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ティンのダンジョン編 (ファンタジー系)
第58話 ティンのダンジョン 2 ルートの懸念
しおりを挟む「殿下に特訓とかお願いしたら?」
洞窟の別れ道で美花は兵馬を見る。
地図に印を入れて、兵馬は、左に行こう、と言った。
「特訓になりません」
「なんで?」
「最初頼んだとき、向こうが軽く撃ち込んだのに、おれが倒れて足を怪我した」
あのときのどん引きの顔は忘れられないーー。
「あぁ、ショックを受けたのね。恋人を怪我させちゃって」
「ん?そうなる?こいつどんくせーな、だろ。おれ、喧嘩は負けなしだったんだけどな」
「そうだったわね。中学でもヤンキー相手にやってたわね」
ピアノ弾きのくせにーー。手を大事にしないとは。
「よく停学になってたけど。ルートの場合、向こうが悪い場合が多かったからね」
兵馬が思い出して苦い顔をする。
「ねえ、殿下ってあんたのどこが好きなのかしらね?」
美花の言葉に、琉生斗は吹いた。
「知らん。本人に聞いてみれば?」
「え、いいの?」
ーーあかん、こいつホントに聞きそうだ。
「愛されてる自覚はあるの?」
意表を突かれる。
琉生斗も、不思議で仕方がない。
「ある、と思うけど」
一目惚れ、というのはそんなに長続きするものなのか。
「あんたが誘拐されたとき、すごかったんだからね」
「ホントに~」
女子の攻撃を、琉生斗は適当にいなす事にした。
「そりゃ、聖女だからってのもあるだろ」
琉生斗の言葉に、美花と町子は顔を見合わせた。
「ルート君~」
珍しく町子の声が尖っている。
「それは、殿下があんまりじゃない?」
琉生斗は溜め息をついた。
「ーー実際のところ、おれ後五十年は生きなきゃだめだろ。聖女が呼べないんだから。王族さんは、その辺の管理も、きちっとしとかないといけない訳だ」
棒を振り回しながら琉生斗は言う。そう言われると、琉生斗は不自由だ。
それは美花達もわかる。
「おい、行き止まりだぞ」
「じゃあ、引き返して右に行こう」
美花は考えこむ。
「それ抜きでも、殿下はルートが好きだと思うよ」
姉を気にしながら、兵馬が言った。
「それはわかる。ただ、五十年ももつと思う?金婚式じゃねえか。同じ職場じゃ別れても会わなきゃだめだし、きっつくね?」
「別れなきゃいいじゃない」
「おまえらの方が、結婚はゴールじゃねえってわかってんだろ」
気持ちもねえのに一緒にいるって、地獄じゃん。
「そりゃ、うちの親は超仮面夫婦だけど」
おまけに、不倫かー。思ったよりひどい、と美花は思った。
「おれなんか、家庭っつう家庭で育ってねえのに、何信じたらいいんだよ」
「ーーそうだよねー」
東堂は知らないが、小さい頃からの付き合いがある兵馬達なら知っている。
加賀家の特殊事情ー。
「そもそも、親父結婚してねえのに、子供三人、しかも母親はバラバラな上に、全員産んでバックレてる」
「ーー……」
自分達など、屁でもないぐらいひどい家庭環境だ。
「おばあさんも、大変だったろうね」
兵馬は、琉生斗のきれいな祖母を思い出す。
「まあ、ばあちゃんも、あんな息子育てちまった反省があるからな。だいたい、乳母を雇ってたから、ばあちゃん子育てはしてないよ。ひたすら教育」
そこは、ブルジョアならではだ。
「家庭ってなんだろなー。家族って何したらいいんだ?おれ、ホントにアレクの家族になれるの?」
琉生斗の言葉に、しーんとなる三人。的確な事が言えるほど、精神は発達してない。
「今別れる気がないなら、それでいいんじゃない?先の事は別れてから考えようよ」
琉生斗は黙った。
「だいたいルート、東堂にはきつい事言ったくせに」
はいはい、すみませんね、と琉生斗は謝る。
「まっ、それもありかー」
「なんで、別れる前提なの?」
美花は切り込んだ。
「いや」
琉生斗は口ごもった。
「何か理由があるの?」
いつになく言葉が出ない琉生斗に、兵馬は心配になる。
琉生斗は溜め息をついた。
「ーーいや、あいつ、親父も超かっこいいじゃん」
ルート、と兵馬は呆れた。
「さすがに節操がない。まさかの親父狙いとはーー」
「えっー!あんたホントにひどいわね。お父さんの事言えないじゃない」
「ちげーっつうの!誰か親父狙いだよ!おまえら勘違いしてっけど、おれはアレクだから男でもいいけど、他の男はお断りだ!」
