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日常編2

第53話 ルート、バルド兵に遭遇する

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「はい、聖女様。夜も修行をされたいようですから、滝に行きましょう」

 硬いパンとミルクを食した後、ミハエルが言い出した。琉生斗はミルクを吹いた。

「もったいないですよ、聖女様」

「はい、すみません」

 琉生斗はテーブルを拭く。

「はぁー。アレクもいないんじゃ力が出ねえよ」

「はいはい、がんばる」

「本当に魔蝕でねえなー」

「夏ですから」

 琉生斗は白衣に着替えて裏口から滝へと向かう。

 裏口にはフリエッタが立っていた。

「こんな時間に、滝に行かれるのですか?」

 目が見開かれている。

「うん」

 フリエッタが困惑の表情を浮かべた。

「ーー聖女様ー」

「ん?」

 フリエッタは白い腕輪を外して、琉生斗に渡した。

「お守りでございます。お付け下さい」

 受け取った琉生斗は首を傾げる。

「いいよ。大事なものみたいだしー」

「いいえー、必要のないものですからーー」

 フリエッタは押し付けるように、腕輪を琉生斗に渡した。そのまま逃げるように走り去る。

「?」

 琉生斗は、腕輪と走り去ったフリエッタを交互に見た。そして、首を傾げた。



 滝の水量は日によって違う。今日の水量は多く、勢いもきつかった。

「痛いつーのー!」 

 文句しか出てこない。

 これで修行になるって、本当に修行になってんのかよー。おまけに冷たい、それだけで疲れがーー、ないーー。

「変だな」

 滝から出て、川で泳ぎはじめる。

「何がです?」

 近くの岩場でミハエルが釣り糸を垂らしている。太公望みたいだな、と琉生斗は笑いそうになる。

「なんか、疲れねえの」

 むしろ身体がよく動く。

「ルナ滝の女神様は力の強い神であられますからなー」

 ミハエルは川魚を釣り上げる。

「神気に満ちた場や、自然の気が強い場所では、聖女様は勝手に回復します」

「え?そうなのか?食べなくてもいけるんだーー」

 そういえば、硬いパンだけなのに、身体がよく動く。

「なんで、最初に教えてくれねえの?」

「経験してみて理解する事の方が、多いでしょ?」

 まあ、そうだが。

「話に聞いていても、経験しないと実感しないのが人ですよ。話しても右から左に抜けていく」

 さすが何千人もの前で、説教する人間は言う事が深い、と琉生斗は思った。

 そのとき、竹林からガサガサという音が聞こえた。

「ーー聖女様、こちらへ」

 琉生斗はミハエルの方へ泳ぐ。

「おい、どうだ?」

「見えるか?」

 ひそひそと話し声が聞こえる。ミハエルのいる岩場の後ろに隠れて、琉生斗は様子を伺った。

「いるか?」

「見えた、あれだ」

 数人の軍服を着た男達があらわれる。

 琉生斗は目を見張った。

 見たことがない軍服だ。

 胸ポケットに、神聖ロードリンゲン国の、『剣を抱く時空竜の女神様』の紋章が、刺繍されていない。

 聖女の証は卵を抱いているが、国の紋章は、聖女を守る、という意味合いから剣を抱いているそうだ。

 琉生斗達の目の前にあらわれた彼らの紋章は、変わった樹である。

 トゲトゲしい樹ー。まるで山査子の樹のようだ。

「こんな時間にこんな場所にいるとは、頭がおかしそうだな」

「淫乱との噂がある。試してやろうか」

 誰の事を言っているのかーー。

「まさか!じいちゃんか!」

「どう考えてもあなたの事でしょ!」

 ミハエルに怒られて、琉生斗は反論する。

「淫乱の噂って何だよそれ!」

「そりゃ、あんな噂があればねー。そう言われても仕方ありませんよ」

「他国のやつにか?」

 琉生斗の言葉に、ミハエルの眉があがる。

「見覚えありませんか?」

「ないな。近衛兵でも、騎士でも、軽騎兵でも、歩兵でもねえ。そもそも軍服が違うー」

 おやおや、とミハエルは肩を竦めた。

「なら、捕らえた方がよいでしょうなー」

 ミハエルは穏やかな表情を消した。

「モナルダ」

「ーーはい」

 ミハエルの前に、修道女服のモナルダがあらわれた。右手に細身の剣、左に短剣を持っている。

「なんだ、女だー」

「いい女だ。おれはこっちがいいー」

「俺もだ」

 兵士が下卑た顔で、モナルダに近付いていく。完全に嫌らしい事で頭がいっぱいなのだろう。

「かわいがってやるー」

 兵士がにやりとした瞬間ーー。

 モナルダの剣が走った。刺すこと突くことに特化した剣で、素早く兵士を仕留めていく。

風の牙エアファング!」

 兵士が魔法を唱えた。ミハエルは結界で魔法を弾き飛ばしながら、眉を顰めた。

 ーーなぜ、魔法が使える?

