61 / 410
ティンのダンジョン編 (ファンタジー系)
第58話 ティンのダンジョン 2 ルートの懸念
しおりを挟む「殿下に特訓とかお願いしたら?」
洞窟の別れ道で美花は兵馬を見る。
地図に印を入れて、兵馬は、左に行こう、と言った。
「特訓になりません」
「なんで?」
「最初頼んだとき、向こうが軽く撃ち込んだのに、おれが倒れて足を怪我した」
あのときのどん引きの顔は忘れられないーー。
「あぁ、ショックを受けたのね。恋人を怪我させちゃって」
「ん?そうなる?こいつどんくせーな、だろ。おれ、喧嘩は負けなしだったんだけどな」
「そうだったわね。中学でもヤンキー相手にやってたわね」
ピアノ弾きのくせにーー。手を大事にしないとは。
「よく停学になってたけど。ルートの場合、向こうが悪い場合が多かったからね」
兵馬が思い出して苦い顔をする。
「ねえ、殿下ってあんたのどこが好きなのかしらね?」
美花の言葉に、琉生斗は吹いた。
「知らん。本人に聞いてみれば?」
「え、いいの?」
ーーあかん、こいつホントに聞きそうだ。
「愛されてる自覚はあるの?」
意表を突かれる。
琉生斗も、不思議で仕方がない。
「ある、と思うけど」
一目惚れ、というのはそんなに長続きするものなのか。
「あんたが誘拐されたとき、すごかったんだからね」
「ホントに~」
女子の攻撃を、琉生斗は適当にいなす事にした。
「そりゃ、聖女だからってのもあるだろ」
琉生斗の言葉に、美花と町子は顔を見合わせた。
「ルート君~」
珍しく町子の声が尖っている。
「それは、殿下があんまりじゃない?」
琉生斗は溜め息をついた。
「ーー実際のところ、おれ後五十年は生きなきゃだめだろ。聖女が呼べないんだから。王族さんは、その辺の管理も、きちっとしとかないといけない訳だ」
棒を振り回しながら琉生斗は言う。そう言われると、琉生斗は不自由だ。
それは美花達もわかる。
「おい、行き止まりだぞ」
「じゃあ、引き返して右に行こう」
美花は考えこむ。
「それ抜きでも、殿下はルートが好きだと思うよ」
姉を気にしながら、兵馬が言った。
「それはわかる。ただ、五十年ももつと思う?金婚式じゃねえか。同じ職場じゃ別れても会わなきゃだめだし、きっつくね?」
「別れなきゃいいじゃない」
「おまえらの方が、結婚はゴールじゃねえってわかってんだろ」
気持ちもねえのに一緒にいるって、地獄じゃん。
「そりゃ、うちの親は超仮面夫婦だけど」
おまけに、不倫かー。思ったよりひどい、と美花は思った。
「おれなんか、家庭っつう家庭で育ってねえのに、何信じたらいいんだよ」
「ーーそうだよねー」
東堂は知らないが、小さい頃からの付き合いがある兵馬達なら知っている。
加賀家の特殊事情ー。
「そもそも、親父結婚してねえのに、子供三人、しかも母親はバラバラな上に、全員産んでバックレてる」
「ーー……」
自分達など、屁でもないぐらいひどい家庭環境だ。
「おばあさんも、大変だったろうね」
兵馬は、琉生斗のきれいな祖母を思い出す。
「まあ、ばあちゃんも、あんな息子育てちまった反省があるからな。だいたい、乳母を雇ってたから、ばあちゃん子育てはしてないよ。ひたすら教育」
そこは、ブルジョアならではだ。
「家庭ってなんだろなー。家族って何したらいいんだ?おれ、ホントにアレクの家族になれるの?」
琉生斗の言葉に、しーんとなる三人。的確な事が言えるほど、精神は発達してない。
「今別れる気がないなら、それでいいんじゃない?先の事は別れてから考えようよ」
琉生斗は黙った。
「だいたいルート、東堂にはきつい事言ったくせに」
はいはい、すみませんね、と琉生斗は謝る。
「まっ、それもありかー」
「なんで、別れる前提なの?」
美花は切り込んだ。
「いや」
琉生斗は口ごもった。
「何か理由があるの?」
いつになく言葉が出ない琉生斗に、兵馬は心配になる。
琉生斗は溜め息をついた。
「ーーいや、あいつ、親父も超かっこいいじゃん」
ルート、と兵馬は呆れた。
「さすがに節操がない。まさかの親父狙いとはーー」
「えっー!あんたホントにひどいわね。お父さんの事言えないじゃない」
「ちげーっつうの!誰か親父狙いだよ!おまえら勘違いしてっけど、おれはアレクだから男でもいいけど、他の男はお断りだ!」
「まぁ、それはわかってるよ。じゃあ、何が気になるんだよ」
琉生斗は深刻そうな顔をした。
「あいつも、歳食ってもあんなにカッコいいって訳だろ。写真で見ただけだけど、先王もコランダムさんも、ハンサムなんだよ。うちのじいちゃん、若禿げでチビデブだったからよー」
「あー、ルートもそうなると?」
容姿が気になる、と。
「まぁ、気にはなるわな。考えてみろーー」
あれから何十年も時が過ぎ、王兄アレクセイ殿下も御年七十歳を迎えられました。昔と変わらぬ美貌、衰えぬ剣技に、皆が畏敬の念をもっておりますーー。
大きく変わった事と言えば、傍らにおられる聖女ルート様。
御髪は禿げ、お身体もみっともなく太られ、背も縮み、お二人が横に並ぶとまわりからは失笑がーー。
「「「はははははははははっ!」」」
全員が笑い転げた。
「ヤバーイ!」
美花が特に笑い死んでいる。
「ほら、見ろ。現実は厳しいんだぜ」
「せめて太らなきゃいいじゃん。ルートのおじいちゃんお酒ばっか飲んでたから、まずは飲まなきゃいいんだよ」
「えー、おれもじいちゃんみたいに、クラッカーにキャビアのせて、ロマネ・コンティ飲みたいんだけどなーー」
「ーーあんたって、なかなか嫌味よね」
美花が呆れる。
「親父が、浴槽にロマネ・コンティぶちこんで、きったねぇ女と入ってたぜ。あほだよな、あいつ」
「そういえば、ルートってあのお父さんとは似てないわね」
あの、って。
「ビール片手にギャル引き連れて~、小学校の運動会に来て出禁になってた~」
「やめてくれーーー」
琉生斗は、勘弁してくれ、と嘆いた。
「まぁ、話をまとめると、ルートは、自分が振られる心配をしている訳だ」
琉生斗は黙った。
「ルートがねー。一生独身って言ってた人がねぇ」
そんな心配しないと思ってたよーー。
「うるへー」
恥ずかしいからか、琉生斗はずんずん先へ進んだ。
「ひゃっ!」
兵馬の目の前で琉生斗が消える。
「ルート!」
「落とし穴ね~」
兵馬が慌てて駆け寄り、穴の中を見る。
「ちょ、ちょうー」
琉生斗は穴の入口にしがみついていた。
「ヤバくない?」
穴の中には、大きな口が開いていた。
生臭い息が、兵馬にもかかる。
「姉さん、手!」
慌てて兵馬と美花は琉生斗を引き上げた。
「ジャイアントアースウォームね。食べられないように~」
巨大ミミズに、美花はパニックになる。
「いやあー無理ー!」
「葛城!斬れ!」
