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聖女誘拐編

第40話 捜索会議 

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「皆、よく集まってくれた」

 会議室には、美花、東堂、兵馬、士長アンダーソニー、大隊長ファウラが長机を囲んで立っていた。壁際にはすぐに動ける伝令として、モロフとフルッグが直立している。

「兄上、私は魔導師達と、感知を行います。少しでも引っかかればよいのですが……」

「頼む」

 アレクセイが、長机の前に立った。

 広げられた地図を見る。

「殿下。花蓮の捜索中に、一緒にいた騎士から聞いたんだけど、夕方、牛舎前でルートを見かけたって。けど、魔法陣で離宮に帰るところだったから声をかけなかったそうだ……」

「そうか」

「だけど、いつもなら、遠くにいても、ちぃーす、とか、よぉ、とか声をかけてくれるのに、無言だったから変だとは思ったらしい」

 兵馬が、難しい顔をした。

「その前に入れ替わったんだね」

「えっ!入れ替わり?」

 琉生斗と、そっくりさんがー?

「魔法の中には、分身、分裂という自分を分けるものがありますが、聖女様の人形は、まったくの別の魔法、闇魔法と言われるものです。魔王の魔法ですーー」

 ファウラは説明する。



 主に血を使う魔法で、人間はやりすぎると死にます。ですが、元々魔力の強い人間の血なら、威力も効果も高いそうです。



「聖女様の血なら、どれほどの効果になるかわかりませんね。現に、殿下を含め、我々の誰一人として聖女様はおろか不審者の気配を感知することが出来ない」

 ファウラの言葉に美花は叫んだ。

「ルートの血を使うの!?」

「当たり前です。闇魔法は、奴隷の血を絞って使っていた歴史があります。闇魔法用の奴隷がいたそうです。使い手は、よほどの事がない限り、自分の血など使わないでしょう」

「何それ」

 美花は、仰天した。声が震える。

「それにしても、まったく感知できないとはーー」

 アンダーソニーが、唸った。

「花蓮はなんでなの?」

 美花の疑問を浮かべた顔に、皆が口を摘むんだ。

「アレクセイ殿下!失礼致します」

 レノラが駆けてきた。

「これを!太郎が噛んでおりました!」

 受け取り、すぐに目を通す。

「汚れていたため、復元しましたが、文字は無事です!」

 アレクセイは、紙を机の上に置いた。

「読めるか?」

「母国の文字です『るうとくん、来て。ごめんね。花蓮』と、書かれています」

 東堂の言葉を、どこか他人事のような気持ちで美花は聞いていた。

「他には、何か?」

「しらみ潰しに手がかりを探していますが……」

 美花は震えだした。

「殿下ぁー。これって、血ですよね」

 血で、何度も何度もつけ直して書いたような字を見て、美花はパニックになった。

「ーーそうだ」

「花蓮は、花蓮は、無事なんですか!」

 取り乱した美花を、アレクセイの悲しげな目が捉えていた。

「おい!美花!」

 東堂が美花の肩を掴んだ。

「俺達は魔法騎士だ!聖女の証に魔法騎士になれって言われたんだろ!」

「だって!」

「こんなときこそ、騎士でなきゃダメだろうが!私情に流されんな!」

 美花は東堂からの叱咤に、涙を浮かべながら歯を食いしばる。

「花蓮は、無事だと思う」

 兵馬が耳を押さえながら呟く。間髪入れずに美花は弟を見た。

「僕ら耳に小型の魔通信具つけてんだよ。これが割れたら花蓮の命は危ないって事。機能してないだけだから、通信妨害されてるから声は聞こえないけど、命は無事だよ」

 ーーまだ、だけど。

「誰がさらったのかわからないけど、ルートが目的なら花蓮は人質にされたんだ。言う事を聞かす為の」

 兵馬がぶつぶつと呟く。

「例えば、犯人がバルド国のスパイだったとしよう。まず王城なんて、連れ去るのもそうだけど、入ってくるのが難しいし、牛舎前って、兵士さんがうろうろしてるから、よっぽど気をつけないとすぐに見つかるよね?」

