ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。(第一部、第二部、第三部)

濃子

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聖女誘拐編

第43話 歌姫の起こす奇跡

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「いい様ですな、聖女様」

 琉生斗は首枷をされて、上から吊るされている。

 辛うじて足の先が床についているがーー。

「足を下ろしたいですよね?できますか?」

 悪魔の天秤と呼ばれるそれは、鎖を左右の天秤から垂らし、吊るすものの首に繋ぐ。

 左右繋ぐ、という事はーー。

「うわーん!」

 反対の鎖は子供に付けられていた。

 鎖は絶妙な長さ、琉生斗が足をつければ、子供が浮くのだ。今は向こうが足をつけているので、琉生斗が浮き、足先で耐えている。


 苦しいーー。

「足を付けたいでしょうねー。できますか?」

 睨んでやりたいのに、力が出ない。

 血は抜かれるは、殴られるは、吊るされるは、散々である。

 ーー万が一助かったら、もう、おれ部屋から一歩も出ない。


「うううっ」

 泣いている子供に、つま先立ちをしろとは、言えないー。恐怖の情景に他の子供達は腰を抜かして震えている。

 マジで、詰んだよ、おいーー。

 首が苦しい。せめて万全の体調なら、長い事もったかもしれないが。


 ーー今まで、がんばったよ、何もできない高校生男子が。あいつらみたいに、秀でた部分もねぇーー。

 結局、聖女になったのは、おれ以外のやつが、才能溢れてたから、何にもないおれに、女神様がサービスしてくれただけだよなーー。


 意識を正常に保てなくなっている。



「ルートくん!」

 花蓮が走ってきた。

 立ち止まり、琉生斗の姿に涙が溢れる。

「ひどい!」

 ひどい、花蓮は走り寄り、どうしたらいいのか考えた。

 考えて、考えて、どうしたら琉生斗が死なないのか、閃いた。

「ルートくん!わたしの背中を踏んで!」

 花蓮が琉生斗の足元に身体を投げ出した。

「お…い…」

「大丈夫!ちゃんと踏んで。高さを上げるから」

 花蓮のおかげで、琉生斗は足を付けれた。

 呼吸を深く整える。

「おまえ!逃げやがって!」

「どうやって、逃げ出せたんだ……」

 あえて、軽口を叩く。

「男の人、スケベ。足だしたら屈んでくれたから、ローキック。美花ちゃんが教えてくれた」

 葛城!ナイスだ!

「こっちに来い!」

 アズダは花蓮を引っ張ろうとした、そのとき。

「お姉ちゃんに手を出すな!」

 なんと、子供達がアズダに体当たりをした。

「がっ」

 アズダは倒れ込む。長椅子に頭をぶつけたのか、起き上がっては来なかった。

「お姉ちゃん、あたし変わるから」

 女の子が、四つん這いになり、花蓮の横についた。

 すみません、本当にー。琉生斗は、小さい子にまで気遣ってもらい、少し悲しかった。

「大丈夫よ。あの子にもついてあげて」

 めっちゃ聖女やん、こいつーー。

 琉生斗は泣きそうになった。

「お歌聞きたいよー」

 子供の一人が言った。

「歌ってあげたいけど、このままじゃーー」

「俺が変わるから」

 一番大きな子供が、花蓮と入れ替わった。

「何をやってるんですか!どきなさい!」

 花蓮は立ち上がり、呼吸を整えた。


 Amazing grace!

 That saved a wretch like me!

 I once was lost but now am found

 Was blind, but now I see.


 アメージング・レース。

 神殿でも大好評の、花蓮の十八番だ。

 あまりの美しさに、黒い教会内が揺れたように思える。

 子供達の顔も紅潮している。
 

 'Twas grace that taught my heart to fear.

 And grace my fears relieved;

 How precious did that grace appear,

 The hour I first believed.



 琉生斗は、足の下の子供に気を使いながら、手枷を外した。腕から血を抜かれたとき、少量だが、手枷に血がついたので、外れるように念じ続けた。琉生斗は魔力の練り方は知らないが、神力がある。それは、闇魔法とは究極の対極だ。

 念じ方のどれかが、たまたま上手く言ったのだろうーー。外れろ、くそが!、が良かったのかもしれない。

 腕の傷に噛み付くと、血が出る。

 それを首枷に塗り、念じる。


 首枷は簡単に外れた。


 Through many dangers, toils and snares.

 I have already come;

 'Tis grace has brought me safe thus far,

 And grace will lead me home.



 子供達が手を叩いて喜んだ。

 花蓮も、にこやかに笑っている。


 ーーありがとうな。花蓮!


