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聖女の塔編 (ファンタジー系)
第82話 聖女の塔 1
しおりを挟む「陛下、聖女様から謁見の申し込みがきておりますが」
執事長ヘイデンが緊張して告げた。
アダマスは、来たか、と溜め息をつく。
朝食後のお茶を楽しんでいた王妃ラズベリーは、心配そうに主人を見る。ミントは眉間に皺が寄り、セージはうきうきした表情を浮かべた。
「通してくれ」
本来はすぐに通しはしない。よほどの用事ではない限り。
だが、聖女は別である。何よりも優先される。
自身の子供よりもだーー。
衛兵によって扉が開かれる。
琉生斗が一歩進み、アレクセイを待って、二人揃ってお辞儀をした。
「けっ」
セージが嫌悪感を出した。
「顔をあげなさい」
アダマスの声に、琉生斗は顔をあげた。
「謁見のお許しをいただき、恐悦至極にございます」
「そういうのはいいから、要件は?」
猫かぶりがひどい、とアダマスがぼやいた。
とはいうものの、アダマスも琉生斗の要件はわかっている。琉生斗の服装にもそれは出ている。
純白の法衣に金の飾り布。教皇の法衣に似せて作っている。
「教皇の話は聞いているよな?」
「ああ」
「しぶってるらしいじゃねえか」
「ーーミントにはまだ早い」
自分の名前が出てきて、王女様は目を丸くした。
「十五歳で一度きりなのに?」
これには琉生斗は驚いた、異世界から同年代の自分達を無理やり召喚したくせに、自分の娘は安全圏に確保とはーー。
教皇も呆れる訳だ。
「王女の固有魔法は捨てるんだな?」
琉生斗の問に、アダマスは息を呑んだ。
「わたくしの固有魔法?」
ミントは不安気にまわりを見る。皆口をつぐみ何も言わない。
「ミントにはーー」
「はいはい。よそからきた嫁はどうでもよくて、我が娘大事は、もういいから」
琉生斗は呆れたように片側の足を動かした。
アレクセイが椅子を引く。
琉生斗はえらそうに腰をかける。
「ヘイデンさん。ココア下さい。アレクは無糖で」
「はい。ただいま」
ヘイデンがいそいそと出て行く。
執事長使うのー?さすがー、とセージは楽しそうだ。
「マシュマロがあったらよろしくー」
「はい!」
ヘイデンは、ピンと背筋を伸ばした。
琉生斗はアダマスに挑むような眼をする。
「ミント王女の誕生日前日、朝食後、大神殿前に集合。騎士服と短剣か長剣、ダンジョン用の道具は用意しといてね」
「はぁ?」
「それから、王女のご学友の参加が可能だ。女性限定だけど。友達が多いのならたくさん声をかけろ。別にナス一人でも構わないが。良家のご令嬢に聞いたら、是非にという人は数人いた」
「だから、なんでわたくしが!」
「来ないのか?」
「ええ。なぜあなたにそんな事を言われないといけないのですか?」
琉生斗は溜め息をついた。
「あいつ、頭悪いな」
アレクセイに小声で言う。
「ああ。間違いなく」
兄は妹の事など気にしていなかった。セージが大笑いする。
「お父様!あの人を追い出してくださいな!」
娘の激昂に、父は首を振った。
「お父様!」
「ミント、多少は剣が振れるのか?」
「はぁ?今はそんなことじゃなくーー」
「振れるのかと聞いているだろう!」
えっ?とラズベリーが大きな目を丸くした。アダマスがミントを怒るなんてーー。
「が、学校の授業で……」
「後、二週間か。ヘイデン、剣の講師を手配しろ」
「は、はい!」
「ミント。死ぬ気でやりなさい」
「なぜですか!わたくしがなぜ!」
「陛下。わたくしからも、ミントに危ない真似は」
「いい加減にしなさい。おまえ達はわからないのかーー!」
アダマスの額から汗が滴り落ちた。
「気付いた?」
琉生斗が笑う。
「ミント王女は聖女の塔へ登ってもらう。最上階で時空竜の女神様が待っている」
「えっ?」
ミントは固まった。
「ただ、会うかはわからない、ともおっしゃってる」
アダマスは、琉生斗の胸にかけられた、聖女の証がほのかに光を帯びていることに気付いている。
「そう、これは教皇の誘いじゃねえ。女神様がミントを連れて来い、と仰せだ。おれはどうでもいいんだがーー陛下ならわかるな?」
アダマスは下を向いた。
「この国にはいられないぜ、おまえ」
ミントは愕然とした。
「なぜ?」
声が掠れた。
「来なきゃ、神殿が、王女の資格を剥奪する」
目の前が真っ暗になって、ミントは椅子にへたり込んだ。
「ミント!あら、ミント、しっかりして」
「聖女様、なんとかならないか。私も最近まで知らなかったのだ」
アダマスは必死で食い下がった。
聖女の塔の試練など、聞いたこともない。
「見苦しいですよ。父上」
朝議が終わり、クリステイルが姿を見せた。
「時空竜の女神様の話を、断る事などできません。それに、歴史学をきちんと勉強していたら気付く事。ミント、すぐにでも剣の修行を始めなさい」
「クリステイルお兄様ーー」
さすが、こいつが来るとこの家族は締まるなー、と琉生斗は感じた。
隣の兄ちゃんはなー、あっ、興味ゼロだわ。そんな優雅にココア飲んでんじゃねぇよー。
