ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。(第一部、第二部、第三部)

濃子

文字の大きさ
上 下
86 / 410
聖女の塔編 (ファンタジー系)

第82話 聖女の塔 1

しおりを挟む

「陛下、聖女様から謁見の申し込みがきておりますが」

 執事長ヘイデンが緊張して告げた。

 アダマスは、来たか、と溜め息をつく。

 朝食後のお茶を楽しんでいた王妃ラズベリーは、心配そうに主人を見る。ミントは眉間に皺が寄り、セージはうきうきした表情を浮かべた。

「通してくれ」

 本来はすぐに通しはしない。よほどの用事ではない限り。

 だが、聖女は別である。何よりも優先される。

 自身の子供よりもだーー。



 衛兵によって扉が開かれる。

 琉生斗が一歩進み、アレクセイを待って、二人揃ってお辞儀をした。

「けっ」

 セージが嫌悪感を出した。

「顔をあげなさい」

 アダマスの声に、琉生斗は顔をあげた。

「謁見のお許しをいただき、恐悦至極にございます」

「そういうのはいいから、要件は?」

 猫かぶりがひどい、とアダマスがぼやいた。

 とはいうものの、アダマスも琉生斗の要件はわかっている。琉生斗の服装にもそれは出ている。

 純白の法衣に金の飾り布。教皇の法衣に似せて作っている。

「教皇の話は聞いているよな?」

「ああ」

「しぶってるらしいじゃねえか」

「ーーミントにはまだ早い」

 自分の名前が出てきて、王女様は目を丸くした。

「十五歳で一度きりなのに?」

 これには琉生斗は驚いた、異世界から同年代の自分達を無理やり召喚したくせに、自分の娘は安全圏に確保とはーー。
 教皇も呆れる訳だ。

「王女の固有魔法は捨てるんだな?」

 琉生斗の問に、アダマスは息を呑んだ。

「わたくしの固有魔法?」

 ミントは不安気にまわりを見る。皆口をつぐみ何も言わない。

「ミントにはーー」

「はいはい。よそからきた嫁はどうでもよくて、我が娘大事は、もういいから」

 琉生斗は呆れたように片側の足を動かした。

 アレクセイが椅子を引く。

 琉生斗はえらそうに腰をかける。

「ヘイデンさん。ココア下さい。アレクは無糖で」

「はい。ただいま」

 ヘイデンがいそいそと出て行く。

 執事長使うのー?さすがー、とセージは楽しそうだ。

「マシュマロがあったらよろしくー」

「はい!」

 ヘイデンは、ピンと背筋を伸ばした。

 琉生斗はアダマスに挑むような眼をする。

「ミント王女の誕生日前日、朝食後、大神殿前に集合。騎士服と短剣か長剣、ダンジョン用の道具は用意しといてね」

「はぁ?」

「それから、王女のご学友の参加が可能だ。女性限定だけど。友達が多いのならたくさん声をかけろ。別にナス一人でも構わないが。良家のご令嬢に聞いたら、是非にという人は数人いた」

