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聖女誘拐編

第45話 誘拐事件 その後(やや下品)

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 ーーなんか変なんだけどー。

 用意された薬湯を飲みながら、琉生斗は首を傾げていた。

 東堂にしろ、兵馬にしろ、話し掛けても、ゴニョゴニョしていて、なんとなく上の空だ。

 町子にしては、今回の功労者らしいが、よそよそしい。美花なんか、すごい目でこちらを見てくる。



 自分が目を覚ましたのは、各地にある聖女葬礼の会を、アレクセイと魔法騎士団が壊滅させた後だったそうだ。

 ガルムスは、カシム達と共に、魔法も使えず、生き物もなく、潮の流れから脱出も不可能な無人島に、幽閉されたそうだ。もちろん、監視は王宮の魔監査室がきっちり行うとの事。

 これには、もっと厳しい処置を望むアレクセイと、譲らない国王の間でかなり揉めたそうだがーー。

 ーーまぁ、生命があったから、おれはいいんだけど。

 花蓮が誘拐された子供達や、闇魔法から回復させた者達を、神殿で引き取る、と言ったらしい。

 兵馬が、子供達をバックコーラスにすべく、練習をはじめたそうだ。

 あいつららしいよなーー。

 



 国王陛下の見舞いを賜った後、琉生斗は思ったより身体が弱っていたのか、熱が出たり、下がったりを繰り返した。

 隣で看病するアレクセイの存在を、はっきりしない意識で感じていたが、眠気に引きずられ、かなり長い間寝たりした。

 完全に治ったのは、二週間が過ぎようとするときだった。治癒の魔法では、傷は治せるが、体力、血は戻せない。教皇ミハエルが体力の回復聖魔法を使用したが、驚くほど効かなかった。

 今、ルートは血を作る薬湯を死ぬほど飲まされている。美味しくない、と言ったら、アレクセイが工夫してフルーツの味にしてくれた。

「なんか、みんな変なんだけど。おれ寝てる間に何かあったのか?」

 ホカホカのタオルで顔を拭きながら、琉生斗はアレクセイに尋ねた。

 ちなみに、7月8月は人々のエネルギーが強く、魔蝕が起きにくい時期な為、要請はなかった。

 8月も終わりに近付くと、人々も疲れが出て、魔蝕が増えるそうだ。

 あっちもこっちも人の行動は変わらんなーー。

「いや。ルートが寝ている間は、特に」

 えっ、寝る前ー。そりゃあねー皆さんに迷惑かけてるからね。

「いっぺん兵士の皆さんにもお礼が言いたいんだけど」

「そうだな」

「兵馬呼んでくれよ。慰労会考えよう。屋台出さないかーー?醤油もできる頃だしイカ焼きができるぞー。セレーズで食べたイカ焼きは、塩だったけど、やっぱり醤油だよなーー」

 琉生斗は語りかけるが、相槌が少ない気もする。

「そろそろ風呂入りたいけど、お医者さん何か言ってた?」

「本人が入りたければいいそうだ。用意をしよう」

 風呂も入ってないと、いちゃいちゃもできないしなー。

 元気になるまでお預けだな、と言うと、アレクセイは頷いた。

「ルートの身体が大事だ」

 とは言うものの、触ってくるのではないかと思ったが、キスぐらいだった。

 ーーくせーから、嫌なんだろうな。

 と、琉生斗は思った。



「ルート、元気?」

 風呂から上がると、兵馬が椅子に腰かけて待っていた。

「おぅ、だいぶよくなったぜ」

「屋台出したいんでしょ?ちょうど夏だし、王太子殿下が王城の庭を使ってもいいって」

「おっ、いいねー。兵士さんの家族も呼んでいいか?」

「もちろん、国民は誰でも入れるようにするよ」

 神官は審査を厳しくするけどね、と兵馬。

「ホントに巡礼の旅ってヤツ、ほいほい入れてたみたいだから。僕も気をつけなきゃ駄目だったよ」

 悪かった、と兵馬は頭を下げた。

「おまえ、悪くないだろ。神官歩いてたら、そいつが悪いなんて誰が思うんだよ」

「ルートは、今後よく考えて」

「あぁ」

 はいはいーー。



 書類を広げて、案を走り書きする兵馬に、琉生斗は尋ねた。

「なぁ、兵馬。何隠してやがる」

「えっ?」

 兵馬は意表を突かれて、顔を作るのが遅くなった。


 やられたーー。

 物事に集中すると、隠し事ができなくなる兵馬の事を、琉生斗はよく知っている。

「あー、そのー。いずれ耳に入るとは思うんだけどーー」

 兵馬は咳払いをした。

「何がだよ」

「例の会が潰れた後、御前会議があったんだよ」

「ふーん。悪いなーおれの事でー」

 御前だから、国王の会議だわな。

「陛下や王太子殿下、元帥、魔法騎士団のトップスリーに師団長、大隊長、魔導師室長、それに僕達。みんな、主に町子の意見が聞きたかったんだよ」

 ほぅ。

「本当に、ルートの血を核にした闇魔法は、ヤバかったみたい。感知魔法も阻害されるし、完全に君達隠されてた」

「おれの血がそんなに違うのか?」

「そう。闇魔法術者には、絶対近付かないでね」

 見た目でわからないんだがーー。あやしそうなヤツはとりあえず疑えってかーー?



