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不穏なる鳴動編
第1話 正義と悪 1☆ やや18禁
しおりを挟むその店で男は待っていた。
毎週同じ時間に同じ席でー。
もとより来てもらえるとは思っていない。だが、万が一、もしかしたらがあるー。
煙が立ちのぼる店内に、一人の少年が足を入れた。服は黒い長めのローブ、顔は頭からベールをかけていて見えない。
少年は男の席の前に立つ。
男は笑った。
「ーー来て下さったんですね」
騒がしい店の中、少年の声はよく通った。
「あぁ、よろしく」
聖女ルートは男の目の前に座った。
本物だ、すごいぞ。
警備隊、上級警備長オルセは、喉を鳴らした。
剣技、魔法とも最強と謳われるアレクセイ殿下の寵愛を、一身に受ける聖女ルート。
二人が並んだとしても、殿下の美貌に劣る事のない美しさ。
うまくやろうー。
オルセは逸る鼓動と、たぎる下半身を押さえつけるのが大変だった。
「ここを出ましょう」
オルセの言葉にルートは頷いた。
「はい~」
少し間延びした返事に、オルセは首を傾げた。
「ついて来てください」
ルートはオルセの後ろを歩いた。
やったぞー。信じられるか?聖女ルートがもうすぐ俺のものにーー。
またしても、オルセの喉は鳴った。
「ーー殿下は?」
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公の場で二人揃って見る事がなくなった、との噂を聞いた。
「俺、いえ、わたしがお慰めいたしますからね」
「なぁ、アレク。最近うちの国で獣人を見ねえか?」
琉生斗の言葉にアレクセイは頷いた。
「そうだな、元々自国ではあまり見ないのだがー」
赤子への加護の帰り、気になっていた事を話す。アレクセイは相槌を打ってくれたが、特に問題にするような事ではないのだろう。
「観光かな?」
琉生斗はアレクセイの腕にしがみつくように、ピタリとくっついている。
「王都は観光名所が少ない」
「そうだよな。城なんか一般公開日以外入れないもんな」
話しているうちにも、獣人が通り過ぎた。獅子の顔を持つ男性だ。
「夏は暑そうだ」
「気温に適応する調節機能が、体内にある」
「アレクは何でも知ってるな」
「留学先の近くに獣人の国があった。友好国として科目になっていたからな」
へー、琉生斗は目を丸くした。自分の話をするなんて珍しい。
「ちす、殿下!よぅ、ルート!」
前から東堂が、モロフとフルッグと歩いてきた。
「おぉ、東堂達。相変わらずつるんでんな」
少し羨ましい。
「そっちこそ、距離感おかしくねえか?」
アレクセイにくっつく琉生斗を見て、東堂は呆れる。
「そうかな?」
もはや、琉生斗の感覚が崩壊している。
誰も注意ができないのだから、そうなってしまうのだろう。
「おまえら、休暇なのか?」
「おぅ。フルッグが親父さんに手紙出すっていうから、それ出してから飯行くんだ」
「親父さんに手紙出すんだー」
えらいなー、と琉生斗は感心する。
「フルッグの親父さんは、北国境ガンド領のヨハン砦の勤務だよな?」
琉生斗が尋ねると、フルッグが目を丸くした。
「よく、ご存知ですね」
驚かれて琉生斗はピースサインをする。
「フルッグはマメだぜー、しょっちゅう書いてんの。よくそんなに書くことがあるよな」
「いやいや、トードォ達が来てから書くことが増えたよ」
フルッグがにやけている。琉生斗は目を細めた。
「ーー東堂だけにしとけよ」
フルッグは目を泳がせた。
やってんなー、こいつー、と琉生斗は頬を引きつらせた。
「そういや、最近まで桜が咲いてただろ?こっちは花見とかしねえんだな」
東堂は少しがっかりしたように言う。
「あれ、桜じゃねえよ。アーモンドだよ」
えっ?という顔を東堂はした。
「まぁ、厳密に言うと品種は向こうとは違うけど、アーモンドの花だよ」
「食べるヤツだよな?」
「そう。チョコレートとかに入ってる」
違いがわかんねーな、と東堂は頭を掻いた。
「四月より三月の方が行事が少ないから、来年は花見も考えるか」
琉生斗はアレクセイの顔を見る。旦那様は琉生斗を見て頷いた。
花見計画も、頭の中の年間スケジュールに入れなきゃなーー。
「おまえはイベント屋にでもなるのか?」
「いいな、それ。職業聖女だけじゃ、将来があやしくてしょうがない」
東堂は声を出して笑った。
アレクセイに頭を下げて、三人は郵便屋の方向へ歩いて行った。
「なんだよ、アレク。なんかおかしかったのか?」
薄く笑っているアレクセイに、琉生斗は眉を顰めた。
「いや、ルートが来年の話をするときにー」
おかしいのか?生きてるのかわかんないから?