「だから、なんでわたくしが!」

「来ないのか?」

「ええ。なぜあなたにそんな事を言われないといけないのですか?」

 琉生斗は溜め息をついた。

「あいつ、頭悪いな」

 アレクセイに小声で言う。

「ああ。間違いなく」

 兄は妹の事など気にしていなかった。セージが大笑いする。

「お父様!あの人を追い出してくださいな!」

 娘の激昂に、父は首を振った。

「お父様!」

「ミント、多少は剣が振れるのか?」

「はぁ?今はそんなことじゃなくーー」

「振れるのかと聞いているだろう!」

 えっ?とラズベリーが大きな目を丸くした。アダマスがミントを怒るなんてーー。

「が、学校の授業で……」

「後、二週間か。ヘイデン、剣の講師を手配しろ」

「は、はい!」

「ミント。死ぬ気でやりなさい」

「なぜですか!わたくしがなぜ!」

「陛下。わたくしからも、ミントに危ない真似は」

「いい加減にしなさい。おまえ達はわからないのかーー!」

 アダマスの額から汗が滴り落ちた。

「気付いた?」

 琉生斗が笑う。

「ミント王女は聖女の塔へ登ってもらう。最上階で時空竜の女神様が待っている」

「えっ?」

 ミントは固まった。

「ただ、会うかはわからない、ともおっしゃってる」

 アダマスは、琉生斗の胸にかけられた、聖女の証がほのかに光を帯びていることに気付いている。

「そう、これは教皇の誘いじゃねえ。女神様がミントを連れて来い、と仰せだ。おれはどうでもいいんだがーー陛下ならわかるな?」

 アダマスは下を向いた。

「この国にはいられないぜ、おまえ」

 ミントは愕然とした。

「なぜ?」

 声が掠れた。

「来なきゃ、神殿が、王女の資格を剥奪する」

 目の前が真っ暗になって、ミントは椅子にへたり込んだ。

「ミント!あら、ミント、しっかりして」

「聖女様、なんとかならないか。私も最近まで知らなかったのだ」

 アダマスは必死で食い下がった。

 聖女の塔の試練など、聞いたこともない。

「見苦しいですよ。父上」

 朝議が終わり、クリステイルが姿を見せた。

「時空竜の女神様の話を、断る事などできません。それに、歴史学をきちんと勉強していたら気付く事。ミント、すぐにでも剣の修行を始めなさい」

「クリステイルお兄様ーー」

 さすが、こいつが来るとこの家族は締まるなー、と琉生斗は感じた。

 隣の兄ちゃんはなー、あっ、興味ゼロだわ。そんな優雅にココア飲んでんじゃねぇよー。

「陛下、そう落ち込むなよ」

 琉生斗はできるだけ明るく言う。

「落ち込まないほうがおかしいーー」

「娘に対する信頼がない。まぁ、それはミハエルじいちゃんも無理かもー、って言ってたからしょうがないけど」

 アダマスとラズベリーが絶望的な顔をした。

「ミント、今回は固有魔法をなんとかしろ。塔のどこかにあるらしい。おまえが取らなきゃ、永遠に無くなるそうだ」

 ミントが目を見開いた。

「わ、わたくしは魔法が得意ではありませんーー」

「魔法もじゃん」

 セージが横槍を入れる。

「黙っていなさい、セージ」

 クリステイルの言葉に、舌を出す。

「んで、最悪、時空竜の女神様がいなかった場合」

 皆が琉生斗の言葉に注目する。



「おれが呼ぶ事にしたから」

 アレクセイの反応は早かった。

「行かなくていい」

 今まで興味もなかったのに、この食い付きーー、その思いやりを少しでも妹に使えんか、とアダマスは泣いた。

「ミハエルじいちゃんに頼まれたし。引き受けたら、お祈りの日、減らしてくれるみたいだしさ」

 アレクセイは難しい顔をしている。

「聖女様、どうか!娘をよろしくお願いします」

 ラズベリーが琉生斗に頭を下げた。

「あぁ。ミントちゃん。せいぜいがんばってくれよ。なんせ、来ないと言う事は、純潔な乙女じゃねえ事を意味するらしいから」

 琉生斗は立ち上がった。

「じゃあな、クリス」

「はい。ご苦労様でございました」

「おまえ、娘ができたら、ちゃんと覚えとけよ」

 琉生斗は、ふと気がついた事を口にする。

「そうですね。そのときも聖女様が登って下さるんですか?」

 クリステイルは微笑んだ。

「禿げたおっさんをこき使うなよ……」

 それを考えると、今から気が重いーー。



 

 ミントは、彼女なりにがんばった。

 早朝稽古などした事がなかったが、講師のトルイストに付き合ってもらい、朝から棒を振った。

「手が、痛いですわー」

 すぐに音をあげる。

「マメができて、それが潰れて固くなります。精進あるのみです」

 講師の基準は、ミントが恋心を抱かない事。渋イケメンのトルイストだが、天然発言で女性からの支持は低い。何より真面目実直、適任者は彼より他はない。

「痛いんです」

「そこを越えれば痛くなくなります」

 だからどうした、という顔のトルイスト。話に着地点がない。

「もう嫌あぁぁーー」

「ミント様、がんばりましょう!」

 ナスターシャが現れた。

「その騎士服素敵!」

 バルパンテ公爵令嬢、ユピナが現れた。

「あら、あなた達もお稽古に?」

「もちろん。わたくし達も登りますわ」

「聖女の塔に入るという事は、乙女であることの立証ですし」

 そうよ、行かなきゃ、わたくしふしだらな女認定なのですわ!

