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聖女の塔編 (ファンタジー系)
第88話 聖女の塔 7
しおりを挟むさて、凍りついた空気が去った後、今度は異常な熱量に千里眼の鏡の部屋は包まれた。
「な、なぜ?」
教皇が目を開いたまま、固まっている。
「なぜなんだ?」
驚きを越えて、呆然自失の教皇を見て、クリステイルは首を傾げた。
「どうされました?教皇様」
王太子の言葉に、はっとして、教皇は振り向いた。
「アレクセイ殿下に、何がありましたか?」
「兄上に?いえ、いつも通りですがーー」
元気でしょ。聖女様といるとこんなんなんでーー。
「いつも通りですか!そんな訳ないでしょ!」
教皇の怒号が響き、何事かと神官達が顔を出した。
「教皇様、どうなさいました?」
イワンが教皇のただならぬ雰囲気に、クリステイル達を睨みながら尋ねた。
「ーーアレクセイ殿下が、聖女の塔に転移した」
「バカな!教皇様、何をバカな事を!」
イワン達にも動揺が走る。
「事実だ……。皆、見ている」
神官達からも異様な空気が流れていく。
彼らの動揺から、クリステイルは悟った。
「本来、塔へは、入れないんですね?」
クリステイルの言葉に、教皇は、小さく頷いた。
「それを、兄上は入った」
「たしかに、普通の転移じゃなかったよ。光が、波打つって言うのかなーー」
アレクセイが消える瞬間を、一部始終見ていた兵馬が答えた。
「ーー時空転移ですな」
アンダーソニーが低く呻いた。
「まぁ、殿下ならそのうちやらかすと思っていましたがね」
軽く溜め息をつく。
「あのとき、時空竜の女神様が、アレクセイ殿下に何をされましたか?」
教皇の動揺を抑えた声を聞き、アダマスとクリステイルは同時に顔を見合わせた。
「まさか、兄上が、時空竜の女神様から攻撃を受けたと言うのはーー」
クリステイルは大きく目を開いた。
「時空魔法の取得の為かーー」
合点いった、とアダマスが呟いた。
「聖女様の為に、そこまでの決断をされましたかーー」
アンダーソニーは、ふぅー、と息を整えた。
時空魔法は、聖女の魔法だ。
簡単に使える魔法ではないし、そもそも習得が不可能だ。例え挑戦する資格を得たとして、失敗すれば、時空の光の波に飲まれて、精神も肉体もボロボロになり、再起不能だ。
それを、アレクセイは、別時空に固定されてある聖女の塔へ、時空転移したのである。
「恐ろしい才能、いや才能では片付けられませんな」
教皇は力を抜いて、椅子に腰掛けた。
「陛下、私は恐ろしいです。まさかのときは、聖女様だけではなく、アレクセイ殿下までも国から出てしまうかもしれないーー」
教皇は項垂れる。
「そうならないように、王太子と婚姻させようとも思ったのだがなーー」
アダマスは苦渋を滲ませた。
なんでそうなるのーー?
わかんねえなーー?
たしかにあの二人、勝手にどっか行っちゃう空気はあるけどさーー。
「それは、愚策ですね。父上。それこそ聖女様のしたい放題になりますよ」
だろうねーー。
なぁーー。
「ーー籍を入れる事を許可しましょう。イワン、書類の手続きをーー」
教皇はイワンに命じた。
「私はーー」
アダマスは何か言いたそうだった。
「殿下は二十歳になられました。もう、親のサインは入りません」
教皇の言葉に、アダマスはハッと顔をあげた。
傷ついたような表情に、クリステイルは呆れた。
子供はいつの間にか大人になるーー。
親の助けがいらなくなる日も来るーー。
もしかしたら、親の助けを必要としたり、親のありがたみを思い出す事もあるのかもしれないーー。
ただ、それは親が望む事ではないーー。
父上、あなたも子をもってはじめて父となるのだ、失敗は付き物ですが、もう少し、こちら側に寄り添って欲しかったですよーー、クリステイルは父の姿を気にしないように、ミントの姿に視線を移した。
「ミントの魔法とは何なのでしょうね?」
クリステイルの何気ない呟きに、教皇は首を傾げた。
「何ですか?それは?」
教皇の返事にクリステイルも返答に困った。
「いえ、聖女様が、王女固有の魔法が習得できると」
「私共は知りませんがーー」
部屋を、沈黙だけが流れた。
「おい、アレク」
「あぁ」
琉生斗達の目の前で、結界師に覆われていくのは、闇の主。うねうねと、結界を破ろうと増殖していく。
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それも、そのはずーー。
「この前と近すぎじゃねえ?」
規模は前よりは小さいがーー。
「今までで、はじめてだよな?」
「そうだな。私が知る限り、先代のときでもなかったな」
「浄化する」
「あぁ」
アレクセイが結界の補充をかけた。増殖が一瞬で収まる。
琉生斗は片膝をついて、聖女の証に祈りを捧げる。
光が充満して、魔蝕は取り込まれていくーー。
渦のように光が走り、魔蝕は中心に中心に追いやられ、ふいに、フッと光の中に消えていった。
「いけたなー」
変な臭いがするーー、と琉生斗は感じた。
「ちょっと変だな」
「そうだな」
アレクセイも魔蝕の発現場所を見て、何かを考えているようだった。
「行こう」
「あぁ」
二人はその場から消えたーー。
「あっ、お帰りなさい。兄上」
クリステイルは笑顔で迎える。
「あぁ」
すげぇーな、あいつーー。
うん。殿下うっきうっきだねーー。
アレクセイの機嫌の変わりように、東堂と兵馬は苦笑いだ。
「ところで、兄上。何か言う事はありませんか?」
クリステイルはカマを掛けてみる。引っ掛かる兄ではないがーー。
「おまえにルートは渡さない」
「いりません。違います!」
もう、疲れたーー。
クリステイルは、王宮に帰ってお風呂に入って寝たくなった。
「アレクセイ殿下。これを」
教皇が用意した書類をアレクセイに渡す。
書類を見たアレクセイは、瞬間、固まった。
うれしいんだねーー。
よかったな、殿下ーー。
何も言わずとも嬉しさが漂うアレクセイの背中を見て、東堂達は涙ぐんだ。
「教皇。隠している事があるな?」
アレクセイは教皇を見た。
教皇はにこやかに笑った。
「まぁ、聖女様が帰られたらお話しますよ」
「そうか、それにしても、ミントがまずいな」
「はい」
クリステイルも頷いた。
「ミントォーー」
アダマスが大声で泣く。
「「黙れ」」
アレクセイとクリステイルの声はハモった。
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