「私も側にいるのだろう?それが、嬉しくて」
やっだー、アレクったらーー、と琉生斗は道端でアレクセイに抱きついた。
通行人達は、微笑ましくその光景を見守った。
ただ、その直後二人に不穏な噂が立ち込めた。
ーーおい、アレクセイ殿下と聖女様、別居寸前らしいぜ。
ーー聞いた聞いた。聖女様のわがままに殿下が耐えられなくなったらしい。
ーー魔蝕の浄化もあるのに、どうするんだろうな。
噂が王都を駆け抜けた。
「アレクセイ、おまえどうなっているのだ?」
すぐに息子を呼び出したアダマスは、噂について言及した。クリステイルも不安な顔をしている。
「ルートのわがままなど、おまえにとっては何でもない事だろ。別居の噂まで出ているが、どうなのだ?」
父に詰め寄られ、アレクセイは溜め息をついた。
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「いやー、いずれ、って言われてますから、しばらく様子を見たほうがー」
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もう少し信用したらいいのにーー。
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ーーちょっと本当よ!
ーーいやーん!
彼女達はその日、仕事にならなかったらしい。
魔法騎士団も噂に荒れた。
「嘘だよな?」
「いや、目も合わせないらしいぜ」
「どうなんの?」
誰も訓練に身が入らない。
東堂と美花は質問責めにあった。しかし、彼らも答えられる事がなく、首を振るしかなかった。
すれ違っても目も合わせないのだ。
異常すぎる光景に、皆が噂を信じるしかなかった。
の、だがーー。
「あっ、アレクーー」
琉生斗はアレクセイの頭を抱きながら、彼に乳首を舐められていた。
「ちょっとそれ、ヤバいーー」
逃げようとするが、しっかりと身体を押さえ込まれていて動けない。快感の逃げ場がない。
「ルート、挿れていいか?」
「うんーー。やん!一気に挿れんなよ!」
「まちどおしすぎてーー」
キスが繰り返される。
二人はいつものように愛し合っていた。
「アレクー、好きだー」
琉生斗はしがみついた。
「あぁ」
余裕がないのか、アレクセイは短い返事だけをした。愛くるしい妻が、自分のもたらす行為に、頬を上気させ喘いでいる。
こんなにも愛しい妻と、別居だとーー?
たとえ逃げだそうと、世界の果てまで追いかけるがなーー。
琉生斗が眠った後、アレクセイは剣の鍛錬に外に出た。剣を構え、魔法で重量を増やす。
斜めに構え振りおろした後、すぐに次の攻撃に移る、剣の動きは止めない。足捌きといい、アレクセイは動きを止めることがない。常に攻撃し続けるのだ。
「殿下ーー」
低い声が響いた。
「どうした?」
アンダーソニーが姿を見せる。
「ーー接触に成功しました」
「そうかー」
「ではー」
「すぐに行く」
アンダーソニーが去った後も、少しの間アレクセイは、剣を振り続けた。本来は、納得いくまで振り続けるのだが。
「さて、どうなるか」
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