「あの大勢いた人達、闇魔法であんなゾンビみたいになったのか?」

「ゾンビ?」

 兵馬は不思議そうな顔をした。

「そういえば、あの人達、聖女様に助けられたって言ってたけど、なんかしたの?」

「うーん。傷を治した」

 嘘ではない。

「町子が言ってた神話級の魔法か。半死体を反転で元に戻したんだよね」

 ゾンビだったんだ、と兵馬は言った。

「なんだ、バレてんのか」

 隠し玉にしとこうと思っていたのに、と琉生斗はつまらなさそうだ。

「話を戻すと、ルート達がいる場所を見つけても、君の血で結界を強化されてるとお手上げだった訳」

「でも、使ってたんだろ?」

 あんだけ血を抜いたんだ、使ってるだろう。カシム、うきうきしてたし。

「そう。あのとき町子がある事に気づいたんだよ」






「町子、闇魔法勉強してるんだろ?なんとかならないの?」

「ルート君の血でできた結界なんて、ルート君の血がないと破れないわよ~」

「そんなもん、ないだろー」

 今度から、ルートの血をストックしとこうかなー。けど、扱いに困るよねー。盗まれたりしたら大問題だしー。

「あっ!」

「どうしたの?」

「殿下の中に、良いものがあったわ~。たぶん、いける~。連れてって~」



 

「って、素人が結界の前に勢揃いした訳だよ」

「なんで破れたんだ?」

「もう、聞かない方がいいよー。城の中歩けないよ」

 なんなんだよ、はっきりしないなー。

 自分の血がないと破れない結界。

 けど、なぜか破れた。

「なぁ、アレク。何持ってたんだー?」


 えっ!と琉生斗は目を見開いた。アレクセイが口を手で押さえて、赤くなっている。

 はー、マジか。久々に見たぞこんな顔。

 琉生斗は考えた。

 自分のものが、アレクセイにあった。だが、それは町子には見えたが他の者には見えなかった。

 どういう事だ。

「町子は、可視化の魔法が使えるんだ。すっごい上級の魔法、それで……」

 可視化ー。

「見えないものを見た……」

 何を見たんだ町子ーー。


 なんとなく顔を隠して部屋を出て行くアレクセイを見て、琉生斗はハッとなった。

「まさか!」

「さすがに気づいた?」

 アレクが飲んだアレかーー!


 やめろって言ったのにーー!おれもやんなくちゃと思って飲んだけどさーー。

 マジかよー!マジかよー!マジかよー!


「てか、なんでそんな個人情報垂れ流してんだ!」

 おれのプライバシーはどうなってんだ!、と琉生斗は怒る。

「町子や、僕らは濁したんだよ!気付かれないように打ち合わせして、聞かれたら爪か髪の毛でいいや、ってなってたのに!」





「いやはや、私も驚きました。新人は侮れません」

 トルイストは語った。

「剛胆かつ柔軟な思考。そして、聖女様の血の代わりに、精液を使って結界を壊すとは……。恐れ入りました」

 トルイストの言葉に、会議は凍りついた。全員の視線がアレクセイに注がれる。


 アレクセイは手を頭にやり、俯いた。

 初めて見る兄の姿に、クリステイルは笑いを堪えるのに必死で唇を噛み締めた。

「大隊長!殿下があんまりでしょうがぁ!」

 東堂が、トルイストに噛み付いた。

「何がだ?」

 トルイストは困惑した。

「殿下が聖女様のーー」

「だから、何で殿下がそんなんもってたって思うんですか!」

「なんで持ってたって……素手?」

「あんた、バカですか!」

 なんで自分はこんな新人にバカ扱いされているのだ、殿下が、あれを腹部に隠していたのだろうーー。



 ?



「殿下の腹部って、で、殿下、飲んだんですかー!」

 そういう事か!

