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聖女の塔編 (ファンタジー系)
第86話 聖女の塔 5
しおりを挟む「いやいや、すごいです。聖女様には本当に驚く事ばかりですなー」
千里眼の鏡の部屋は、大いに盛り上がっていた。
教皇もお酒を飲みながら、はしゃいでいる。
「あいつ、足はえーもんな」
「陸上部によく駆り出されてたよ」
「あんだけ跳べるってすげぇーわ」
兵馬と東堂は知っている事なので、そう盛り上がらないが、その他はやんややんやと、大はしゃぎだ。
「それにしてもアレクセイ殿下。ーー何やってんですか」
教皇のお説教にも表情を動かさず、アレクセイは愛しい人だけを見ていた。
超絶寵愛ーー。
彼の表情を見て、全員がそう感じている。
誰もが気付いてるが言わない事を、わざわざ教皇が切り込んだ。
「聖女様のあのふしだらな姿は何ですか!本来は結婚までは、ダメなんですよ。陛下、どういう躾をなされておられますか」
酔っぱらいじいさんうるさいなーー、と誰もが思っていた。
「愛し合っているのが、何が悪い」
アレクセイがきっぱりと言った。長い足を組み、態度は傲岸不遜。
クリステイルは、この人も大概ダメだなー、と思った。
イリア達は琉生斗の首筋や腕についたキスマークを、見てしまったのだ。
アレクセイは、もしもの為に、そう、ミントを牽制する為につけたのであろうがーー。
「殿下はやりすぎなの」
兵馬が注意した。
「そうか」
琉生斗もだが、アレクセイも兵馬の言う事はよく聞く。
「それにしても、ミントにはもう少しがんばってもらわないと」
クリステイルは溜め息をついた。アレクセイも頷く。
「がんばってるじゃないか!」
アダマスはハンカチ片手に号泣している。
「怖い思いをしながら、無茶苦茶がんばっている」
男泣きに泣く、アダマスだった。
「聖女様に頼りきってるだけですけど」
あーあ。
こんな父親にはなりたくないな、とクリステイルは思った。
休憩の後、サイコロを振って出た目を進むなど、なごやかな仕掛けをクリアし、琉生斗達は上に進む。
「はぁー。魔物は出なさそうでよかったよ」
琉生斗は一安心だ。体力や知恵でなんとか出来るのなら、大変ありがたい話である。
何より、令嬢達が誰もへこたれない。
それがとても大きかった。
「イリアは魔法騎士には興味ないのか?」
琉生斗は少女達と、世間話もできるようになった。
「いえ、憧れてはいますが、自分の力量ではーー。力のある者は、とっくに兵士になってますし」
そうだ、魔法騎士候補生や、準兵士とか、小学生?って子もいたなーー、と琉生斗は思い出す。
「令嬢だから、入れないとかじゃないんだ」
「入隊する意思があれば、結婚するまでは、兵役についたりします」
「エンディ侯爵は、ハーベスター公爵と仲がいいんだろ?」
「はい、屋敷が近所なんです」
「そのわりには、トルイストとファウラは仲が悪いな」
「あー、そうですねー。叔父様はファウラ様のお姉様と仲が良かったらしいのですがー」
「駄目だったのかーー」
独身だったよなー。ハーベスター公爵家は三人娘がいたはずだがー。
「ーー残念ながら」
「家柄的にピッタリだったのに」
「父は残念がっていたそうですー」
イリアが、心底悲しそうな顔をした。
「ヒッタルナはどうなんだ?」
「はい。まだ諦めていませんが、叔母様から、そんなに弱くては入隊は認められない、と言われています」
「ルッタマイヤさん、強いもんなー」
強いのは当たり前なのだが、自分とアレクセイが二人でいるところをよく見ているな、と琉生斗は思っていた。
「あのー、叔母様が失礼な事をしていませんか?」
ヒッタルナが、こわごわ聞いてくる。
「えっ、めっちゃいい人だよ。たまに変だなーって思うけど」
ヒッタルナがピクリとした。
「どんなところですか?」
「あー、なんか、おれがアレクといると、にこにこしてるんだ。ソニーさんやヤヘルさんは、何かアレクを自分の子供みたいな目で見てるときあるけどさ、マイヤーさんは、ちょっと違うんだよな」
琉生斗の言葉に、ヒッタルナとイリアは顔を見合わせた。
「ああ、叔母さんの事、悪くいってる訳じゃないんだけどさー」
「いいえ、わかりますから、大丈夫です」
ヒッタルナは答えた。
「ですが、私達も、聖女様とアレクセイ殿下が一緒におられるところは大好きです」
琉生斗はきょとんとした。
「アレク一人じゃなくて?」
少女二人は頷いた。
「ふーん」
「目の前で、キスを見てしまって、きゃあ、です」
イリアが赤くなりながら言った。
「あ、そう」
乙女には刺激が強すぎたのかーー、後でよく叱っとくから、と琉生斗は適当に話を切り上げた。
長い階段を登ると、闘技場のような場所に出た。
「ヤバい雰囲気だな」
「でますか?」
「来るかなー。やだなー」
イリアとヒッタルナは剣を抜いた。
奥の門が開いた。
顔を覗かせたのは、大きな魔犬。
「出てきたなーー」
魔犬なら、なんとかーー。
ん?