「まぁ、それはわかってるよ。じゃあ、何が気になるんだよ」
琉生斗は深刻そうな顔をした。
「あいつも、歳食ってもあんなにカッコいいって訳だろ。写真で見ただけだけど、先王もコランダムさんも、ハンサムなんだよ。うちのじいちゃん、若禿げでチビデブだったからよー」
「あー、ルートもそうなると?」
容姿が気になる、と。
「まぁ、気にはなるわな。考えてみろーー」
あれから何十年も時が過ぎ、王兄アレクセイ殿下も御年七十歳を迎えられました。昔と変わらぬ美貌、衰えぬ剣技に、皆が畏敬の念をもっておりますーー。
大きく変わった事と言えば、傍らにおられる聖女ルート様。
御髪は禿げ、お身体もみっともなく太られ、背も縮み、お二人が横に並ぶとまわりからは失笑がーー。
「「「はははははははははっ!」」」
全員が笑い転げた。
「ヤバーイ!」
美花が特に笑い死んでいる。
「ほら、見ろ。現実は厳しいんだぜ」
「せめて太らなきゃいいじゃん。ルートのおじいちゃんお酒ばっか飲んでたから、まずは飲まなきゃいいんだよ」
「えー、おれもじいちゃんみたいに、クラッカーにキャビアのせて、ロマネ・コンティ飲みたいんだけどなーー」
「ーーあんたって、なかなか嫌味よね」
美花が呆れる。
「親父が、浴槽にロマネ・コンティぶちこんで、きったねぇ女と入ってたぜ。あほだよな、あいつ」
「そういえば、ルートってあのお父さんとは似てないわね」
あの、って。
「ビール片手にギャル引き連れて~、小学校の運動会に来て出禁になってた~」
「やめてくれーーー」
琉生斗は、勘弁してくれ、と嘆いた。
「まぁ、話をまとめると、ルートは、自分が振られる心配をしている訳だ」
琉生斗は黙った。
「ルートがねー。一生独身って言ってた人がねぇ」
そんな心配しないと思ってたよーー。
「うるへー」
恥ずかしいからか、琉生斗はずんずん先へ進んだ。
「ひゃっ!」
兵馬の目の前で琉生斗が消える。
「ルート!」
「落とし穴ね~」
兵馬が慌てて駆け寄り、穴の中を見る。
「ちょ、ちょうー」
琉生斗は穴の入口にしがみついていた。
「ヤバくない?」
穴の中には、大きな口が開いていた。
生臭い息が、兵馬にもかかる。
「姉さん、手!」
慌てて兵馬と美花は琉生斗を引き上げた。
「ジャイアントアースウォームね。食べられないように~」
巨大ミミズに、美花はパニックになる。
「いやあー無理ー!」
「葛城!斬れ!」
「嫌!」
「聖女を守るのがおまえの仕事だろ!」
琉生斗は都合よく、聖女になる。
「やだー!ぬるぬるしてるー!ファウラ様にもらった大切な剣だもん」
「おい、兵馬。なんだこのメスは」
「いやー!姉さんが女の顔してる!」
「カオスねぇ~」
町子は、呆れた顔をしている。
「なぁ、町子」
巨大ミミズの攻撃を避けて、琉生斗は棒で力いっぱい叩いてみる。効果はなかった。
「なあに?」
「あきらかに、ティンさん、設定ミスってないか?おれが社長なら、絶対クビにするぞ」
役立たず二人は放っといて、琉生斗はこの狭い洞窟で、どうしたらいいか考える。
まぁ、ようは食われなきゃいい訳だー。
巨大ミミズが、琉生斗に口を向けた。
口の直径は二メートル、動作は鈍い。
「町子、わかるな!」
考えを読んでくれよー。琉生斗は巨大ミミズの口の動きに合わせて移動する。
「ほら!」
引き付けて、横に移動し、大口を開けた巨大ミミズの口に、棒を突き刺す。
「伸長、強化~!」
棒が伸び、口の中で挟まる。巨大ミミズは、噛み砕こうとしたが、棒の硬さに阻まれた。怒りに身をよじって、巨体を震わせる。胴体に攻撃され、琉生斗は吹っ飛んだ。
「いてっ」
巨大ミミズは、捕食を諦め、巨体を揺らしながら、巣に戻って行く。
「ルート君、大丈夫~?」
「おぅ」
立ち上がる。
「あいつ、騎士見習いに落としてやる」
陰に隠れた双子の片割れを指差す。
「本当にできるから、やめときなさい~」
「おい、葛城」
「はあーい。いやールート君。すごい!」
「ソニーさんと、マイヤさんと、ヤヘルさん。誰から説教くらいたい?」
琉生斗が、凶悪な笑顔を浮かべる。
「ええっと」
美花は笑って誤魔化す。
「ファウラ様!」
「姉さんーーー!」
兵馬は頭を抱えた。
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