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聖女誘拐編
第45話 誘拐事件 その後(やや下品)
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ーーなんか変なんだけどー。
用意された薬湯を飲みながら、琉生斗は首を傾げていた。
東堂にしろ、兵馬にしろ、話し掛けても、ゴニョゴニョしていて、なんとなく上の空だ。
町子にしては、今回の功労者らしいが、よそよそしい。美花なんか、すごい目でこちらを見てくる。
自分が目を覚ましたのは、各地にある聖女葬礼の会を、アレクセイと魔法騎士団が壊滅させた後だったそうだ。
ガルムスは、カシム達と共に、魔法も使えず、生き物もなく、潮の流れから脱出も不可能な無人島に、幽閉されたそうだ。もちろん、監視は王宮の魔監査室がきっちり行うとの事。
これには、もっと厳しい処置を望むアレクセイと、譲らない国王の間でかなり揉めたそうだがーー。
ーーまぁ、生命があったから、おれはいいんだけど。
花蓮が誘拐された子供達や、闇魔法から回復させた者達を、神殿で引き取る、と言ったらしい。
兵馬が、子供達をバックコーラスにすべく、練習をはじめたそうだ。
あいつららしいよなーー。
国王陛下の見舞いを賜った後、琉生斗は思ったより身体が弱っていたのか、熱が出たり、下がったりを繰り返した。
隣で看病するアレクセイの存在を、はっきりしない意識で感じていたが、眠気に引きずられ、かなり長い間寝たりした。
完全に治ったのは、二週間が過ぎようとするときだった。治癒の魔法では、傷は治せるが、体力、血は戻せない。教皇ミハエルが体力の回復聖魔法を使用したが、驚くほど効かなかった。
今、ルートは血を作る薬湯を死ぬほど飲まされている。美味しくない、と言ったら、アレクセイが工夫してフルーツの味にしてくれた。
「なんか、みんな変なんだけど。おれ寝てる間に何かあったのか?」
ホカホカのタオルで顔を拭きながら、琉生斗はアレクセイに尋ねた。
ちなみに、7月8月は人々のエネルギーが強く、魔蝕が起きにくい時期な為、要請はなかった。
8月も終わりに近付くと、人々も疲れが出て、魔蝕が増えるそうだ。
あっちもこっちも人の行動は変わらんなーー。
「いや。ルートが寝ている間は、特に」
えっ、寝る前ー。そりゃあねー皆さんに迷惑かけてるからね。
「いっぺん兵士の皆さんにもお礼が言いたいんだけど」
「そうだな」
「兵馬呼んでくれよ。慰労会考えよう。屋台出さないかーー?醤油もできる頃だしイカ焼きができるぞー。セレーズで食べたイカ焼きは、塩だったけど、やっぱり醤油だよなーー」
琉生斗は語りかけるが、相槌が少ない気もする。
「そろそろ風呂入りたいけど、お医者さん何か言ってた?」
「本人が入りたければいいそうだ。用意をしよう」
風呂も入ってないと、いちゃいちゃもできないしなー。
元気になるまでお預けだな、と言うと、アレクセイは頷いた。
「ルートの身体が大事だ」
とは言うものの、触ってくるのではないかと思ったが、キスぐらいだった。
ーーくせーから、嫌なんだろうな。
と、琉生斗は思った。
「ルート、元気?」
風呂から上がると、兵馬が椅子に腰かけて待っていた。
「おぅ、だいぶよくなったぜ」
「屋台出したいんでしょ?ちょうど夏だし、王太子殿下が王城の庭を使ってもいいって」
「おっ、いいねー。兵士さんの家族も呼んでいいか?」
「もちろん、国民は誰でも入れるようにするよ」
神官は審査を厳しくするけどね、と兵馬。
「ホントに巡礼の旅ってヤツ、ほいほい入れてたみたいだから。僕も気をつけなきゃ駄目だったよ」
悪かった、と兵馬は頭を下げた。
「おまえ、悪くないだろ。神官歩いてたら、そいつが悪いなんて誰が思うんだよ」
「ルートは、今後よく考えて」
「あぁ」
はいはいーー。
書類を広げて、案を走り書きする兵馬に、琉生斗は尋ねた。
「なぁ、兵馬。何隠してやがる」
「えっ?」
兵馬は意表を突かれて、顔を作るのが遅くなった。
やられたーー。
物事に集中すると、隠し事ができなくなる兵馬の事を、琉生斗はよく知っている。
「あー、そのー。いずれ耳に入るとは思うんだけどーー」
兵馬は咳払いをした。
「何がだよ」
「例の会が潰れた後、御前会議があったんだよ」
「ふーん。悪いなーおれの事でー」
御前だから、国王の会議だわな。
「陛下や王太子殿下、元帥、魔法騎士団のトップスリーに師団長、大隊長、魔導師室長、それに僕達。みんな、主に町子の意見が聞きたかったんだよ」
ほぅ。
「本当に、ルートの血を核にした闇魔法は、ヤバかったみたい。感知魔法も阻害されるし、完全に君達隠されてた」
「おれの血がそんなに違うのか?」
「そう。闇魔法術者には、絶対近付かないでね」
見た目でわからないんだがーー。あやしそうなヤツはとりあえず疑えってかーー?
「あの大勢いた人達、闇魔法であんなゾンビみたいになったのか?」
「ゾンビ?」
兵馬は不思議そうな顔をした。
「そういえば、あの人達、聖女様に助けられたって言ってたけど、なんかしたの?」
「うーん。傷を治した」
嘘ではない。
「町子が言ってた神話級の魔法か。半死体を反転で元に戻したんだよね」
ゾンビだったんだ、と兵馬は言った。
「なんだ、バレてんのか」
隠し玉にしとこうと思っていたのに、と琉生斗はつまらなさそうだ。
「話を戻すと、ルート達がいる場所を見つけても、君の血で結界を強化されてるとお手上げだった訳」
「でも、使ってたんだろ?」
あんだけ血を抜いたんだ、使ってるだろう。カシム、うきうきしてたし。
「そう。あのとき町子がある事に気づいたんだよ」
「町子、闇魔法勉強してるんだろ?なんとかならないの?」
「ルート君の血でできた結界なんて、ルート君の血がないと破れないわよ~」
「そんなもん、ないだろー」
今度から、ルートの血をストックしとこうかなー。けど、扱いに困るよねー。盗まれたりしたら大問題だしー。
「あっ!」
「どうしたの?」
「殿下の中に、良いものがあったわ~。たぶん、いける~。連れてって~」
「って、素人が結界の前に勢揃いした訳だよ」
「なんで破れたんだ?」
「もう、聞かない方がいいよー。城の中歩けないよ」
なんなんだよ、はっきりしないなー。
自分の血がないと破れない結界。
けど、なぜか破れた。
「なぁ、アレク。何持ってたんだー?」
えっ!と琉生斗は目を見開いた。アレクセイが口を手で押さえて、赤くなっている。
はー、マジか。久々に見たぞこんな顔。
琉生斗は考えた。
自分のものが、アレクセイにあった。だが、それは町子には見えたが他の者には見えなかった。
どういう事だ。
「町子は、可視化の魔法が使えるんだ。すっごい上級の魔法、それで……」
可視化ー。
「見えないものを見た……」
何を見たんだ町子ーー。
なんとなく顔を隠して部屋を出て行くアレクセイを見て、琉生斗はハッとなった。
「まさか!」
「さすがに気づいた?」
アレクが飲んだアレかーー!
やめろって言ったのにーー!おれもやんなくちゃと思って飲んだけどさーー。
マジかよー!マジかよー!マジかよー!
「てか、なんでそんな個人情報垂れ流してんだ!」
おれのプライバシーはどうなってんだ!、と琉生斗は怒る。
「町子や、僕らは濁したんだよ!気付かれないように打ち合わせして、聞かれたら爪か髪の毛でいいや、ってなってたのに!」
「いやはや、私も驚きました。新人は侮れません」
トルイストは語った。
「剛胆かつ柔軟な思考。そして、聖女様の血の代わりに、精液を使って結界を壊すとは……。恐れ入りました」
トルイストの言葉に、会議は凍りついた。全員の視線がアレクセイに注がれる。
アレクセイは手を頭にやり、俯いた。
初めて見る兄の姿に、クリステイルは笑いを堪えるのに必死で唇を噛み締めた。
「大隊長!殿下があんまりでしょうがぁ!」
東堂が、トルイストに噛み付いた。
「何がだ?」
トルイストは困惑した。
「殿下が聖女様のーー」
「だから、何で殿下がそんなんもってたって思うんですか!」
「なんで持ってたって……素手?」
「あんた、バカですか!」
なんで自分はこんな新人にバカ扱いされているのだ、殿下が、あれを腹部に隠していたのだろうーー。
?
