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ルートとアレクセイ編
第72話 希望は突然おとずれる
しおりを挟む「お兄様はどうなのです。わたくしも、ナスターシャも少しの治癒ならできます!」
ミントは治療室の入口でそう吠えた。ナスターシャも、部屋に入る気でいる顔をしている。
「ご家族は入室できます」
ティンがナスターシャを見た。
「ナスターシャはわたくしとは姉妹みたいなものですわ!」
無茶苦茶だ。近衛兵達は、口を挟みたくてもできない。
聖女様が駄目なのに、なぜ公爵令嬢がー。
「失礼致します!ティン殿はおられますか!」
ヤヘルが走ってくる。
「何事です!」
ティンが飛び出してくる。
「魔蝕です!同行をお願い致します。護衛は私が!」
「わかりました!聖女様は?」
「準備されています!」
会話を聞いていた二人は、くすりと笑った。
ティンが問う。
「王女様、何かおかしな事が?」
「だって」
ミントは鼻で笑った。
「お兄様がこんなときに、魔蝕だなんて。本当にお兄様の事を好きだったのかしら?」
隣のナスターシャも同じ気持ちなのか、信じられませんわ、と呟いた。
「ミントォ!」
その声は大きく響き、医療室の中のクリステイルにも聞こえたのか、次兄が怒りをあらわに妹に詰め寄った。
「なんで……」
パシンッ!
クリステイルはミントの頬を平手で打った。
「魔蝕が出たら、何があっても行かなきゃならない!おまえはそんな事もわからないのか!あれだけ兄上に叱られたのに、何も学んでいないのか!」
ミントは信じられない、という目で優しい兄をみる。
「帰りなさい!兄上だって、おまえ達の顔なんか見たくありませんよ!」
ミントは泣き出し、近衛兵に連れられて自分の宮に帰っていった。
ティン達はすでにいない。
呆れただろうなーー。
クリステイルは、がっくりと肩を落とした。
「父上。聖女様は魔蝕の浄化に向かわれました」
報告をするも、父からの返事はない。
「父上、父上はきっと後悔なさるでしょうね。ここから聖女様を追い出した事を」
兄の顔を濡れたタオルで拭う。
「綺麗なお顔です」
聖女様の夢でも見ているのですかーー。
あなたが帰らないなんて、考えた事もなかった。
何が代わりに政務をこなしているだ。
安全なところに、隠れていたくせにーー。
クリステイルは、泣いた。
「おい、聖女様、オレも連れてけよ」
派手な軍服の少年は、琉生斗にそう声をかけた。
「セージ様、役に立ちませんよ」
ヤヘルが止める。
「見たことは?」
琉生斗が、尋ねた。生意気な顔だが、アレクセイに少し似てる事が琉生斗は嬉しかった。
「ない。けど、平民のお兄ちゃんがダメなら、オレにあんたの護衛がまわってくる予定だった」
「へぇー。小さいのに大変だな」
「十四だ!そんなに小さくない!」
たしかに、四つ下かーー。
「まぁ初陣ならヤヘルさんの後ろに隠れとけよ。そして、絶対に大丈夫だとは思うな」
琉生斗は真顔で告げた。セージはそっぽ向いた。
こいつ、いいなぁー。と、琉生斗は久しぶりに気持ちを明るくした。
負けん気が強くて、きっとアレクぐらい強くなりそうだーー。
転移魔法はティンが使った。
「殿下、しっかりして下さいよ!」
ヤヘルがセージを叱咤した。豪快な体型の後ろにいると、前からはさっぱり見えないな、と琉生斗は思う。
「む、無理ーー」
ガタガタ震えているが、取り乱したりはない。
「おー、東堂達よりつえーな」
感心して琉生斗は聖女の証を握った。
ティンの結界は、さすがに凄かった。アレクセイの結界より高密度だ。
魔蝕を完全に抑えている。
ただ、アレクはあえてもろい部分を作り、そこを狙わせて、壊されてもクッションのように跳ね返すような結界を作る。
うまい具合に抜きを作る、と言うのかー。
ティンの結界は強度だが、勢いの強い魔蝕なら、力負けするな、と琉生斗は感じた。
経験値の差だろうがーー。
おれが言えばいいんだろうが、このぐらいの魔蝕じゃ、ティンさんの結界の方が強いから、いいかー。
琉生斗は、聖女の証を握り、祈りを捧げた。
誰にーー?
琉生斗は邪念を振り払った。こんな事では、いずれ死ぬだろう、そう感じた。
「なぁ、今日の魔蝕ってどんな感じ?」
ヤヘルの背におぶさって、セージは聞く。
「うん?」
琉生斗は尋ね返す。
「だから、強さ的に」
セージの突っかかりが、かわいかったので、琉生斗は笑ってしまった。
「あぁ、雑魚」
「えっー!」
セージの反応に、琉生斗はさらに笑った。
「若いし、ホント、弱いやつだな」
嘘だー、とセージは呟いた。
「では、聖女様」
「忙しいのに、悪いな」
ティンが走り去った。王宮の玄関ホール。人もちらほらいて、琉生斗の顔を見て、ひそひそ話をする。
「ヤヘルさん、ありがとう。次からはティンさんだけでも大丈夫そうだ」
「いやいや。またお供させて下さい」
ヤヘルが是非に、と頼み込む。
「なあなあ、ルート。オレも連れてけよ」
「なんで?」
気が済んだだろ、と琉生斗は言った。
「ルート、兄ちゃんの代わりに、オレが結婚してやる!」
琉生斗は固まった。
「いやいや。セージ殿下。早すぎです」
「なんでだよ。兄ちゃんだって、ひとめぼれだろ?」
そういえばそうだった。
「考えてくれよ。今すぐじゃなくてもいいから」
セージは押す。
「いやー」
と、言いながら、琉生斗ははっきり断らない。
ーーもしかして、聖女様は押しに弱いんじゃ。
ヤヘルは心配になった。
「親父はまだ意地はってんの?」
聖女が去ると、セージはヤヘルに尋ねた。
「殿下には、会わせる顔がないーー」
ヤヘルは、盛大な溜め息をついた。
アレクセイが一番望むものが、遠くにある。
何とか会わせたい、とヤヘルは呟いた。
離宮に戻ると、琉生斗は吐いた。
「うっ、うー」
床に倒れ込む。
死にたいー。
死んではいけないーー。
どうしても、つらいーー。
アレクセイのいない世界に生きるのが、本当につらいー。
「ルート、入るよ」
兵馬が部屋に入ってきた。
床を見て、無言で片付ける。
「薬ばっかり飲んでるからーー」
兵馬は琉生斗を起こした。
「うるせーなー。おれなんか死ななきゃいいだけだろーー」
優しいキスがないー。抱き寄せてくれる腕がないーー。
「殿下が、悲しむよ」
兵馬は心からの言葉を言う。
「おまえら、そればっかりだなー」
苦しげに、琉生斗は呻いた。
「ルート、これできたよ」
兵馬は、小さな長方形の箱を、琉生斗に見せた。
「なんだよ、これ」
「録音機だよ。何か殿下に話してあげて、僕が絶対に届けるから」
「おまえーー」
「ルートと殿下、本当にお似合いだったよ」
兵馬はボロボロと泣いた。
「絶対に殿下に届けるからーー」
琉生斗は友を見て、目を閉じた。
「兵馬、頼みがあるーー」
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