ロクイチ聖女 6分の1の確率で聖女になりました。(第一部、第二部、第三部)

濃子

文字の大きさ
上 下
42 / 410
聖女誘拐編

第39話 夜会にて 2

しおりを挟む
 遠くから、恋の成就を願っていたミントが、肩を怒らせて近付いてきた。

「謝罪なさって!ナスターシャがお兄様をどれだけ想ってきたかわかりますか!」

 ミントは頭に血が上っている。

 こんな、大規模な夜会で恥をかいた友達がかわいそうで、長兄の自分を見る目の中に、侮蔑が混じっている事に気付かなかった。


「ーーミント、おまえは今、自分がどれだけ愚かなのかはわかるか?」

 長兄の静かな問いかけーー。静かなのに、切れるように鋭い。その鋭さにミントは言葉を失った。

「唯一聖女を召喚できる、我が国の王女がこの有り様か」

 ミントは怯えて下を向いた。

「国の意味もわからぬ、王女よ。我が国が他国から攻められぬのは、聖女あればこそだ!」

 アレクセイは続ける。

「四方を強大国に囲まれた国など、亡くならないほうが不思議と思わぬのか!」

 ビクッとしてミントは、ぐすぐす泣き出した。ここで泣くとは王女としての威厳もない。

「我が国の兵力と、強国バルドの兵力の差は七倍以上!どういう事か、わかるか!」

 震えながら首を振る。

「聖女は、おひとりで、三万の兵士の抑止力になるのだ!おまえはどうなんだ!」

 問いかけに涙でしか答えない妹に苛立ち、アレクセイは最後の暴言を吐いた。

「人の恋路に首を突っ込む暇があるなら、申し込まれている他国へでも、さっさと嫁げ!」

「兄上!落ち着いて下さい!」

 クリステイルの登場に、誰もが救われる思いだった。

「そうですよー。そんな顔なさらずにー。娘が怯えていますよー」

 甥を見て落ち着いたのか、ベルダスコン公爵は、ヘラヘラわらった。何という精神力ーー、クリステイルは叔父であるベルダスコン公爵を、初めて尊敬した。

「ベルダスコン公爵」

 寒さより寒さを感じる声だった。

「は、はいっ」

 ベルダスコン公爵の背筋が自然と正された。

「私を担いでどういうつもりか知らんが、私はおまえにされた事は忘れていない」

「えっっ、えっ?」

「おまえの姉と一緒に、氷の海に叩き落された事、魔犬の森に投げ捨てられた事、火山口に投げられた事もあったな……」

 

 ひどいーー。

 あんまりですわー。



 会場は、ベルダスコン公爵を責める空気に変わってきている。



 やりすぎです、母上ーー。



 クリステイルの母である、ルチア王妃。最後の最後まで病気に苦しんだ母だが、痛み止めも効かずかわいそうな最後だったが、そうなっても仕方ない事はしてきている。

「いえ、それは、殿下を鍛えようと、お手伝いを……」

 アレクセイは、ベルダスコン公爵の言葉を切り捨てた。



「おまえは、私の母親が娼婦だと知って嘲笑っていたな」

 

 暗く、心の暗さが垣間見える声だった。

 アレクセイの涙が滲むような声に、クリステイルは愕然となった。

「おまえの姉と嘲笑っていたな。そんな者に、自分の娘を嫁がせるなど、おまえの頭は大丈夫かー?」

 揺れたのは一瞬。一瞬でアレクセイは感情を押し殺した。

 冷え切って、何の感情もない表情だった。美しいだけに、ただ恐ろしい。

 足をベルダスコン公爵に向ける。ベルダスコン公爵は、巨体を揺すってまわりに助けを求めるような顔をしたが、護衛の騎士達は、無理だ、と身震いした。

「兄上ーー」

 まさか、殺さないでしょうねーー。

 全力で止めたとて、どうなる相手ではない。だいたい兄ならば、三万の兵士も十万の兵士もひとりでなんとかするだろう。



 ーー早くなんとかして下さい!父上!