「殿下の腹部って、で、殿下、飲んだんですかー!」
そういう事か!
「バカ隊長ぉぉぉーーー!」
アレクセイは顔を伏せたままである。
「歳のわりには幼いやつだのう」
アンダーソニーが、うんうん、と頷いた。
「頭が固いなー」
ヤヘルが豪快に笑った。
「あー、アレクセイ」
アダマスの顔は完全に破顔している。
「は、はい」
兄の動揺が可哀想になる。
「いちお、婚前交渉は禁止なんだけどね」
「父上に言われたくありません」
母と結婚してないだろ。
「そうだなー。遊んでたなー」
「誠に、陛下はひどうございました」
パボンが、当時を思い出して涙ぐむ。
息子からきつい視線を感じ、アダマスは頬を掻いた。
「ほら、女の方は純潔を守らないと」
あら、女性軽視だわ。
町子と美花がひそひそ話す。
「誓って、最後まではしておりません」
アレクセイは真剣な面持ちで答えた。
そこまでやってて、最後も何もないだろうーー。
そんな、空気の中、またしてもトルイストは爆弾を落とした。
「どうしてでありますか?」
「大隊長黙れよーー!」
東堂は泣く。
「聖女様が痛がられたのではー?」
大真面目な顔をして、ルッタマイヤが語る。
「さすがは、聖女様」
アンダーソニーが噛み締めるように言う。
何がだー。
全員が疲れて何を言っているのかわからなくなってきている。
「殿下、オリーブオイルは用意してますか?」
ヤヘルが気付いたように言う。
「いや」
「聖女様に塗るといいですぜーー」
「ヤヘル」
アダマスが、会話を終わらせた。
「結論として、それがアレクセイの中にあったから、聖女様は助かったのだな」
そんなはっきり言わなくていいのにーー。
東堂は同情した。
「はい~。そういう事です~。それで結界をぶち破りました~」
赤面しながら、町子が頷いた。美花はとんでもないものを見る目で、アレクセイを見ている。
「では、マチコ。あの元信者達はなんだ?」
アダマスの問いに、兵馬が口を挟んだ。
「信者じゃなくて、バッカイア国のシュル領、デズモンド国のオード村、パッシャー国のワイダー村の、身寄りのない病人達だったみたいだよ。血と闇魔法の研究の為に、集められたんだね」
「ガルムスも、かなりの悪党だった訳だな」
「極刑を望みます」
アレクセイの言葉に、アダマスは目を閉じる。
「ワイバーン島にて幽閉。他の者も同様に」
「父上」
甘すぎる。アレクセイは父親を睨んだ。真っ向から対抗するのは、初めての事である。
「残党が国外に逃げたと聞いている。接触する可能性がない訳ではない」
「他の者を残せば……」
「ならぬ」
父と息子はしばらく睨み合った。
側の者達は、口を出せずに場を見守る。
「聖女を殺害しようとした者を、その程度ですますと?」
もっともな意見だーー。兵馬は思った。
「幽閉だ。それで、今はよしとする。マチコ、彼らがやっていた事を、魔導師室長と共によく調べよ」
「はい~。わかりました~。ただ、一つ言えることは」
「なんだ?」
「闇魔法に毒された半死体者でも、ルート君ならなんとかできるんですね~」
「ほぉ。なぜだ?」
「闇の反対が、光だからですよ~」
当たり前の事ですけど。
「ルート君は、言わば最強の光属性なんですよ~。闇が逃げるぐらいの~。使用したのは、たぶん反転」
町子の隣で魔導師室長が、頷いた。
「ーー神話で聞く魔法だな。死せる者を活かし、生きている者を死に誘う」
「はい~。しかも、あの人達の病気まで治しているんです~」
誰に教えられずとも学ぶ。それがあの聖女様の恐ろしいところである。
アレクセイが、眉根を寄せている。
「ほら、おまえの手に負えなくなってきているぞ。余計な事は上に任せて、おまえはしっかりと聖女様を見張りなさいーー」
「て、事があったんだけど」
「ほぎゃぁぁぁぁ!なんだその公開処刑は!」
兵馬の一言一句漏らさない記憶力に脱帽する。
