫌われるんだな」
ふと、クリステイルの坊ちゃん顔が浮かんだ。アレクセイと顔は似ているのに、雰囲気が違いすぎる自国の王太子。
「まあ、嫌われる要素は薄いか……」
それにしても、
「ハオルが探してんのかー。やだなぁ」
あいつ戦争するんじゃないのか?しないなら、そりゃいいけどさーー。
逃げようー、と琉生斗はすぐに行動に移る。クローゼットの中にマントがあったので、それに水玉草と腹持ち草を入れて、背中に斜めにかけられるように結ぶ。
隠し階段を開け、次々下の階に進む。一階のドアの前に来て、ドアに耳をあてる。しばらくそうしていたが、人の気配はない。ドアノブを音が出ないように回してみる。
ドアには鍵がかかっているせいか、回らなかった。鍵穴を確認して、琉生斗は少し考える。もたもたしている時間はないだろう。
ズボンのポケットから、ハンカチを取り出した。そこには小さく丸められたティッシュが、数個くるまれている。それを一つ取って、鍵穴に押し込む。
琉生斗は指を鳴らした。
ポンっ、と軽い音がした。
「やりー」
琉生斗は解錠に成功した。
「さあ、外はどんなかなー」
静かにドアを開ける。
「うっわあー」
琉生斗は困惑した。
思っていたのと、違う。
鉄の森の精霊ドライアドは、アレクセイ達が森に入ると、すぐに攻撃をしてきた。
木の枝が鞭のように、四方から飛んでくる。
アレクセイはすべてを斬り刻みながら、風のような速さで進んでいく。
続く将軍達も、鋭い剣技でドライアド達の動きをとめていく。魔法が使えなくとも、このクラスになると、それはあまり障害にはならない。
「うわ、はえー」
追いつきたい、喰らいつきたいが届かない。東堂は焦る。荒削りながら、ドライアドの枝を斬る。足りない気持ちに、自分を追い詰めてしまいそうになる。
「トードォ、焦りは禁物だ」
自分の師を申し出てくれたヤヘルに、諫められる。
「うすーー」
「殿下や将軍達と比べる方がどうかしてるぞ」
それはそうだがーー。
「俺と殿下、歳がそんなに変わんないすよ。俺ももっと強くなりたいっす」
「おまえは強いぞ」
「けどーー」
「殿下はもっと強い、それだけだー」
ヤヘルの励ましに、東堂は頷いた。
「羨んでも、おまえは殿下になりたいわけじゃないのだろう。おまえはおまえだ」
「うす!」
今は目の前の敵に集中だーー。
「炎の鳥!」
ティンの声がした。
えっ?と東堂は喫驚した。
なんで、魔法が使えるのかーー。鉄の森は、魔法が使えないはずではー。
ドライアド達は炎の鳥に、枝を焼かれていく。
「炎の鳥!」
町子の声までする。
だから何でなんだよー、と東堂は首を捻る。
目が合うと、ティンが、笑う。
「こういう場所は、特別な磁界が発生してますが、解除方法もあるのですよ。ただし、解除魔法を使いながら、攻撃魔法をかけるので、二つの魔法が操れないと無理なのですがー」
うん、無理だーー、と東堂は諦めた。
「なるほどー」
と、言ったのは美花だ。
まさか!と東堂が思うと、美花はゆっくりと魔力を練り始めた。
「解除!不死鳥!」
美花から、魔法が放たれた。東堂は目を剥いた。火の鳥よりも大きく威力の強い魔法だ。
「美花ちゃん~やる~」
町子が手を叩いた。
不死鳥は、ドライアド達を追い払っていく。その勢いには、大隊長達も驚いたようだ。
東堂は落ち込んだ。
「うん。おまえはおまえで、がんばれー」
ヤヘルが励ます。がんばってこれなんですよ、と東堂はへそを曲げた。
まだまだ、鉄の森は抜けられそうにないーー。
皆が懸命にアレクセイを琉生斗の下へ行かそうと、心を合わせていた。
その強い想いは、ドライアド達に動揺を与えた。
攻撃をやめる精霊もいたーー。
ーールート無事カー?