「わかった!兵士の格好をすればいいんだ!」

 東堂が手を叩いた。

「それは無理だよ」

 兵馬の否定に東堂は首を傾げた。兵馬はアンダーソニーを見る。士長は頷いた。

「見つかって、階級、所属番号を聞かれたら答えられないでしょうな」

「そうかー、俺にも番号あったなー。じゃあ、そいつのそっくりさんも作ったとか!」

「普通の人間の血で作ったものなら、殿下方なら入城のときに気づかれるでしょうな」

 冷静に返され、琉生斗の血だからわからないのか、と東堂は頭を掻きむしった。

「帰りはルートの血で何とか出来るが、入るときが難所だよな」

「入るときは魔法を使っていないんだよ。そこにいても自然で、怪しまれないのは、庭師か、後は、一つ」

 兵馬は言う。アレクセイは彼を見た。

「聖職者だよ」

「へっ?」

 東堂が変な声になった。

「制服効果って言って、警察官や医者、聖職者は見た目で疑われにくいんだよ」

 なるほど、と東堂。

「ここ数日、城に出入した神官を調べてくれ」

「はい。殿下」

 ファウラが空中から書類を取り出した。

 書類に目を通しながら、兵馬は喋り続けた。

「神官が関わっているとは思いたくないけど、外から巡礼に来てる者の素性を、徹底的に調べたりしないからね」

 今後は必要だな、と兵馬。

「単純に、聖女自身が欲しいとしても誘拐は不可能だ。今後、魔蝕が出たときに、連れて行かないといけないから、すぐにバレるだろ?」

 魔蝕を放置するというのは、この世界ではありえない。放置すればどこまでも広がり、結界に留めたとしても浄化しなければ、じきに世界が結界だらけになり、住めなくなってしまう。

「聖女の血が欲しいなら、闇魔法を研究してる機関とか。だけど、万が一殺してしまったとしたら、これから何十年も魔蝕に怯えて暮らす事になるんだよ。この世界の発想じゃないだろ?」