「魔法を使った感覚は覚えているの?」
「あぁ。ゾンビに襲われかけて、無我夢中よ」
と、言う事にしておこう。魔蝕を飼っている事がバレたら、捨ててこい、どころじゃないだろう。
町子には、その内バレそうだろうから、その前になんとかしなければー。
「で、その会議を聞いてた近衛兵やメイドの皆さんが、あちこちしゃべったから、王都中に噂が広がっちゃった訳」
兵馬は説明を終えた。琉生斗が、ニタニタしている。
「何笑ってんの?ルート」
「いやぁ。噂、ナスも聞いたかなーってな」
「そりゃ聞いたでしょー」
琉生斗は笑顔だ。
「悔しがってんなー」
「意地悪いねー。そうだね、元々ナスターシャ嬢への牽制の為に、身体をはったようなもんだもんね」
「いいさ、これでしばらくはアレクにたかるハエは湧かねーだろ」
「本気で惚れてんだねー」
琉生斗がねー。兵馬は感心する。
「なぁ。びっくりだろ?」
琉生斗は、にかっと笑った。
用意された薬湯を飲みながら、琉生斗は首を傾げていた。
東堂にしろ、兵馬にしろ、話し掛けても、ゴニョゴニョしていて、なんとなく上の空だ。
町子にしては、今回の功労者らしいが、よそよそしい。美花なんか、すごい目でこちらを見てくる。
自分が目を覚ましたのは、各地にある聖女葬礼の会を、アレクセイと魔法騎士団が壊滅させた後だったそうだ。
ガルムスは、カシム達と共に、魔法も使えず、生き物もなく、潮の流れから脱出も不可能な無人島に、幽閉されたそうだ。もちろん、監視は王宮の魔監査室がきっちり行うとの事。
これには、もっと厳しい処置を望むアレクセイと、譲らない国王の間でかなり揉めたそうだがーー。
ーーまぁ、生命があったから、おれはいいんだけど。
花蓮が誘拐された子供達や、闇魔法から回復させた者達を、神殿で引き取る、と言ったらしい。
兵馬が、子供達をバックコーラスにすべく、練習をはじめたそうだ。
あいつららしいよなーー。
国王陛下の見舞いを賜った後、琉生斗は思ったより身体が弱っていたのか、熱が出たり、下がったりを繰り返した。
隣で看病するアレクセイの存在を、はっきりしない意識で感じていたが、眠気に引きずられ、かなり長い間寝たりした。
完全に治ったのは、二週間が過ぎようとするときだった。治癒の魔法では、傷は治せるが、体力、血は戻せない。教皇ミハエルが体力の回復聖魔法を使用したが、驚くほど効かなかった。
今、ルートは血を作る薬湯を死ぬほど飲まされている。美味しくない、と言ったら、アレクセイが工夫してフルーツの味にしてくれた。
「なんか、みんな変なんだけど。おれ寝てる間に何かあったのか?」
ホカホカのタオルで顔を拭きながら、琉生斗はアレクセイに尋ねた。
ちなみに、7月8月は人々のエネルギーが強く、魔蝕が起きにくい時期な為、要請はなかった。
8月も終わりに近付くと、人々も疲れが出て、魔蝕が増えるそうだ。
あっちもこっちも人の行動は変わらんなーー。
「いや。ルートが寝ている間は、特に」
えっ、寝る前ー。そりゃあねー皆さんに迷惑かけてるからね。
「いっぺん兵士の皆さんにもお礼が言いたいんだけど」
「そうだな」
「兵馬呼んでくれよ。慰労会考えよう。屋台出さないかーー?醤油もできる頃だしイカ焼きができるぞー。セレーズで食べたイカ焼きは、塩だったけど、やっぱり醤油だよなーー」
琉生斗は語りかけるが、相槌が少ない気もする。
「そろそろ風呂入りたいけど、お医者さん何か言ってた?」
「本人が入りたければいいそうだ。用意をしよう」
風呂も入ってないと、いちゃいちゃもできないしなー。
元気になるまでお預けだな、と言うと、アレクセイは頷いた。
「ルートの身体が大事だ」
とは言うものの、触ってくるのではないかと思ったが、キスぐらいだった。
ーーくせーから、嫌なんだろうな。
と、琉生斗は思った。