「な、何をしている!早く生贄に!」

 自分も歌に聴き惚れて呆けていたくせに、琉生斗は天秤の反対側の子供の首枷も外した。

「花蓮!子供達連れて隠れてろ!」

「ルートくん!」

「いいから守ってやれ!」

 花蓮は頷いた。

「こっちよ、みんな」

 子供達は花蓮を信用しているのか、素直について行った。

「お優しい聖女様ですな。自分を犠牲にして、子供を逃がすとは」

 カシムは笛を吹いた。

 歯がムズムズするような、嫌な音だ。

「あぎゃあああぁぁぁ」

「うぎゃぁぁぁ」

 長椅子に座っていた者がゆらりゆらりと立ち上がる。

 その、異形の姿。

「人じゃなかったのか?」

 琉生斗の疑問に、カシムは笑った。

「人ですよ!進化した人です。なんという崇高な姿なのでしょう」

「おまえ、人で遊んでるだけじゃねえかーー」

 異形の姿をした者は、元は人間なのだ。

 それが、骨は突き出し、肉は溢れ、顔は眼球が飛び出、鼻は削げ、口は、線があるだけだ。

「闇魔法の恩恵を受けた者達です。強いですよ」

「そうか。よっぽど痛い目みたいみてえだな」

 琉生斗は聖女の証を握った。


 ソレハ危険ーー。


「大丈夫だよ。おれだからな」

 琉生斗は念じた。

「出てこい。動けんだろー」

 心臓の隅に隠した、魔蝕の子供。

「飲み込め!」

 琉生斗は魔蝕を出現させたーー。



「なっ、何が!」

「ご希望の魔蝕さん、遊んであげろよ」

 魔蝕が暗い闇を広げる。深い深い闇に、闇魔法に毒された者は吸い寄せられるのか、近付いていく。

「こ、これがま、魔蝕!」

 カシム達は泡を吹く。


 マジで見た事なかったのかーー。


 琉生斗は呆れる。

 しかし、このまま魔蝕を広げると、カシム達はどうでもいいが、花蓮達が危なくなる。
 琉生斗は彼等を飲み込んだ魔蝕を、光で包み込んだ。

 聖女の証を痛いほど握るーー。ありったけの神力を注いで、琉生斗は祈る。光が教会全てに行き渡り、それは、徐々に収まっていき、最後に強い光の球体ができた。





反転インヴァート!」

 琉生斗の声が響いたーー。



 



「えっ、ここは?」

 男が顔を出す。光の中から出てくる。女も、子供も、次々と出てくる。

「何だ。病気が治っている」

 男が信じられない顔で自分を見た。

「聖女様だ……」

「聖女様!」

 人々は、琉生斗に向かって膝をつき、頭を垂れた。

 反転、成功だ。

 琉生斗は崩れ落ちた。

 死と生は裏返しのようなもの。闇魔法で死せるように生かされている者を、あえて魔蝕に取り込み、浄化し、生へとひっくり返したのだ。

 完全に死んでいる者には、効くかはまだわからないがーー。

 ーーやっべー。やり過ぎた。こりゃ、逃げる力もねえなー。

 しかし、カシム達は魔蝕を見たショックで気絶をしている。逃げるのなら今しかない。

 琉生斗が、気合いで起き上がろうとした瞬間だった。



「おきれいな聖女様」



 身の毛もよだつ様な声が、背後から聞こえた。

 夏場に放置した、生ゴミのような悪臭がする。

 琉生斗は自分がホラー映画の主人公になったように感じながら、後ろ見る。

「うわぁ!」

 飛び上がる。

「ガルムス!」

 なんで!

 捕まってるはずだろ!

「犯罪者にも、神官はお祈りに来るんですよ。だいぶ前に、カシムの魔法で人形と入れ替わりました」



 牢屋番のあほーー!

「今はここで、教祖をしています。聖女様のせいで、信者がいなくなりましたね……」

 残念だー。
 ガルムスは、闇魔法から戻された人を見て、がっかりしたように肩を落とす。

「また、集めたいですねーー。聖女様がいればすぐに集まりそうですが……。貴方は危険だから殺しましょう」

「マジですかーー」

 ダメだ、力が抜けるーー。

「だって、私の友達も、みんな捕まってしまったんですよ。怖い方だ。あんなにお綺麗だったのに……」

 ガルムスの目が暗く光った。

「すっかり汚されてしまってーー」

 なんでわかるのこいつーー、と琉生斗は寒気を覚えた。

「おまえ、元々闇魔法側の人間なのか?」

 ガルムスは、にたりとした。

「ええ。たくさんの子供や、男も女もを、カシムに渡してきましたよ。他にも私みたいなのはいましてね」

 捕まっていない者は、国外に逃げたでしょうね。

「そりゃ、聖女様のいる国でもそんな事はあるよな」

 何やってんだよ御義父様、と思わなくもないが、犯罪がゼロな訳ない、とも思い直す。

「貴方の光が強ければ強いほど、対極の闇も強くなる事でしょう」

 ガルムスは剣を振り上げた。

 琉生斗は視線だけは外さなかった。

 

 振り下ろされる剣。

 身をよじる、琉生斗ー。



 ぐしゃっ。

「っ!」

 右肩に激痛が走った。

 見ていた者達から、悲鳴があがる。

 助けてはくれないよなーー。

「一息に死ねると?愚かな聖女様」

 ガルムスは剣を引き抜き、また狙いを定める。

 

 肩が痛いーー。痛いってもんじゃねーぐらい痛い。

 剣ってこえー。

 東堂、葛城、おまえら、すげぇーなー。こんなもんあほみたいに振り回してーー。

 

 死ぬー。

 

 クリス、聖女の事はなんとかしてくれ。無責任でわりいけどーー。

 ついでに、あいつらの事、最後まで頼みます。

 本当にお願いしますーー。

 いいやつらなんだーー。



 



 あぁ、やっぱり。


 やっぱり、最後に見たいのはおまえの顔だよなー。アレク。


 髪飾りを左手で外し、ぎゅっと握り締める。


 もうちょっと、一緒にいたかったな。

 おれの事、好いてくれてありがとう。おれも、好きだった。恥ずかしいけど、初恋ってやつだった。

 深い海の色した目が、好きだった。

 優しすぎるとこはどうかと思うけど、本当に、ありがとう。死んでも、会いたいーー。


 まぼろしでもいい、最後に、おまえに会いたいーー。女神様、ちょっと頼むぜーー。



 琉生斗は、目を閉じた。
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