ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。(第一部、第二部、第三部)

濃子

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不穏なる鳴動編

第8話 国境 死せる谷 1

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 雪解けの町を、東堂は美花と歩いていた。

 王都よりも気温が低い。

「上着を持ってきてよかったわね」

「そうだな。こっちが寒いのか、この国が寒いのかーー」

「暑いのも寒いのも、どっちも大変だけど」

「ほどほどってないのかねー」



 近くに見えるのは神聖ロードリンゲン国と強国バルド国の北の国境、死せる谷。

 ここは、ガンド領の砦の麓町だ。

 砦の備品が足りなかったので、新人で買い出しにでている。

「学校終わったら遊ぼうよー」

「何する?」

「リンクん家、遊べなくなったからなー」

「元気かなー?」

 東堂は通り過ぎる子供達を見て目を細めた。



 あんな時期もあったなーー。学校終わったら、道場行くか、公園行ってゲームするかーー。

 未練はないが、ときおり父や杉田のおじさんの顔が浮かぶ。
 東堂の父親への怒りは、日が過ぎる事に収まっていった。
 今はただ、杉田のおじさんが、天国にいてくれればいい、そう思うだけだ。





 強国バルド国をうっすらと見渡せる場所に、ヨハン砦はあった。



 トルイストの説明によると、強国バルド国のまわりには鉄の森と言われる古代樹の森林地帯が広がり、そこでは魔法は使えない。
 ある程度の高さを越えると魔法が使える為、バルド国は空軍の兵士が多い。
 だが、バルド国は直接はロードリンゲン国に戦を仕掛けることは難しい。

 それが、死せる谷、と言われる巨大な峡谷の存在だ。

 神話時代からの壁とも言える赤茶色の巨大な岩山が、中央に馬車が通れる幅だけ残して、切り立つようにそびえ立つ。

 独特の磁場が発生している為、はるか上空でも魔法が掻き消され、バルド国は他国を通らないと、ロードリンゲン国には入っては来れない。

 魔法なしでなら、鉄の森と死せる谷を抜ければいい。そして、このヨハン砦で、審査を受けるのだ。

 だからこそ、この砦には屈強な兵士が揃っている。





「いえ、ここ数ヶ月、獣人など見た事はありませんよ」

 砦の長官、リムネットは首を傾げた。身体はごつく、顔はかわいらしいおじさんだ。

「だいたい変わったことがあれば、きちんとご報告します」

 それはそうだ、とトルイストも頷いた。

「大隊長ー!」

「あぁ、ご苦労だったな。あまり長居はせんが、無いものがあったので、買い出しに行ってもらったのだ」

「そんなー。聖女様のお仲間様が買い出しとはー、我々が行きましたのに」

 リムネットの後ろから、さらにごつい筋肉の男、副長官ダマラが慌てたように言った。

「とんでもないですよー」

 美花が手を振った。



 今回、トルイストと美花が所属する小隊と、東堂で行動している。
  なぜ美花のいる小隊になったかと言うと、29隊の内どこにしようか考えていると、ファウラと美花が目についたので、ちょっと引き剥がしたほうがいいだろうと、美花のいる小隊にした訳だ。

 本当にいつも一緒にいる、魔法騎士団の為にもよくない、とトルイストは考える。





「おまえは何かあると思うか?」

 砦の監視塔から死せる谷を見ながら、トルイストは東堂に尋ねた。

「獣人は、バルド国からロードリンゲン国に来た、って言ったんすよね。海国オランジーや、アジャハン国、バッカイア帝国からとは言わなかった。って事はそうなんすよ」

 東堂は自分の言葉に頷いた。

 バルド国からロードリンゲン国に、鉄の森や死せる谷を避けて来る場合、森がきれる部分が左は海国オランジーと、右はちょうどアジャハン国とバッカイア帝国の国境にあるのだ。