「ルート、元気?」
風呂から上がると、兵馬が椅子に腰かけて待っていた。
「おぅ、だいぶよくなったぜ」
「屋台出したいんでしょ?ちょうど夏だし、王太子殿下が王城の庭を使ってもいいって」
「おっ、いいねー。兵士さんの家族も呼んでいいか?」
「もちろん、国民は誰でも入れるようにするよ」
神官は審査を厳しくするけどね、と兵馬。
「ホントに巡礼の旅ってヤツ、ほいほい入れてたみたいだから。僕も気をつけなきゃ駄目だったよ」
悪かった、と兵馬は頭を下げた。
「おまえ、悪くないだろ。神官歩いてたら、そいつが悪いなんて誰が思うんだよ」
「ルートは、今後よく考えて」
「あぁ」
はいはいーー。
書類を広げて、案を走り書きする兵馬に、琉生斗は尋ねた。
「なぁ、兵馬。何隠してやがる」
「えっ?」
兵馬は意表を突かれて、顔を作るのが遅くなった。
やられたーー。
物事に集中すると、隠し事ができなくなる兵馬の事を、琉生斗はよく知っている。
「あー、そのー。いずれ耳に入るとは思うんだけどーー」
兵馬は咳払いをした。
「何がだよ」
「例の会が潰れた後、御前会議があったんだよ」
「ふーん。悪いなーおれの事でー」
御前だから、国王の会議だわな。
「陛下や王太子殿下、元帥、魔法騎士団のトップスリーに師団長、大隊長、魔導師室長、それに僕達。みんな、主に町子の意見が聞きたかったんだよ」
ほぅ。
「本当に、ルートの血を核にした闇魔法は、ヤバかったみたい。感知魔法も阻害されるし、完全に君達隠されてた」
「おれの血がそんなに違うのか?」
「そう。闇魔法術者には、絶対近付かないでね」
見た目でわからないんだがーー。あやしそうなヤツはとりあえず疑えってかーー?
「あの大勢いた人達、闇魔法であんなゾンビみたいになったのか?」
「ゾンビ?」
兵馬は不思議そうな顔をした。
「そういえば、あの人達、聖女様に助けられたって言ってたけど、なんかしたの?」
「うーん。傷を治した」
嘘ではない。
「町子が言ってた神話級の魔法か。半死体を反転で元に戻したんだよね」
ゾンビだったんだ、と兵馬は言った。
「なんだ、バレてんのか」
隠し玉にしとこうと思っていたのに、と琉生斗はつまらなさそうだ。
「話を戻すと、ルート達がいる場所を見つけても、君の血で結界を強化されてるとお手上げだった訳」
「でも、使ってたんだろ?」
あんだけ血を抜いたんだ、使ってるだろう。カシム、うきうきしてたし。
「そう。あのとき町子がある事に気づいたんだよ」
「町子、闇魔法勉強してるんだろ?なんとかならないの?」
「ルート君の血でできた結界なんて、ルート君の血がないと破れないわよ~」
「そんなもん、ないだろー」
今度から、ルートの血をストックしとこうかなー。けど、扱いに困るよねー。盗まれたりしたら大問題だしー。
「あっ!」
「どうしたの?」
「殿下の中に、良いものがあったわ~。たぶん、いける~。連れてって~」
「って、素人が結界の前に勢揃いした訳だよ」
「なんで破れたんだ?」
「もう、聞かない方がいいよー。城の中歩けないよ」
なんなんだよ、はっきりしないなー。
自分の血がないと破れない結界。
けど、なぜか破れた。
「なぁ、アレク。何持ってたんだー?」
えっ!と琉生斗は目を見開いた。アレクセイが口を手で押さえて、赤くなっている。
はー、マジか。久々に見たぞこんな顔。
琉生斗は考えた。
自分のものが、アレクセイにあった。だが、それは町子には見えたが他の者には見えなかった。
どういう事だ。
「町子は、可視化の魔法が使えるんだ。すっごい上級の魔法、それで……」
可視化ー。
「見えないものを見た……」
何を見たんだ町子ーー。
なんとなく顔を隠して部屋を出て行くアレクセイを見て、琉生斗はハッとなった。
「まさか!」
「さすがに気づいた?」
アレクが飲んだアレかーー!
