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不穏なる鳴動編
第2話 正義と悪 2
しおりを挟むことのはじまりは、軍将ルッタマイヤからの相談だった。
「殿下、以前警備隊の者が、聖女様に連絡先を渡しませんでしたか?」
軍将ルッタマイヤに問われ、アレクセイは眉を顰めた。
「あぁ」
アレクセイは指を擦った。
一枚のメモがあらわれる。忌々しそうにルッタマイヤに渡す。
「ありがとうございます」
「どうするのだ?」
ぼこぼこにするなら手を貸そうーー。
「このオルセという男。以前から素行が悪く、警備隊司令から相談を受けていまして」
「ほう」
最悪始末してもーー。
「闇取引などにも手を出しているらしいのですが、内密に捜査しても、なかなか尻尾を出さず、困っているそうです」
アレクセイは頷いた。人の妻に不埒なものを渡すぐらいだ。用意周到なのであろう。
「と、言う訳で、囮作戦を決行させていただきます」
「囮ーー」
「ええ。聖女様には囮になっていただきます。つきましてはーー」
瞬間、ルッタマイヤは身体の底から恐怖した。
「ルートを、囮にすると?」
「お、落ち着いて下さい!違いますから!」
慌てて弁解する。隣でヤヘルが豪快に笑った。
「本人な訳ないでしょうがー!」
「まあ、本人に話したらやりたがりそうですが…」
アンダーソニーが呟いた。
そうだろうな、とアレクセイも頷いた。
「しかし、聖女様にも協力はしていただきます」
「何を?」
威圧感にルッタマイヤは負けまいと姿勢を正す。腹に力を入れて踏ん張る。
「オルセと確実に接触する為には、殿下と聖女様がラブラブなままでは引っかからないでしょう」
アレクセイは黙った。
「不仲の噂を、流します。離宮ではラブラブで構いませんが、外では一切の接触を絶ってください。指輪を外すのもお忘れなく」
ルッタマイヤの言葉に、アレクセイは頭を押さえた。
「で、殿下!」
アンダーソニーが近付いた。
「ゆ、指輪を外せと?」
アレクセイのうわずった声など、本当に珍しく、アンダーソニーは仰天した。
「ルートと、お揃いの指輪を、外せとー?」
「殿下!しっかりして下さい!」
「ーー申し訳ありません!お願い致します!」
涙ながらにルッタマイヤが訴える。
「殿下は本当に甘えん坊ですなー」
ヤヘルが呆れたように笑った。
ルッタマイヤが流した噂は、御婦人方の間で見事に広まり、王都中知らぬ者がないようになる。
その男を引っ掛ける為とはいえ、琉生斗を無視するなど、アレクセイは血の涙を流した事だろう。
ーーそして、ときは現在に至る。
オルセに案内されてルートはある場所に来た。
一度転移魔法を使ったが、国から出た感じはしない。
「ここは?」
「秘密の場所です。他言無用でお願い致します」
オルセはルートの肩を抱いた。
「ーーちょっと」
少し苛立ったようにルートはオルセを見た。
「これは失礼ーー」
肩から手をどける。
ーー清楚そうに見せかけて、淫乱のくせにな。
オルセは気付かれないように舌打ちした。
そこは、安っぽい娼館のようだった。
オルセは案内の男に目配せをした。男は頷いて、先導する。
一番奥の部屋に案内され、オルセが薄気味悪い笑みを浮かべた。
煙が立ち込める部屋の中には、数人の男達がいた。ルートの姿を見て、皆目がギラついていく。
「さあ、せっかくです。皆で楽しみましょう。刺激的で素敵でしょ?」
オルセは部屋の鍵を閉めた。
男達が次々と、かわるがわるにルートを抱くーー、聖女は淫らに足を開いて、男達を受け入れていくーー……。
と、いう夢に落ちたオルセ達。
彼らのマヌケ面を見ながらルートは舌を出した。
「う~ん~。これじゃー、犯罪として弱いような~」
確実に何かやってるという事にはならない。
「もう少し、付き合います~」
耳飾りに話しかける。
『了解ー、くれぐれも気をつけて、マチコ』
ルッタマイヤからの返事に、ルートは笑った。男達には、深く深く眠り、現実のような夢を見る闇魔法をかけている。
「任せて下さい~」
「マチコはうまく潜入してくれたようです。ただ、捕まえる程ではないので、泳がせるとのこと」
ルッタマイヤの報告を聞いて、アレクセイは安堵した。どんな理由があろうと、琉生斗の友を傷つけるようなことになってはならない。
「そうかー。危険がなければいいが」
「町子は闇魔法が使えますから、相手が相当の手練れでもない限り、心配はないでしょう。ここは任せて、アレクセイも休んで下さい」
ティンが微笑んだ。アレクセイは頷く。
「そうですかー。では、もう少し剣を振りたいので」
「あなたもすごいですね」
目を丸くして、ティンが誉めた。
アレクセイは離宮に戻り、一から剣を振り直した。
「しかし、オルセ達が見る夢の内容、殿下には聞かせられませんな」
ヤヘルが頭を掻いた。
「大丈夫ですわよ」
「なぜだ?」
「身体のイメージはトードォですもの」
途端に全員が笑い出した。
「そりゃ、がっかりだろうなー」
ヤヘルの感想どおり、男達はがっかりしていた。
「なあ」
オルセが連れの男に話しかける。
「あぁ」
オルセの連れのラシムが頷いた。
「たいした事なかったな」
「そうだな。噂が先行してるだけで、実はたいして愛されてないんだろう」
「アレクセイ殿下も策士だな。寵愛する振りとはな」
「平民出身の王子だからな」
「必死なんだな」
男達は笑った。
馬車の中で、ルートは判断ミスを呪っていた。眠りから冷めた男達に、すぐに両手両足を拘束されてしまったのだ。
「これはな、認識阻害、感知阻害、あらゆる魔力を遮断し、封じる魔導具なんだぜ」
試しに通信してみたが、反応がない。闇魔法でさえ通じない。何より魔力を練れない。
どうしよう~。
「今回の奴隷市には聖女様を競りに出す」
「盛り上がるな」
「バルドから仕入れた獣人は集まったのか?」
「散り散りに集めているからな、もう少しだ」
すっごい犯罪の話してるのに~。
「おい、町についたら拘束具を交換だ」
え?
ルートの顔に、オルセは笑った。
「バレにくくする為に、今のは処分して、都度交換するんだ。そうすると、感知魔法で追うも、途切れるだろ?」
敵は本当に、万全な体勢で犯罪を犯す組織だったのだ。甘く見た町子のミスだ。
「魔蝕はどうすんだよ」
「競りに出す前に聖女様の記憶を消して、大金を手に入れる、競りが終わったら、向こうの警備隊にバラせばいい。返さなければならなくなるさ」
「おまえ、悪人だな!」
男達は、大笑いだ。
本当にどうしよう~。
ルートは泣きそうになった。
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