「アレクセイ、退席しなさい」 



「国王陛下ー!」

 アダマスの臨席に貴族達は、君主への最敬礼をしようと頭を下げた。

 よい、楽にせよ、とアダマスは言う。

「父上」

 登場が遅いです、とクリステイルは睨んだ。

 息子達を手で追い払い、アダマスはベルダスコン公爵の前に出る。

「公爵、いやバドム。私の息子を、よくもいじめてくれたな。気付かなかった私も愚かだが」

 アダマスの威厳に、バドムは圧された。

「いや、まあ。母親がどうであれ、国王陛下のご子息様ですよーー。本気でやってませんよー」

「ナスターシャ嬢」

 アダマスは真っ青になっているナスターシャに温かい声をかけた。

「は、はい。陛下……」

「あなたはバドムの娘であり、ルチアの姪御だ。アレクセイとの事はどうにもならんと、心得よ」

 ナスターシャの顔が歪んだ。

 きっ、とした顔で父親を睨む。



 ーーわたくしの想いを邪魔したのが、父親と伯母君だなんてーー。

 

 恨みのこもった目でナスターシャに睨まれ、バドムは汗が止まらなかった。

「あなたがアレクセイを好いていてくれた事は感謝する。ただ、そこで終わりだ」

「なぜです?」

「あなたは娼婦を知っているか?」

 ナスターシャは、迷いながら頷いた。

「どう思う?」

「ーー汚いと思います。下品だし」

 答えに、アダマスは大笑いした。

 若い、箱入り娘だ。そう思っても仕方がない。

「それが、あなたの答えだよ。どんなに打ち消しても、アレクセイの母親が娼婦だという事実が、あなたの中で消えはしない。なぜなら、あなたは令嬢だからだ」

 生まれつきすべてに恵まれ、そことは対極にいる娘が、それを受け入れる事など出来るはずがない。



 ことある事に、アレクセイを責めるだろうーー。


 アダマスの言葉にナスターシャは、その場に座り込んで顔を手で覆う。

 今日の為のドレス、髪飾り、メイクーー。すべてはあの方に、よく見てもらいたかっただけなのに。

 淡い恋心は、必ず叶うと信じていたーー。

「バドム、嫡男に爵位を譲り隠居せよ」

「陛下ぁぁー!」

 

 ベルダスコン公爵は、自分の開いた夜会によって、その栄華を失った。

 うずくまって大泣きするその姿を、参加者は冷ややかな目で見て、去っていったーー。

 波が引くように、男のまわりから、人が消えた。



 ーー母上。あなたは本当に愚かな母だった。

 クリステイルは己の言葉を恥じた。陰湿な母の事、兄は自分が知る以上のひどい目にあっているに違いなかった。
 実子の自分でさえ、事あるごとに暴力を受けた。愛人の子なら、尚更であろう。

「兄上。すみません」

「何がだ?」

「いろいろです」

「そうか」

 素っ気ないのは聖女様の事で、思うところがあるからだろう。

「あっ、兄上。聖女様がお部屋におられません」

 アレクセイは、歩みを止めた。

「神殿から出たカレンの行方もわからないそうです。見送りの神官が神殿を出て真っ直ぐ行けばいい道を、大回りして行った、と証言しています。トードォ達が馬車の痕跡と目撃者がいないか調べています」

 アレクセイは琉生斗の気配を感じている。だからこそ、慌てずにいられたのだがーー。

「どういう事だ?」

「よくできた魔法です。聖女様の血を核に、人形を作ったようです」

 アレクセイは眉を顰めた。

「なるほど、闇魔法か。迂闊だったな」

 怒りを鎮めるために、アレクセイは拳をきつく握り締めた。

 自分の小さなプライドごときで、側を離れるべきではなかった。情けなさに、自分を殴りたくなる。

「対策会議を開きます」

 クリステイルの言葉に、アレクセイは頷いた。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

一級警備員の俺が異世界転生したら一流警備兵になったけど色々と勧誘されて鬱陶しい

司真 緋水銀
ファンタジー
【あらすじ】 一級の警備資格を持つ不思議系マイペース主人公、石原鳴月維(いしはらなつい)は仕事中トラックに轢かれ死亡する。 目を覚ました先は勇者と魔王の争う異世界。 『職業』の『天職』『適職』などにより『資格(センス)』や『技術(スキル)』が決まる世界。 勇者の力になるべく喚ばれた石原の職業は……【天職の警備兵】 周囲に笑いとばされ勇者達にもつま弾きにされた石原だったが…彼はあくまでマイペースに徐々に力を発揮し、周囲を驚嘆させながら自由に生き抜いていく。 -------------------------------------------------------- ※基本主人公視点ですが別の人視点も入ります。 改修した改訂版でセリフや分かりにくい部分など変更しました。 小説家になろうさんで先行配信していますのでこちらも応援していただくと嬉しいですっ! https://ncode.syosetu.com/n7300fi/ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしい

拓海のり
BL
前世の記憶を取り戻した途端、海に放り込まれたレニー。【腐女神の祝福】は気になるけれど、裕福な商人の三男に転生したので、まったり気ままに異世界の醍醐味を満喫したいです。神様は出て来ません。ご都合主義、ゆるふわ設定。 途中までしか書いていないので、一話のみ三万字位の短編になります。 他サイトにも投稿しています。

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

処理中です...