 ロードリンゲン国には魔法を使わずして来る事はできず、砦も通っていない。

「なぜだ?」

「あぁいう、優しい人達って、嘘は言わないんすよ。まあ、バルド国のやつらが嘘を教えてるのかもしれないっすけど」

「では、わからないではないか」

 トルイストは眉根を寄せた。 

「あの人達は、真実を言ってますよ」

「なるほど」

 東堂の顔をトルイストは見据えた。

「嘘を言っているのはーー」

「まっ、結論を急ぐのはやめましょうや」

 東堂は大峡谷を見た。

「すっごいっすね」

 広がる峡谷の壮大さ、東堂は腕を伸ばした。

 なんとちっぽけな自分なんだろう。

「神話の時代からあるらしい。あの真ん中にある道からしかバルド国にいけない」

「戦いづらいっすね」

「あそこでは、戦いたくないな」

 トルイストは東堂に身体を向けた。

「おまえはアレクセイ殿下をとても信頼しているな。そう長い関係でもない。聖女様のお仲間なら無理して従うものでもない、なぜだ?」

「えっ?なぜかーー」

 なぜかって。

「おれ、ああいうキレイな人好きなんスよー。踏まれて罵倒されたいっすーー」

 東堂の言葉に、トルイストは黙った。



 やはり、聖女様のお仲間にまともな奴はいない、ということかーー。



「まぁ、本音はさておき」

 本音ってーー。

「あの歳であんだけ強いってーー」

 強さへの憧れか、とトルイストは思ったが。

「どんだけ修行したんだ、って話すよね」





「ん?何スカ?」

 トルイストが自分の顔を見て黙ってしまったので、東堂は戸惑っている。

「修行ーー。元々の強さとは思わんのか?」

「そりゃ、素質はあるんでしょうけど、素質なんて魔法騎士ならみんな持ってるもんでしょう?」

 トルイストは頷いた。

「あの、腐れ聖女様が言うには、毎日あほみたいに剣を振ってるらしいですぜ。ただの剣じゃなくて、エグい重たさの剣ですって」

 強いのにたるまない、そこもすごいがーー。

「兵馬が言うんすけど、あいつ学年で一番頭がいいんすよ。小学校から、ずっと一番キープしてたみたいで。けど、試験前とかプレッシャーで、吐くは食べれないわ、胃薬ばっかり飲んでたって。殿下なんか、奴の為に、最強で居続けなきゃいけないんでしょ?プレッシャー、すげぇくないすか?」

 そうだな、見える部分だけ憧れていても仕方がない。トルイストは深く頷いた。

「まぁ、努力する人は好きなんスよ、おれ」

 東堂は頭を掻いた。

「そうかー」

 トルイストの脳裏には、中隊長だった自分を瞬殺した少年が、鮮明に映し出される。

 あれほどの屈辱は生まれてはじめて受けた。

 

 だが、十二歳の自分はあんな眼はしていなかった。



 生きなくてもいい、死ななくてもいいーー。



 絶望より深い闇をもった少年の眼に、トルイストは恐怖した。
 同じヤヘル団将の弟子だが、師は自分とは違う事を教えているのでは、と思ったぐらいだ。


 だが、その少年が、アジャハン国の王太子と共にバルド国を退け、獣人達を解放したと聞いたときには、別次元の人なのだな、と思ってしまったのだがーー。

「バルド国は、腐れ聖女が欲しいんすよね?」

「あぁ。聖女様を抑えれば、どこの国も攻め落とせる」

「うちはそういう事しないからエライっすね」

「そうだな」

 神聖ロードリンゲン国の名は伊達じゃない。





「大隊長ー、東堂ー。ご飯ですよー」

 美花が呼びにきた。

「おまえは給食のおばちゃんかーー」

「ミハナ、おまえに言いたい事がある」

 トルイストが美花をじっと見た。

「は、はい!」

 美花は背筋を正した。

 な、何かしら?まさか、大隊長あたしのこと好きなんじゃーー。

「ファウラとの事が噂になっているのは知っているな?」

 美花はギクッと肩を震わせた。

「あー、すみません」

 そっちかー。そりゃそうだ。

「謝る必要はない。だが、奴も大隊長の身だ。殿下直々のお達しとはいえ贔屓はよくない」

 東堂は頷いた。珍しくトルイストがまともな事を言っている。

「その辺はきちんとしろ」

「あー、すみません。どんな風にしたらいいですか?」

 美花はしょんぼりとして尋ねる。

「そんなもの、結婚すればいいだろう」





 東堂は目を丸くした。

 美花も目を丸くした。



「えっ、えっーーー!」

「なんだ、そういう仲ではないのか?」

「いや、そりゃー、いや、とんでもない、けど、そりゃー」

 美花はパニクっている。

 東堂は、ぽかんとしたまま、何も言わなかった。

「もう、ヤダぁ!大隊長のばかー!」

 美花は走り去った。

「大隊長、極端ですねー。あいつはともかく、ファウラ様がどう思ってるのかー」

「あいつが何とも思ってない女に、物など贈るか」

「えっ?」

「剣だ。あいつの家はハーベスター公爵家だ。そこの白ダリアの家紋が入っていた」

「えっ?ファウラ様って、公爵なんですか?」

「あいつの父親がハーベスター公爵だ。妹君は知っているだろう?」

「王妃様ですよね。ファウラ様と王妃様ってそんなに歳が違わないようなーー」

「王妃様が三十二歳、奴が二十八歳だ。奴の父親は四八歳だと聞いた」

「兄弟で離れてるんですね」

 甥っ子、歳が近すぎる。

「側室がいるから、そんなのはよく聞く話だ」

 なるほど、こちらでは普通のことなのかー。

「美花がその常識を受け入れいれられっかなーー」

 国際結婚と思えばいいのかーー。

「聖女様のように、浮気、即離婚、なのか?」

「あいつもルートのような潔癖なとこありますからねー。固い、つうかーー」

 ふむ、とトルイストは言った。

「なら、無理だろうな。諦めさせるか」

 大隊長、極端ですねー、と東堂は苦笑いだ。

「お互いの価値観が合わない結婚はしない方がいい」

 トルイストはぽつりと言った。

「ん?大隊長から見てファウラ様はそんな感じですか?」

「さあな」

 トルイストは、監視塔を降りた。

 東堂は溜め息をつく。

 て、言うかあの腐れ聖女ーー。

 

 殿下相手に、浮気、即離婚、って言ったの?。殿下それでいいって、すげくないーー。

 別れてもいいからじゃない、あいつ以外とはそうならない、あの王子様はそれが誓えるという事だ。

 まったくもって常識を打ち破る奴だよなーー、やんごとなき一族なんだから、浮気のひとつやふたつやみっつぐらい許してやれよなーー、と東堂は思う。

 けど、別れても、魔蝕の浄化に一緒にいかにゃーならんのだろ?
 地獄だなー、と東堂は琉生斗と同じ事を考えた。
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