「嫌!」
「聖女を守るのがおまえの仕事だろ!」
琉生斗は都合よく、聖女になる。
「やだー!ぬるぬるしてるー!ファウラ様にもらった大切な剣だもん」
「おい、兵馬。なんだこのメスは」
「いやー!姉さんが女の顔してる!」
「カオスねぇ~」
町子は、呆れた顔をしている。
「なぁ、町子」
巨大ミミズの攻撃を避けて、琉生斗は棒で力いっぱい叩いてみる。効果はなかった。
「なあに?」
「あきらかに、ティンさん、設定ミスってないか?おれが社長なら、絶対クビにするぞ」
役立たず二人は放っといて、琉生斗はこの狭い洞窟で、どうしたらいいか考える。
まぁ、ようは食われなきゃいい訳だー。
巨大ミミズが、琉生斗に口を向けた。
口の直径は二メートル、動作は鈍い。
「町子、わかるな!」
考えを読んでくれよー。琉生斗は巨大ミミズの口の動きに合わせて移動する。
「ほら!」
引き付けて、横に移動し、大口を開けた巨大ミミズの口に、棒を突き刺す。
「伸長、強化~!」
棒が伸び、口の中で挟まる。巨大ミミズは、噛み砕こうとしたが、棒の硬さに阻まれた。怒りに身をよじって、巨体を震わせる。胴体に攻撃され、琉生斗は吹っ飛んだ。
「いてっ」
巨大ミミズは、捕食を諦め、巨体を揺らしながら、巣に戻って行く。
「ルート君、大丈夫~?」
「おぅ」
立ち上がる。
「あいつ、騎士見習いに落としてやる」
陰に隠れた双子の片割れを指差す。
「本当にできるから、やめときなさい~」
「おい、葛城」
「はあーい。いやールート君。すごい!」
「ソニーさんと、マイヤさんと、ヤヘルさん。誰から説教くらいたい?」
琉生斗が、凶悪な笑顔を浮かべる。
「ええっと」
美花は笑って誤魔化す。
「ファウラ様!」
「姉さんーーー!」
兵馬は頭を抱えた。
123
お気に入りに追加
255
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。


一級警備員の俺が異世界転生したら一流警備兵になったけど色々と勧誘されて鬱陶しい
司真 緋水銀
ファンタジー
【あらすじ】
一級の警備資格を持つ不思議系マイペース主人公、石原鳴月維(いしはらなつい)は仕事中トラックに轢かれ死亡する。
目を覚ました先は勇者と魔王の争う異世界。
『職業』の『天職』『適職』などにより『資格(センス)』や『技術(スキル)』が決まる世界。
勇者の力になるべく喚ばれた石原の職業は……【天職の警備兵】
周囲に笑いとばされ勇者達にもつま弾きにされた石原だったが…彼はあくまでマイペースに徐々に力を発揮し、周囲を驚嘆させながら自由に生き抜いていく。
--------------------------------------------------------
※基本主人公視点ですが別の人視点も入ります。
改修した改訂版でセリフや分かりにくい部分など変更しました。
小説家になろうさんで先行配信していますのでこちらも応援していただくと嬉しいですっ!
https://ncode.syosetu.com/n7300fi/
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件
雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。
主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。
その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。
リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。
個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。
ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。
リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。
だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。
その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。
数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。
ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。
だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。
次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。
ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。
ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。
後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。
彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。
一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。
ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。
そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。
※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。
※現在、改稿したものを順次投稿中です。
詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしい
拓海のり
BL
前世の記憶を取り戻した途端、海に放り込まれたレニー。【腐女神の祝福】は気になるけれど、裕福な商人の三男に転生したので、まったり気ままに異世界の醍醐味を満喫したいです。神様は出て来ません。ご都合主義、ゆるふわ設定。
途中までしか書いていないので、一話のみ三万字位の短編になります。
他サイトにも投稿しています。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる