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ルートとアレクセイ編

第71話 消失は突然ではなく

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ーーティンさん!


ーーティンさん!助けてくれ!


「!」

「室長~?」

 町子が首を傾げた。

「失礼、飛びます!」

 琉生斗の声を感じたティンは、素早く彼の気配をつかみ、転移した。



「な、これは!」

「ーーティン、さんー」

 号泣する琉生斗の腕の中で、血まみれで意識も生気もないアレクセイ。

「移動します!」

 ティンは高速で移動した。



「医療室室員!治癒師!全員来なさい!」

 ティンの怒号により、医療師、治癒師が飛んできた。

 王宮の治療室にアレクセイは運び込まれた。

 皆が治癒魔法をかけ続けた。



 ひたすら、かけ続けた。



 琉生斗は、青白いアレクセイの顔を、見ているしかできず、邪魔にならぬように、部屋の隅にいた。



 治癒師が交代して、次の者が治癒をかける。

 どれだけ、やってもアレクセイの顔色は戻らなかった。



 全員の表情に、最悪の事態が滲み出ている。

「どういう事だ!」

 アダマスの悲鳴にも似た怒鳴り声が、治療室に響いた。

「陛下ーー」

 ティンが琉生斗の方を見た。琉生斗は、アダマスの顔を直視する事はできなかった。



「ルート!アレクセイはなぜ!」

 アダマスに詰め寄られる。

 なぜ?



 自分が一番知りたい事なのにーー。



「父上!聖女様の安全は確認しましたか!」

 クリステイルが間に入った。

「聖女様、お怪我はありませんか?」

「ーーない」

「兄は何があったのです?」

 



「時空竜の女神様が、攻撃、してきたーー」



 !



 その場にいた全員が動きを止めた。

 ティンに促され、治療師が動き出す。

「聖女様、何を冗談を」

 クリステイルは信じなかった。

「マジなんだよ!おれにも理由がわからないんだよ!」

 琉生斗は喚いた。





 

 長い沈黙の後、アダマスは告げた。



「ーーそれが、本当の事なら、ルートはここから出ろ」

 アダマスの言葉は、死刑宣告のようだった。

「えっ?」

 クリステイルは目を見張った。

「女神様とルートは関係が深い、今のアレクセイにとってはルートの存在は、マイナスにしかならない」

 出口を指で示される。

「おやめ下さい!父上!兄上がどう思われるか!」

 クリステイルが必死で父親に縋った。それを跳ねのけてアダマスは、琉生斗を追い立てようとする。

「家族でない者は、出ろ!」



 



 家族ーー。

 アレクは自分と家族になろうと誓ってくれたーー。



 だが、ーー。





「失礼します。アレクを、頼みます……」

 泣き声は抑えた。琉生斗は頭を下げて、外に出た。



 

