ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。(第一部、第二部、第三部)

濃子

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ルートとアレクセイ編

第68話 脅威は突然あらわれる

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「もうすぐ建国祭ですね」

 と、クリステイルがはしゃいだ声を出す。

「12月にあるんだな」

 琉生斗はアレクセイが淹れてくれたホットココアで、手を温めている。

 ーーやっぱり冬は寒かったかー。

 夏が涼しい為、冬は寒い。全体的に湿度が低い。稲作には向いていない気候だな、と琉生斗は思う。米もあまり収穫できなかったしーー。

「ルート。上着を」

「あっ、ありがと」

 琉生斗が寒そうなので、王室縫製室に上着の相談に行ったアレクセイが、ふわふわの上着を持って帰ってきた。アレクセイは、甲斐甲斐しく琉生斗の世話をする。

「甘やかしすぎじゃありません?」

 言うだけ無駄だが、言ってみる。

 兄は、変な顔をした。

「おまえはしないのか?」

 もちろん、琉生斗の事ではない。

 クリステイルに恋人ができた場合、そうはしないのか、と聞いている。

「しませんよ。お互い自立が大切でしょ」

 幸せな事で何よりですねー。目の前で、ほっぺにちゅうとかしてんじゃありませんよー。クリステイルはげんなりした。

 雪景色を見ながら、屋根のあるテラスでお茶を飲んでいる。

「無謀だったかー」

 早く飲んで帰ろう、と琉生斗はコップを煽った。

「これからのご予定は?」

 クリステイルが尋ねると、琉生斗は立ち上がり、町、と答えた。

「遊びに行くんですか?」

「あぁ、王太子殿下に言うのが遅くなって悪いんだけど、先月から、赤ちゃんが産まれた家に行って、聖女の加護を贈ってんの」

 えっ?

 陛下には言ったんだが、伝わってないかーー、琉生斗はくしゃみをする。

「すぐに行ったら駄目だから、一ヶ月ぐらいしてからーー」

 アレクセイが、琉生斗の鼻を拭く。

「聖女様が、行かれるんですか?」

「ん?」

「こちらに呼べばよいのでは?」

 クリステイルの言葉に、琉生斗は、はぁ?と返した。

「生後間もない赤ちゃん連れて、雪の中母親が移動できるかよ」

 魔法を使えない人も多いのに。

「はあーー」

「ホントにこのボンボンは、脳みそにブルジョア菌でも湧いてんのかね」

 ひどい言われようである。

「私は聖女様の威厳の事をーー」

「おまえ、自分の国の国民に対して、もっと敬意を払ったほうが良くないか?」

 クリステイルは言葉に詰まる。

「自分だけで国を動かしてるとでも思ってんの?勘違い甚だしいわ」

 中学生でも知ってる事をーー。

「なぜです?」

「国民がいなけりゃ、王座もないだろうが」

 それはそうだがー。クリステイルは釈然としない。

「私は国民の為に、兄上より政務をこなしています」

 きっとして見返す。

「何を当たり前の事言ってんだ?おまえ、王太子じゃねえか」

「兄上が王位を継がないからです!お気楽なものですよねー。聖女様と毎日遊んでーー」

 クリステイルは兄の顔を睨んだ。

「そうだな」

 と、アレクセイは静かに言った。

「行くぞ、アレク」

 琉生斗はすたすたと歩き出した。

「失礼致します。王太子殿下」

 アレクセイがクリステイルに、深々と頭を下げた。

 驚いて見返すと、兄は自分の顔を一切見なかった。



「ーー……」

 

 クリステイルは、長い間、その場から動かなかったというー。







 ホントにあの坊ちゃまはよー、と雪道をアレクセイと腕を組んで琉生斗は歩く。

 ちょっとは、いや、たしかに遊んでるとこもあるけどさー、と琉生斗は、黒のロングコートを羽織った美の化身に、ノックアウトされている。

「もう、なんでそんなにカッコいんだよー」

「さあ」

 さあ、って、さあ、って、やだ、もう!



 

 頭、大丈夫か?と最近、東堂には違う方向で心配されている。

「んー、なんだろう。身体がアレクを欲しがってるって言うかー、嫌だなー男って、なんでこうスケベなんだろな。ぐへへっ」

 そう言ったときの、ダメだこいつ、と呟いた東堂の顔は忘れられないがー。



 

 ただ、琉生斗も、これだけ色ボケかますのには、理由がない訳ではない。





 

 それは、先月の事であるーー。



 アレクセイは暇を見つけて修行の旅に出たりしていたのだが、ある日琉生斗に呼ばれてすぐに戻ると、血相を変えた彼に、転移魔法を要求された。

 琉生斗の思考を読んで転移をする。



 

 アレクセイは言葉を失くしたーー。

 転移してすぐに、その異様さはわかった。

 目の前に広がる魔蝕の広がりの速さ、凶悪さー。

 今までに見たことがなかった。



「せ、聖女様ーー」

 兵士の服を着た男が、ふらふらになりながら琉生斗の前に現れた。

「お、お願いしますーー。けっ、結界が、通用しませ、ん」

 息も絶え絶えに、兵士は語る。

 琉生斗は頷く。

「アレク。この人を安全な場所まで転移してくれ」

 アレクセイは兵士に触れ、人がいる場所へと転移させる。

「気合入れろよ!」

 琉生斗は額から汗が落ちるのを感じた。

「おまえでも、押し負けるぞ!」

 アレクセイは頷いた。両手を前に出し、自分のもてる最高強度の結界を練り上げる。

 琉生斗は、祈った。

 聖女の証が、いつもより強く輝き出す。



 ーー強い!なんだ、これ、桁違いじゃねえか!