「バカ隊長ぉぉぉーーー!」

 アレクセイは顔を伏せたままである。

「歳のわりには幼いやつだのう」

 アンダーソニーが、うんうん、と頷いた。

「頭が固いなー」

 ヤヘルが豪快に笑った。

「あー、アレクセイ」

 アダマスの顔は完全に破顔している。

「は、はい」

 兄の動揺が可哀想になる。

「いちお、婚前交渉は禁止なんだけどね」

「父上に言われたくありません」

 母と結婚してないだろ。

「そうだなー。遊んでたなー」

「誠に、陛下はひどうございました」

 パボンが、当時を思い出して涙ぐむ。

 息子からきつい視線を感じ、アダマスは頬を掻いた。

「ほら、女の方は純潔を守らないと」

 あら、女性軽視だわ。

 町子と美花がひそひそ話す。

「誓って、最後まではしておりません」

 アレクセイは真剣な面持ちで答えた。

 そこまでやってて、最後も何もないだろうーー。

 そんな、空気の中、またしてもトルイストは爆弾を落とした。

「どうしてでありますか?」

「大隊長黙れよーー!」

 東堂は泣く。

「聖女様が痛がられたのではー?」

 大真面目な顔をして、ルッタマイヤが語る。

「さすがは、聖女様」

 アンダーソニーが噛み締めるように言う。

 何がだー。

 全員が疲れて何を言っているのかわからなくなってきている。

「殿下、オリーブオイルは用意してますか?」

 ヤヘルが気付いたように言う。

「いや」

「聖女様に塗るといいですぜーー」

「ヤヘル」

 アダマスが、会話を終わらせた。

「結論として、それがアレクセイの中にあったから、聖女様は助かったのだな」

 そんなはっきり言わなくていいのにーー。

 東堂は同情した。

「はい~。そういう事です~。それで結界をぶち破りました~」

 赤面しながら、町子が頷いた。美花はとんでもないものを見る目で、アレクセイを見ている。

「では、マチコ。あの元信者達はなんだ?」

 アダマスの問いに、兵馬が口を挟んだ。

「信者じゃなくて、バッカイア国のシュル領、デズモンド国のオード村、パッシャー国のワイダー村の、身寄りのない病人達だったみたいだよ。血と闇魔法の研究の為に、集められたんだね」

「ガルムスも、かなりの悪党だった訳だな」

「極刑を望みます」

 アレクセイの言葉に、アダマスは目を閉じる。

「ワイバーン島にて幽閉。他の者も同様に」

「父上」

 甘すぎる。アレクセイは父親を睨んだ。真っ向から対抗するのは、初めての事である。

「残党が国外に逃げたと聞いている。接触する可能性がない訳ではない」

「他の者を残せば……」

「ならぬ」

 父と息子はしばらく睨み合った。

 側の者達は、口を出せずに場を見守る。

「聖女を殺害しようとした者を、その程度ですますと?」

 もっともな意見だーー。兵馬は思った。

「幽閉だ。それで、今はよしとする。マチコ、彼らがやっていた事を、魔導師室長と共によく調べよ」

「はい~。わかりました~。ただ、一つ言えることは」

「なんだ?」

「闇魔法に毒された半死体者でも、ルート君ならなんとかできるんですね~」

「ほぉ。なぜだ?」

「闇の反対が、光だからですよ~」

 当たり前の事ですけど。

「ルート君は、言わば最強の光属性なんですよ~。闇が逃げるぐらいの~。使用したのは、たぶん反転インヴァート

 町子の隣で魔導師室長が、頷いた。

「ーー神話で聞く魔法だな。死せる者を活かし、生きている者を死に誘う」

「はい~。しかも、あの人達の病気まで治しているんです~」

 誰に教えられずとも学ぶ。それがあの聖女様の恐ろしいところである。

 アレクセイが、眉根を寄せている。

「ほら、おまえの手に負えなくなってきているぞ。余計な事は上に任せて、おまえはしっかりと聖女様を見張りなさいーー」



「て、事があったんだけど」

「ほぎゃぁぁぁぁ!なんだその公開処刑は!」

 兵馬の一言一句漏らさない記憶力に脱帽する。

「魔法を使った感覚は覚えているの?」

「あぁ。ゾンビに襲われかけて、無我夢中よ」

 と、言う事にしておこう。魔蝕を飼っている事がバレたら、捨ててこい、どころじゃないだろう。

 町子には、その内バレそうだろうから、その前になんとかしなければー。

「で、その会議を聞いてた近衛兵やメイドの皆さんが、あちこちしゃべったから、王都中に噂が広がっちゃった訳」

 兵馬は説明を終えた。琉生斗が、ニタニタしている。

「何笑ってんの?ルート」

「いやぁ。噂、ナスも聞いたかなーってな」

「そりゃ聞いたでしょー」

 琉生斗は笑顔だ。

「悔しがってんなー」

「意地悪いねー。そうだね、元々ナスターシャ嬢への牽制の為に、身体をはったようなもんだもんね」

「いいさ、これでしばらくはアレクにたかるハエは湧かねーだろ」

「本気で惚れてんだねー」

 琉生斗がねー。兵馬は感心する。

「なぁ。びっくりだろ?」

 琉生斗は、にかっと笑った。
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