 三日経っても、アレクセイの容態は変わらなかった。誰もが信じられなかった。

 時空竜の女神様は自国の守り神だ、それがなぜ、王子を攻撃するのか。



 中には悪しざまに、琉生斗が嘘をついている、と言うもの、アレクセイの生まれが悪いから、と言うもの、様々な噂が飛び交った。


 琉生斗は離宮から一歩も出ずに、寝室で塞いでいた。どうしていいかわからず、どうにもできないー。
 聖女の証も沈黙したままだ。



 アレクセイを魔蝕に襲わせて、反転インヴォートしてやろうかとも思ったが、アダマスが許さないだろうと、実行には移せなかった。



 日だけが無駄に過ぎる。

 兵馬が世話をしに来るが、気力のない琉生斗に、何の言葉もかけてやることができなかった。

 兵馬にとっても、アレクセイの存在は大きかった。

 彼が、死地に立つような事を、誰が予想できたか。





 別の日、東堂が琉生斗を尋ねた。

「おい、食べてるか?」

 あきらかに顔色が悪い。仕方のない話だがーー。

「大丈夫なのか?」

 励ます事もできず、東堂は苦い思いをする。

「で、殿下なら大丈夫だぜ。絶対、大丈夫だ!」



 ーー殿下の棺を神殿が用意したみたいだぞ。



「おまえ、会いに行かねぇの?」



 ーー礼装は、やはり黒らしい。



「おまえいないと、殿下も寂しがるぜ……」

 東堂の目から涙がこぼれた。慌てて拭うが、止まらなかった。

「なんで、なんだろうな。あんな強い人がーー」

 琉生斗は何も言わなかった。

 ただ、黙って前を見ていた。

 気の利いた言葉もかけれずに、おにぎりを置いて、東堂は離宮を出た。



「神様に攻撃されたら、どうしたらいいんだー?」



 誰がその答えを知っているのかーー。







 五日後。

 魔通信室は、深い絶望に襲われた。

 魔蝕の発生だ。

「ーー誰が、知らせる?」

 副室長ドーラは震える声で尋ねた。

「魔蝕が起これば、教皇が知らせてくれとーー」

 若い兵士が躊躇いながら、答えた。

「では、神殿に連絡をーー」

 ドーラはほっとした顔を、隠すこともできなかった。





 教皇ミハエルは、離宮の前で深呼吸をした。

「聖女様!魔蝕の浄化に行きますよ!」

 ミハエルは陽気に部屋に入った。琉生斗を探したが、姿は見えない。

 ノックをして寝室に入る。

 布団が丸い。

「聖女様、魔蝕ですよ。私が同行します。気付いてましたでしょ?」

 布団をはぐと、琉生斗がミハエルを睨んでいる。

「じいちゃん!アレクがいないのに、浄化なんかできるかよ!」

「そんな訳ないでしょ?私が同行すると言ってるんです。護衛は強ければ誰でもいいんです」

「アレクじゃねえとー!ーーアレクがーー」

「世界は待ってくれませんよ」

 ミハエルの心は血を流していた。  
 自分しかそれを告げる事ができないとは言え、こんなにも酷い現実を突きつけなければならない。

「行きますよ。聖女様」

「ーーできねえよ……。女神様が……おれを攻撃しようとしたんだぜーー」

 琉生斗は泣き崩れた。

 アレクセイ殿下を直接攻撃したわけではなかったのかーー、庇ったのだな、さすがは聖女の護衛。
 神の前で動けるとはーー。

 ミハエルは頷いた。

「どんな事があろうとも、あなたしか魔蝕の浄化はできない。わかっているでしょう?歴代の聖女も苦悩し、乗り越えた事です。途中で護衛が変わった聖女もいました。勉強してますでしょ?」

「アレクじゃないと嫌だって!」

「いないものは仕方ありません」



 顔が歪んだ琉生斗を、ミハエルはじっと見ていた。

「あなたは庇われたから生きているのでしょ?アレクセイ殿下は、こんな弱虫を守って亡くなるのですか?本当にお可哀想に、無駄死にですねー」

 琉生斗は、手をあげた。



 パンッ!


 泣きながら、自分の顔を両手で叩く。



 涙を強引に拭く。

「ーー行くぞ、じいちゃん。役に立てよ」

「もちろん。私、強いですよ」






 バッカイア帝国の南、海が見えるアニスの町。海と山に囲まれた土地の為、比較的魔蝕が発生しやすい。森から出た魔蝕を、結界師が抑えている。

「せ、聖女様は!」

「まだのようです!」

「これ以上は無理だ!撤退する!」

 結界師達は転移していく。

 

 その中を、琉生斗はあらわれた。

「はあー、たいした結界じゃないですね」

 修行が足りません。ミハエルは銀の錫杖を振り、結界を張り直した。

 魔蝕を完全に覆い尽くし、動きを止める。

「ーーじいちゃん、やるな」

 琉生斗は魔蝕に近付く。

 いまのおれの気持ちは、魔蝕に近いなーー。どす黒くて嫌になる。

 聖女の証を握り締める。



 祈れないーー。



 なぜ、なぜ女神様はー。

 

 聖女の証から光が溢れていく。

 

 わからないー。だけど、自分の生命は、あの優しい人が守ってくれたものだ。

 だからこそ、がんばらなければならないー。



 光は魔蝕を包み込み、その闇を消し去った。




 なぜ、できたんだろう。祈りたくなんてなかったのにーー。そう思う琉生斗の肩を、ミハエルは叩いた。

「さすがは聖女様です。あなたはすごい」

 琉生斗は少しだけ、笑った。
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