やめろって言ったのにーー!おれもやんなくちゃと思って飲んだけどさーー。
マジかよー!マジかよー!マジかよー!
「てか、なんでそんな個人情報垂れ流してんだ!」
おれのプライバシーはどうなってんだ!、と琉生斗は怒る。
「町子や、僕らは濁したんだよ!気付かれないように打ち合わせして、聞かれたら爪か髪の毛でいいや、ってなってたのに!」
「いやはや、私も驚きました。新人は侮れません」
トルイストは語った。
「剛胆かつ柔軟な思考。そして、聖女様の血の代わりに、精液を使って結界を壊すとは……。恐れ入りました」
トルイストの言葉に、会議は凍りついた。全員の視線がアレクセイに注がれる。
アレクセイは手を頭にやり、俯いた。
初めて見る兄の姿に、クリステイルは笑いを堪えるのに必死で唇を噛み締めた。
「大隊長!殿下があんまりでしょうがぁ!」
東堂が、トルイストに噛み付いた。
「何がだ?」
トルイストは困惑した。
「殿下が聖女様のーー」
「だから、何で殿下がそんなんもってたって思うんですか!」
「なんで持ってたって……素手?」
「あんた、バカですか!」
なんで自分はこんな新人にバカ扱いされているのだ、殿下が、あれを腹部に隠していたのだろうーー。
?
「殿下の腹部って、で、殿下、飲んだんですかー!」
そういう事か!
「バカ隊長ぉぉぉーーー!」
アレクセイは顔を伏せたままである。
「歳のわりには幼いやつだのう」
アンダーソニーが、うんうん、と頷いた。
「頭が固いなー」
ヤヘルが豪快に笑った。
「あー、アレクセイ」
アダマスの顔は完全に破顔している。
「は、はい」
兄の動揺が可哀想になる。
「いちお、婚前交渉は禁止なんだけどね」
「父上に言われたくありません」
母と結婚してないだろ。
「そうだなー。遊んでたなー」
「誠に、陛下はひどうございました」
パボンが、当時を思い出して涙ぐむ。
息子からきつい視線を感じ、アダマスは頬を掻いた。
「ほら、女の方は純潔を守らないと」
あら、女性軽視だわ。
町子と美花がひそひそ話す。
「誓って、最後まではしておりません」
アレクセイは真剣な面持ちで答えた。
そこまでやってて、最後も何もないだろうーー。
そんな、空気の中、またしてもトルイストは爆弾を落とした。
「どうしてでありますか?」
「大隊長黙れよーー!」
東堂は泣く。
「聖女様が痛がられたのではー?」
大真面目な顔をして、ルッタマイヤが語る。
「さすがは、聖女様」
アンダーソニーが噛み締めるように言う。
何がだー。
全員が疲れて何を言っているのかわからなくなってきている。
「殿下、オリーブオイルは用意してますか?」
ヤヘルが気付いたように言う。
「いや」
「聖女様に塗るといいですぜーー」
「ヤヘル」
アダマスが、会話を終わらせた。
「結論として、それがアレクセイの中にあったから、聖女様は助かったのだな」
そんなはっきり言わなくていいのにーー。
東堂は同情した。
「はい~。そういう事です~。それで結界をぶち破りました~」
赤面しながら、町子が頷いた。美花はとんでもないものを見る目で、アレクセイを見ている。
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アダマスの問いに、兵馬が口を挟んだ。
「信者じゃなくて、バッカイア国のシュル領、デズモンド国のオード村、パッシャー国のワイダー村の、身寄りのない病人達だったみたいだよ。血と闇魔法の研究の為に、集められたんだね」
「ガルムスも、かなりの悪党だった訳だな」
「極刑を望みます」
アレクセイの言葉に、アダマスは目を閉じる。
「ワイバーン島にて幽閉。他の者も同様に」
「父上」
甘すぎる。アレクセイは父親を睨んだ。真っ向から対抗するのは、初めての事である。
「残党が国外に逃げたと聞いている。接触する可能性がない訳ではない」
「他の者を残せば……」
「ならぬ」
父と息子はしばらく睨み合った。
側の者達は、口を出せずに場を見守る。
「聖女を殺害しようとした者を、その程度ですますと?」
もっともな意見だーー。兵馬は思った。
「幽閉だ。それで、今はよしとする。マチコ、彼らがやっていた事を、魔導師室長と共によく調べよ」
「はい~。わかりました~。ただ、一つ言えることは」