 兵馬の言葉に全員が頷いた。

「そりゃ、そうだ。五十年は無理なんだから」

「そういうシステムについて、世界の人は知っているの?」

「全世界聖女連盟があります。これに加入している国は把握しております」

 アンダーソニーが答えた。めっちゃ偉い人やのに、腰が低いな、と東堂は感心した。

「してない国もある?」


「聖女否定」

 考えをまとめるつもりで出したアレクセイの言葉に、アンダーソニーが顔を上げた。



 殿下が、冷静さを取り戻してきている、士長は胸を撫で下ろした。

「何だ、それ?」

「スズ様に、先代のスズ様から聞いたことがある。魔蝕は自然現象であり、魔蝕で国が喰われるのは自然な事だと、主張する団体があったと」

「え?」

「その集団の名前が、聖女葬礼の会。コランダム大叔父上が、スズ様の夫君が壊滅させたと聞いていたが」

 アレクセイは記憶を辿りながら、ゆっくりと話す。

「その後をすぐに調べます」

 アンダーソニーが、レノラに指示を出す。

「ミハナ、あなたも来なさい!」

「はい!」

 大声で、美花は答えた。

「殿下、この五人、僕の記憶にない神官だ」

 写真付きの書類を、兵馬は叩いた。

 アレクセイは目を通す。

「ファウラ、この五人の足取りを……」

「すぐに」

 ファウラが意識を集中して、全兵士にリストの男達の姿を共有する。

『全兵士に告ぐ。ただちにこの男達の足取りを追い、捕縛するよう』

 東堂が飛び出して行く。外が騒がしくなる。ただし、こちらの動きを相手に気取られてもいけないーー。


「殿下!南の国境警備隊から、森の中に馬車が隠されていたと報告が。公爵家の馬車です。中は空です」

 ヤヘルが飛び込んできた。

「公爵に馬車に乗っていた者を聞きましたが、外から雇った者でわからないと」

「公爵家に御者がいない訳がない。辻褄があわない。問い質せ」

「わかりました」

 ヤヘルは、頭の中でルッタマイヤと交信する。

「殿下!アレクセイ殿下!」

「どうした」

 泡をくって駆けつけたのは、クリステイルの近衛兵のルッコラだ。

「この中の一人!マード病院の医者です!」

「何?」

「王太子殿下と聖女様が、地方の病院慰問に回られたときに、応対した医者です!」

「マード病院の場所は!」

「南国境近くです!」

「ヤヘル!」

「トルイストを向かわせました!」

 パズルを当てはめるように、形ができてくる。兵馬は冷静に、冷静に、と心の中で、何度も唱えた。

「失礼致します。コランダム様の手記に、聖女葬礼の会のその後が書かれておりました」

 レノラとミハナが戻ってきた。

「大叔父上はなんと」

「残党が、バッカイア国のシュル領、デズモンド国のオード村、パッシャー国のワイダー村に残っているそうです。いずれ殲滅せねば、と書かれておりました」

 そうかーー。大叔父上は、知らせておいて下さったのに。

「それは、私のミスだな。手記を読んでいれば警戒もできた」

 アレクセイは、悔やんだ。琉生斗にばかり勉強をさせて、自分は何をしていたのか。

「兵士の誰も、そこに行った事がない為、転移魔法は使えません。できるだけ近くまで転移し、浮遊魔法を使うしかーー」

 ーー時間がかかり過ぎる。

「あぁ。わかった。殿下、公爵が言うには、地方から出てきて職がない、だが、病気の子供がたくさんいてどうしても雇って欲しいと、頼み込まれて雇ったそうです」

「素性は?」

「南では、医者をしていたと」

 ベルダスコン公爵の愚かさに、アレクセイは眉を顰めた。公爵ともあろう者が、不審者を雇うとは。

 ふと、何かに気付きアレクセイは、顔を上げた。

「魔通信を」

「はい」

 アンダーソニーが、魔通信用の魔道具を机に置いた。アレクセイは、操作をした。

『はいっ?』

「私だ」

『アレクセイ!久しぶりー。夜に連絡なんて珍しいねー。何、遊ぶー?』

 酔っぱらった陽気な男の声が聞こえた。

「おまえの国に、シュル領があるな?」

『あるよー。君のとこの国境近くー。ふふっ』

「近頃、変わった様子は?」

『ちょっと待ってね、元帥いるーー?聞きたいことあるんだけど、アレクセイがー。何ビビってんの』

「誰と会話してんの?」

 兵馬が小声で、アンダーソニーに尋ねた。

「バッカイアの王太子ラルジュナ様です」

「ほぇー」

 ボッコボコにされたって言う国の。

『なんかあったの?変な宗教団体がウロウロしてたらしいよ』

「らしい、とは?」

『もう、いないみたいー。あいつらの拠点はどっかの島だって。ただ、魔法で普段は見えないらしい』

「礼を言う」

『お礼に聖女、ちょうだい♡』

「聖女と共に私も行こう」

『冗談だよ。けど、バルドとは仲良くしないでよ、ホントに♡』

 ラルジュナとの通信後、アレクセイは考えをまとめていた。

「殿下、マード病院には誰もいません。調理場を見ても、しばらく使用した形跡もありません」

 確認してきたトルイストから、アンダーソニーに連絡が入る。

「民家に聞いたところ、辞めどきだと、話していたらしいです」

「前に行ったときには、入院中の子供達がいました。遠方からも受け入れていると」

 ルッコラの言葉に、アレクセイは頷いた。

 アンダーソニーが、何かを感じ取った。

「まさか、血の……」

「おそらく」

 アレクセイは目を瞑ったのち、しっかりと眼を開いた。
 

「そうか、皆よくやってくれた。引き続き、マード病院付近の川、シュル領から出向した船で、不審船がないか調べてくれ」

 この医者が実行犯で間違いはないだろう。


 よくも、とアレクセイは呟いた。

 だが、海洋を探したとして、琉生斗の血で作った結界が張られていては、見つけても入ることは難しいだろうーー。

 アレクセイは目を閉じた。


 ーーあぁ、ルートも花蓮も無事でいてー。

 兵馬は祈った。
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