アレクセイも、光を介して琉生斗に言葉を送り続けた。
返事はないー。
奥に行くに連れ、攻撃やドライアドの数が異常に増えていく。少しの油断が、大怪我につながる。
集中を切らさないように、誰もが気を張っていた。戦闘は一日続いた。魔法なしの状態で剣を振るい続ける。東堂と美花は腕と腰に限界がきていた。
鉄の森を抜けても、次はバルド国の兵士との戦闘だ。震え上がるようなプレッシャーに負けないように、東堂は自分を信じた。
先頭で、多数の敵を引き付ける、アレクセイという人を、信じた。
「殿下!鉄の森を抜けます!」
トルイストの声が響いた。
また、夜がくる。
琉生斗は素早くまわりを見回した。近くに人はいない。そりゃいないよなー。
「砂漠って、まじかよー」
塔は砂の上に立っていた。辺り一面砂である。風が描く風紋が美しい、砂漠である。
「そういや、バルドって砂漠があったな」
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昔、祖父母とエジプトの白砂漠へ旅行したことはあるが、あのときはガイドがいた。
満天の星空が美しすぎた。悪の権化と言われていた祖父が、感動で涙を流したぐらい、きれいな夜だった。
アレクと見たいな、と琉生斗は空を見上げた。一番星が出ている。この時期に見える、紅く輝く紅玉星だ。
「あれが南に見えるんなら、まっすぐ行けばロードリンゲンだろうけどーー」
果たして、距離はどうなっているのか。
「一ヶ月もかかってたら魔蝕は待ってくれねえよな」
困りながら歩いた。
あれで、転移魔法を使ってみようかー。
いや、転移魔法は失敗すると危険だ。なぜなら、ロードリンゲン国まで飛べる魔力が、琉生斗にはないからだ。始点線をここ、とイメージできても、魔力量にあった終点線をイメージできなければ、最悪転落死だ。距離がわからない為、どこまで転移できるか、さっぱり読めない。
「あっ、そうだ」
琉生斗は手を叩いた。驪竜が出てきてくれれば、神力がある間は飛んでくれる。
「腹持ち草があれば、ちょっとは距離が伸ばせるー」
琉生斗は草を噛りながら、心臓に手をあてた。
ピタッとすぐにハマる。
「驪竜、出てくれ」
するりと闇が渦巻く。闇は黒龍へと姿を変えた。
「ありがとう、驪竜!さっそくで悪いんだけど、ロードリンゲン国の方に、いけるだけでいいから連れてってくれないかな?」
『わかった』
驪竜の鉤爪に優しく挟まれ、琉生斗は砂を離れた。眼下に広がる風紋の美しさに息をのみながら、琉生斗は驪竜と空を飛んだ。
「自然はいいなあー。神様って、すごい芸術家だなー」
やがて驪竜はゆっくりと地上に下り、ふっと風のように消えた。
「ありがとう」
すぐ目の前に町がある。家が一軒一軒が離れていて、建物も平屋ばかりの町だ。
「贅沢な土地の使い方だな」
二階がないなんて。
琉生斗は怪しまれないように堂々と歩いた。夕暮れどきであまり人がいなかったが、人の良さそうなおばあさんを見つけ、話しかけた。
「こんばんは。少し日が沈むのが遅くなりましたね」
「えっ?あぁ、そうね。最近はねーー」
こんな美人、知り合いにいたかしら?