魔犬の顔がもう一つ出てくる。
完全に扉が開けば、顔が三つある黒い魔犬であった。
「ケルベロスーー」
イリアとヒッタルナの顔色が青ざめていく。
「知ってるの?」
「地獄の番犬とも言われる、頭が三つある魔犬です。まだ、これは小さい方だと思いますがーー」
ケルベロス、ケルベロス、と。
琉生斗は、塔やダンジョンにいそうな魔物を、アレクセイに書いてもらっていたので、それを出してめくり出した。
「あった。ケルベロス、属性は闇。鋭い牙と爪で攻撃してくるが魔法は撃たない」
「まぁ、簡潔でわかりやすいですわね」
ユピナがはしゃいだ声を出す。
「門番としての役割を全うする。有効魔法は、神の息吹、天空の槍等。使える人いる?」
琉生斗の言葉に皆は首を振った。
「聖女様、それは風や光の魔法でも最高位の魔法ですわよ。わたくし達の先生でも使えませんわ」
お手上げ、という顔で、エイミーは首を振った。
「そっかー、ごめんなー」
と、言いながら琉生斗の内心は。
ーーあのあほ!
誰基準で書いてんだよ!ほんとそういうちょっと抜けてるところを、こんなとこで発揮すんな!
と、恋人の抜け具合に切れていた。
とりあえず、光は効くならーー。
考えを巡らせていると、ケルベロスが屈んだ。
「来るぞ!」
ケルベロスが突進した。
「速い!」
ヒッタルナは、いざとなれば自分が盾となり、ミント達には先に行ってもらおうと考えていた。
ミントに向かって走っていくケルベロスを、ヒッタルナは追う。イリアも反対側から、そこに向かう。
二人同時に、ケルベロスの前足を斬る。
浅すぎるーー。
「やるじゃん」
琉生斗は感心している。
二人はミントを守る為に、すぐに行動に出た。
「ないすっ、騎士精神!」
ソニーさんに推薦しとこうーー。
「ミント様!私達が引き付けます!」
「その隙に、ドアの方に!」
ミントは目を見開いた。
「そんな事ーー」
ミントは剣を握り締めて、下を向いた。
ーー下だけは向くなよ。
琉生斗は眉を寄せた。
イリアは前足を削ろうと剣を振る。尻尾が勢いよくイリアに降ろされた。
それを、ユピナが受け止め、払う。ユピナは反動で尻もちをついた。
反対側では、ヒッタルナが前足を落とした。
バランスを崩したケルベロスは横に倒れそうになるが、胴体をヒッタルナにぶつけにいく。
「ヒッタルナ!」
浮遊していたシフォンがヒッタルナを受け止めた。
その間にも、エイミーはヒッタルナ側の後ろ足を剣で払う。
「おい!ミント!」
ミントはびくっとした。
「行くんだったら行けよ!」
琉生斗は扉の方を指差した。
「だ、だって、みんなが!」
「みんなはおまえを先に行かす判断をしたんだ!おまえはどうすんだ!」
「どうする、って、どうしたらいいんですかぁ!」
がんばってるもん、わたくし、がんばってるじゃないーー。
ミントの心の悲鳴を琉生斗はばっさりと切り捨てた。
「例え先に行ったとしても、先でやられるかもしれない、残ったとしても全滅かもしれない。ただ、おまえが選択する事、それが大事なんだ」
「なんで、ですかーー」
ミントの嘆きに、琉生斗は怒りを押さえながら言う。
「おまえなー。いつでも親父や兄貴達がいると思うなよ!」
ミントが目を開いた。
「もしものときには、おまえが全軍率いて戦う立場だろうが!」
「わたくしがーー」
ガツンと頭を殴られるような衝撃。
思ってもみない事を言われて、ミントは呆然とした。
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