「陛下、そう落ち込むなよ」
琉生斗はできるだけ明るく言う。
「落ち込まないほうがおかしいーー」
「娘に対する信頼がない。まぁ、それはミハエルじいちゃんも無理かもー、って言ってたからしょうがないけど」
アダマスとラズベリーが絶望的な顔をした。
「ミント、今回は固有魔法をなんとかしろ。塔のどこかにあるらしい。おまえが取らなきゃ、永遠に無くなるそうだ」
ミントが目を見開いた。
「わ、わたくしは魔法が得意ではありませんーー」
「魔法もじゃん」
セージが横槍を入れる。
「黙っていなさい、セージ」
クリステイルの言葉に、舌を出す。
「んで、最悪、時空竜の女神様がいなかった場合」
皆が琉生斗の言葉に注目する。
「おれが呼ぶ事にしたから」
アレクセイの反応は早かった。
「行かなくていい」
今まで興味もなかったのに、この食い付きーー、その思いやりを少しでも妹に使えんか、とアダマスは泣いた。
「ミハエルじいちゃんに頼まれたし。引き受けたら、お祈りの日、減らしてくれるみたいだしさ」
アレクセイは難しい顔をしている。
「聖女様、どうか!娘をよろしくお願いします」
ラズベリーが琉生斗に頭を下げた。
「あぁ。ミントちゃん。せいぜいがんばってくれよ。なんせ、来ないと言う事は、純潔な乙女じゃねえ事を意味するらしいから」
琉生斗は立ち上がった。
「じゃあな、クリス」
「はい。ご苦労様でございました」
「おまえ、娘ができたら、ちゃんと覚えとけよ」
琉生斗は、ふと気がついた事を口にする。
「そうですね。そのときも聖女様が登って下さるんですか?」
クリステイルは微笑んだ。
「禿げたおっさんをこき使うなよ……」
それを考えると、今から気が重いーー。
ミントは、彼女なりにがんばった。
早朝稽古などした事がなかったが、講師のトルイストに付き合ってもらい、朝から棒を振った。
「手が、痛いですわー」
すぐに音をあげる。
「マメができて、それが潰れて固くなります。精進あるのみです」
講師の基準は、ミントが恋心を抱かない事。渋イケメンのトルイストだが、天然発言で女性からの支持は低い。何より真面目実直、適任者は彼より他はない。
「痛いんです」
「そこを越えれば痛くなくなります」
だからどうした、という顔のトルイスト。話に着地点がない。
「もう嫌あぁぁーー」
「ミント様、がんばりましょう!」
ナスターシャが現れた。
「その騎士服素敵!」
バルパンテ公爵令嬢、ユピナが現れた。
「あら、あなた達もお稽古に?」
「もちろん。わたくし達も登りますわ」
「聖女の塔に入るという事は、乙女であることの立証ですし」
そうよ、行かなきゃ、わたくしふしだらな女認定なのですわ!
ミントはやる気を出した。
「がんばりますわよー」
「「はい!」」
「もっと重い棒、振りませんか?」
トルイストは提案した。
「「「黙ってて下さい!」」」
ミントががんばっている頃、琉生斗とアレクセイは揉めていた。
「本当の理由は?」
組み敷いて、逃さないようにしながら、アレクセイは尋問を続ける。
「だから、おれが聞きたい事を、ミントの試練につき合えば教えてくれるの」
アレクセイの唇は、琉生斗の耳のまわり、そして首筋を這っていく。
色で落とす気なのかー、と琉生斗は困った。うっかり話しちゃいそうだ。
「何が聞きたい」
「教皇だけが知ってる話だよ」
押さえられた両手が、ちょっと痛い。
「ルート」
「なんだよ」
「あまり、ミントに近付くな」
「何でだよ」
「ミントがルートの事を好きになってしまう」
「そりゃないだろ」
「ルート」
「兄ちゃんなんだから、もうちょい妹の事を心配してやれよ」
と、言いながら自分の兄も、自分の事など歯牙にもかけていなかったことを思い出す。
兄貴ってそんなもんなのかなーー。
「ルート。私だけのものでいてくれ」
ぎゅっと抱き締められて、キスをされる。
「うん。おれはアレクのだよ」
決まってんじゃんかーー、なぁ。
「ルート」
「だから、行ってくる」
アレクセイのふてくされた顔の可愛い事。琉生斗はアレクセイの髪を、掻き回しながらキスをした。
「かわいいーー」
頬ずりしてしまう。
「大好きだ……」
琉生斗の言葉に、仕方ない、とアレクセイが呟いた。
「それよりも心配なんだけどさーー」
「何がだ?」
「おれを含めて、みんな、戦闘力がゴミだろーー」
アレクセイは黙った。
「聖女の塔で、戦闘があるとしたら、何が敵なんだ?」
「すまない」
そりゃ知らんわなー。
「何だろう。光属性の魔物っている?」
「聖魔と呼ばれる種族もある」
「ん?、天使と悪魔の性質があるってこと?」
「いや、大抵は堕天している」
堕天、良い子辞めまーす、ってやつだな。
「神崩れのドラゴンって事?」
「人の姿をしている」
琉生斗は固まった。
「そりゃ、ミント斬れないな」
「だろうな」
「いない事を、願うよ」
「そうだな」
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