「最近はどうですか?足は大丈夫ですか?」
おばあさんは膝が悪い人が多い。あくまで琉生斗のまわりの美魔女の話だがー。
「最近は良い膝巻きがあるのよー。王都でも人気だったけど、昨日買えてね。すごく楽なの~」
おばあさんは、はしゃいで膝を指差した。
「ーー王都、ですか、ここ」
「そうよ。何言ってるの?この辺りすべて王都じゃない」
「すべて?さ、砂漠も?」
「ええ、王都の観光名所よ。あなた、王都の人じゃないわね?どこから来たの?」
琉生斗は引きつった。塔は王都の下側の砂漠に立っていると思っていたら、まさかの上側だったとはー。
「えっと、エセル村ー」
たしか地図にのってたはずだ。
「ずいぶん遠い村から来たのね?兵役?」
「そうです、そうです!」
「わからないでしょ?案内してあげるわ」
しまったー!琉生斗の馬鹿ー!
琉生斗は人の良いおばあさんに引きずられながら、兵役検査場に連れて行かれる。
やばいって、どうすんだ!
「あっ」
通りすがりの灰色の軍服の男が、声を漏らした。
「失礼」
わざわざ琉生斗を追いかけて来る。
「あら、兵士様。どうされました?」
「隣の者をもらおう」
琉生斗は気付いた。ハオルが連れてきた若い兵士のひとりだ。
「はいはい。兵役できたんで、ちょうどよかったわね」
よくない、すべてよくないー。
琉生斗は項垂れた。
手錠こそつけられなかったが、罪人のように連れて行かれる。
兵舎のような古い建物の中に、入るよう促された。
兵士達が、琉生斗の顔を見て慌てだした。
「こちらへー」
「はいはい」
やけくそになりながら従う。
古い小さな部屋に通された。簡易なベッドと机しかない。
「こんなところですみませんが、ここにいて下さい」
え?、と琉生斗は目を丸くした。
「ハオル様が気付いて探してましたから。この手錠を片手だけにしてください」
琉生斗が渡された手錠は、ロズモンドの闇市場に行く前に、海の上で使われた手錠だ。
「感知阻害しますから、ハオル様でも無理だと思いますのでーー」
自分でも感知できないほど、すごいものができちゃったのかー。発明にありがちな話だが……。
「何で、匿ってくれんの?」
若い実直そうな兵士はソルトと名乗った。
「わたしはいま、二十二歳です」
突然何だ?、結婚してくれ、は無しだぜ。
「初陣は六年前のバルド国からバッカイア国に仕掛けた戦です」
琉生斗は口を挟まず話を聞いた。
「ご存知でしょう?十四歳のアレクセイ殿下に、ぼこぼこにやられた空軍に属しています」
ソルトは苦笑いだ。
「えっと、それは主人が大変お世話になりましてー」
おれ殺されねえかなー、琉生斗は視線が泳いだ。
「本当に……。治癒までかけて帰って行かれましたからね、完敗ですよ」
深い息を吐いたソルトの視線の先には、きっと十四歳のアレクセイがいるのだろう。
「それから空軍は、魔法騎士団、陸軍や海軍に蔑まれる毎日で、ほぼ雑用係です。陸軍なんか獣人族のときに負けてるくせに、偉そうにして……」
ソルトは唇を噛んだ。
「最終的に、聖女様の遊び係だもんな」
「ーーあれは、申し訳ありません。仲間達も、笑いをこらえるのに必死でした」
部屋のボロさが物語る、空軍の不遇さ。普通なら花形部隊だよな。
「では、わたしは探すふりに出てきますので、おとなしくしていて下さい。ロードリンゲンの者は、まだ鉄の森で戦闘中と聞きました」
琉生斗は目を瞠った。
「誰と、戦ってんだ?」
ソルトは眉をあげた。琉生斗が答えを知っている目を、していたからだろう。
「ーー鉄の森の精霊ドライアド。ハオル様の部下ですよ」
「卑怯だな、あいつ」
「卑怯ですよ。わたし達みんな大っ嫌いなんです」
ソルトは笑いながら出ていった。
「王太子でも嫌われるんだな」
ふと、クリステイルの坊ちゃん顔が浮かんだ。アレクセイと顔は似ているのに、雰囲気が違いすぎる自国の王太子。
「まあ、嫌われる要素は薄いか……」
それにしても、
「ハオルが探してんのかー。やだなぁ」
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王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
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