 浄化より、闇の広がりが速い、速すぎるー。

 神力が大幅に削られる。

 アレクセイが自分の肩に触れ、魔力がすごい速さで流れ込んでくる。

 結界を張りながら、自分に魔力を送るなど、とんだ離れ技である。だが、アレクセイの結界をもってしても、魔蝕の勢いが衰えない。

 神力に変換する、すぐに削られるーー。

 琉生斗は浄化の出力をあげた。このままの威力では魔蝕を消すことができない。

 闇がうねりをあげて、津波のように襲いかかる。



 

 精神力、体力、限界を越えて琉生斗は祈り続けた。



 

 どれだけアレクセイから、魔力をもらったのかわからない。琉生斗は、聖女の証を折らんばかりに握りしめた。

 光が一層強くなり、闇が怯んでいく。

 ここだーー。

 残った気力で、琉生斗は光をコントロールする。



 やがて、闇は潮が引くように、光の中へと消えていくーー。

 琉生斗は、何とか、魔蝕の浄化に成功した。ぜーぜーと、肩で息をする。震えそうな身体を、気力で保たせたがーー。



「ルート」

 倒れ込み、意識を失った恋人を、アレクセイは優しく抱きとめた。アレクセイの額からも、汗が落ちていく。汗も拭けないまま、アレクセイは眠る琉生斗に頬を寄せた。

「せ、聖女様ーー」

「た、助かった」

 魔蝕に飲み込まれた人々が、光の中から飛び出し、アレクセイの元に駆け寄った。

 魔蝕と戦いながら、こんなに大勢の人々を、ルートは浄化していたのかー。

 

 そういえば、ここはー。

「アジャハン国、かー」

「そうです。助けていただいて、ありがとうございます!もう、ダメだと思いました!」

 男が泣きながら礼を言う。

 アジャハン国、強国バルドの上に位置する、広大な土地と資源を持つ国だ。

「どこが始まりか、どのように起こったのか、見ていた者はいるか?」

 アレクセイの問いに、男達は顔を見合わせた。

「それが、本当に、一瞬でした。一瞬で、街を呑み込むほど広がり」

「わ、わたしは結界師ですが、魔法がちっとも通用しませんでした」

「ここは王都にも近い為、魔蝕など、起こる訳がないのですがーー」

 全員が話しだした。一人ずつ話して欲しい、とアレクセイは思った。

 魔蝕が発生した場所には、建物があった。

 ただ、深い影が出来るほど、高さはない。

 全壊して何もない所、半壊している所、ここにいる者達の中にも、気づかず取り込まれた者も多数いただろう。

 アレクセイは空を見た。

 曇天だ。だが、雨が降る様子はない。

 この状況で、発生するという事は、今後どこにでも発生するという事になるがーー。

 

「アレクセイ!」

 名前を呼ばれて振り返ると、近衛兵を引き連れて、アジャハン国王太子アスラーンが現れた。町民達は一斉に膝を折る。



「あぁ」

「礼を言う。こんな明るい場所にも発生するのだな」

 アスラーンとは同い年で、十一歳のとき二年だけ父にアジャハン王立学院に留学に行かされ、そのとき以来の仲だ。

 バッカイアの王太子ラルジュナも先に留学していた為、よく三人で一緒にいた。人付き合いが苦手なアレクセイの事を心配し、面倒を見てくれた兄のような存在でもある。

 

「ない事例だ」

「しかし、まだ魔通信を入れる前だったがーー」

「発生がわかる」

「はー、おまえの聖女様はすごいー。噂は聞いている。大変な寵愛ぶりだそうだな」

 アスラーンは、にやにやした。こちらの王族はジャボタイのシャツは着ず、スッキリとしたコート姿だ。色は深緑。彼の目の色に合わせているのだろう。

「意識がないのか?ずいぶん青い顔だがーー。王宮に部屋を用意する」

「いや、帰る。浄化は完了したが、何か変わったことがあれば、すぐに知らせて欲しい」

「わかった。本当に感謝する。今度はゆっくり来てくれ。ラルジュナなんかしょっちゅう来ているぞ」

「二人で何の相談だ?」

 アレクセイは軽く睨んだ。

「バルドを落とす相談などしてはいないー。少なくとも私は、彼の国には興味がない」

「向こうは欲しがっているが」

「あそこは強欲過ぎだ。足らずを知ればいいのにな」

 アスラーンが切れ長の目を、感慨深げに細めた。


 アレクセイは、転移魔法で、離宮に戻った。
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