「なんだ?」
「闇魔法に毒された半死体者でも、ルート君ならなんとかできるんですね~」
「ほぉ。なぜだ?」
「闇の反対が、光だからですよ~」
当たり前の事ですけど。
「ルート君は、言わば最強の光属性なんですよ~。闇が逃げるぐらいの~。使用したのは、たぶん反転」
町子の隣で魔導師室長が、頷いた。
「ーー神話で聞く魔法だな。死せる者を活かし、生きている者を死に誘う」
「はい~。しかも、あの人達の病気まで治しているんです~」
誰に教えられずとも学ぶ。それがあの聖女様の恐ろしいところである。
アレクセイが、眉根を寄せている。
「ほら、おまえの手に負えなくなってきているぞ。余計な事は上に任せて、おまえはしっかりと聖女様を見張りなさいーー」
「て、事があったんだけど」
「ほぎゃぁぁぁぁ!なんだその公開処刑は!」
兵馬の一言一句漏らさない記憶力に脱帽する。
「魔法を使った感覚は覚えているの?」
「あぁ。ゾンビに襲われかけて、無我夢中よ」
と、言う事にしておこう。魔蝕を飼っている事がバレたら、捨ててこい、どころじゃないだろう。
町子には、その内バレそうだろうから、その前になんとかしなければー。
「で、その会議を聞いてた近衛兵やメイドの皆さんが、あちこちしゃべったから、王都中に噂が広がっちゃった訳」
兵馬は説明を終えた。琉生斗が、ニタニタしている。
「何笑ってんの?ルート」
「いやぁ。噂、ナスも聞いたかなーってな」
「そりゃ聞いたでしょー」
琉生斗は笑顔だ。
「悔しがってんなー」
「意地悪いねー。そうだね、元々ナスターシャ嬢への牽制の為に、身体をはったようなもんだもんね」
「いいさ、これでしばらくはアレクにたかるハエは湧かねーだろ」
「本気で惚れてんだねー」
琉生斗がねー。兵馬は感心する。
「なぁ。びっくりだろ?」
琉生斗は、にかっと笑った。
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😨暴力的な描写、血生臭い騎士同士の戦闘、殺人の描写があります。流血場面が苦手な方はご注意を!
😍後半エロが濃厚となります!嫌いな方はご注意を!
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
お前が結婚した日、俺も結婚した。
jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。
新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。
年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。
*現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。
*初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
男鹿一樹は愛を知らないユニコーン騎士団団長に運命の愛を指南する?
濃子
BL
おれは男鹿一樹(おじかいつき)、現在告白した数99人、振られた数も99人のちょっと痛い男だ。
そんなおれは、今日センター試験の会場の扉を開けたら、なぜか変な所に入ってしまった。何だ?ここ、と思っていると変なモノから変わった頼み事をされてしまう。断ろうと思ったおれだが、センター試験の合格と交換条件(せこいね☆)で、『ある男に運命の愛を指南してやって欲しい』、って頼まれる。もちろん引き受けるけどね。
何でもそいつは生まれたときに、『運命の恋に落ちる』、っていう加護を入れ忘れたみたいで、恋をする事、恋人を愛するという事がわからないらしい。ちょっとややこしい物件だが、とりあえずやってみよう。
だけど、ーーあれ?思った以上にこの人やばくないか?ーー。
イツキは『ある男』に愛を指南し、無事にセンター試験を合格できるのか?とにかく笑えるお話を目指しています。どうぞ、よろしくお願い致します。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
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