「じいちゃん、魔法使えるならアレク呼ぶ?」

「呼んで下さい」

 琉生斗は念じた。

サンダー!」

 兵士が川に向けて雷の魔法を撃った。

「やばっ!」

 琉生斗はまだ川に入ったままだ。



 あんなん一瞬で感電死だーー、と思う間もなく抱き上げられる。

「あぁ、ありがとうー」

 琉生斗はアレクセイに抱きついた。

「随分と物騒な手を使うなー」

 声に色がない。

「バルドの兵士が何の用だ?」

 静かにアレクセイは尋ねた。琉生斗は目を見張った。強国バルドの兵士なのかーー。

 モナルダによって、瞬く間に倒された兵士達は、皆信じられないという表情だ。しかし、さらなる恐怖が彼らを襲い、その顔を引きつらせた。

「答えられないのか?」

 アレクセイから発っせられる圧に、兵士達は身を縮めて震えだした。

「殿下、気をお沈め下さい。尋問になりません」

 ミハエルがアレクセイに言う。

「聖魔法の結界内で、攻撃魔法がなぜ撃てる?」

「ーー今から聞きましょう」

 ミハエルが尋問しようと口を開いたときだった。

「うっ!」

「あぁぁ!」

「お許しを!は、はおーー…」

 突然兵士達が苦しみだし、次々とその場に倒れていく。

 すべての兵士が動かなくなると、モナルダは生死を確認する。

 ミハエルに向かって首を振る。

「え?」

 琉生斗は信じられない面持ちでアレクセイを見た。ひどく厳しい表情に、琉生斗の胸がざわついた。

「ルート、その腕輪は?」

「ーーあっ、あぁ。世話をしてくれてるフリエッタさんがお守りだってくれたんだー」

「ーー教皇……」

「何です?」

 嫉妬してる、わけじゃないよな。

「発信の魔導具だ。その修道女は?」

「連れてまいります!」

 焦ったようにモナルダが走っていく。

「ルートは連れて帰る。異論はないな?」

 アレクセイはヤヘルを呼んだ。

「アレク、おれは明日までいるよ。急におれが帰ったらここの人達がまわりから悪く言われるだろ?」

 溜め息をついて、アレクセイは琉生斗を見つめた。

「殿下、どうしました?」

 ヤヘルの顔に、赤い口紅がついていた。アレクセイは気にも留めずに状況を説明する。

「すぐに、調べます」

 ヤヘルが念じると、トルイストとエリヤフという中隊長の魔法騎士と国境警備隊が数人あらわれた。

「いつも早いな、トルイストはー」

「ヤヘル団将、なんですかその顔はーー」

 バルドの兵士を調べるようにヤヘルが指示する。呆れた顔をしながらもトルイストは指示に従った。

「教皇!」

 メサイヤが転ぶように走ってきた。

「ふ、フリエッタが、し、死んでおります!」

「何?」

「いま、蘇生を行っておりますがーー、おそらくはー」

「ヤヘル、ここは任せる」

「はっ!」

 琉生斗はアレクセイに抱えられたまま、修道院に戻った。アレクセイが琉生斗の衣服をいつもの胡服へと変えた。

「フリエッタさん!フリエッタさん!」

 モナルダの悲鳴が聞こえる。修道女が慌ただしく動く。美花とカルディも治癒魔法をかけていた。


「なぁ、アレクーー」

 騒然の中、琉生斗はアレクセイを見る。

「何が起きてるんだ?」

 疑問に、回答はなかった。


 治癒の甲斐なく、フリエッタは息を吹き返すことはなかった。


「フリエッタがオグイの村で、男と会っているのを見た者がいます」

 トルイストの報告に、ミハエルは息を吐いた。

「それが、どうもバルドの兵士のようです」

「ーー国境警備隊からは、バルドの兵士は通していないとーー」

 エリヤフが緊張しながら報告する。

「不法侵入ですな。何の目的でー」

「ーー聖女様でしょうな」

 ミハエルの言葉に、全員の顔色が変わる。

「フリエッタに聞いて滝にあらわれたんでしょう。聖女様は見覚えがないのに、彼らは聖女様の姿を見ただけで、あれだ、と言ったのです」

 ふぅー、とミハエルは大きな溜め息をついた。

「フリエッタはバルド国の者ですが、夫の暴力に耐えかねて、逃げてきた者なのです。私が調べてもそれは間違いなかったーー」

 ミハエルの言葉にヤヘルが反応した。

「暴力亭主からの呪縛は、簡単に解けるものじゃないですよ。私もいろいろ相談を受けますが、なぜだか皆、心ではなく、身体が言う事を聞いてしまうみたいなのです」

「何にせよ、聖女様にはアレクセイ殿下に四六時中付いていていただかなければー」

「当然の事だ」

「しかし、フリエッタもつまらぬ噂まで兵士に話している。何とも残念な事です」

 ミハエルは誰に言うわけでもなく呟いた。

「国境警備隊の目をすり抜け、我が国に入ったからとて、どうやって連れ去るつもりだったのかーー」

 トルイストの呟きに、アレクセイも目を細めた。

「いや、我々が知らぬだけで、方法は何かしらあるのかもしれない」

 アレクセイはガルムスの事を考えた。

「トルイスト、あの腕輪は?」

「我が国のものではありません」

「バルドか」

「バルド国の元帥は否定しました。不法侵入についても同様の事を申しております。そして兵士がつけていた腕輪、これが聖魔法結界だけではなく、あらゆる結界をすり抜ける効果がありました。現在、魔導具長と魔導師室室長が調べています」

「そうかー」

 アレクセイは目を閉じた。ある人物が脳裏には浮かんでいるー。


 何の目的で聖女に近付く気でいるか知らないが、絶世に渡しはしない。二度とあんな失態は犯さないーー。


「殿下ぁ!殿下ぁ!」

「ミハナ!静かに入れ!」

「そんな場合じゃないの!ルートが胸を押さえて、苦しがってるの!」

 美花の言葉を押し退けるように、アレクセイは駆け出した。

「何があった?」

 トルイストの問いに、美花は答えた。

「わかりません!」

 ファウラ、おまえの教育はどうなっているーー、トルイストは頭を抱えた。
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