 ミントはやる気を出した。

「がんばりますわよー」

「「はい!」」

「もっと重い棒、振りませんか?」

 トルイストは提案した。

「「「黙ってて下さい!」」」







 ミントががんばっている頃、琉生斗とアレクセイは揉めていた。

「本当の理由は?」

 組み敷いて、逃さないようにしながら、アレクセイは尋問を続ける。

「だから、おれが聞きたい事を、ミントの試練につき合えば教えてくれるの」

 アレクセイの唇は、琉生斗の耳のまわり、そして首筋を這っていく。

 色で落とす気なのかー、と琉生斗は困った。うっかり話しちゃいそうだ。

「何が聞きたい」

「教皇だけが知ってる話だよ」

 押さえられた両手が、ちょっと痛い。

「ルート」

「なんだよ」

「あまり、ミントに近付くな」

「何でだよ」

「ミントがルートの事を好きになってしまう」

「そりゃないだろ」

「ルート」

「兄ちゃんなんだから、もうちょい妹の事を心配してやれよ」

 と、言いながら自分の兄も、自分の事など歯牙にもかけていなかったことを思い出す。

 兄貴ってそんなもんなのかなーー。

「ルート。私だけのものでいてくれ」

 ぎゅっと抱き締められて、キスをされる。

「うん。おれはアレクのだよ」

 決まってんじゃんかーー、なぁ。

「ルート」

「だから、行ってくる」

 アレクセイのふてくされた顔の可愛い事。琉生斗はアレクセイの髪を、掻き回しながらキスをした。

「かわいいーー」

 頬ずりしてしまう。

「大好きだ……」

 琉生斗の言葉に、仕方ない、とアレクセイが呟いた。

「それよりも心配なんだけどさーー」

「何がだ?」

「おれを含めて、みんな、戦闘力がゴミだろーー」

 アレクセイは黙った。

「聖女の塔で、戦闘があるとしたら、何が敵なんだ?」

「すまない」

 そりゃ知らんわなー。

「何だろう。光属性の魔物っている?」

「聖魔と呼ばれる種族もある」

「ん?、天使と悪魔の性質があるってこと?」

「いや、大抵は堕天している」

 堕天、良い子辞めまーす、ってやつだな。

「神崩れのドラゴンって事?」

「人の姿をしている」

 琉生斗は固まった。

「そりゃ、ミント斬れないな」

「だろうな」

「いない事を、願うよ」

「そうだな」
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

一級警備員の俺が異世界転生したら一流警備兵になったけど色々と勧誘されて鬱陶しい

司真 緋水銀
ファンタジー
【あらすじ】 一級の警備資格を持つ不思議系マイペース主人公、石原鳴月維(いしはらなつい)は仕事中トラックに轢かれ死亡する。 目を覚ました先は勇者と魔王の争う異世界。 『職業』の『天職』『適職』などにより『資格(センス)』や『技術(スキル)』が決まる世界。 勇者の力になるべく喚ばれた石原の職業は……【天職の警備兵】 周囲に笑いとばされ勇者達にもつま弾きにされた石原だったが…彼はあくまでマイペースに徐々に力を発揮し、周囲を驚嘆させながら自由に生き抜いていく。 -------------------------------------------------------- ※基本主人公視点ですが別の人視点も入ります。 改修した改訂版でセリフや分かりにくい部分など変更しました。 小説家になろうさんで先行配信していますのでこちらも応援していただくと嬉しいですっ! https://ncode.syosetu.com/n7300fi/ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしい

拓海のり
BL
前世の記憶を取り戻した途端、海に放り込まれたレニー。【腐女神の祝福】は気になるけれど、裕福な商人の三男に転生したので、まったり気ままに異世界の醍醐味を満喫したいです。神様は出て来ません。ご都合主義、ゆるふわ設定。 途中までしか書いていないので、一話のみ三万字位の短編になります。 他サイトにも投稿しています。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

処理中です...